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24.準備するふたり(3)

 クラン三日月の事務所は八ダンパレスの七階にある。最大手なので事務所エリアの一番高い階を丸ごと借りているという。三〇〇人いる所属探索者が一堂に会するとそれくらいのスペースがないとだめらしい。家賃だけでもすごい金額になりそうだ。

 エレベーターを出ればそこはクラン三日月の入り口だ。エレベータを出た正面に受付カウンターがあり受付嬢が座っている。その背後には花札の【(すすき)に月】の十五夜が三日月になっている絵が飾ってある。これがクラン三日月のマークとのこと。

 ストライカーズの五人は探索者カードは別にクランカードを持っているのだが、この絵が描かれている。創始者の相川の趣味らしい。


「おかえりなさーい、と、いらっしゃーい。ようこそクラン三日月へ」


 受付嬢がにっこりと出迎えてくれた。ちょっとぽっちゃりしているが癒し系の可愛い女性だ。笑顔がほんわかしてていーなーと影勝が眺めていると碧に指をつままれた。よそ見ダメ。


「美奈さん、社長はいる?」

「姐御はちょうど帰ってきてるよー。聞いてみるねー」


 受付嬢改め美奈は内線だろう受話器を取ってどこかにかけ始める。受付の彼女は姉御呼びだ。相川の人望は相当に厚そうだ。


「受付でーす。椎名堂様がお見えでーす。はーいご案内しまーす。亮くん、一番応接室ねー」


 彼女は手でokマークを作り亮に見せた。椎名堂の名前を出すあたり、できる受付嬢だ。ストライカーズだけなら忙しいと断っているだろう。


「美奈さんありがとう」

「亮くんがんばってねー」


 美奈にウインクで見送られる亮はどことなく照れている感じがした。


「お兄ちゃんの片思いでね。まったく、ボクには恋愛禁止みたいに言うのに自分はさー」

「亮さんが頑張ってるのは美奈さんにいいとこ見せたいからっていう説もあってな」

「美奈さんの競争相手は多いからねー」

「女性のわたくしでも癒されるのだもの、納得だわ」


 亮以外の四人から評価も高い。取引先にも評判が良いようで、なるべくして受付嬢になった女性のようだ。

 彼女も探索者で白魔法使いなのだが受け付け業務と飲み会で忙しいのでダンジョンには入っていない。酒豪らしく、言い寄ってくる男を酒で撃退するのが趣味とのうわさも。

 ツヨイ。


「第一は、こっちか」


 受付を通って事務所に入る。片側がガラス窓の長い廊下に沢山のドアが並ぶ。第一応接室は受け付けからすぐだった。ドアを開けて中に入れば窓はないが高級そうなソファとローテーブルが並ぶ。そして壁にはクラン三日月のマークがでかでかと貼られていた。そんなにアピールしたいのか。

 座って待っているとノックされ、「失礼しまーす」と受付嬢の美奈がお盆にコーヒーカップを載せて入ってきた。ぽっちゃりさんだからかかなりの胸部装甲で、そこも男子を引き付けているのだろう。影勝のお尻は碧に摘ままれた。何気に痛い。てかあなたの胸部装甲もたいがいでしょう。


「珈琲でーす」


 コトンコトンとテーブルにカップが置かれていく。その度にたわわな果実も揺れる。


「姉御はすぐに来ると思うのでー、もう少々おまちくださーい」


 ぽやぽや笑顔をお土産に美奈が下がっていった。にやにやしながら亮を見るストライカーズの面々。なるほどと納得する影勝。碧は珈琲の香りを楽しんでいる。うっとりしている碧の表情からするに結構いい豆のようだ。


「あぁ遅くなってごめんね」


 ノックもそこそこに相川が入ってきた。相変わらずのちいさなおばちゃんだ。影勝が立とうとすると「座ってて座ってて!」と手で制した。


「あのバカに絡まれて昨日は大変だったみたいだね」


 ソファに沈み込んだ相川が同情する。覇王の傍若無人っぷりは有名のようだ。


()()()()でイキッてたらダンジョンでやられそうですけど」


 あの程度との言葉に亮と北崎がピクっと反応する。聞き捨てならないのだろう。

 甲斐は二級探索者なので実力はあるはずだが影勝から見たら弱いのだ。もしかしたら不正でランクを上げているのかもしれない。


「まぁ親の七光りだからねぇ。で何か用があってきたんだろ?」


 不要な話題はさっさと切る。相川は単刀直入に切り込んだ。


「えっと、さっき小さい武器を買って、でその武器をしまうのではなくすぐに使えるように身につけておきたいなって」

「なるほど。で、銀二に頼むつもりかい」


 影勝の話を聞いた相川は亮を見る。こいつが提案したんだろという顔でだ。


「銀さんならどんなものでも作れるだろうと思って」

「そうさねぇ。ま、本人に聞いてみるかね」


 相川はスマホを取り出しどこかにかけた。


「銀二かい? ちょっと第一まで来ておくれよ」


 さすが社長、という風格で部下を呼びつけた。


「ま、そのうち来るさ」


 相川はコーヒーを口にする。影勝と碧も同様に。碧の瞼がぴくっと動いた。


「……これ、日本の豆ですか?」


 碧が呟く。


「よくわかったねぇ、その通りさ。あたしの趣味でね」

「沖縄で作られている珈琲豆は甘みが強いんです。お父さんも好きでした。うちでも、今はあまり飲まなくなってしまいましたけど」


 碧が両手でカップを持ちながら、そんな言葉をこぼした。

 思い出の味か、と影勝も口の中でゆっくり味わう。田畑の珈琲は酸味が強かったが、この珈琲は甘さを感じる。珈琲が苦手な人でも飲めるんじゃ、と素人ながら思ったほどだ。


「椎名堂は珈琲もわかんのか?」

「珈琲はそもそも薬でした。昔から、理由はわからなくても飲用すると覚醒作用があることは知られていましたし、カフェインは適量であれば心臓や肝臓などにいい影響を及ぼします。うつ病やパーキンソン病の予防にも効果が期待されてもいます。うちでも珈琲豆から作る薬もあるんです。あと、珈琲ってお饅頭にも合うんですよ? もちろんケーキにも合いますけど」


 北崎の何気ない一言に碧は即反応。淀みなくつらつらと薬効を述べ、最後に珈琲をこくりと飲んだ。

 薬が絡めばどもりが消え饒舌になる。メガネの奥の瞳を輝かせ、にっこりと話す様はまさに女神だ。影勝はそんな自慢の彼女の語りにうんうんとうなづくのみだ。

 そうしているとドアがノックされ、挨拶もなく白髪のおじいさんが入ってきた。暑いからか草色の甚平姿で真っ白の髪を三つ編みにし、ついでに顎の白いひげも三つ編みにしている。しかめっ面で額には縦筋がくっきり出ている。気難しい爺というオーラが半端ない。

 その爺さんが碧と、そして影勝を見た。というか睨んだ。


「……若い時の真白さんにそっくりじゃな。ふん、しかもヒグマみたいなやつもいるのか」


 不機嫌を隠さない銀二がソファーに座る。視線は影勝に向いたままだ。なんで自分に?と影勝の頭の中はハテナマークであふれている。


「ああああの、わたし椎名碧といいます。ぎぎ銀二さんは、祖母をお知りなんですか?」

「わしは神崎銀二という、皮の加工を得意とする、しがない錬金術師(老人)じゃ。わしらの世代じゃ真白さんを知らん奴は潜り扱いじゃったよ。まぁ、そんな奴はおらんかったがな」


 碧の問いかけには笑みすら浮かべている。ちらと影勝に向ける視線には殺気すら込められている気がする。この差は。


「で、わしを呼んだのはいかなる用事じゃ?」

「あ、あの、影勝くんの装備品を作ってほしくって」

「……こ奴のか?」


 銀二のにらみが影勝に向く。圧倒的不服感が顔に出ていた。だが、ここで断ると亮と相川の顔をつぶしてしまう。ここまでは影勝でも理解できた。ということで。


「えっと、こいつを身に着けられるものが欲しくってですね」


 と言いつつ、影勝は棒手裏剣を取り出した。


「ほう、珍しいものを持っているな。忍者か何かか?」

「あ、メイン武器はこれです」

「……弓とはな」


 影勝がリュックから弓を取り出すと銀二は唸って腕を組んだ。


「昔は弓でも戦えたが、近接と魔法が主流になってからは見なくなったな」

「最初に買う時も弓かい?って感じで言われました」

「じゃろうな。じゃがその弓は相当な()()()のように見えるが」


 銀二はイングヴァルの弓に目を細める。見定めるように、弓の端から端まで舐めるように視線を動かしていた。相川が口を開く。


「銀二、その弓はここで見つかったアレさ」

「なんだと! アレの()()()じゃと?」

「ギルドが出したオークションを()()()が落札したのさ」

「ナニッ! うむむむ……」


 銀二が唸ったっきり黙ってしまった。部屋には沈黙が訪れる。チラチラと碧を見ては頷き、影勝を睨んではぐぬぬと獣のようにうなるを繰り返している。何やら葛藤しているようだ。

 そんなに俺が気に入らないかー。しかたねーな。

 と諦めようと影勝が声を発する寸前、銀二が「む」と口元をキュッと結んだ。

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