29.訓練するふたり(1)
翌日、八王子ダンジョンに帽子をかぶった迷彩服姿の陸上自衛隊員がいた。リーダーと思われる年かさの男性を筆頭に、女性も含めて五人。皆顔にも迷彩を施しているので顔つきがさっぱり不明だ。影勝と碧の姿を確認すると一斉に敬礼をする。
「あ、あの、おはようございます! 近江影勝です!」
「おおおはようございますしゅ 椎名碧でしゅ!」
どう対応していいかわからない二人は、とにかく大きな声で朝の挨拶をした。元気な挨拶はコミュニケーションの基本である。恥ずかしいかもしれないがやっておいて損はない。
彼らは敬礼を解き、笑みをたたえながら「第一師団の水島一尉です。こちらは部下の」と自己紹介を始めた。
隊長 水島 竜二 一尉 アラフィフ
水沢 孝之 三尉 アラサー
柿崎 健也 三尉 アラサー
伊藤 佳代 三尉 機密
多々良 美登利 三尉 機密
「わたし水島が隊長となっておりますが、普段は各々は別な部隊に所属しております。同じ第一師団所属ということもあり、面識や個人的な交遊もある面子です。探索者としてはみな三級です。よろしくお願いいたします」
水島が締めた。女性がふたりいるのは碧に対応するためだろう。ありがたい配慮だ。
「君が噂のエロフね」
「エ、エロフ?」
「どこぞの配信でそう言われていたらしいよー?」
「えぇぇぇぇぇ」
影勝は女性ふたりに絡まれた。直球が伊藤で軽めなのか多々良だ。エルフは聞いていたがエロフは初耳である。影勝は少なからぬショックを受けた。いや、大ダメージだ。
「椎名堂さんの傷薬のおかげで古傷が消えて肌もピカピカつるつるです。ありがとう」
「二日酔いの薬にはお世話になってるっす」
水沢と柿崎は碧、というか椎名堂に感謝を述べていた。影勝は自分の目つきがきつくなるのを自覚したが、ここは穏便にと抑えた。
「さて自己紹介も済んだところで今日の本題に移りたいのだが……」
と隊長の水島は影勝を見る。
「武器の使い方講習と聞いてますが」
「それなら話は早い。早速ダンジョンに行きましょう」
ということでダンジョンに入り、草原に立った。今日も穏やかな日差しとさわやかな風が吹き抜ける、清々しいダンジョン日和だ。
「まずは今日使用する兵器を並べよう。柿崎」
「はっ」
柿崎が背負っていた背嚢から細長い兵器類を取り出し草原に並べてく。マジックバッグになっているようで、最後にドーンと戦車を出した。
「左から92式対戦車地雷、12.7mm重機関銃M2、01式軽対戦車誘導弾、10式戦車となってるっす」
「戦車!?」
イヤナンデ戦車!?と驚く影勝。
「今どきの探索者は戦車くらい運転できると耳にしますが?」
水島が真顔で述べる。
嘘である。戦車の操縦には専用の免許が必要であり、そもそも民間に戦車はない。
「戦車は最終手段ですが、壁にもなります。国民を守るのがこいつの役目だから戦場は選びません」
水島はそう言い切る。
「とはいえ、ダンジョンに戦車が必要になるかは疑問ですがね」
水島が僅かに口を曲げる。今回の件には不満があるようだ。彼らが知らされているかは不明だが、これは壁の外のモンスターに対応するためのものなのだ。
影勝は数舜思案して、リュックからラ・ルゥの風切り羽を取り出した。電柱サイズの羽だ。
「な、なんだそれは!」
「羽にしちゃ、ちょっーーとでかすぎませんか?」
「作り物ー?」
水島以下は驚きを隠せない。それはそうだろう。こんな羽をもつ生物は存在しない。
「ラ・ルゥって巨大な鳥のモンスターの羽です」
「それは……師団長から見せられた資料にあったモンスター……」
「こんなのが空を飛んでるのかよ……」
「ATM効くかなぁコレ」
「中SAMのほうが良くないですか?」
「空自も投入しましょー」
影勝の説明に、各々が意見を上げる。影勝が知らない単語が出てくるが、すまし顔でスルーした。
「師団長からは、コレが日本の空を飛ぶ可能性が高いとは聞いているが……」
「俺も詳しいことはわからないですが、ほぼ確定だそうです。迷宮探索庁の二瓶さんからそう聞いてます」
「マジか……」
水島の口調が崩れた。それほどのショックのようだ。
「飛行機なんか飛べなくなっちゃうー。旅行にも行けないー」
「多々良、そんな休暇は取れそうにないぞ?」
「厳しい仕事にこそ休暇を、ですよー」
ちょっとピントが外れているが、ことの重要さが分かったらしい。
「なるほど、我々が相対する可能性が高い、ということか。そのために強度チェック。よし、準備を進めよう。多々良は標的の準備を。距離ニィマルマルマルに設置」
「了解しました!」
水島の命令で多々良が駆けてゆく。三級探索者なのでそれなりに速い。なお、陸上自衛隊では「2」を「ニ」と呼ぶ。「フタ」と呼ぶのは帝国海軍を継いだと自負する海上自衛隊である。
何が始まるんだと訝しむ影勝と碧に気が付いたのか、水島がふたりに顔を向ける
「標的を設置しに行かせました。二キロ先に戦車を置きます」
「せ、戦車、ですか。標的に戦車なんてもったいない気がしますけど」
「退役になった戦車です。戦場で活躍することはありませんでしたが、国を守るという役目を終えた戦車です。最後の奉公として標的になるなんて、幸せだと思いますよ」
「そ、そんなもんっすか……」
水島が自信たっぷりに語るので、影勝も気の抜けた返事しかできない。実際に退役した艦船などが新開発のミサイルの標的になり、その破壊度合いで新ミサイルの評価をしたりする。各国海軍(それなりの規模の海軍を有する国家)では同じことをする。あらたに標的を建造するよりも安上がりであるし。
「目標設置完了!」
「ご苦労」
走っていった多々良が帰ってきた。行った先に目を向ければ、はるか先に丸っこいフォルムの戦車が佇んでいる。甲虫っぽく見えなくもない。
「74式戦車。戦後から平成まで日本を守った、可愛らしい英雄さ」
水島は目を細めて英雄を見つめている。思うところがあるのだろう。
「たいちょー、準備できましたっす!」
「おう、分かった」
柿崎の声がダンジョンに響く。訓練開始である。各員帽子を脱ぎヘルメットを装着する。影勝と碧もである。なれないヘルメットに碧は悪戦苦闘だが伊藤と多々良の手伝いで落ち着いた。
「よし、小さい順に行こうか。状況開始!」
「状況開始! まずはこれ、92式対戦車地雷」
伊藤が黒く丸い円盤を抱えている。円盤には発火、安全など、普通ではお目にかからない文字が躍っていた。
「これを戦車が通りそうな場所にこっそり置けば、あとは近くの振動とかを感知してドカーンと爆発します」
「爆発って……」
「地雷ですから」
「いやそうですけど」
伊藤はまじめに説明するが、その内容を聞いてやはり兵器なのだと影勝はちょっと引いてしまう。碧の方はというと、真剣に聞いてメモを取っていた。真面目か。
「実際にやってみましょう」
伊藤は持っている地雷を影勝に押し付けた。有無を言わせない、いい笑顔だ。水島らもニヤニヤしている。こいつら。
「置くだけでいいんですか?」
「そうですね、探索者であれば投げるのもありですかね。落ちた衝撃で起爆するかもしれません」
「投げる……そうですか」
投げるならスキルが使えるかも?などと考えた影勝は、フリスビーの要領で思いっきり投げた。ブブブと揺れながら回転して飛行する92式対戦車地雷にスキルを試してみる。【誘導】と念ずれば92式対戦車地雷が急激に上昇した。
「おおお!?」
「な、なんで上に!?」
隊員の驚きに影勝はしてやったりだ。そのまま遠くまで、おおよそ一キロ先に落とせば、ドゴーンと爆炎が上がった。