5年前に戻るまで
「君との婚約は破棄する。理由は分かるね?」
「泥棒猫のせいね」
王子の後ろにいる娘をにらんだ。
王子は冷やかに私を見た。
「彼女は失意の底にいた私を慰めてくれたにすぎない。原因は君の不貞行為にある。身に覚えがないとは言わせないよ」
王子の合図でさっと現れた側近の手には証拠資料。証人もぞろぞろ現れて、口々に証言した。
確かに私には愛人がいる。隣国からの留学生、シャルルだ。3日前から音信不通だ。
その理由はいま判明した。逃げたのだ。そして実にタイミング良く、シャルルと私しか知り得ないはずのことが、白日のもとにさらされた。
シャルルはきっと王子側の人間だったのだろう。私を誘惑し、王子側に証拠を握らせた上で失踪した。
「身分を剥奪し、都から追放する。私を裏切った罰だ」
王子の勝ち誇った顔が憎らしかった。先に裏切ったくせに。
王子の心変わりに成すすべなく、失意の底にいた私の手を優しく取ってくれたのがシャルルだった。王子とは真逆のタイプで優しく穏やかで、情熱的な愛情表現のギャップにやられた。
そして見事に裏切られた。
悔しい。シャルルと出会う前に、いや――王子と婚約する前に戻って、やり直したい。
5年前に戻りたいと願いながら、倒れるように眠った。明日には荷物をまとめて、都を出なくてはいけない。
翌朝目を覚ますと、屋敷の喧騒がおさまっていた。確認すると、誰一人婚約破棄のことを知らなかった。夢でも見たのでしょうと首をかしげられた。
2日経ち、逃げたシャルルが平然と戻ってきた。何ごともなかったかのように、ゆるやかな笑みを向けてきた。
「今日もお綺麗ですね。毎日言っても言い足りません」
聞き覚えのある言葉。間違いない、やはり時が巻き戻っている。
5年前に戻りたいという願いが通じたようだ。5年の時を一気に飛び越えるイメージだったが、まさか1日ずつ巻き戻っていくとは。
悠長だが、神様のくれたチャンスには違いない。シャルルをぐいと押し戻し、別れを告げて追い払った。
しかし一晩明ければ日が戻り、別れの事実は失われてシャルルはまたやって来る。
無駄になると分かっていながら、何度も別れ話を繰り返した。
今日何をしようが、昨日に戻れば無かったことになる。つまり何をしてもいい毎日だ。
虚しさを飛び越えて、開放感に押しつぶされそうだった。いっそ、やってやるか。