27.空を駆ける影勝(3)
※孤独な探索者:その子が旭川の探索者ってのはおかのした
※通りがかりの探索者:いやその使い方は間違ってるぞw
※八王子の飲んだくれ:近江ー、いいからちゃっちゃとやってくれー
「えーー、やるのは確定ですか? 五キロを登るって結構きついんですけど。富士山超えてますよ?」
※防衛省迷宮探索庁二瓶:ダンジョンの天井は航空機で調べようとしましたが存在は確認できておりませんので、人の手で直接確認できればかなりの成果です
※加賀百万石:わしも空を駆けることはできるが面倒でやらずじまいであったな
※八王子の飲んだくれ:苦情は加賀のおっさんになー
※綾部巴:近江君、すまないがよろしく頼む
影勝の眉根が寄る。
こんなことが必要なのだろうか。ただ自分には判断つかない。仕方ないか。
釈然としないが、なんだかんだでやらされることになった。
「歩けるのは俺だけだし、カメラを持った碧さんを俺が運ぶ感じだな」
「熊本ダンジョンの時と同じだね」
カメラを構えている碧が嬉しそうにはにかむ。お姫様抱っこなので。
碧を落とすつもりなど1ミクロンの百億乗ほどもないが念には念を入れるために二人をロープで縛る。そんなシーンも配信されていた。
※孤独な探索者:なんでこんなのんきなのこの子達
※八王子のあばれはっちゃく:男のほうは狂犬探索者に因縁つけられたけどあっさりあしらって返り討ちにまでした手練れだぞ
※孤独な探索者:狂犬って、あー、あの事件の!?
「なんでかって。こう、普通じゃないことにしか出会ってないからかな? まだ七月なんだよなー」
「影勝くんは四月に探索者になったばっかりだもんね」
「まだペーペーなんだけど、なんでこんなことしてるんだろ」
そんな愚痴もどきをこぼしていれば準備は整った。一階で空を飛ぶモンスターはいないと聞いているが念のために某手裏剣を後ろポケットに突っ込んだ。座るとお尻に刺さるかもしれない。
「カメラも準備オッケー!」
「さーて、5千メートル階段のぼり競争のスタートだ」
「よーい、どぉぉん!」
「っしゃあああ!」
碧の号砲で影勝は上空へ向かって駆け出した。
「よっほっしょっとっと!」
影勝は軽快な掛け声で、階段でいうと五段抜かし程で見えない階段を駆け上がっていく。すぐに視界が高くなった碧は「わぁぁ」と感嘆の声を上げる。
「すっごーい。このあたりがずっと草原だから遠くまで見えるよ! あ、向こうに川が流れてる!」
碧はその方角にカメラを向けた。ちょうど不可視の壁の向こう、ダンジョン外にあたる。
草原を大きく蛇行して横切る川があり、遠いので川幅までは不明だが「小川」では済まない大きさだ。その川の行く先には森も見えた。湖なのか池なのか、水面も見える。
巨大な鳥ラ・ルゥも見えたがそちらは映らないようにした。大騒ぎになるのが目に見えている。
※孤独な探索者:ををををを!? ってそっちって壁の向こう側ってこと!??
※通りがかりの探索者:八王子ダンジョンを拠点にしてる俺氏、一階で川なんて見たことないぞ!?
※カツオ大好き:高知ダンジョンにはあります、きれいな渓流で、それはそれは素敵な場所です! 高知へおいでませ!
※探索者18号:モンスターさえいなきゃってヤツ
※カツオ大好き:ほんとそれ
※八王子の飲んだくれ:あの川の向こうがどっかの国のダンジョンとかじゃねーことを祈るぜー
※綾部巴:金井、余計なことを言うな
配信を見ている探索者らが驚いているうちに、影勝はスカイツリーを超える高さまで登っていた。階段を登るのが面倒になったので斜面を想定して駆け上がっている。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「あははは、はっやぁぁい!」
碧が撮影している配信画面は、高速エレベーター以上の速度で高度が上がっていく様を映し出している。地面のゲートはすでに米粒以下の大きさで分からなくなっていた。
「上がるのはいいけど、今ってどのくらいなんだろ」
気になった影勝がぼそりとこぼす。かれこれ五分は走っている。影勝は坂を駈けているので距離が増えているが、二級探索者が真面目に走っていれば時速三〇キロにはなる。分速にすると五〇〇メートルだ。
一〇〇メートルの世界記録が約一〇秒で分速が六〇〇メートルだ。なお、真面目≠全力だ。全力なら一〇〇メートルを五秒あれば走るだろう。
話がそれたが、影勝はオリンピックほどではないがかなりの速度で空中をかけている。五分なのでおおよそ二五〇〇メートル走ったことになり、仮に傾斜を四五度と仮定すれば垂直方向には一七〇〇メートルとなる。予定の三割ほどの高さに到達していた。
「ちょっと、寒いかな」
「動いてる俺はそうでもないけど」
碧は白衣の前を重ねてミノムシになる。
地平に目を向ければ、森の向こうには険峻な山岳が聳えていた。山頂付近は雪化粧で真っ白だ。
※高知美人:温度計があれば地上との気温差からダンジョンの空気の在り様がわかったかもしれないわね
「さすがに温度計は持ってない……よね?」
「えっと……こんなこともあろうかと、じゃじゃーん! あるこーるおんどけーい!」
片手でポシェットを漁っていた碧が独特なイントネーションで細長いガラス棒を取り出した。温度が刻まれたメモリと片側に赤い液体が入っている、小学校でよく見たあれだ。
「碧さんのそのポシェットって実は四次元ポケット?」
「ふふふ、いっぱい入れすぎてて何を入れたのか覚えてないだけー」
※椎名堂本店:整理整頓しなさいっていつも言ってるでしょ!
※探索者18号:なんかほのぼのしてるんだけど彼女がいない俺的には許せない何かが湧き上がってくる
※ヨワヨワ弓使い:先輩それ八つ当たりってやつ
※探索者18号:ぐぬぬぬ
※孤独な探索者:心配してくれてる後輩女子がいるんだからいーじゃねのよ、俺なんてマジボッチだぞ?
※探索者18号:う、なんかすまん
関係ないところで何かあったようだがそんなことは我関せずの碧は温度計をじっと見ている。
「摂氏十二℃だって。寒いよねー」
「旭川の冬はもっと寒いんじゃないの?」
「寒い日は一日中マイナス温度だったりするね」
「冬は東京に帰ろうかな……」
※高知美人:八王子ダンジョン一階の平均気温が二十四℃で、百メートル上がるごとにコンマ六度下がっていくから……おおよそ一七〇〇メートルてところね
「坂本ギルド長、博識っすね」
影勝は普通に感心した。だって知らないもの。
※高知美人:当然の嗜みよ
※カツオ大好き:うちのギルド長はリケジョで歴ジョで喪ジョなんだよ
※高知美人:あなた飯田ね! ちょっとギルド長室まで出頭しなさい!
※カツオ大好き:なんでばれたし、トホホホ
※金沢のコメはうまい:おっと自重しとこ
※加賀百万石:目黒、バレとるからの?
※金沢のコメはうまい:うひゃぁぁ
「コメント欄は放っておこう」
影勝は坂を上り続けた。