29.訓練するふたり(2)
「戦場では使えない手法だが、なかなか興味深い使用法だ」
「投げた瞬間に狙撃されちゃいますからね」
「つーか、あの飛び方に疑問がわかないっすか?」
水島、水沢がまじめに考察しているが、柿崎は冷静に突っ込んでいた。口調はあれだが常識枠の人材のようだ。
スキルで捻じ曲げたと説明したので碧はパスだ。いくら力持ちでも五〇メートルは投げられないし、爆発の巻き添えを食うわけにはいかない。影勝にやらせたのは、事前情報でやれそうだったからだ。
「じゃあ次はM2だ。本来は固定機関銃だが、探索者なら持つことができる」
「よいしょー」
見本とばかりに多々良が機関銃を持ちあげた。
M2機関銃は全長が1600ミリほどで荷重が四〇kgあり、三脚と銃弾を含めれば六〇kgを超える。それを軽々と持ち上げてあちこちに銃口を向けていた。もちろん人には向けないのが鉄則だ。たとえ弾が入っていなくとも、だ。
「一分間に五〇〇発ほど発射できる。照準は撃ちながら合わせればいい。多々良」
「はーい」
多々良が標的の74式戦車に向き、機関銃を小脇に抱え構えて腰を落とす。M2の射程は最大で六〇〇〇メートルを超えるので、二〇〇〇メートル先の戦車は余裕だ。
「れっつ、ごー!」
覇気のない合図で多々良が射撃を開始した。ズババババとつんざく音に碧は耳を抑えてしゃがみこんでしまう。影勝は碧に気が付くがどうしようもない。
「うぇぇぇぇい!」
弾道は標的を外していたが徐々に戦車に近づき、ガンガンガンと戦車にあたって跳弾する軌跡が見える。
「こーんなかんじー」
振り向いた多々良はやり切ったいい笑顔だ。
「申し訳ない、イヤーマフを渡せばよかった」
水島が背嚢から戦闘用イヤーマフを取り出した。わかってるなら最初からほしかった。
「では次は――」
「わわわたしがやります!」
碧が元気よく挙手した。無理しなくても、と影勝が案ずる視線を送るが緊張した笑顔で「大丈夫」と返されてしまう。影勝についていくための覚悟だ。こうなると影勝には止められない。
「よーしいい顔だ。多々良」
「はーい。これ、ちゃんと持ってねー」
「わわわ、ちょっと、重たい」
碧が多々良からM2機関銃を渡された。六〇キロはちょっと重いじゃすまないが碧も探索者なのだ。
「えっと、こうかな」
「もっと脇をしめて」
「は、はい!」
碧の顔は調薬の時のように真剣だ。戦車に銃口を向け大きく息を吸う。
「い、いきます!」
意を決した顔の碧がボタンを押すとズバババと光る弾道が戦車に吸い込まれていく。初弾から命中だ。
碧は微動だにせず戦車に当て続けた。緑まみれの白衣を着た女性が機関銃を撃ちまくる。普段の碧からは想像できない、力強さがある。
これは、いいものだ。
影勝はおかしな性癖に目覚めそうだった。
「すごいな。全弾命中だ」
「椎名堂さん、是非陸自に!」
スカウトはやめてほしい、切に。
交代で影勝も撃つが、撃ち出すならばとスキルを試したら、できてしまった。重力と慣性と物理法則を無視して弾道がカーブを描いて戦車に吸い込まれていく。なんならトップアタックもできた。
「弓使いの探索者を自衛隊にスカウトしたほうが良いかもしれんな」
そんなことをつぶやく水島の目は本気だった。一般的な弓使いのスキルを知らない影勝は愛想笑いで濁した。
「次は01式軽対戦車誘導弾だねー。みんな大好きロケランだよー」
01式軽対戦車誘導弾を肩に担いだ多々良が軽い口調でおどける。01式軽対戦車誘導弾とは国産のロケットランチャーで、性能は良いのだがちょっとお高めなのが玉に瑕だ。国産兵器あるあるである。
ただ、米国のFGM-148ジャベリンと違いひとり運用なので、人数に問題がある陸自にはうってつけだ。
「そうだな。普通科はみな好きだな」
「戦車絶対壊すマンっすから!」
そういうものらしい。ちなみに海上自衛隊jは【潜水艦絶対沈めるマン】だ。
「私がやります!」
機関銃で自信がついたのか慣れたのか、碧が積極的にアピールする。影勝は保護者ポジで見守ることにした。陸自のプロがいるのだ、素人でも何とかなるのだろう。なってくれないと困る。
「肩に担いで。照準はここねー。撃っちゃえば後は自動で当たるからねー。あ、撃つときは後ろに人がいないことを確認してねー」
「は、はい! 確認、確認! 後ろに人は、なし!」
多々良の説明に碧はキビキビと背後を確認する。
戦う薬師。これもいいかもしれない。
などと思いはじめる影勝の性癖はゆがみ始めていた。
「標的確認! う、うちまーす!」
不安の混じった碧の掛け声と主に01式軽対戦車誘導弾が火を噴いた。主ポンと打ち出されたミサイルがロケットで加速され空気を割いて進むが、影勝の矢に比べると遅い。それをわかるの影勝だけであるが。
「俺が矢を射ったほうが手っ取り早いな」
例外的存在の影勝がぼやく。
「だんちゃーーーく、いま!」
観測していた多々良が命中を確認する。戦車のあるあたりで小さな爆発が見えた。ただ、芳樹が付与したファイヤーボールのほうが威力がありそうに思えた。素人目には、だが。
「探索者は、やはり基礎的な筋力があるから姿勢も安定してるな」
「うちだって元探ばっかりですけどー?」
「ふたりが別格なだけなんじゃ?」
威力はわかっているからか、評価が違う方向になっていた。
「そういえば近江君の矢はどれくらいの威力が?」
水島が聞く。先ほどの影勝の独り言が耳に入っていたようで、興味津々という少年のような瞳だ。いくつになっても男の子なのである。
「やってみますか」
期待にはこたえなければ。影勝は弓を取り矢をつがえる。
普通に射っても見えないので芳樹に付与してもらった爆発の矢にした。対象に当たるとファイヤーボール程普の爆発が起きるものだ。
「軽く爆発する矢です」
「付与付きのか。高いだろうが兵器に比べれば安いか」
「一本数万円でした。ではいきます」
満身創痍の74式に向かって射った矢には【加速】【誘導】スキルを乗せる。放たれた矢はソニックウェーブ引き連れて数秒で着弾するという近代兵器を上回る速度で戦車に命中した。小規模な爆発を起こして砲塔を吹き飛ばしてしまった。
01式軽対戦車誘導弾は時速二百四十キロメートル程であり、影勝の矢は音速に近い。ちょっとやりすぎたようだ。
「速いッ!」
「着弾いまも言えなかったですね」
「これはもうATMいらないっすわ」
「二級コワー」
「碧ちゃんの彼氏すごすぎない?」
実はMAP兵器もあります、とは口が裂けても言えない影勝だ。
「近江君、レンジャーになる気はないかい?」
「ダンジョンに潜る目的があるんで」
「そうか、残念だ」
そういった水島も本気ではないだろうが、影勝には霊薬を作るという目的があるのだ。そのための探索者である。
「さて、これで一通り終わったが、せっかくだし10式もやるか」
「いいっすねぇ」
「やりましょう!」
水島以下男子がヤケに乗り気だ。戦車での訓練も実弾は撃てず空砲ばかりで鬱憤がたまっているのかもしれない。上官の監視の目がないので気が緩んでいるのもありそうだ。
「戦車で試してほしい、と言いたいが無理なのでデモンストレージョンとして、な」
水島がウインクする。それでいいのか自衛隊。