28.悪意と戦う者たち(2)
「チッ、何が起きぎゃぁぁぁぁぁあ!」
「はは、やるな近江ィィィ!」
爆炎はふたりを巻き込み、ダンジョンを呑み込んでゆく。草原を轟炎の津波が燃やし尽くし、数秒でダンジョンの反対側に達した。その勢いが止まらずにダンジョンの壁に打ち返され反射、自らの爆炎を反射波がなぎ倒してゆく。
「収納……しきれ、ねぇ……」
西向の体が炎の嵐に翻弄される。爆発を収納し続けているがそれ以上の速度で爆炎が押し寄せているのだ。
「ハハ、ハハハハハハッ!」
自身の周囲を真空で包み込んでいる金井だったが、爆炎が真空を満たし、衝撃波に吹き飛ばされ地面を転がっている。頭からは血が流れ、それでも笑いをやめない。いや、やめられないのだろう。自身に起きていることが信じられなくて。
爆発の余波が収まるまでに数分かかった。爆炎が晴れたダンジョンには、右手と左足がなくなった西向と血だるまになった金井が転がっている。西向はダンジョンの壁に押し付けられた姿で。金井は地上へのゲート裏で。
「俺の右手が……消し炭じゃねえか……くそ、が……許さねえ……」
うめき声をあげる西向の身体は半分炭になっていた。服は焼け、むき出しの皮膚は真っ黒だ。重度の火傷だろう。
入り口ゲートあたりで転がっている金井も血だらけだが、真空で守り切ったのかアロハシャツも焼け残ている。どちらが重症化は一目瞭然だった。
「やりすぎ……いや、死んでしまった人が多すぎる。これくらいの報いは受けてもらわないと」
近くに転がっている西向を見た影勝は吐き捨てた。
影勝に断罪する資格はないかもしれないが、その資格があるものはもう生きていないのだ。
※孤独な探索者:今のすげー爆発音って
※ヨワヨワ弓使い:ダンジョンには誰もいないはずー?
※探索者18号:探索者になって割と長いけど、こんなでけえ爆発音なんて聞いたことがねえ
爆発の音が配信にも流れていたようでコメントが流れていく。影勝は碧を見る。意図を理解した碧は爆発でカメラが壊れたことにして配信をきった。が、カメラは録画したままにする。報告するためには必要だ。
「影勝くん、金井さんの無事を確認しないと」
「おっとそうだ。こいつは……」
「金井ギルド長が心配だよぅ」
「それもそうか」
西向のスキルを知らない影勝は金井を優先してしまう。影勝はスキルを発動させたまま碧と手をつなぎ金井のもとに走った。走りながら八王子ギルドに連絡をとり、金井が爆発に巻き込まれたことを伝える。
「あああ勝手に入ったからぁぁぁ! もぅぅぅぅ問題を起こしてばっかりぃぃぃぃ!!」
電話にでたギルド職員はオコだったがすぐにポーション類を抱えてダンジョンに駆け込んだ。尊敬はしていない組織のトップだが一大事となれば即対応するのだ。
「おうイテテテ」
ギルド職員が駆け付けた時には、浜辺で肌を焼きすぎたように真っ赤になった金井がよろけながらも立ち上がっていた。
「ギルド長!」
「おーうご苦労さん。ポーションなんて持ってねーか?」
「もちろん持ってきてます!」
職員はすかさずポーションを差し出す。金井は一気に飲み干した。
「んぐッ。ふぅ、完治はしてねえけど痛みは消えたな」
血だらけの様子に変化はないが肌の色がだいぶ人間らしくなった。口の中の血の塊を吐き出す。
「よし、俺のことはいい。あっちに西向がいるはずだ。殺してこい」
「ちょ、ギルド長! 僕はしがない事務屋ですよ?」
「お前じゃねえ。近江、その辺にいるんだろ! 早くとどめを刺さねえとやべーことになる!」
金井はダンジョンに向かって叫んだ。姿は見えないが、おそらくいるだろうとあたりをつけてのことだ。実際に、少し離れた場所で様子をうかがっていた。やらかしたことに今更ながら罪悪感を感じていたりする。
「職員がいたから様子見してたけどバレてるっぽい? いやでもいるんだろ?って言ってるからわかってるんじゃなさそうだ」
影勝はその言葉が自分への指示と理解したが殺しは理解できないししたくない。あの甲斐と一緒になってしまう。
外道に堕ちたくはない。
だが今なら捕らえることはできる。金井が主張するまでもなく、甲斐を使って大量殺人を引き起こした大罪人だ。許してはいけない。裁きを受けさせなければ。
裁きの結果として処刑になるだろうが、それこそが本来あるべき姿だ、と。
影勝は自分にそう言い聞かせる。隣の碧は困惑の顔で立ち尽くしているが「捕まえにいこう」といえば「許せないからね」と頷いてくれた。
影勝は碧を抱えて走り始めた。
そのころ西向きは、不可視の壁を背もたれにして荒い息であえいでいた。黒焦げの体はもう皮膚が残っていない。服も髪はすべて燃え、右肩から先と左足の脛から先は溶けていた。生きているのが奇跡な状況だが、これは探索者のレベルが高いおかげだった。
「ケハ、ハハハハハ、手ひどく、ゲホッ、やられた、もんだ……あの、規模の爆、発は、収納し、きれねえよな……ガハッ」
血を吐きながら、もはや表情など読み取れないが、おそらく笑っているのだろう。
「ギルドから、盗んどいて、ッ、よかったぜ……」
西向がそうつぶやくと、かろうじて残っていた左手にポーションの瓶が現れる。
「腕が、ねえと、蓋があけ、られねえとは、な」
緩慢な動きでポーションを顔に近づける。葉が見える、口だろう場所でポーションの蓋を噛み、何とか外した。この動作だけでも二分ほどかかっている。影勝がたどり着くまでの時間を稼いでしまっていた。
「あのポーションの瓶」
「まさか、精霊水でつくった……」
西向は持っていたのは、影勝も碧も見覚えのあるポーションだった。精霊水で作ったハイポーション。
櫻島噴火後に各ギルドで備蓄するために作成した精霊水のハイポーションだ。
「なんでこの人が持ってるの!?」
碧が叫ぶ。
そのまさかだった。作成者たる碧が見間違えるはずはない。
西向がそのポーションを飲み干すと、炭になっていた肉体が盛り上がり復旧していく。なくなった手足も復元していくが途中で止まる。
「チッ、一本じゃ足らねーか。まぁここまで元に戻ればなんとかなる」
血のつばを吐いた西向は片足で立ち上がる。なんとか、という感じではあるが、立ち上がった。
「……やべえな、この人、マジで強い」
片足で立ちあがった西向きをみた影勝の腕に鳥肌が立つ。
四肢を失う激痛に耐え、バランスの崩れたまま片足で立ち上がる筋力とバランス感覚。生を諦めないバケモノメンタル。影勝は畏怖を感じた。
いまはスキルで何人も感知できない状況にあるが、スキルを解除した瞬間、何かしらの攻撃を受ける可能性が高い。このダンジョンにいるのは、自分たちと金井だけ。つまり、西向にとっては敵しかない。容赦なく攻撃してくるだろう。
二級となった影勝でも恐怖を感じる存在。西向を前にスキルを発動させていても接近が躊躇われた。
「くく、待ってろ、もうじき地獄を見せてやるぜ」
そうつぶやいた西向の姿が消えた。
「なっ、消えた!?」
「え、うそ、消えた!?」
眼前で掻き消えたことに、ふたりは唖然と口を開けた。
残されたのは、イングヴァルに弓だけだ。こいつはあの爆発でも微動だにしていない。それはそれで恐るべきものだが。
影勝はインブヴァルの弓を拾い上げる。
「この弓を、あいつが持ってた。すげー嫌な予感がするんだけど、それがなんだかわからない」
胸に押し寄せる黒い不安を、影勝は口に出さずにはいられなかった。
そして、その予感は遠からぬ未来に的中する。