26.新しいお仕事を言いつけられるふたり(1)
甲斐は無事に確保された。身柄はという意味であって、精神面も健康状態も最悪。彼の生存理由は情報のためだけ。それがすんだら法廷で裁かれることなく処刑される。それが罪を犯した探索者の末路だ。
影勝と碧は、それを葵からやんわりと聞いた。金井からだともっとドストレートな言葉で紡がれたことだろう。
「……探索者って割に合わないな。儲かるかもしれないけど一回転んだらアウトだ」
「電力とかポーションとかを考えたら、探索者抜きだと社会が持たないって言われてるんだけどね」
「でも探索者になる人は少ない」
「だから、なんだと思う」
常人ならざる力を持つが故にその拘束も厳しい。自らを律せぬ人物は処分される。それは影勝とて例外ではない。なにより、影勝をも処分可能な人間はいるのだ。
「はぁー」
「ふぅー」
ふたりは揃ってため息をついた。ふたりは今八ダンパレスのホテルにいる。ダンジョン一階で甲斐が暴れたことによる犠牲者は五十人を超え、ダンジョンが封鎖されたこともあって部屋に戻ってきたのだ。
もちろん事件の場にいた生き残りとして事情聴取はあったが、彼らがダンジョンに入った時には惨劇の真っ最中であったこと、ギルド長もそれを確認していることもあってさらっとしたものだった。彼らよりもギルドロビーに生きて逃げ帰れた探索者に聞いたほうが事件のあらましがわかるというのもある。すでに深く潜っている探索者に連絡するすべはないので、ギルドに帰還次第説明することになっている。
「八王子ダンジョンで起きた大量殺戮事件ですが、犯人の男は防衛省に身柄を確保されており事情聴取が進んでいると思われます。犯人は先日辞任した甲斐副大臣の息子という話もあります」
「だーかーら、探索者なんて野蛮人を野放図にしたのが悪いんであってー」
「探索者はもっと厳しい法律で縛るべきです!」
「甲斐元副大臣の汚職も追及すべきです! 与党も追及すべきです!」
「探索者に適格審査を義務付けるいい機会じゃないですか」
ニュースは事件の報道でどこも大騒ぎで、ワイドショーではコメンテーターが無責任に言いたい放題だ。デマも言いたい放題で、こいつらのほうがよほど害悪だ、と影勝は感じたほどだ。処罰したらどれほど平和になるだろうか。
甲斐の父である元防衛副大臣は即日逮捕され警察で身柄を確保されている。確保しないと殺されるだろう。
「ダンジョンが封鎖されちゃったねー。バイコーンはどうしよう?」
「こうなってまで欲しいものでもないし、頑丈そうな袋に入れて持ち歩いてもいいしなー」
影勝の装備を作るための材料探しもとん挫した。そして金井の依頼も中断されている。それ以前に、大勢の人間が殺されたのだ。ふたりの精神も平常ではいられない。今もこうして呆けているが、これは防衛本能だった。ぼんやりさせて思考を妨げている。
「今の状況でダンジョンに入っても関係ない人から文句が出そうだし」
「部外者の声が無駄に大きいのも考えものだよねー」
「それなー」
ぼんやりした頭で考えてきても結論は出ない。
ところ変わって八ダンパレス近くの総合病院の一室。八王子ストライカーズの亮がベッドに横になっている。そばにいるのは妹の舞と相川代表だ。
亮の傷は完治しているが失った血液までは戻らない。それまでは絶対安静を言いつけられていた。
「亮の命が助かってよかったよ。あの傷なら失血死してておかしくなかった。荷が重い仕事を頼んで悪かったね」
「生まれて初めて腕をなくしました。痛みはあったけど、舞を守れたのでプラマイゼロです」
「護衛相手が椎名堂でよかったよ。あれ、たぶんだけど、普通のハイポーションじゃなくって特性だからね」
「特性? 椎名堂は薬師でしょう? ポーションは作れないはずじゃ?」
「作れはしないけど大量複製と大幅な効能アップはできるのさ。おっとこれも口外したら消されちまうから黙ってるんだよ? 舞もいいね?」
相川の脅しにともとれる言葉に兄妹は静かに頷いた。秘密だがどうして生き残ったかを知る権利はあるという相川の計らいだ。
「社長すみません、俺がこうなっちまってるんで依頼はできそうにないんだけど……」
不安そうな亮が相川を見つめる。生き残りはしたが依頼の遂行はできないだろう。失敗ではないので問題はないが、完遂したわけでもない。金井の依頼も、バイコーン狩りにも行けていないのだ。
「それは気にしなくってもいいさ。あのふたりも動けないんだし」
相川は小さくため息をこぼす。裏でいろいろ動いているのだろう相川の顔には疲れが見える。
「しばらくは忙しいだろうけど、まぁ、すぐに忘れられちまうさ」
安静でいるんだよ、という言葉を残して相川は病室を出て行った。亮は閉じられた扉を見ていたが不意に口を開く。
「……舞、クランで犠牲はあったのか?」
「あー、その、先日加入したばっかりの新人君たちがね……社長はその対応であたふたしてるよ」
舞が視線をそらし、言いにくそうにつぶやいた。ダンジョン一階に転がる遺体の中に、クラン三日月所属の探索者もいて、それがクランに加入したての新人だったのだ。四人の女の子で、ようやく二階に行けると意気込んでいたばかりだったのを、亮は覚えていた。祈るように目を閉じる。
同僚が死ぬのは初めてではないが、探索者に殺されたこととそれが新人だったことが、亮の腹に重くのしかかる。
「……強くならないと、駄目だな」
「うん」
「あんな奴に負けないくらいに、な」
「うん。僕も強くならないとね」
静かな病室にその言葉が消えていった。
市ヶ谷の防衛省では、今事件についての会議が開催されていた。数人の打ち合わせで使用する小さな会議室には防衛省迷宮探索庁長官 二瓶と八王子ギルド長金井の姿がある。二瓶の補佐として二十代の男女も同席していた。金井以外の各ギルド長はネット通話での参加だ。
「資料についてはお手元にあるので割愛しますが、今回ターゲットになった椎名堂については偶然であると結論づけられています」
二瓶が通話用のカメラを見ながら説明する。
「綾部だ。一階で配信してるやつの目に留まった碧ちゃんににちょっかいをかけたクラン員が原因と? 近江君のスキルではないと?」
旭川の綾部が身を乗り出し、目つきを鋭くする。二瓶は小さくうなづいて回答する。
「ちょっかいをかけたクラン【覇王】は元々問題のあるクランでしたが、諜報能力は皆無です。猪武者の集団とのことです」
「あー金井だ、ちょっと補足な。あいつらはただの馬鹿だが、裏には反社がついてた。末端の探索者が知ってたかは不明だけどよ。首になった副大臣もそうだな」
「ふむ。では金井、その反社に近江君の個人情報が流出した可能性は?」
「わかんねーけど、現場にいた西向からは、近江に固執している感じはなかったな」
「なるほど。不幸中の幸いだな」
綾部が腕を組んで背もたれに寄り掛かった。すかさず高知ギルドの坂本が挙手した。
「西向が関与しているのならこんなのんびりしている場合ではなくって? あいつは【影を隠す男】でしょう? 先日北海道で捉えた犯人を殺したのもあいつでしょう。金井もなぜそこで仕留めなかったのかしら?」
「おっと真弓ちゃんに心配されると俺っちは泣くほど嬉しいぜ」
「金井、茶化さないで話しなさい」
「真弓ちゃんはまじめだなー。俺っちだってアイツを仕留めたかったけどよー、近江を護衛してたうちの探索者がそこにいてタゲられて、その隙に逃げられちまったわけさ」
「そう、普通の探索者がいたわけね。ギルド長としては無下に扱えないわね。にしても西向が……」
坂本は文句を言い足りなさそうだったがここは引いた。
「西向。久しぶりにその名を聞きましたが、聞きたくはありませんでしたね」
「我々が気が付かなかっただけで、稀有なスキルを持った有能な探索者だったんじゃがのう」
鹿児島ギルドの玄道が苦い顔をすると金沢ギルドの加賀が悲しそうに眉尻を下げる。
「冤罪で妹さんが陥れられた時から変わってしまいましたね」
「妹さんも亡くなられてしまった」
「あれの犯人は捕まえて適正に処罰したが、それでも怨念を晴らせぬのはわかるがの。仇討ちを無関係の人々に向けても妹さんは浮かばれんじゃろて」
「善きも悪きも、感情は理性を超えますからね」
「探索者も人間だしのぅ」
「「あんなことがなければ」」
玄道と加賀は同時にそうつぶやいた。