23.八王子のふたり(1)
八王子ダンジョンは八王子駅のそばに発生した。八王子駅は明治二十二年に開業したが同三十四年に移動したのだが、そこに合わせるようにダンジョンへのゲートが出現した。当時の陸軍(大日本帝国)が調査のために侵入したのが日本にとっての初ダンジョンだった。
日本には五カ所にダンジョンが発生したが、首都と言うことで真っ先に調査の手が入った。結果は惨憺たるもので、突入した小隊は全滅。次いで入った小隊が遺体とともにモンスターを発見。これと交戦、壊滅しかかったがモンスターを撃退した。駅も近く、このままでは危険と判断した帝国政府はゲートを建物で囲う決定をした。それが今の八王子ダンジョンを覆い隠す建物の始まりだ。
「って歴史みたい。すごいよね、旭川ダンジョンは畑のど真ん中にできちゃってさ。こんなもん置いたのは誰だって農家さんが怒ってたんだって。ダンジョンのモンスターから魔石が取れて発電に使えるからって近くに空港までできちゃったんだけど、門前町はあんまり栄えないんだよねー」
という内容を調べた碧がタブレットを影勝に見せている。そうなのかと唸る影勝。正直、知らなかった。
「これにならって他のダンジョンも建物でゲートを囲っちゃったのか」
「勝手に入ったら危ないもんね」
「実際に入った人がいるんだろうなぁ」
ふたりがいる場所はエレーベータの中。ギルドがある建物の八階に向かっている最中だった。
八王子ダンジョンがある建物、通称【八ダンパレス】と呼ばれる【八王子エンパレス】は地下三階地上二〇階建ての巨大な複合ビルになっている。
地下三階は駐車場、地下二階は探索者用の訓練場、地下一階はギルド及びクランに貸し出している倉庫となっている。地上部の一階にはダンジョンの入り口及びギルドの受付、魔石納入機、クランの専用のスペースがあり、二階がギルド職用の事務室、ギルド幹部用の個室、応接室会議室などのギルドの執務エリアだ。残業で帰宅できなかった職員のための宿泊施設も完備されている程度にはブラックだ。なお車通勤は禁止となっている。
三階、四階がショッピングモールとなっており、飲食店も多い。一般の人も購入できるが主に探索者向けの店舗だ。ただし、重量物となる小屋などは扱われていないので、それは別途ホームセンターや探索者向けの店に行くしかない。
五階から七階がオフィスエリアで、三日月やらのクラン事務所、防具やポーション作成の錬金術師の事務所が軒を連ねている。ギルドにとっても取引先が近いのはメリットが多い。
八階から上はホテルでビジネスから高級までカバーしている。温泉ではないが大浴場もあるのでホテルを拠点にする探索者も多い。八王子もダンジョンがある駅周辺は家賃は高いので、家事などを考えると宿泊費を払ってもおつりがくると考えた末だ。影勝もそこに入るだろう。
「ギルドの上にホテルがあってよかったね」
泊る所が確保できて、碧がほっとした顔をする。影勝も同感だ。都内なので探せばいくらでもあるしなんならラブホテルでも泊まれるがギルドの真上という安心感があった。
八王子ダンジョンの職員が気を利かせて上階のホテルを予約してくれたので影勝と碧が向かっていたのだが。
「スイートなんですか? ダブルかなんかでよかったんだけど」
「そのぅ、金井ギルド長から伺っておりまして」
受付で対応している中年女性は困惑に眉尻を下げている。そうは言われても上から言われてるしねぇ、というところであろう。わかる。
「お金は払うので普通の部屋に変えることってはできませんか?」
「あいにく本日は満室となっておりまして」
対応する女性は困り顔を演じる。部屋が空いてないことはないのだがギルド長の客とわかっているのでスイート以外の選択肢はないのだ。
影勝としてはふたりでいられるのなら部屋の大きさなどどうでも良い。そもそも椎名堂の居住空間は狭いのだし。碧は影勝の判断に従うようできょろきょろとロビーの様子を確認している。
ギルドとしてはメンツもあるので譲れないとぶつかってる場面だ。
「……仕方ないか」
「申し訳ありません」
結局影勝が折れた。無理にわがままを通しても良いことはない。ここに連泊するかは不明だが、金井の依頼をこなすには少し時間がかかりそうだというのもある。宿との関係は良いに越したことはない。
「おい、あれ、まさか」
「椎名堂か? 動画のまんまだ」
「男は若いな。新人って噂はマジかも」
影勝がホテルのロビーで手間取っていると、宿泊客らに遠巻きにされていた。このホテルに泊まるのはほとんどが探索者なのでギルド一階での金井ギルド長とのやり取りを見ていた者もいるだろう。碧の目立つ白衣姿もありだそうだ。
相変わらず、無遠慮にスマホを向けられた。慣れないが、慣れたとしてもいい気分ではない。
「ハッ、お前みたいのが椎名堂だって?」
そんなセリフと一緒にガタイの良い男が近づいてくる。ツーブロックで爽やかさを滲ませつつも白いタンクトップでみっちりした筋肉を見せつけている。首も太く、ラグビーでもやっていたのだろうかという肉体だ。ただし、顔は悪人面だ。
彼の後ろのには同じような体格の男がふたりいて、ニチャとした笑みを張り付けている。歳の頃は大学生くらいだろう。フィジカルにものを言わせてきたヤカラ臭が酷い。碧が嫌悪するタイプだ。もちろん影勝も嫌いである。
「椎名堂ですが、なにか?」
影勝は涼しい顔でこたえる。
この男たちは、よく鍛えられた肉体に見えるがたいした圧を感じないので強くはない。探索者はスキルがあるので肉体=力ではない。【怪力】スキルの片岡がいい例である。細腕で巨大なハンマーちゃんを振り回すのだ。
影勝は、今の自分でも余裕でボコれちゃうし東風あたりでもいけるんじゃ、とまで思っていた。はっきりいって余裕なのである。
碧はすすっと影勝の背に隠れる。こんな場面ではそこが彼女の定位置だ。安心安全大事。
「おいおい、あの筋肉馬鹿ども、クラン【覇王】の奴らだろ」
「ダンジョン外で嫌がらせしてくるクズじゃん」
「リーダーの甲斐が政治家の息子だからやりたい放題なんだろ?」
「椎名堂も面倒な奴に絡まれたな」
「さて、あの若造はどうするのかな」
周囲からこんな声が聞こえてきた。なるほど、さっきいた動画野郎どもと同じクズ野郎にカテゴライズされるのか、と影勝のこめかみに力が入る。
周囲にいるやじ馬は素知らぬ顔をしているが影勝がどう対応するか興味津々だ。
「そんなひょろっちいヤツが天下の椎名堂で大丈夫かぁ?って心配になっちまってさ」
「可愛いねーちゃんは俺らが守ってやるって」
「手取り足取り丁寧に教えちゃうよ~」
ニヤつくタンクトップの男たち。背後にいたふたりは肩を揺らして笑っている。嫌味のつもりなのだろうが、影勝には届かない。が、碧が怯えている気配がした。
政治家の息子? 知るかよ、ダンジョンでそんな奴は出てこないし。
碧が絡むと彼の怒りの導火線は少々短いのだ。
よし、処すか。
影勝もやる気になった。
「何か問題でも?」
影勝が張り付けた笑顔のまま全力で圧をかけた。紳士的かつ慇懃かつそして無遠慮に。ちなむと、旭川ダンジョン七階の外で多数のモンスターを倒したおかげか、影勝のレベルは四〇を超えていた。碧の祖母真白の夫であるヒグマまでもう少しである。
そんな影勝の圧を一身に受けたタンクトップ男は一瞬体を強張らせ、息を詰まらせながら数歩後退した。周囲の探索者らもビクっと肩を跳ねさせている。
スリーマッチョマンの顔には大量の汗がしたたり、タンクトップの脇がにじんでいる。ちびってはいないようだがその一歩手前だろう。手加減なしの圧倒的暴力を浴びせられたらそうもなる。
「あれ、汗が凄いですけど、大丈夫ですか?」
追撃としてにこやかスマイルのままその男に向けて歩を進める。タンクトップの男にはにじり寄ってくる影勝が魔王にでも見えたろう。
「こここここは見逃してやる」
「若造がいい気になるなよ」
「覚えてろよ!」
三人の男は汗だくになりながら悪態をつき、そそくさと退散した。影勝の背中から碧がにゅっと顔を出し、彼らの背中を睨んでいる。相当なオコの様子。
「あいつら、レベル十五くらいで三級ってとこかな。東風のほうが強いんじゃないか?」
影勝は思わず口にしてしまった。碧も同感のようで頭を上下に振っていた。