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23.八王子のふたり(6)

「さて、洗いざらい話してもらおうか」


 八王子ギルドにある取調室に連行された影勝と碧はパイプ椅子に座らされ、三島による尋問を受けていた。ストライカーズとは離され、孤立させられ散る。

 扱いが雑のように思えるが犯罪を犯したらほぼ極刑になる探索者にはこのくらいでないと効果がないのだ。


「話すも何も、夕飯を食べたあとホテルに戻る途中であっちから因縁つけられて、こうなりました?」

「あの弓はなんだ?」

「あっちが剣を取り出したんで身を守るために出しました」

「証拠は?」

「ダンエクでしたっけ、あの三人が配信してたので映ってるかと」

「配信だぁ?」


 チンピラ丸出しの三島が机を強くたたいた。三島は角刈りで強面で凄むと迫力がある。静かに気配を消していた碧がビクっと肩を揺らしメガネが落ちそうになる。ストライカーズの野々山と小田切が「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。影勝は冷静のままだ。強気に出ているが三島からは大した圧は感じていない。むしろ甲斐の方が強いまである。何なら三島をぶっ飛ばして脱出も可能だ。

 あと、いろいろ巻き込まれまくったせいでトラブルに抗体ができた。


「そんなのが証拠になるかっ!」


 三島が影勝の胸ぐらをつかんだ。影勝は落ち着いていて、いちいち高圧で暴力的でよくこんなのが警務をやっているなとさえ思っている。


「お前、そんな態度が許されると思うなよ!」


 そんな影勝が気に入らないのか、三島は唾を飛ばして叫び始めた。

 なんかおかしいな、と影勝は思い始めた。目の前でヒートアップしている三島は甲斐について全く触れないのだ。

 もしかして買収でもされてるのか? そういやあいつ(甲斐)の父親が防衛省の偉い人だとか聞いたな。碧さんを怖がらせたし、ギルティだ。


「よぉっし、そこの女は解放してやるがお前は残れ」

「だだだだめです! 影勝くんも帰るんです!」

「ああん? 俺の決定に文句でもあるのか?」

「ふ、ふえぇぇ」


 碧に対して凄む三島。影勝の超短い我慢の緒がブちぎれた。ニッコリ笑顔で三島の手首をつかんで締め付ける。


「碧さんは関係ないですよね? 対象は俺ですよね?」


 ギギギギと手首から嫌な音がし始めると三島の額から汗が噴き出した。


「クッ、放せ!」

「か・ん・け・い・な・い・で・す・よ・ね?」


 三島が影勝の手を振りほどこうするがピクリとも動かず、逆に手首にかかる圧力が増していく。三島は顔を真っ赤にして力んでいるが影勝のほうが上だ。レベルの暴力は恐ろしい。


「おーらそこまでだ」


 栓を開けて半日経ったコーラみたいな声が背後からかかる。空気のように突然現れたのは金井ギルド長だった。アロハシャツで夏モード全開だが顔がにやけてない。


「三島ぁー、この件は俺っちが預かるからなー」

「で、ですがギルド長! こいつは往来で武器を振り回したんですよ!」


 力みで顔を真っ赤にしたままぼ三島が叫ぶ。


「あー、俺っちも()()()けど、先に剣を抜いた馬鹿が悪いだけだろー。正当防衛が成立する条件は揃ってたぞー?」

「私が見たところ、先に剣を抜いたものなどいませんでしたが!」

「あー、たまたまだけどな、俺っちがカメラを持っててな、偶然ギルド公式の配信サービスの撮影しててなー。その時に撮った映像が公式の配信サービスにのっちゃっててなー。全世界に配信されちゃってよ。覇王のアホが剣を抜いてるのもばっちり映ってるんだわ。処罰しないと日本の法整備が疑われるんだわ」

「は? そんなことが許されるとでも!?」

「三島ぁー、お前にそんな権限はねーのよ。近江、こいつを黙らせてもいいぞ」


 金井が影勝に視線を送る。その言葉に、様子見をしていた影勝は手に込めた力をさらに増し、三島を床に引き倒した。


「クソッ、離せ! 警務への暴力は犯罪行為と認識する! 貴様を逮捕する」


 床にねじ伏せられ三島が暴れる。こいつのほうが犯罪者っぽい動きだ。


「あー、三島、それなんだけどな、さっきお前はクビになってんだ」

「……は?」

「聞こえなかったのか。クビ、つまり解雇だ。つまり、そもそもお前にそんな権限はないってことさ」


 突然の首宣告に顔が真っ赤な三島が固まった。


「な、何を根拠にそんな横暴を!」

「探索者に対する過剰な暴力行為だ。あと、色々調べた結果やっとしっぽが掴めてな。甲斐防衛省参事官からの金の流れとかな」

「な、なんのことかさっぱりですが」

「いやー、北海道で()()()()反社組織がな、いろいろ資料をため込んでてなー。ダミー会社を片っ端から探しまくって大変だったらしいぜー」


 金井が三島の脇にヤンキー座りする。三島の髪をムンズと掴み、顔を持ち上げた。


「半島からの資金ルートもわかって、いやー、これで防衛省も表立って動けるってもんさ。お疲れさん」

「フヒュ……」


 三島の体から抵抗する力が抜け、頭もぐったりと床に落ちてゴトンと重い音を立てた。


「金井ギルド長?」

「あー、空気を奪って意識を飛ばしただけだ。殺したら情報をとれないだろ?」


 ニタっと笑う金井。普段はだらしなくしているがこっちが本性だ。影勝は背筋どころか全身が冷えた。


「ふたりは解放だ。ロビーにストなんとかが待ってるはずだ」

「……ありがとうございます」


 影勝は碧を連れてすぐに部屋を出てロビーに向かった。いてはいけないという空気が重かった。無人になった部屋で金井は三島を見下ろす。


「いやー、あいつがいるだけで捗るなー。さーて尋問といくかー」


 金井が片腕で三島の体を持ち上げると、その金井の隣に数人の男が出現した。どこにでもいそうな顔の黒いスーツ姿の男たちだ。


「椎名堂に作ってもらったアレで吐かせろ。抜くだけ(情報を)抜いたらどっかに捨てとけ」

「ハッ」

「覇王の連中はまだ泳がせとけ。懲りずに近江に突っかかるだろ。返り討ちにあって勝手につぶれるだろ」

「そのように」


 男たちは三島の体を担ぎ、消えた。


「部屋にいたあいつらに気が付かないんじゃー、近江もまだまだだなー。巴ちゃんが頭抱えるはずだぜ」


 「さーてビールだビールだ」と金井は立ち上がった。

 ロビーに向かった影勝と碧は無事にストライカーズの面々と会えた。彼らもゆるやかに拘束されていたらしいがやはり金井が来て保釈されていた。


「巻き添えにしちゃって申し訳ない」


 影勝はまず謝罪だ。喧嘩を売られたから向こう(覇王)全面的に悪いのだが巻き込んでしまったのは事実だ。逃げずにとどまっている勇気さえあった。


「めずらしい目にあったけど、ギルド長のすごいところが見れたから収支はプラスだよ」


 そう言う舞にぱちんとかわいくウインクされた。ちょっと碧の目がきつくなったが影勝はスルーした。後でフォローしよう。


「……()()ギルド長が自ら助けに来るとか」

「本当に信じられないわ」


 北崎のボヤキに小田切も同調する。金井の評判はよほど低空飛行のようだ。万年レームダックなのかもしれない。


「ま、ギルド長はなるべくしてギルド長だったってことを知ったさ。貴重な体験だったよ。で、明日はどうする? ダンジョンに行くのか?」


 リーダーである亮が問う。彼らは案内護衛の依頼があるので基本的には影勝らと行動を共にするのだ。予定が分かれば用意するものも当てが付きやすい。


「明日なんだけど。こっちに来るのに必要な着替えとかがないから買いたいんだ。碧さんは何かある?」

「お、お化粧品も手持ちが少なくって、補充したいなって」

「それは大変!」

「最優先ね」


 碧のつぶやきに舞と小田切が即反応した。男たちは「そうかー?」という顔をしているが、その顔にグーパン食らっても知らぬぞ。


「じゃあ明日は上のショッピングエリアで買い物だね。化粧品は探索者向けのも含めて大体そろってるから」

「ついでに俺らも補充するか。わかりやすいようにここ(ロビー)に十時に集合で」


 舞と亮がそう締めくくった。

 その夜、影勝は夢を見た。夢の中の影勝は森に棲み、狩猟と採取で生活をしていた。なかなかワイルドな生活だ。


「まったく、殿下はいつもどこかに行ってしまう。見つけるこちらのことも考えていただきたいですわ」


 影勝は年頃の耳の長い女性、エルヴィーラに怒られている。小石が転がる広場で正座させられていた。おそらくイングヴァルの記憶だろう。


「いいじゃん、僕は継承権も放棄してるし」

「よくありません。森の奥は神域だと何度もお伝えしておりますが」

「神域と言ってるけどさ、実際は大木があるだけだったよ」


 イングヴァルがそういうとエルヴィーラは額に手を当てオヨヨと嘆いてしまう。


「世界樹まで行ってしまったのですね」

「あれが世界樹なんだ。いかにも枯れそうだったね」


 イングヴァルが見た世界樹は、葉も落ち、幹に空洞も目立つ、立ち枯れ寸前だった。周囲の木々は青々とした葉をつけているのに、そこには世界の終わりがあった。イングヴァルにはそれが世界の行く末のようにも思えた。


「僕は里を出ていくよ。外を見たい」


 里は閉鎖的だった。外界との接触はあるが、それは長のみがその権利を行使した。

 イングヴァルは長の一族としてこの里の外にも世界があることは知っていた。どうせ世界が終わるなら、好奇心を満たしたい。若きイングヴァルはそう思ったのだ。

 それから時が流れ、イングヴァルが里を出る日になった。出るといっても、内緒で出るので家出に近い。持っていくものなどの準備に少々時間がかかったのだ。

 ひとり森を出ようとしたとき、前方にエルヴィーラを見た。止めに来たかと思ったが、その表情は悟りきったように穏やかだった。


「殿下、これを」


 彼女が渡してきたのは、小ぶりな弓だ。丸い握りは持ちやすそうな太さで、張られた弦は知らない植物のものだった。自分にも知らない植物があるのだなと勉強不足を思い知る。


「世界樹の枝で作りました。イングヴァル殿下のお役に立つと思います」

「エルは来ないの? 世界はじきに終わるよ?」


 受け取る際イングヴァルが尋ねた。


「わたくしは里で死ぬ定めです」

「それも変えられるかもしれないけど」

「変えた未来は明るいものかもしれません。でもわたくしはこの里で命を全うするつもりです」


 その言葉に満足したのか、イングヴァルは森を出て行った。そこで影勝の目が覚めた。カーテンの向こうはまだ暗い。隣では碧が静かに寝ている。


「夢を見たのは初めてだな」


 言い知れぬ不安感に胸騒ぎがした。

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