23.八王子のふたり(2)
彼らの姿がロビーから消えたのを確認し、影勝が圧を抜く。途端に周囲からは息を吐く音が。へたり込む女の子もいた。漏らしてしまった子はいないようだが、飛び火しちゃってごめんなさい。罪悪感で胸が痛い。悪いのはあいつらなんで苦情はあっちにオナシャス。
「旭川に比べるとずいぶん好戦的だな。鹿児島だってそんなことはなかったのに」
「と、東京は怖いところだね」
「いや、そんなことはないんだけど。俺が通学してた高校は普通だったよ」
「東京の普通は怖いんだね」
碧の誤解は解けないようだ。あいつら許さん。
ロビーがざわつくしホテルの従業員もビビってしまった人も出て居ずらくなってしまったのでふたりは部屋に逃げることにした。あのままだと悪者にされかねない。
「八王子ダンジョンって人が多い分変な人も多いんだな。そういや高校の近くでもおかしなやつを見た覚えがある」
「うぅ、外に行くのが怖いよぅ」
「あの筋肉馬鹿ども、許さねえ」
ふたりは、案内されたスイートにあるソファにもたれかかるようにぐったりしている。精神的に疲れた。
「旭川って平和だったんだなー」
影勝はしみじみ実感した。綾部が手綱を握っているのと田畑のようなOBが見張っているからだ。儀一のように飯屋を営みながら後進に知識を引き継いでいるものあろう。人が少ないからできることでもある。ダンジョンを核とした社会がうまく循環しているのだ。
東京は、そもそもの人口はいるが祖父母の代から東京に住んでいるという人はそれほど多くはない。影勝だって両親が東京に住んだから東京に生まれたのだ。
ゆえに地域とのつながりが薄く、旭川ダンジョンのように町ぐるみという付き合いは、先住民しかないだろう。各地で神輿の担ぎ手がいなくなっているのはこれが背景にある。移住してきた人間は、故郷があるので地域に根差さない傾向が強い。外様のくせに偉そうなのだ。
「早く旭川に帰りたいよぅ」
碧も弱気だ。オークションの時はボディガードがたくさんいて、知らぬところで守ってくれていた。今回はそれがない。まるで戦場にいるようで落ち着かない。
護らねば。
脱力しながらも、影勝はその言葉を胸に刻んだ。
「帰るにしても、金井ギルド長の仮説の証明をしないと」
影勝がぼやく。問題はこれだ。
あくまで仮説なので、どう証明すればよいのかも不明だ。
「影勝くんの弓が見つかった十三階に行くしかないかなー」
「手掛かりはそれしかないか」
「影勝君と一緒なら安心だね!」
碧はへにょりと影勝の体にもたれかかる。碧は影勝といられればそれでヨシのようだ。これならばひとりで置いて行かれないからだろう。危険はあるが、何かあったら影勝が一緒に逃げてくれると約束したのだ。その言葉は重い。
「大丈夫、何があっても一緒にいるから」
影勝は碧を抱き寄せた。そんないい感じの雰囲気に水を差すようにスマホが鳴る。デイスプレイに映る番号は知らないものだ。
このスマホは探索者になるにあたって新しく購入したものだ。番号を知っている人間は多くない。指折り数えれば両手で足りてしまう。いや、探索者になって知り合いが爆増したから足の指を追加しないと足りないか。
というわけで、影勝の番号を知っている、知らない人いないはずだった。
訝しみながらも応答する。
「もしもし、あの、さっき助けてもらった舞だけど」
画面には、赤髪ショートカットの王子様が映し出された。緊張しているのか、笑顔はない。相手がわかったからか影勝の肩越しに碧が顔をのぞかせる。
「出てくれてよかった」
舞の顔には安堵が見える。不安だったのだろうか。彼女はスマホをどこかに固定したのか、舞の顔が小さくなりその代わりに横にいる人物が映った。クラン三日月代表の相川と副代表の家永だった。エンジ色のソファに並んで座っているようだ。背後には兄の亮とパーティメンバーも控えていた。そういえば三日月所属だって聞いたな。
「相川さん、さっきぶりです。家永さんもお久しぶりです」
「おおお久しぶりです」
影勝と碧が挨拶すると相川と家永が顔を綻ばせた。
「やー、部屋に行っていい感じのところごめんねー」
「よぉ、久しぶりだな!」
相川は眉尻を下げ、家永は片手をあげて軽い感じだ。
「どうしてこの番号をって、金井ギルド長からですか?」
「そうなのよ、無理言って教えてもらったのさ」
「まぁ、各ギルド長ならこの番号を知っていてもおかしくはない、かな?」
影勝も不本意ではあるが自分の立場を考えると仕方ないなと諦めた。
「今日、ギルド長に呼ばれてたでしょ。その件で相談があってね」
相川が手を合わせて拝み始めた。ちょっと嫌な予感もする。
「ギルド長の依頼があるでしょ。あれ、正式にギルドからうちにも来てね」
「うちにもって、俺達には…………来てたわ……」
相川の言葉に影勝は探索者用の端末を調べたところ、ばっちり依頼メールが来ていた。ご丁寧に綾部にもCCで送っているのがわかった。さっき話したばかりなのに動きが速い。
「それでね、鹿児島の時は旭川から若い子を連れてったじゃないさ。今回も呼ぶのかなって思ってさ」
「あー、ぶっちゃけると、まだ何も考えてないんですよ。ギルド長に言われたばかりなのと、やっとホテルの部屋にたどり着いたところなんで」
「そうかい、間に合ってよかったよ。お願いなんだけどさ、その依頼の護衛というか案内をこいつらにやらせちゃもらえないかなって」
相川は隣の舞の頭をくりくり撫でた。影勝はふむと相川の真意を考えた。確かにサポートがいると助かる。まして、全く知らない八王子ダンジョンだ。ふたりだけでは時間もかかるだろう。
ただ、彼らの実力だと自分たちについていけるか疑問ではある。
「いやなに、鹿児島の時は呼ばれてるからサポートが一緒に行くのは当たり前なんだけどさ。今回はそうじゃないし、ここは八王子でさ、わざわざ旭川から呼ばれちゃうと、うちらのメンツってもんがねぇ……」
「あ、なるほど」
そこまで言われて影勝は理解できた。探索者が一番多い八王子ギルドなのにそこをスルーして探索者が一番少ない旭川から呼ばれるといろいろ具合が悪いというわけだ。八王子としてプライドもあるだろうし。そこは譲れない線のようだ。
「偶然だけど、こいつらがふたりと面識ができたってのもあってね」
「わりぃんだけど、汲んでやってくれねえかな」
「あの、ボクらも頑張るよ!」
相川と家永が頭を下げたが舞はガッツポーズで主張した。影勝と碧は顔を見合わせる。
――どうする?
――うーん、恵美ちゃんたちを呼ぶのもあれだよね。
――じゃあオッケーってことで。
アイコンタクトはばっちりだ。
「こちらこそお願いします。俺も東京生まれですが八王子ダンジョンはぜっんぜん知らないんで!」
「おお願いしましゅっ」
ふたりも頭を下げた。途端に相川と家永がほっとした顔をする。対照的に舞はうんうんと当然だという顔をしている。八王子としてのメンツが絡むのと、あと椎名堂の跡継ぎ予定のふたりというのもあった。責任重大な案件を金井ギルド長から放り投げられたのだが借りもある上にふたりの存在が重要すぎなので断れない事情もある。
そんなやり取りをしている同時刻。ネット上ではホテルでのやり取りが切り抜かれSNSで拡散されていた。
:覇王のやつらしっぽ巻いて逃げたw
:ダセェwww
:威張り散らして絡んだのにあれかよwww
:あの若いの、何かしたの?
:ワイ現地民、あの兄さんからものすげー殺気が来てちびりそうになった、なお未遂で済んだ模様
:殺気?
:殺気?
:なにそれw
:2級以上になると飛ばせるらしい。出典は民明書房な
:豆知識きたな
:識者に感謝を
:4級なワイにはまだまだ早いようだ
:俺も現地にいたけどマジで怖かった、尻尾巻いても逃げられただけあいつらスゲーわ
:座り込んで動けなかった女子も映ってたな
:まじか、見直そう
:ホテル従業員も汗だらだらだったで
:やらせジャネーノ?
:あの我儘大王の覇王がやらせに加担するか?
:無理だな、あいつらにそんな知能はねえ
:防衛省関係の政治家の息子だからやりたい放題だしな
:ギルドは何してんだか
:情報きた、近江影勝18歳、東京出身、名持、2級、クラン椎名堂所属
:18で2級? 探索者になったばかりか? 嘘くせーな
:東京から旭川へ?
:わざわざ過疎ってる旭川へ行くか?
:名持かー
:なお、職業及びスキルは不明
:確定班おつかれっしたー
:乙乙ー
:別情報、5月のオークションに出てた妖精の秘薬の原料もこいつが採ってきたらしい
:数十年ぶりに採取された幻のリニ草だっけ
:あれだけだと万能毒消しにしかならんらしい
:その万能毒消しでもうちのボスが目の色変えて入札してたんですが
:椎名堂が調薬してこそなのか?
:妖精の秘薬って製薬会社しか落とせなかっただろ
:削除されました
:削除されました
:おいおい、監視されてんじゃねーかよここ