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27.空を駆ける影勝(1)

 ダンジョンに入れば、どこまでも続く青い空と頬をなでる爽やかな風が吹き抜ける草原が目に入る。鉄の匂いもせず、惨劇があった痕跡はない。ダンジョンはいつものダンジョンだった。

 探索者の遺体は全てギルドが回収し身元の確認を進めているが家出同然で探索者になった者もいて、混迷を極めているようだ。

 この平和な風景と相まって、影勝と碧の心には何とも表現できない感情が押し寄せていた。影勝は深呼吸をしてその感情を腹の底に収める。


「落ち着いてみると、旭川の二階みたいだ。見通しも良くって、探索者になったばかりの新人向けって言われれば納得だ」

「そうだね。ヒール草もちらほら見えるし採取したいなぁ。誰もいないからお腹いっぱい取れちゃうね!」

 

 カメラを構えつつも薬草を目ざとく見つけてそわそわし始める碧。薬草が絡むと思考がそちらに固定されてしまうのでちょっとおかしな言動が始まる。影勝も慣れてきた。

 だが、今の感情から背けるにはちょうど良かった。


 ※椎名堂本店:碧、採取した薬草は八王子に置いてきなさいね


「はーい」

「あーそこの親娘、配信で会話しない様にしてください」


 突っ込みつつ影勝は考える。調査ってどうするの?と。


 ※八王子の飲んだくれ:近江、とりあえずよー、壁を調べてくれー


 金井からリクエストが来た。というか事前に伝えるべき内容では?


「壁っすか。いいですけど一番近い壁は……」

「八王子はゲートがちょうど真ん中にあるから、どこに行っても同じ距離みたい」

「なるほど、八王子はそうなんだ」

「ダンジョンごとに構造は違うもんね」


 ※八王子の飲んだくれ:二階へのゲートが向かって正面にあるからそっちを頼むわ

 ※綾部巴:金井、そんなことは先に伝えておけ

 ※八王子の飲んだくれ:俺っちもそれなりに忙しいんだぜー

 ※高知美人:業務中飲酒をする輩が忙しいなんてお笑い種だわ

 ※加賀百万石:小学生ではないのだ、少しは静かにせんか


 ギルド長らが学級会をしている傍ら、接続する人数が増えていた。


 ※通りすがりの探索者:ギルドのリンクから飛んできたんだけど、この人らって……

 ※名無しの探索者:綾部巴って旭川のギルド長?


 一般の視聴者が混ざったようだ。


「あーーー、なんというか、各ギルドの偉い人達ですねぇ」


 影勝も言葉に詰まる。普通の人、もしくは探索者はギルド長の不真面目な面など知らないだろうし、ギルド長としての威厳を傷つけないように配慮しなければ。


 ※北陸の一匹狼:まじで加賀ギルド長? 何してんすか?

 ※エミちゃん:わ、影っちがいる! やっほーエミちゃんだぜー!

 ※北の賢一:本当にいますね、元気そうで何よりです

 ※カツオ一番:うわ、うちのギルド長もいるじゃん、相変わらずキツイなぁ


 影勝は流れるコメントの中に知った名前を見つけ少し驚く。そして旭川がちょっと恋しくなった。


「えー、このままだと収集つかなさそうなので先に進めましょう。壁を調べてほしいとのことなので二階へのゲートへ向かいます。えっと、あっちでいいのかな?」


 入ってきたゲートの位置を確認した影勝が向かう方角を指差しする。碧が小さく頷いた。


「じゃあまず不可視の壁まで歩いていきます。一階のモンスターなら大したことはないのですが用心に越したことはないので」


 影勝はリュックから弓と矢筒を取り出す。腰に矢筒をつければ完了だ。

 ちなみに影勝の恰好は薄いプロテクターを付けた上にジーンズと薄手のパーカーだ。


 ※通りすがりの探索者:一階だけど油断しすぎ……

 ※探索者18号:見た目が若いけど大丈夫かね


 さっそく突っ込まれた。少し考えた影勝は探索者証を取り出しカメラに向けた。二級(特)が見えるように。


 ※通りすがりの探索者:二級!? 特!?

 ※探索者18号:特ってなんだよ? 聞いたことないぞ

 ※流離のギルド職員:特とはギルドが特に有用だと認めた探索者に与えられるものです

 ※通りすがりの探索者:初めて聞いたんだけど?

 ※探索者18号:探索者講習では教わらなかったぞ?


「というわけで探索者としては問題ないのでサクサク行きましょう」


 驚く名も知らぬ誰かの反応は無視して進むことにした。

 八王子ダンジョン一階は旭川ダンジョン二階とは違って出てくるモンスターは弱く、角があるウサギや猪突猛進型カピバラが出るくらいだ。新人でもよけて攻撃できれば倒せる強さで、影勝はエンカウントしては弓で叩いて光に変えている。


「矢を放つほどでもないし拾いに行くのも面倒なので殴ります」


 ※探索者18号:ちょっと調べたらコイツ、旭川のエロフって呼ばれてるらしいな


「エロフ?」


 コメントを召し似てしまった影勝が立ち止まる。エルフと呼ばれたことはあったがエロフはない。視線で碧に尋ねるも小さく首を振られた。

 エロという文字にもやっとしつつも影勝は足を進めた。封鎖して数日だがダンジョン内の植物は生き生きとしている。普段は大勢の探索者に踏みつけられぺしゃんこにされているがそれがなかったので大繁殖しているのだ。


「ヒール草があっちこっちで雄たけびを上げてる感じで密集して生えてる」


 碧もちらちらと視線を迷わせており、採取したい欲望を止められないようだ。


「ちょっとくらいならいいんじゃないかな」


 ※椎名堂本店:あなたたち、ヒール草の採取も大事だけど本来の目的を忘れちゃだめよ?


 すかさず葵から指導が飛ぶ。カメラを構えている碧がぶーたれた。


「えー、五分歩いたので三分休憩します」


 影勝がカメラを受け取ると碧はすぐ近くのヒール草密集地帯に飛び込んだ。ポシェットから採取用のナイフを取り出しババババっと、しかし丁寧に採取を始めた。密集していたはずのヒール草が、まさに根こそぎ無くなっていく。後に残るのはわずかに残された茎と茶色い土だけだ。


 ※通りすがりの探索者:なんだこの子、採取うますぎだろ

 ※エミちゃん:さすが碧っち、速すぎて腕が残像になってる、うけるw

 ※加賀百万石:見事じゃのぅ、さすが椎名堂じゃ


 カメラを持つ影勝は周囲への警戒を忘れない。カピバラが突撃してくるのを弓で脳天唐竹割をする。碧はそれに気が付かずにヒール草を壊滅させる勢いで採取していた。


「うーん、とったどー!」


 碧が満面の笑みで立ち上がった。採取したヒール草は即ポシェットにインされているので収穫高は知れないが草原の一部が茶色に染まっているのでかなりの量になっているはずだ。殺戮者(植物の)という二つ名もゲットできそうなくらい無慈悲に刈り取ってしまっている。ダンジョンゆえに数日後には元通りになっているのだが。


 ※通りすがりの探索者:すげぇ……

 ※八王子の飲んだくれ:俺っちは錬金術師をかき集めとくかー

 ※綾部巴:さすがは碧ちゃんだ


 後方腕組みネキもいるようだが、満足いただけたようだ。

 まさに道草を食ってしまい、本来なら十分も歩けば二階へのゲートに辿り着くはずが三〇分ほどかけて到着した。


「手つかずのヒール草がたくさんあったのは不可抗力だもん」

「いや誰も責めてないし」

「なんか言いたげな圧力を感じたもん」

「画面の向こうは見えないから」


 謎の不機嫌を発揮している碧をなだめつつ、ゲートの奥にあるはずの不可視の壁を見る。もちろん見えないのだが。


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