25.対峙するふたり(2)
「探索者資格が剥奪となれば放っておけないね」
「ま、舞は怖くないのですか?」
「怖いと言われれば怖いさ。探索者同士の戦いは禁止だけど、襲ってくるなら別だよ」
小田切の問いに困ったようなはにかみを見せる舞。北崎は腕を組んでいるが口元がにやけている。この狂戦士は職業通りバトルジャンキーらしい。
亮はしぶしぶ、舞と北崎はやる気、野々山と小田切は腰が引けている。
そんな様子に不安を抱いた碧は影勝に顔を寄せる。
「影勝くんどうする?」
「どうするっつっても……捕まえるのは確定だな。あんな奴を野放しにしちゃダメだろ。麻痺毒でもぶち込めば、いや、碧さんへの暴言を考えたら猛毒一択だ。死すらぬるい」
「ま、麻痺にしようね? ね?」
ガンギマリの影勝をなだめる碧。やっておしまい。どこからかそんな声が聞こえた。
三日月専用の更衣室で着替えた一行はゲート前に集合した。影勝は相変わらずのジーンズにパーカーという超軽装で腰に矢筒をつけている程度だ。碧は黒のワイドパンツに緑まみれの白衣にポシェットと場にそぐわない。
「今なら理解できるけど、その軽装でダンジョンでも問題ないのはすごいよね!」
声をかけてきた舞は西洋鎧を彷彿とさせるブルーメタリックの全身鎧に大きなタワーシールドを片手に一つずつ持っている。先日の装備に比べるとかなり重装備だ。盾騎士なので大きな盾が武器である。顔は見える形のヘルムにはデフォルメされたモンスターのシールが貼られている。厳つい装備でも可愛らしさを出したいようだ。でも立ち振る舞いにでる王子様感は拭えない。
「近寄る前にズドンができるからな」
「甲斐が来ようが食い止めてやるさ」
北崎と亮も先日よりも装備が立派になっている。北崎は胸などクリティカルな部分の鎧だが先日のダンジョンの時よりも体を覆う面積は多い。亮は、舞程ではないな全身鎧に近い防具で、大きめのラウンドシールドに長剣を携えている。正統派戦士の装いだ。
三人とも一番の装備を引っ張り出してきたようだ。
「……人に向けて魔法は打ちたくはないのですが、この身に害が及ぶとあれば……吝かではありません」
「やばいときは皆にヘイストの魔法をかけて逃げるのも手だなー」
悲壮な表情の小田切が悩む横で野々山がのんきに呟いている。魔法使いペアの装備も、ローブこそ着ていないが強化樹脂製だろうプレートを服の下に着こんでいた。
「……なんか自分がこれでいいのかって思わされるな」
影勝がぼそっとこぼすと碧も自分の白衣に触れる。軽装すぎるとは思っていてもダンジョン内での活動を考えると、いらないんだよなーとなってしまうのだ。
ともあれ、二+五人はゲート前に揃った。
八王子ダンジョン一階入り口近くにたたずむローブ姿の怪しい人垣があった。誰かを隠すように肩を寄せ合っている。隠されているのはうつろな顔の甲斐だ。だらりと下がった手に持つのは大振りの剣。防具類は特にない。
「頃合いだ」
どこからともなく抑揚のない声が聞こえた。
「役に立て」
ローブの人物のひとりが甲斐の首に手を伸ばす。その手には注射器のようなものが握られていた。
甲斐の首に針が刺さり、彼の目が大きく開かれ体が大きく痙攣した。注射器を放り投げたローブの人物が甲斐に顔を寄せた。
「今、あなたは素晴らしい力を与えられました」
優しい声色が甲斐の脳に直接語り掛ける。震える体の甲斐は分かっているのか「あががが」とうなり声で返答する。それに満足したのか、ローブの人物が鼻で笑った。
「あなたには、無力で無知で愚かな人間がたくさん見えますね? その力で、哀れで醜い人々を正しき道に導くべきです」
「だ、だじぎ……」
「えぇ、そうです。あなたは選ばれたのです」
「おでは、えらばでだ」
「何者も、あなたを止めることはできないでしょう。あの男でも」
「あの、ああああっがががぁぁぁぁ!!」
洗脳されていく甲斐の脳裏に影勝が浮かんだのか、吠え始めた。
「さぁ、あなたは自由だ。その力で、皆殺しにして差し上げなさい」
ローブの男が甲斐の背をやさしく押す。
「あがぁぁぁぁぁ!!」
甲斐は眦を吊り上げ、剣を振りまわして走り始めた。雄たけびとも悲鳴ともつかない叫びを上げる甲斐に気が付いた探索者らだが、反応は薄かった。剣を振りかざして走ってくるがまさか襲い掛かてくるとまでは考えてない。探索者同士の争いは禁止され、また処罰も厳しい。
「おい、ちょっとまずくないか」
「ヤバい雰囲気だな」
探索者らは鬼気迫る甲斐とは距離を取り始める。が、全力で走る甲斐は一番近い探索やにとりつくと一息に剣を振り下ろした。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
左肩に食い込んだ剣はそのまま右わき腹を通り過ぎる。切り離された胴体の上部が地面にどさりと落ちる。残された下半身は血を噴き上げながら倒れた。
甲斐は返り血を浴び真っ赤に染まった顔を上げた。
「イヤァァァ!」
「う、うわぁぁぁぁ!」
異常事態に探索者らが悲鳴を上げるがその声が甲斐を呼び込んでしまう。悲鳴の主を確認しニタリと口をゆがめた甲斐は数歩で距離を詰め、恐怖で動けない探索者を一刀のもとに切り伏せた。
知の噴水の真っただ中にいる甲斐が吠える。
「おばえも、おばえもがぁぁ!」
「やべぇ、やべぇ、逃げろ!」
「きゃぁぁぁ!」
突然始まった阿鼻叫喚の事態に探索者は右往左往する。初心者は程恐怖で固まり甲斐の剣の餌食になった。
男女区別なく甲斐の狂剣が暴れる。八王子ダンジョン一階は断末魔が轟く殺戮の場に変わってしまった。
「ふふふ。いいですねいいですね」
「案外使えそうだな」
「こいつ程度では仕留められんだろうが時間稼ぎにはなる」
ローブの人物らは成果に満足したのか、ひとしきり感想を述べた後、消えるように姿を消した。
そんな騒ぎをまだ知らない影勝達。「さて行くぞ」と亮が声を張り上げた直後。
「た、たすけてくれぇぇぇ!!」
「甲斐が暴れてる、やべぇ!!」
「おい、お前らも逃げろ!」
「ギルドに連絡だ!」
ゲートから数人の探索者が駆け出してきた。その後も続々と探索者が飛び出してくる。血だらけの者もいて、碧が動揺している。
「おい、お前らどうした!」
「きゃぁぁぁ」
ギルドの受付前ホールに悲鳴が広がっていく。
「なに、どうしたの!?」
「甲斐が暴れてるって聞こえたが」
舞と亮が顔を見合わせる。影勝の耳にもそう聞こえた。とすれば、狙いは自分か。
「俺が行きますよ。俺を待ってるんだろうし」
「おいおい、お前らの護衛が俺らの任務だ。折角の大きな仕事を奪ってもらっちゃ困るぜ」
行こうとした影勝の肩を北崎が止めた。メタル兄さんがニヤリと口を歪める。
「そうそう、ボクがエスコートするから、石油タンカーにでも乗った石油王の気持ちでいてくれたまえ!」
そう言った舞が両手の盾を構えながらゲートを潜っていく。亮と北崎も続く。小田切と野々山は気後れしているのだろう、足が動かない。
「碧さんはここで――」
「ケガ人がいるかもしれないから早くいかないと!」
影勝の言葉を遮った碧が前に出る。そして影勝の手を掴んだ。血だらけの探索者を見て「救わねば」とガンギマリになったようだ。
碧が行く気なら止めることはできない。影勝は碧よりも前に歩き「じゃ行くか」とそのままゲートをくぐっていった。
「……野々山、わたくしたちは……」
「美樹さん、僕たちも行くしかないかなーって」
「ででででも」
「まぁ、やばくなったら逃げましょうよ。僕がヘイストかけますからギルドまで逃げましょう」
野々山はぎこちない笑顔を小田切に向ける。彼も怖いのだ。
躊躇している間にも探索者が逃げてくる。朝は探索者が一斉にダンジョンにはいるので一階は大混乱だ。ギルド職員がけが人は一か所に集まるようアナウンスするも大声は悲鳴で聞き取れない状況だ。
「い、いきましょう」
野々山が震える手を伸ばす。小田切は手を出しては引っ込め、強く目をつむり、野々山の手をつかんだ。
「あなた、万が一の時はわたくしを守りなさいよ!」
「え、その時は逃げましょうよ」
「あなた、男なら女性を守りなさい!」
「えぇぇー」
ぶつくさ言いつつも、野々山は小田切の手を引っ張りゲートをくぐった。