27.空を駆ける影勝(4)
「五分走って三割くらいだからあと一〇分走れば天井付近につくかな」
そして十分後。
「ささむぃぃぃぃ」
「現在の気温はマイナス一〇℃だよぉ」
「たたた耐えられねえってば!」
あまりの寒さに震えて叫ぶ影勝とは対照的に碧は落ち着いている。碧は抱えられながらも器用にポシェットから取り出した防寒着(熊本でも使用した)を着ていた。走っている影勝はそんなことはできない。走ることで体感温度も余計に下がり、鼻水も凍ってつららになっていた。
※加賀百万石:若いわし、行かんで良かったな、グッジョブじゃ
※防衛省迷宮探索庁二瓶:米軍の公式記録でも「わからない」と言う理由がこれなんですよ
※くすみん推し:空中で生身でマイナス温度帯とくれば、作業は不可能でしょうからね
※八王子の飲んだくれ:おい近江、そこから頭上に矢を放ってくれー
※綾部巴:金井、無茶を言うな!
※八王子の飲んだくれ:せっかくそこまで行ったんだしよー
※高知美人:金井の言うことにも理はあるのよね、悔しいけど
※八王子の飲んだくれ:お、真弓ちゃんと意見が合うなんてめーずらしー
※高知美人:坂本様とお言いなさい!
※カツオ大好き:金井ギルド長、うちのギルド長、普段は優しいんですよー(フォロー)
※高知美人:飯田、あなたはいつも一言多い!
※カツオ大好き:今回はフォローっすよー
※孤独な探索者:ギルド長さんらが無茶言ってるけど俺も気になるなぁ
※ヨワヨワ弓使い:ってゆーか手が塞がっててどうやって弓を構えるの?
※探索者18号:気合しかねえだろ
※ヨワヨワ弓使い:うわっ、出たよ精神論
※探索者18号:生きるか死ぬかのダンジョンじゃ精神論は現役だぞ?
「ってコメントがあるよ?」
「そそそれどころじゃねぇぇぇ!!!さささむぅぅぅぅ!!」
勝手なコメントを碧が拾っては影勝に伝えるがそれどころではない。寒いのだ。
一瞬だけ寒いのなら何度まででも耐えられるが延々と寒い時間が続くのだ。しかも上に行けば行くほど気温も下がる。
「でも、ここまで来たんだから確認だけでもしたいよね」
「ぐぬぬぬ」
碧にそう言われて影勝も悩む。ほかならぬ碧からのリクエストである。叶えたい。しかし寒い。両手も塞がっている。まぁ、手のひらくらいは自由になるが、それでは弓を持つだけで終わる。
「ああああ棒手裏剣があったぁぁぁぁ」
影勝は左手で碧を抱き締める態勢になると後ろポケットに入れたままの棒手裏剣を数本引き抜いた。引き抜いた勢いのまま棒手裏剣を放り投げる。すかさず碧をお姫様抱っこに抱きなおす。この間二秒。
「ゆゆゆゆ誘導ぅぅぅかかかか加速ぅぅぅぅ!」
本来なら叫ばなく手もいいのだが寒すぎるので気合と勢いが必要なのだ。
放り投げられた棒手裏剣はスキル【誘導】で天を衝くルートに強制変更され、スキル【加速】で爆速でカッ飛んでいく。もともとが小さいが、あっという間に見えなくなったが飛行機雲もどきを残しているので軌跡はわかった。
※ヨワヨワ弓使い:あれ何? ミサイルでも発射した?
※探索者18号:何か放り投げたっぽいけど
※ヨワヨワ弓使い:放り投げた何かが急旋回してロケットみたいにすっ飛んでったんだけど彼って弓使いじゃないの?(困惑)
※探索者18号:名持だし、弓を使ってるだけで職業なんてなんだかわからねーんじゃ?
※メタルマスター北崎:お、さっそく使ってるじゃねーか
北崎も来たようだ。おそらくそうだろ。兄妹と違って軽傷だった北崎はダンジョンに入れずにデスクワークで暇しているはずだ。旭川の工藤も見ている可能性が高い。
影勝が棒手裏剣を放って数分後、硬い金属が何かに衝突した轟音が複数響く。某手裏剣が天井に激突した音だ。
「あああ当たったぁぁぁ、天井はあったぞぉぉぉ!」
※高知美人:やっぱり、高さも五キロなのね
※防衛省迷宮探索庁二瓶:米軍も見ているでしょうから連絡する手間は省けました
※加賀百万石:近隣国も見ておるじゃろな
※孤独な探索者:天井があったことがそんなに重要か?
※防衛省迷宮探索庁二瓶:ダンジョンのワンフロアが確実に壁で囲われているということが確認できました
※綾部巴:戦闘機は無理だろうがヘリならばいけそうだな
※八王子の飲んだくれ:限界高さが分かればドローンを気兼ねなく飛ばせんだよ
※加賀百万石:壁の向こうに何があるのか気になるじゃろ
※くすみん推し:ドローンを飛ばせれば崖の上の調査も進みそうです
※探索者18号:あれ、そういやさっき壁ぶっ壊そうとしてた?
※孤独な探索者:え、ちょ、向こう側に行こうとしてるの!?
※名無しの探索者:そういや鹿児島ダンジョンの火龍って、そもそもダンジョンじゃ見たことがなかったって話を聞いた
※探索者18号:あれどっかの駐車場に転がってる写真は見たぞ
※八王子の飲んだくれ:あー、壁は壊せねえってのが分かったからな?
※孤独な探索者:くっ、はかない夢だったぜ
話が意図外に行きそうだったので軌道修正が入った。壁は壊れてほしくはないのだ。
「ああああの、寒すぎるんで降りていいっすかぁぁぁぁ」
影勝は限界だった。鼻水はおろか涙も凍りそうなので碧がホッカイロをほっぺに当てて溶かしている始末だ。ホッカイロは碧のポシェットに入っていた。何でも持ってるできた嫁だ。
特別手当をもらわないと割に合わない。いや金に困ってはないけど気分的に。
さすがの影勝も心では怨嗟の嵐だ。
※綾部巴:すまん、気を付けて降りてくれたまへ
「わ、わかりまっっくしょぉぉぉぃ!」
気が緩んだのか、影勝は盛大なくしゃみをした。大きく体がぶれたために矢筒に引っ掛けてあった弓がぽろっと落ちた。ふわーっとだが確実に落ちていく。
「ああああああ弓がぁぁぁぁ!!」
「え? え?」
絶叫する影勝と下が見えない碧はおろおろするばかり。影勝の行動は早かった。態勢を下に向け、空中の足場を蹴って落下っし始める。重力では遅いので空中の足場を蹴りつつ加速していく。
「きゃぁぁぁぁ!!」
「碧さんごめぇぇぇん!」
自由落下ではなく強制落下で体にかかるGがすごいことになっているがそれは見ている人は違うようだ。
※孤独な探索者:おおおスカイダイビングみたいだな!
※探索者18号:見てる分には気分が良いな
※ヨワヨワ弓使い:ん、なんか鳥が映った
※探索者18号:なんかいたな
※孤独な探索者:八王子ダンジョンの一階には飛行型モンスターはいないはずだぞ
※ヨワヨワ弓使い:壁の向こう!
こんなコメントが流れていたが地面に加速しながら突っ込んでいる影勝と碧は気が付かない。そして無情にも弓は加速して落下し続けている。
「思った以上に追いつけない!」
影勝は歯がゆさに叫んでしまう。この速度で地面と衝突すれば世界樹の枝といえどもただでは済まないとの懸念がある。持った瞬間から手になじみ相棒となっている、イングヴァルの知っている女性エルヴィーラからもらった大事な弓だ。
「影勝くんの大事な弓だってわかるけど、こんなスピードじゃ止まれないよぅ!」
「そうだけどッ!」
影勝は必死に手を伸ばすが弓との差は縮まらない。影勝の叫びがこだまする八王子ダンジョン一階に、ひとりの男の姿があった。空を見上げ何かを凝視している。
「いちいち中継してくれて、助かるぜ」
口もとを歪めた西向が、そこにいた。