26.新しいお仕事を言いつけられるふたり(3)
そんな事態など知らない影勝と碧は、ホテルの一室で葵とビデオ通話をしていた。安否確認はとっくにすんでいるが定時連絡は必要だ。
「それで、しばらく八王子ダンジョンは閉めちゃうんだけど、誰もいないダンジョンだからそこで撮影して動画を公開したらどうかって案が出てるの」
葵が苦笑しながらそう言う。無理を言っているなとの自覚はあるのだ。
影勝も碧も八王子の惨劇に渦中にいて、精神的にも大きなショックを受けている。そこで誰もいないからとダンジョンを撮影しろとはのん気すぎる。影勝も碧もいい顔をしていない。
「ふたりがそう思うのももっともなんだけどね、今回のことで探索者になろうとしている人が減るのは間違いなくて、それだと社会の維持に支障が出るのよ。電力も薬もポーションもね」
葵の説明が続く。葵とて碧の親であり、そして影勝を預かっている立場でもある。本来なら今の精神状態でダンジョンに向かわせたくはない。だが、そうもいっていられない事態となっている。
「それとね、これは極秘なんだけど、高知の坂本ギルド長が未来視で土佐湾にモンスターが出現している場面を見ているの。東京タワーも壊されてて、街には武装した探索者が普通に歩いてるって」
「東京タワーが壊れてる!? ど、どういうことですかッ!」
影勝は身を乗り出した。高さと役割こそ東京スカイツリーに譲ったが都民にとっていまだ東京タワーはシンボルである。高校を卒業したばかりの影勝でも子供の時に連れて行ってもらった記憶もあり、それなりの思い入れもあった。大阪でいえば太陽の塔、北海道でいえばさっぽろテレビ搭だ。それに東京といえば母親がいる。東京全体に何かが起きたのであれば母親にも。
とても穏やかな心境ではいられない。
「原因は不明だけど、予想としてはダンジョンの壁がなくなってダンジョン外のモンスターが地上にあふれたんじゃないかって」
「ダンジョン外! た、たしかに、あれはモンスターでも生物だった……」
「生物ならゲートをくぐって地上に出られちゃうんだけど、もちろんダンジョンの出口にはギルドがあって探索者もいるからそう簡単に地上のモンスターが出るなんて事態が起きるとは思ってないけど、外国は日本ほどしっかりしてない国が多くってね」
「そこからモンスターが溢れるってことですか!?」
「影勝くん、落ち着いて。そう予想されるって話よ」
どうどうどうと葵にステイされる影勝。横にいる碧に腕をつかまれてもいる。
「ダンジョンの壁がある以上は外の生けるモンスターが入ることはない、と思うわけ。でもそれが確実かなんて誰もわからない」
「……だから調査すると。俺、行きます」
「影勝君が行くならわたしも行く! 待つのは嫌!」
「まぁ、そう言うと思ってたわ」
前のめりになる影勝と一蓮托生の碧。諦め顔の葵。
影勝ならば安全に調査でき、影勝にしかダンジョン外に出ることができない。
「モンスターを倒す必要はないから隠れて調査してほしいの。あと、薬草類は好きに採取してギルドに入れてあげて。そっちも足りなくなるはずだし備蓄を増やしたいのよ」
「わかりました」
「やった! 薬草採取だ!」
碧の意識が薬草にとんだ瞬間、先ほどまでの重い空気は霧散した。現金なものだ。
そんな話があった二日後。時節は七月も後半に差し掛かり、学生らは夏休みに突入した頃。影勝と碧は八王子ダンジョンギルドの受付にいた。ダンジョンは閉鎖されたままであるが、広いロビーには数人の探索者らしき姿はある。いつ再開されるかの情報を得るためだろう。彼らの生活の糧である。
「おい、あの白衣は椎名堂……」
「金井ギルド長もいるじゃねえか。何するんだ?」
「ダンジョン再開か?」
そんな彼ら彼女らの視線を集めている影勝と碧は、同じく受付に来た金井に声をかけられた。今日も彼の制服であるアロハシャツに短パンである。
「無理いってわりーな」
「いえ、調査はしないと」
「気負ってもしかたねーぞ?」
影勝の意気込みに金井が苦笑する。東京タワーの危機となれば前のめりになろうというものだ。
「今日は一階だけにするので、動画を配信しながら動きます」
「おー、ギルドの公式サイトからリンク張っといてやるぜー」
「え、いや、それは……」
「調査よろしくー」
金井は片手をあげロビーの空中を歩いてギルドの二階部へ歩いて行った。影勝は逃げやがったな、と舌打ちをする。金井は本当にやるだろう。碧もそれがわかっているので不安からか見上げてくる。
「まぁ、生配信は今日だけだし。二階以降は編集もできるし」
「ぶーーーー」
「なるべく顔はうつさないし声も出さなければいいし」
影勝は渋る碧をなだめつつ背を押してゲートに向かう。
「あ、ここから配信すればいいのか」
「そのほうがわかりやすいかもね」
いきなり一階からではわかりにくいだろう、という余計な気を回す。碧はポシェットからハンディカメラを取り出し探索者用端末と接続する。碧がカメラを持ち、その映像を端末に転送して配信する予定だ。
カメラの電源をオンにし、端末に映像が映ったのを確認する。端末にはギルドのロビーとゲートが映されている。混雑を見慣れていたので閑散としたロビーに寂しさがこみ上げる。
「人がいないと余計に広く感じるな」
「……早くダンジョンを再開するためにも調べなくっちゃね」
碧は端末をぽちぽちと操作していく。画面にRECという赤文字が現れ配信が始まる。動画配信サイトでアカウントは椎名堂遊撃支店だ。登録したばかりだが登録者は七人もいて、葵と各ギルド長の五人と防衛省の二瓶だった。身内である。
チャンネルを見てみれば【初配信】椎名堂が行く【八王子ダンジョン】という名前の生配信があり、影勝の姿の背中が映されていた。
碧が構えるカメラは影勝を向いている。
「俺じゃん! って始まってるじゃん!」
『俺じゃん! って始まってるじゃん』
影勝の声にわずかに遅れてスマホから影勝の声が聞こえる。そしてキーンというハウリングが起きる。
「なんかやってるぜ?」
「カメラ持ってるから撮影か配信か? ギルド長もいたから配信かもな」
ロビーに数人いる探索者の声が聞こえてきた。なんとなく恥ずかしいのでさっさと入ってしまおう。
「えっと、これから八王子ダンジョンンの一階を調査して行きます。今日は一階だけです。なお八王子ダンジョンは現在封鎖されているので、今回はギルドからの特別依頼でダンジョンに入ります」
勘違いされても困るので断っておく。
※八王子の飲んだくれ:たのんだぜー
影勝のスマホの画面にはコメントの文字が流れていく。どうやら金井のようだ。金井のアカウント名よ。それでいいのか?
※綾部巴:金井、お前も働け
※八王子の飲んだくれ:俺っちは事務所で見させてもらうぜー
※加賀百万石:うむ、八王子は駆け出しのころに行ったきりだからの、もう忘れてもうたわい
※八王子の飲んだくれ:加賀のおっさんも若い時に来てたのかー
※加賀百万石:初心者向けだからのぅ。わしは今も昔も臆病でな
※八王子の飲んだくれ:加賀のおっさん、わかりやすい嘘はやめれw
※加賀百万石:嘘ではないわい
※綾部巴:ふたりとも黙ってくれたまへ
金井と加賀がコメントで会話を始めて画面がカオスになっている。そして静かに切れる綾部。
※高知美人:こっちもスタンバイおっけーよ
※椎名堂本店:はーいふたりとも、危ないことしちゃだめよー
※防衛省迷宮探索庁二瓶: 防衛省の二瓶です。よろしくお願いいたします
※くすみん推し:玄道です、お久しぶりですね。今日はこのために時間を確保しました
忙しいはずの立場の方々が勢ぞろいしていた。アカウント名に性格が出る。なお、くすみんとは鹿児島ダンジョンがある姶良市のゆるキャラである。いま配信しているアカウントは【椎名堂出張所】だ。
紳士淑女らのやる気に影勝と碧は「自分らをだしに騒ぎたいだけだろ」と呆れている。
「えー、ではゲートをくぐって八王子ダンジョンに入りたいと思います」
気を取り直した影勝と碧はゲートをくぐった。