24.準備するふたり(5)
「こんどはこっちも弓を使います」
影勝は腰の矢筒から木の枝の矢を数本取り出した。先は丸めてあるので当たってもそんなに痛くないはず。【貫通】スキルを使えば刺さってしまうがそこはまぁ。
「よし、準備はいいな」
彼我の距離は北崎よりも遠い二〇メートルほど。魔法を前提とした距離だ。碧さんは、と影勝が視線をやると、いつの間にか受付嬢の美奈がいた。亮がやる気になるわけだ。
「はじめッ!」
「ファイヤーアロー!」
北崎の合図と同時に亮が魔法を放つ。と同時に床を蹴った。魔法を目くらましに使う作戦だ。影勝は木の矢を一本だけつがえる。
魔力を込めるって言われてもなぁ。こんな感じか?
なんとなくだが魔力らしきものを込めた矢を射った。わずかに光を宿し【誘導】スキルで放たれた矢は普通の速さでファイヤーアローに向かう。火の矢と木の矢が衝突した瞬間に小さな爆発が起き、お互いが消滅した。
「「「魔法を相殺したッ!?」」」
周囲がどよめく。とりわけ魔法使いの小田切の驚きが大きい。自分の武器を相殺されてしまうのだから。
魔法を放った亮もショックを隠せない。斬りかかっていたが途中で足を止めてしまっていた。
「あ、できた」
やらかした当人はこうだった。
「た、たまたまだ!」
亮はまぐれかどうかを確認するためにまたファイヤーアローを放つがまたも木の矢に相殺される。影勝は「なるほど、こんな感じか」とコツをつかみつつあった。
「弓ごときに負けるわけにはいかない」
亮は顔を引き締め本気になる。だが弓を「ごとき」と言われ、影勝のこめかみがピクリと動く。この弓と矢で火龍を、ラ・ルゥを倒してきたのだ。その「ごとき」という武器で。
知らしめねば。弓だって強いんだぞ?
弓を馬鹿にされ影勝はオコである。
亮は盾に身を隠すような構えになる。近接戦闘が苦手そうな影勝に対して剣を主体に切り替えたようだ。対して影勝は矢筒から一〇本の矢を取り出す。凹す気満々だ。
「これがよけられるか?」
亮はまっすぐファイヤーボールを放ち、魔法の陰に、さらに盾で体を隠しながら突進する。どこに斬りかかるかわからなくするのが目的だ。
魔法は囮。影勝もそこまでは読んで一本矢を放ち相殺させた。突っ込んでくる亮に意識を集中させる。
衝突で発生する爆発の中から木の盾が出現した。亮の体はうまい具合に隠されている。
影勝は五本の矢をつがえ、その盾に放つ。【加速】スキルで増速された矢が盾に突き刺さるだけでなく跳ね飛ばした。
「いない!」
吹き飛ばしたのは盾だけで亮の姿がない。
「こっちか!」
右から強い殺気を感じた影勝は左に飛び込んだ。床を前転して跳ね起きると、影勝がいた場所には剣を振り終え残身の亮がいた。
「目くらましだけじゃだめか!」
「なんかガチで攻撃されてるし!」
「どうせ避けるんだから問題ねえッ!」
亮が襲い掛かる。三連撃+四連撃を一パターンとして複数のパターンで影勝に襲い掛かる。襲われる影勝は、実戦経験は足りないがレベルが高く身体能力が上なので後の先で辛うじて逃げ続ける。
「こっわ! すっげぇこっわ!」
「余裕を見せやがって」
「余裕なんてないし!」
木の剣とはいえ向けられると本能的に恐怖を感じる。額に玉のような汗をかきながら影勝は避け続ける。空中に逃げればいいのだろうが、男の子の意地として逃げ切りたい。当たらなければどうということはない、と言いたいじゃないか。
「これならッ!」
亮の木の剣から炎が吹き上がる。ファイヤーソードの魔法で、武器に炎をまとわせてダメージを増加させる魔法だ。
「いやいやいやいや、剣が燃えてるって、それって木の剣でしょうがッ!」
影勝は大きく飛び退って距離をとる。
「ファイヤーソードの魔法で武器が損傷することはない」
「そっちは心配しなくって俺の身を心配して!」
「いくぞ!」
亮はファイヤーアローを飛ばしつつ突っ込む。影勝は矢をつがえた姿勢のまま弓でファイヤーアローを殴った。小さな爆発が影勝の姿を包む。突っ込むとは思っていなかった亮の動きが一瞬止まった。
「影勝くん!」
碧の悲痛な叫びがこだまする。
影勝は肌を焦がす熱の中で矢を引き絞っていた。爆炎で亮の姿は見えないが気配はある。標準に迷うことはない。
「貫通はやめといてやるよ」
影勝は【加速】【必中】を載せた矢を放った。【加速】でロケットになった木の矢は動きを止めた亮の胸にあたり、その勢いのまま吹き飛ばした。
「グッハ!」
亮は二〇メートル以上飛ばされ壁に激突した。影勝は追い打ちとして残り四本の矢を射る。放たれた矢は壁にもたれかかる亮の顔の両側に二本ずつ綺麗に並んで突き刺さった。【貫通】スキルは載せていないが速度の壁にめり込んでいた。
「まだやります?」
「影勝くん!」
爆発の炭で黒くなった影勝が姿を現すと、碧が駆け出した。走りながらポシェットをまさぐり何かを探している。
「いや、降参だ」
亮は顔をしかめ、胸を押さえながら立ち上がる。ブレストプレートを付けていたが見事にひびが入っていた。皮膚にまでは達していないだろうが骨折しているかもしれない。
「亮くん、だいじょーぶー?」
美奈がポーション片手にテテテと駆けていく。ぽよんぽよんと揺れまくてってけしからん。
「いやー、強いねー。あの矢はボクの盾でも防げるかわからないな」
「アイツ、あれでも手を抜いてるからな」
「え、そうなの?」
「やる気ならファイヤーアローごと亮さんをぶち抜いてたろ。俺の時なんか弓すら使ってなかったんだぞ? 使わせたのは亮さんだからだ」
「うぇぇぇ」
舞と北崎が総評している。それを横目に魔法使いふたりは魔法を相殺したショックから抜け出せていなかった。
「魔法がキャンセルされてしまえば、わたくしなど役立たずですわ……」
「もしかしたらデバフもキャンセルできちゃったりするのかな」
「失業してしまいますわ」
「アルバイト探さないとダメかなぁ」
小田切と野々山はショックを受けているが、実のところ武器の魔力を込めて魔法を相殺する手法は、二級以上の探索者ではそれなりに知られていることではあった。だが、知っていても魔力を操れる技量がなければ不可能だが。
「影勝くん、脱いで!」
「いや、ポーション飲めば治るし!」
「ダメ! 目視で確認することが大事なの!」
「あ”あ”あ”あ”」
影勝の火傷を治そうと傷薬片手な碧が影勝の服を引っ張って脱がそうとしている。そして怪力で服を引き裂いた。防刃オンナーを着ているが熱を遮断はできないので皮膚が真っ赤になって場所によってはケロイドになっていた。
「影勝くん、全部脱いで!」
「こ、ここで!?」
「体全部を確認しないと!」
「ダダ大丈夫だから!」
「だめです!!」
絶対怪我治す鬼女と化した碧は逆らい難いオーラを放っていた。影勝の傷を癒すのはポーションではなくて椎名堂の薬だ、と。
強烈な圧を放つ碧に、影勝はなすすべもなく剥かれた。
「火傷だらけじゃない! 全部塗るからね!」
「イテ、イタタタァァ!! ミドリサン、オテヤワラカニィィィ」
「こんなとこにも!」
「イヤァァァァァァ!!」
影勝はどったんばったんとのたうちまわるが碧はそれをガッチリホールドして薬を塗っていく。悪鬼羅刹がここにいた。
「うわ……彼女、やっぱりただもんじゃないんだね」
「まじかよ、アイツが完全に抑え込まれてるぜ……」
舞と北崎がドン引きだ。壁際でポーションを飲んでいた亮は頬を引きつらせていた。
椎名堂コワイ。
八王子ストライカーズ全員の心に植え付けられたのだった。




