23.八王子のふたり(4)
「亮さんと舞ちゃんって若手の中じゃ注目されててさ、自慢じゃないけどさ、俺はそんなふたりにスカウトされたんだぜ」
「へー、北崎さんは腕利きだったんですか?」
いい感じで酒が回ってきた北崎は影勝に絡んでいる。北崎はソロでやっていた時に代田兄妹にスカウトされていた。
「俺はな、【怪力】スキルと【狂気】スキルのダブルスキルでパワーならだれにも負けねんだ」
「【狂気】スキルですか、初めて聞きましたね」
「職業が狂戦士でな、その職業スキルが【狂気】なんだよ。ダブルで強化すんだぜ!」
北崎は上機嫌で探索者としての個人情報をばらしてしまっている。隣でお茶を飲んでいる野々山は「あーあ」という顔だ。お酒怖い。
「スカウトならわたくしもよ。魔力量ならそこらの探索者には負けないもの。わたくしは火魔法が、特に爆炎魔法が得意だわ。だからあなたたちは安心なさい」
そこに小田切が乱入し、スカウトされたという実績を誇り始める。自慢したいようだ。それだけ代田兄妹が有名なんだろう。
「僕はまぁ、亮さんの高校の後輩だったんで誘ってもらったって感じで。あ、バフ魔法が得意だよ」
「ふん、野々山はもうちょっと強力なバフ魔法を覚えなさいよね」
「バフ魔法は種類が少ないんだもん」
「なによ「もん」って。男ならもっとしゃんとしなさいな」
「僕は頑張ってるんだけどなぁ」
野々山がにゅっと入り込むと小田切がそっちに絡み始める。魔法使い同士だが、方向性が違うのでぶつかっているようだ。強気の小田切と気弱な野々山で、それはそれでお似合いなのかもしれない。
その隣では舞が碧に絡んでいた。
「ねーねー、やっぱり、ふたりって付き合ってるの?」
「そそそうです」
舞のドストレートな質問に碧は少しうつむく。まっすぐに指摘されるとまだ照れるのだ。
「彼って年下でしょ?」
「そそそうだけど、すすっごく頼れるから!」
「なるほどなるほど、頼れる年下彼氏か。うん、ありだね」
舞が腕を組んでうんうんしている。願望があるのだろうか。
「ボクは女子からはもてるんだけど男の子からのアプローチがなくってさー。頼れる存在っていーなーって」
「かか影勝くんはダメです!」
「えー、ちょっとくらいおすそ分けがあっても」
「ダダダメです!」
「ふふふ」
碧が必死に拒絶する様子を舞はにまにましながら見眺めている。兄の亮は呆れたため息をついていた。
「舞の彼氏は俺の眼鏡にかなう奴だけな」
「なんでよー、おにいちゃんは過保護すぎるってば。ボクだって選ぶ権利はあるんだからさ」
「舞を狙うやつは多いからな。ちゃんとチェックしないと」
「シ、シスコンだあー」
亮のシスコンっぷりに碧は引き気味だ。シスコンな亮にはやはりお相手はいないらしい。
宴もたけなわではないがおなかも膨れて場が十分に温まったころ、亮のスマホが鳴った。
「んーだれだ? 社長!?」
相手が相川だとわかると亮は慌てて通話を始める。社長からの連絡ということでストライカーズの四人はその会話に耳をそばだてている。
「ああ亮かい? ちょっとまずい情報が来てね。覇王が近江君に対してなにんかやらかしそうだって」
「覇王って、甲斐が?」
「覇王の連中がホテルのロビーでそこの近江君にちょっかい掛けたら返り討ちになったってSNSで流れてね。それの仕返しだろうって噂さ」
「あいつらがバカなだけだろそれ」
「あと、ダンジョエクスプローラも一緒にいたって話も聞いてね」
「バカとバカの合わせ技かよ」
「だから、あんたたちで何とかしな!」
「ちょっと待ってくれ、社長! 社長?」
相川は一方的に切ったらしい。おいおいおいとつぶやく亮と彼を見るストライカーズの面々。
「覇王の甲斐がふたりに何かしようとしてるらしい」
亮が影勝と碧の顔を見る。影勝と碧はキョトンとしているが亮は額に汗をかいている。
「何かっていうと?」
「あぁ、知らないよな。覇王ってクランがあって二級探索者の甲斐ってやつがリーダーなんだけど親が政治家とかで八王子でやりたい放題でな。ギルドでも手を焼いてるんだよ」
「あー、さっきホテルのロビーでからんできたやつらの親玉かー」
「酒なんて飲まなきゃよかったぜ!」
亮はクソと悪態をつく。覆水は盆に返らないし先に後悔もできない。
「き、強制酔い覚ましなら作れますけど」
碧がさらっと告げる。影勝も心当たりがある。影勝も拾ったソマリカの木の実だ。碧がポシェットから数個のソマリカの木の実を取り出す。茶色い小さな木の実だ。
「普通に調薬すると二日酔いの薬になるんだけど濃度を上げると即効性がでるの」
碧は説明しながらポシェットから乳鉢、すりこぎを出した。ソマリカの木の実を割り、渋皮をはがして中身の白い種子を取り出して乳鉢に入れていく。ひ弱そうな碧が片手でドングリを割ったので小田切がぎょっとした顔になる。碧は生産職だが二級。それなりの握力になっているのだ。
「これを乳鉢でごりごりっと粉にして【凝縮】ってすると密度が上がって効能が増えるんだ」
碧は解説しながらスキルを使って調薬してしまった。乳鉢の中には小さな白い錠剤が数粒転がっている。すりこぎで粉にしたはずがなぜか錠剤が出来上がった。薬師のなせる業である。
「え……薬師ってこんなとこでも薬を作っちゃうの? ってかなんで粒になってるの?」
「話しながらしれっと作ったぞ……」
「これが椎名堂……」
「えっと、酔っ払いさんは食べてください」
ニッコリ笑顔の碧に渡された亮と北崎は顔を見合わせる。飲んでいいのか。飲めるのかこれ。そんな顔をしていた。
「あ、水で飲むと薄まるのでそのまま食べてくださいね。水はだめです。効き目が薄まります。ね?」
「「お、おぅ」」
笑顔だが強い圧の碧の言葉に押され、亮と北崎は錠剤を口に入れ噛んだ。
「ウッ」
「ッッッッ苦ァァッ!!」
亮と北崎の顔が最高級に歪む。影勝はイングヴァルの記憶でどれほどかを味わっており、心の中でお経を唱えた。生きて帰ってこい。
「み、みず!」
「ダメです、ちゃんと飲み込んでください! でないと効きません!」
「水ゥゥゥゥ!」
「少し我慢すれば酔いがさめます! 男の子なんだから我慢です!」
水を求めて歩こうとするふたりを、碧が腕力で椅子に座らせる。普段のおとなしい碧からは想像がつかない豹変ぶりで修羅のごとくだ。
「おにいちゃんも北崎さんも抑え込まれてる……」
「椎名堂……こっわ……」
「……わたくしたちの護衛って必要なのかしら?」
素面な三人はドン引きだ。数分後、テーブルにぐったりする亮と北崎がいた。
「碧さんを怒らせたら俺でもあーなりそうだ」
影勝は楊枝を咥えながら「くわばらくわばら」と呪文を唱えたのだった。
店を出た一行は人通りが多い道を選びつつホテルに急いだ。人ごみに紛れて隠れる作戦だ。
「酔いがすっかりなくなってるのはすげえけど、うっすら走馬灯が見えたぞ」
「死ぬかと思ったぜ……ダンジョンよりもおっかなかったぞ」
先頭を歩く亮と北崎が冷や汗を流しながら語る。どれほどの苦さなのだろう。
「あの白衣だ! いたぞ!」
通りの反対から大声が聞こえる。声の発生源にはガチムチの男たちがいた。覇王の連中だろう。笛を吹いて仲間を呼んだ。
「チッ、見つかったか」
「おにいちゃん、あっちにもいる!」
「ダンエクか!」
「どけどけ!」
「邪魔だッ!」
ざわつく人込みをかき分け覇王と目される男たちが集まってくる。ダンエクと思しきチャラい三人もカメラを構えてすでに配信しているようだ。
人垣の向こうからひときわ長身の若い男が近づいてきた。危険を察知した碧はささっと影勝の背中に隠れる。
「甲斐の野郎だ」
北崎が吐き捨てた。なるほどあれが敵の親玉かと影勝は観察する。影勝に並ぶほどの身長、そしてその肉体は筋肉でバキバキだ。普通の人間から見たらかなりの威圧感だろう。
二級だって聞いたしそれなりに圧は感じるからそれなりに強いんだろう。でも今のとこそれだけしかわからない。厄介なスキルを持ってなければいいな、と影勝は考えていた。予想したほどの圧もないので割と楽観的だ。だって影勝は普通じゃないもの。
「ハッ、お前が近江ってバカか」
人を押しのけて影勝の前まで来た甲斐はあざ笑った。動かない影勝を見ておびえていると理解したようで上機嫌だ。
「君らのせいでカメラが壊れちゃったんだよね。あれ、高かったんだー」
「ざっと一億だね」
「弁償してもらわないと!」
困っちゃうなーというポーズのダンエクの三人が買い甲斐の背後で騒ぎ始める。そーだそーだと覇王のマッチョらも同調する。小学生か。
「一億って!?」
「んなわけねえだろ!」
舞と亮が驚くが影勝は「盛りに盛っても一億か。安いな」とつぶやいていた。金銭感覚がだいぶおかしい。
それを聞いた小田切が「なに言ってるのあなた」とひとり驚いていた。