25.対峙するふたり(3)
ゲートの先は、すでに動くものは甲斐ひとりだけだった。一階は草原だが、草に埋もれるかのように探索者が倒れている。かすかなうめき声も上がっていない。
「ひ、ひどい……」
真っ先に入った舞がガタガタ震えている。
「舞、見るな!」
「……ひでーなおい」
後から駆け付けた亮が舞の肩を抱き、顔を背けさせる。北崎は苦々しくその光景を見ていた。その視線の先には、血で真っ赤に染まった甲斐の姿があった。剣を手に、立ち尽くしている。
「くそ……俺のせいか」
影勝も地獄のような光景を見た。漂う鉄のにおいに腹から登ってくるものを無理やり下す。
「ひ、ひどい……」
青い顔の碧がふらふらと影勝の前に出る。
「だれか、だれか生きてる人は!」
累々と転がる屍から返事はない。碧はポシェットからポーションを取り出し、一番近くに転がっている探索者に駆け寄った。
「碧さんいっちゃだめだ! くそ!」
影勝は碧の後を追う。その動きに、甲斐がぐるりと顔を回す。
「いだ。いだぁぁぁ!」
影勝を見つけた甲斐が剣を上段に構えた。視界の隅でそれを確認した影勝は瞬時に矢を放った。加速した矢は甲斐の胸に当たり、その勢いのまま大きく吹き飛ばして距離を稼ぐ。
「がぁぁぁぁぁあ!!」
吹き飛んだ甲斐は激しく地面を転がるが、すぐに立ち上がった。口から血を吐いているが、見た目ほどのダメージはなさそうに見える。剣を振り回し獣のような雄たけびを上げている。
「正気じゃねえにしても、ありゃおかしいな」
影勝と碧の前に立った北崎がぼやく。甲斐の表情は虚ろで焦点も合っていないが、動作は素早い。狂気にとらわれていると考えるのは簡単だが、では何故そうなっているのか。
「殴っていけば、静かになるよね!」
「だなッ!」
タワーシールドをふたつ構えた舞とその背後で魔法を用意する亮。天に掲げる剣先にはボディボールほどの太陽がある。通常のファイヤーボールはバスケットボールほどだが亮のは二回りは大きい。舞が甲斐に向かって駆ける瞬間、亮の魔法が発動する。
「これでもくらえ、特大ファイヤーボール!」
亮が剣を振り下ろすと灼熱の太陽が発射される。舞の横を炎の球体が唸りをあげて通り過ぎ、甲斐の目の前で爆発した。
「シールドバッシュ!」
その爆炎を目くらましに、盾を構えた舞が突入する。
「アン! ドゥ! トロワ!」
右ジャブ左アッパー右ストレートとシールドバッシュが生み出す衝撃波で甲斐を殴る殴る殴る。盾騎士とは守る騎士ではなかったか。最後のストレートで甲斐の体はまたも吹き飛ばされ、勢いよく草原を転がる。
「ど、どうだぁ!」
王子様に似つかわしく、舞が雄々しく叫んだ。彼女とて恐怖がないわけではない。護衛として上級職として先輩探索者として、後輩のふたりに見せなければならない背中があるのだ。
転がる甲斐だが、剣を地面に突き立て、強引に停止した。飛び跳ねて起き上がると「ぃぇぁぁぁぇぇぇぇ!」と奇声を上げる。ガードしたのか左腕はおかしな方に曲がり、口からは折れた歯を吐き出した。
「YEEEAAAHHHAAA!!」
舞の後を駆けていた北崎が気合とともに甲斐に斬りかかる。躊躇などない剣筋だが、甲斐の剣に阻まれた。片手で受けきれる衝撃ではないはずだからか、北崎は驚きの顔を隠せない。
「ジャジャジャジャマダァァァァ!」
「グッハッ!」
甲斐の喧嘩キックが北崎の腹に決まり、十メートル以上後方に飛ばされた。甲斐は次の獲物として舞に顔を向けた。舞は口を強く結び両手の盾を引き寄せる。
「オバエボダァァァl!!」
甲斐が地面をけると爆発的に加速した。
「ボクの盾は、そんなんじゃ抜けないよ!」
盾をしっかりと体に固定した舞に、甲斐の剣が襲い掛かる。
ゴドンと腹に響く重い音で甲斐の剣は止まった。が、舞の盾はくの時に折れ曲がり、そしてそれは彼女の腕もだった。
「あぁぁぁぁ!!」
激痛に顔を歪め、舞は膝をつく。その目の前で甲斐はゆるゆると剣を振り上げた。亮は背後にいる野々山に振り向く。
「勇、ヘイストだ!」
「はははい! ヘイスト!」
野々山は慌ててバフ魔法をかけると、亮の体がまぶしく輝く。と同時に亮は駆け出した。
「妹を守るのは兄の特権だぁ!」
亮は三級でおおよそ常人の倍ほどで動けるがヘイストの魔法をかけられ、さらに速くなっている。
「ジネェェ!」
「させん!」
舞の前に亮が体を滑り込ませ、甲斐の剣を盾で受ける。が、甲斐の剣はそのまま亮の盾、そして左肩を斬りおとした。吹き出す血飛沫に舞の顔が染まる。
「お、おにいちゃん!」
「く、らぇぇl!」
亮が右手の剣を甲斐の腹に突き刺す。唾が腹に接し、背中から剣が突き出るまで深く。
「勇のヘイストのおかげで間に合ったぜ」
「ア”ア”ア”ア”!!!」
痛みは感じるのか絶叫する甲斐はそれでもなお剣を振り、亮の首を落とさんとする。
「そのまま燃えてろ! バーンソード!」
唱えた魔法で亮の剣から業火が噴き出す。その炎は甲斐を激しく焦がす。
「アヅイ! アヅイィィィ!」
炎に包まれた甲斐は後ずさり、やたらめったらに剣を振り回し始めた。腹には亮の剣が刺さったままで、激しく炎を噴いたままだ。
その火だるまの甲斐の胸に、影勝の矢がぶち込まれる。
「ウボグルァァァァ!」
二〇メートルほど飛ばされる甲斐。数回地面をバウンドし、三〇メートルほど先で停止した。
「碧さん!」
「わかってる!」
ポシェットからハイポーションを取り出した碧は亮の元に駆け寄った。舞は無事な右腕で亮を抱きかかえている。
「おにいちゃん! なんで!」
「イデデデ……舞、無事か?」
「……お兄ちゃんの腕が……」
「腕一本で可愛い妹が守れれば安いもんだ」
痛みを堪えながらも亮はにやりと笑って見せる。その間にも血は流れ続けていて、亮の顔は白くなり始めていた。
「大丈夫、治します!」
いい感じの場面だが碧が入り込んだ。片手には斬りおとされた亮の左腕をもって。こうなった碧に怖いものなどないのだ。
「ハイポーションをかけます。わたしが固定してるから、だれかポーションをくかけてください」
「ボ、ボクがやるよ!」
舞は折れた左腕を差し出す。激痛に歪みそうになる顔を、何とか笑顔に保ちながら。
「わ、わたくしがやります」
いつの間にかそばにいた小田切がハイポーションを手にとった。ここで亮の意識が途切れ、体がガクンと舞が必死にその体を支えた。
影勝が、そして復活した北崎が隠すように立ちはだかる。甲斐はまだ動いていた。
「傷口にかけてください。できるだけゆっくり」
「こ、こうでいいのかしら」
「そうそう、いい感じです」
亮の左肩が光りはじめ、斬り落とされた腕と溶着し始めた。
「今のうちに舞さんも」
「ボクはあとでいいからお兄ちゃんをお願い!」
時間にして三〇秒ほどで腕は完全に繋がった。亮の意識がないので確認はできないが間違いないだろう。碧はすぐさま舞にもポーションを振りかける。苦痛に眉を寄せていた舞だが、ポーションが効いたのかその表情も少し穏やかになった。
「おにいちゃんをありがとう」
泣きそうな顔の舞が碧に感謝を伝える。自分はともかく、死にかけていた兄を助けることは、自分ではできなかったのだから。