23.八王子のふたり(3)
「クソがッ!」
クラン【覇王】のリーダー甲斐充は八ダンパレスのクラン事務所でSNSが映されていたモニターを殴った。ゴシャと鈍い音でモニターは割れ、画面は消えた。荒ぶる感情のままにデスクにこぶしを叩きつけて真っ二つにした。
「あのガキ、なめやがって!」
金髪角刈りの頭から湯気が立ち上りそうなほどヒートアップしている。筋肉でパンパンのジャケットが破れそうだ。
甲斐はクラン【覇王】のリーダーで二十六歳だが二級探索者である。恵まれた体格で幼少のころから暴力で我を通してきt筋金入りのクズだ。父親が防衛副大臣なので事件になりそうなときはもみ消しが入る。被害者は泣き寝入りするしかなかった。
怒れる彼の前にはホテルのロビーで影勝に因縁をつけた三人が並ぶ。
「リ、リーダー……」
「おめえらが日和ったからだろうが!」
「アガッ!」
「グボッ!」
「アベシッ!」
甲斐は怒りのままに三人を殴った。殴られた三人は部屋の壁に叩きつけられ床に崩れ落ちる。それでもよろよろと起き上がった。
「で、でもようリーダー……あいつは、クソやべえぜ」
「モンスターでも、あんな圧かけてくるやつにはあったことねえよ!」
「いくら二級の甲斐さんだって、あれは!」
「うるせぇ!」
「グワシッ」
「ヘブッ!」
「ウグワァ!」
「や、やめ……ヘグッ!」
甲斐の暴走は止まらない。クラン員のやめてくれと悲鳴を上げても殴る蹴るの暴行が続く。
「ちょっとー甲斐さーん。暴力は見てて苦しいよ?」
「手元がくるって間違ってこれを映しちゃうかもよ~?」
「そうそう、こんな映像が流出しちゃったらいくら甲斐さんところだってやばいっしょ」
そう諫めるのは、ダンジョン一階で生配信して碧を揶揄った三人。生配信グループ【ダンジョンエクスプローラー】のエイジ、ヨッシー、ケンタだ。エイジが金髪チャラ男の魔法使い、ヨッシーが背中まで伸びた茶髪の優男、ケンタが黒髪ポニーテルで中性的なユニセックス男だ。略して【ダンエク】と自称している。
三人とも二十一歳で大学生だ。休日だけダンジョンに行くファッション探索者にカテゴライズされ、遊ぶ金欲しさに配信を始めた。顔がいいので工藤がチェックするくらいは人気がある。
そんな顔のいい三人の顔に笑みは見えるが口元はひくついていた。
「チッ」
甲斐は彼らを睨みつけた後に舌打ちをして暴行をやめた。
「おい、誰かこいつらにポーションをくれてやれ」
「へ、へい!」
甲斐は部屋の片隅で息を殺していたクラン員に声をかけ、そして壊れたデスクに腰かけた。ジャケットの内ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。ふーっと煙を吐いて三人に目をやる。
「で、お前らも仕返しがしたいって?」
「そうなんですよー。大事なカメラを壊されちゃってー」
「あれ、高いんですよ。ざっと一億円くらい」
「弁償してもらわないとさー」
甲斐に水を向けられ、エイジ、ヨッシー、ケンタはへらへら笑う。カメラの価格は嘘だろう。そもそもカメラを壊したのが影勝であるという証拠もない。ただの言いがかりだ。
そんなことは甲斐にもわかる。
「で、手を組みたいと」
「そうなんだよねー、俺らってエンジョイ勢なんで劇弱で」
「甲斐さんが話し合ってくれれば弁償もすんなりいくかなって」
「もちろん、甲斐さんの取り分もありますよー?」
ダンエクの三人はおおげさなジェスチャーで「もうけもあるよ」と匂わせている。ようは、甲斐の威をかるダンエクの図だ。甲斐はこめかみに筋を浮かび上がらせながらも話を聞いていた。
なんだよ、俺らに乗っかるだけかよ。
取り分があるとはいえ、相手は椎名堂だ。今までいたぶっていた雑魚とは違い、存在が巨大だ。父の威光があるとはいえ下手すれば逆につぶされる恐れさえある。
それに旭川で麻薬を扱っていた探索者が殺されたことは耳に入っていた。裏には裏の情報源があるのだ。
なんらかの弱みをつかむ必要があると甲斐は考えた。
「あいつらの弱みは、わかるか?」
「弱みねー。あのおねーさんかなー」
「俺の趣味じゃないけど、かわいい部類には入るよね」
「椎名堂の箱入り娘だって子があられもない姿とか、大問題になっちゃうね!」
ダンエクの三人はニタニタと下卑た笑みを浮かべる。さっとそんな案が浮かぶ当たり、今までにその手法で嵌めた女性がいるのだろう。それも多数。エロ漫画によくある話だが、顔がいいヤクザがよくやる手だ。
「なるほど、そいつを攫っちまえばいいのか。有名人だろうが、不祥事は表に出せねえだろうしな」
甲斐は煙草を床に吐き捨てた。顔はすでに勝ったかのように緩んでいる。
弱みを握ってしまえば逃げ切れる。そんな顔だ。
「人を集めろ! 飯時を狙うぞ! お前らはそれを撮ってろ。何かに使えるだろ」
「わーたのもしー」
「祭りだワショーイだね」
「じゃあ僕はカメラの準備だ!」
悪党どもの方針は決まったようだ。
そんなことは全く知らない影勝と碧は八ダンパレスから少し離れた回らないすし屋にいた。影勝は黒い半そでにこげ茶のカーゴパンツ、碧は水色のワンピースに緑塗れの白衣姿である。碧の恰好は目立つが当人は気にしていない。最強装備なので。
相席するのは八王子ストライカーズの五人。亮はジーンズにジャケットとさわやか系を崩さず、舞は王子様らしくひざ丈のスラックスにベストにペンダント、気弱そうな野々山はジーンズにキャラTとオタク趣味を隠さず、高値の花の小田切はポニテをおろして白いひざ丈のワンピースでお嬢様風に飾り、長身な北崎はバンドTシャツにレザーパンツにシルバーアクセじゃらじゃらとメタルファッションだ。
着たいものを着る。多様性万歳。
「金を気にしないで食うったら鮨しかないよな」
亮が黒いカードを手に持って嬉しそうだ。プレミアムなクレジットカードらしい。
「仕事でかかった費用はこれで全部払えって社長がくれたんだ!」
舞もニコニコだ。他人の金で食う飯ほどうまいものはない。
「ケチな社長にしちゃ奮発したよな」
「だよねー。経費もケチケチなのにね」
「ほんとね。たまには慰労をしてほしいわ」
「食費の補助くらいは欲しいなー」
「それなー」
日頃の不満をぶちまける代田兄妹。他の三人も同意しているので倹約志向のようだ。
「相川さんって社長なんですか? 俺は代表って聞いてんだけど」
「おかあさんも代表って言ってた。家永さんは副代表だって」
影勝と碧がそう聞くと、五人は「それな」という顔をする。
「あー、代表が正しいんだ。ただ社長からは好きなように呼べって言われててな。俺たちは社長って呼ぶし、ボスって言ってる奴らもいる」
「ボスってか、おばちゃんって見た目だけどね」
「謎の貫禄はあるけどな」
亮、舞、北崎曰くである。貫禄に関しては影勝も同感だった。性格なのか体形なのかは触れないが。
「ってわけで、今日は食うぞ!」
「やったー!」
椎名堂の接待という免罪符を得た若者らは雄たけびを上げた。鮨をひとつ食べた亮が日本酒を頼み北崎も追加した。
「ちょっとお兄ちゃん、お酒はどうかと思うよ?」
「そうよ。今日くらいは控えなさいよ」
「ちょっとくらいいだろ?」
「そうそう、こんな機会じゃないといい酒は飲めないしさ」
「あの、僕はお茶だよ?」
「あのさー、ボクらはふたりの案内のほかに護衛も兼ねてるんだよ? 近江君はボクよりも強いんだけどさ!」
鮨がうまいので酒を飲み始めた亮と北崎に、舞と小田切が苦言を呈している。野々山は無罪を主張す る。未成年で飲めない影勝はスルーだが碧はちょっとそわそわしている。北海道の人間はお酒好きが多いのだ。だって酒が旨いんだもの。
結局、女子二人が諫めるもアルコールが投入されてしまったのだ。あきれ顔の舞と小田切だ。