閑話 西向という男
都内某所のタワーマンション最上階。そこに一室に西向はいた。
だらしなくソファーに寄りかかりながら、テーブルの上のモニターを眺めている。モニターには各ギルド長らのネット会議の様子が映っている。会議を西向は盗聴をしていた。
もちろん防衛省がずさんな管理をするはずはなかったが、西向にはそれを可能とするスキルがあった。
「世界樹は死なねーな、確かに。そういや世界樹の枝の弓が発掘されてたなぁ」
西向はどこからか雑誌を取り出した。探索者向け雑誌だ。表紙には「今年もオークションが来る。今回は大きすぎる目玉出品が!?」という見出しが。日付は五月のオークション後だ。オークションを煽るようなタイトルで購読者の期待感を高めて買わせる手口だ。内容もオークション出品と落札者が金額とともに紹介されていた。パラパラとめくっていく。
「へぇ、あの時に見たやつか。面白そうじゃねーの」
西向はブランデーが入ったグラスを傾けながらそう呟いた。
西向 要 三十九歳
職業【エランバッシオ:影を隠す男】
【影を隠す男】とは。あらゆる物を隠すスキルで、それの制限はない。
要は若いころに八王子で探索者となった。名持ではあるがそのスキルはマジックバッグと同じで戦闘職でも生産職でもなかったために冷遇され馬鹿にされた。役に立たないと判断されたのだ。
戦えない要は一人ではダンジョンに潜れないので運搬人として若手の探索者と同行して生活していた。経験を積んで稼げる探索者はマジックマッグを所有しているので要に用はない。
役に立つようで役に立たない。
便利だが代わりがある。
西向要の探索者としての評価である。
容量無限とはいえ大き目の容量のマジックバッグがあれば事足りてしまう。物流に使えると思われたが要一人では一か所にしか運べず、それならば容量は小さくとも複数のマジックバッグを複数の場所に振り分けた方が効率が良い。災害での瓦礫や汚泥の撤去も同様だった。
戦闘には参加しないのでレベルは上がらず、かといって何か生産することもできず。要は嘲られ続け年齢を重ねていった
要には年の離れた妹の瞳がいた。瞳は兄を励まし続けた。自分も探索者になったら兄と一緒にダンジョンに行くのだと。それが楽しみなんだと。要にとって唯一の支えだった。
瞳は十八歳とともに探索者になった。有能な職業【聖騎士】になり、活躍を期待されていた。要と一緒に行くことが多かったがそのうち仲間ができ、要は彼らを優先するように妹を諭した。
瞳は新人ながらモンスターの前に立ちはだかり仲間を守るように立ち回った。モンスターを前に撤退するときは殿も務めた。早々と有力クランにスカウトされた。順風満帆な滑り出しに、要も喜んだ。自分は惨めだが妹は優れている。羨む気持ちはあるが素直に嬉しかった。
だがそれをよく思わない者たちがいた。クランの先輩探索者たちだ。
瞳は、活躍を妬んだクランの先輩らに嵌められてダンジョンに取り残された。襲い来るモンスターを撃退しながら命からがらやっとの思いで脱出したが、そこで待っていたのは、ダンジョンで先輩探索者を置き去りにして逃げたという冤罪だった。
瞳は反発した。取り残されたのは自分のほうだと。だが、裏で手を組んでいた先輩探索者らはあらかじめ作り上げていたストーリーに沿った証言をしていった。ダンジョンの中に正義はなく、そして多勢に無勢だ。
瞳の窮地に西向は無実を訴えたがスキルが劣っていたために一顧だにされない。また、瞳は探索者という存在に反対するメディアで叩かれ、社会的に抹殺されてしまう。ギルドはクランとの関係が揺らぐことを危惧し、押し黙った。
心を病んだ瞳は自殺した。ささやかな葬儀が執り行われたが、要が呼ばれることはなかった。
その報を聞いた要は暴れて絶叫し、世界を、ダンジョンを恨んだ。
こんなものがあるから妹が殺されたんだ。
絶望の淵に立ち今にも崩れそうな要の脳裏に、ある知識が沸き上がった。それは、ダンジョンの世界であり、そこに生きていたエランバッシオの知識だった。
彼はかつて生きていた世界で知識階級にあり、その知識を書という形で固有スキル【影を隠す男】にため込んでいた。要はそれを見つけた。
要はむさぼるようにそれを読み漁り、英知ともいえる知識を得た。ダンジョンというどこかの世界の知識を。スキルの本当な使い方を。そして人を虐げ操り殺める方法を。
要はダンジョンに潜った。そしてあらゆるものを収納し始めた。土も草もモンスターでさえも。収納されたモンスターは魔石に代わり、そして要のレベルは上がった。
「はは。はははは、なんだ、こんなに簡単なことだったのか……」
要は天を仰ぎ、啼きながら笑った。枯れ果てた涙が出ることはなかった。
それからの要は、瞳と同じように有能ゆえに闇に追いやられた探索者に声をかけ、引き入れていった。彼ら彼女らが帰れる居場所、アンチギルド組織【chimera】を作り、ダンジョンで鍛え上げ、信頼を得ていった。エランバッシオの知識を用いて。
着実に人数を増やしていった要は、ようやく本来の目的に着手する。
復讐の時、きたれり。
だが、復讐しようとした矢先、当該クランは玄道と加賀らギルド幹部と防衛省迷宮局によって強制解体され、瞳を陥れた主犯らは断罪後速やかに処刑された。これによりギルド内部でも循規蹈矩をもっての粛清が始まり、内部の膿を出していた。
メディアは手のひらを返してギルド改革を評価し、瞳の理不尽な死を嘆いた。
「クソがッ! ふざけるなッ! 今さら! 瞳が死んだときは、何もしなかったくせに! クソォォォォォ!!」
復讐の機会を失った要は現実を受け止められず暴走する。要の怒りの矛先はギルドに向いた。
「ダンジョンを独占するギルドを潰したい」
要は仲間にそうこぼした。
要の思いを彼らは受け取った。彼らの窮地を、ギルドは救ってくれなかったのだ。
彼ら彼女らはその意思を胸に、陽の当たる世界へと戻っていった。そして目立たないように、りっそりと、堅実に、実績と信頼を得ていった。
そんな探索者の数を増やしながら、要は人の欲望を操り、手駒としていった。社会の裏から静かに滅びの腕を伸ばしていった。
しかし、要が表に出ることはなかった。ギルドにかぎつけられるのが面倒であったこと。また、万能に思えた収納のスキルだが、どうしようもない性質もあった。
生命体は収納できないこと。生命体ではないダンジョン内のモンスターは収納できたが人間はだめだった。
収納した毒や爆発物を出した瞬間にそこを真空にしてしまう金井とは相性が悪いこと。
そして極めつけは、スキルで収納をしても【影を踏む女】綾部には見つけられてしまうこと。
ギルド長相手では分が悪かった。
自らの手で復讐ができない要に葛藤はあった。どうしても自分の手でやりたい。だが今はその時ではない。
そんな時だ、影勝を見つけたのは。
「世界樹の枝、ねぇ。使えるな。くはは、この世界に混沌を生み出してやるぜ」
西向はブランデーの飲み干した。