04.依頼人
「うし、取り敢えず準備はこんなもんでいいか」
左腰にフラッシュライトを差したホルスターを下げ、超高分子量ポリマー繊維で編まれた特殊強化スニーカーを履き、念のためバイタルゾーンにはスニーカーと同じ強化ポリマー製の防弾プレートを着ておいた
ここ日本だし滅多なことはないと思うけど、まあ一応念のためにな
え? 殺し屋なのに武器を持たないのかって?
いや、警察に職質された時にナイフなんて持ち歩いてたら下手すれば銃刀法違反でしょっ引かれるぜ? ましてや銃なんてもってのほか
サツに捕まれば政府お抱えの特別な殺し屋以外は問答無用で逮捕、下手したら事務所まで捜査の手が伸びる
もしそんなことになれば出所時か、ムショの中でも粛清を受けることになるだろう
要は殺しの仕事をするわけでもないのに、無駄なリスクを背負うようなことをする奴は三流だってことだな
最終確認を済ませると、家を出て近所の公園に向かった
公園のベンチから俺の部屋が見える
念のため家を出てからしばらくはここで時間を潰しながら自分の部屋を見張ることにした
もし依頼人が敵側なら俺が外出することが分かってる今日、何かしらのアクションを起こすかもしれない
まあ部屋を出た時は視線も感じかなったし家の周りには特に違和感もなかったから俺の思い過ごしかも知れないが、用心するに越したことはないだろう
なんせ今回は俺の命だけじゃなく葵ちゃんの安全もかかってるんだ
気を抜いてられん
そのまま30分ほど待ったが俺の部屋に近づく人影はなかったし、不審な様子も感じられなかった
まあ、仕方ない 敵もプロだとしたらそう簡単に尻尾を掴ませるようなことはしないか
どちらにせよもう時間だ
それに家の方にもいくつかトラップを仕掛けておいた
何も無ければそれでよし もし何かあれば・・・
それはその時考えることだ
午後1時
俺は指定された喫茶店の入口の前に立っていた
場所はここであっているんだが・・・
お洒落な外観、悪くない立地 何だろう店全体からお呼びでないオーラが出ているのが見える気がする
俺こういうとこ苦手なんだよな
陰の者の体質的にアレルギー反応が出るっていうか
ああ、なんか心なしか腕が痒くなってきた
って、そんなこと言ってる場合じゃないか
こういう時は出来るだけ裏取りを遅らせるために比較的回転率の高いチェーン店を利用することが多いが、店主が知り合いで通じてたりしてこういう個人店がチョイスされるパターンもそれなりにあるんだよなあ
まあ仕方ない、これも仕事だ
覚悟を決め、扉を開けて中に入る
内装もやっぱりオシャレだった
眩暈を抑えながら店内を見渡すと、指定通り奥側のテーブル席に先客がいた
あれが依頼人だろう
カウンターから出てきたウェイターに待ち合わせであることを告げると、そいつの元に向かう
「向かい、座っても?」
俺が声をかけると男が顔を上げた
中年、40代くらいか 大きなサングラスで目元を隠している
いや、顔を見られたくないからってあからさますぎだろ
変装ならもっとさりげなくやれよ、逆に目立つぞそれ
という指摘は口には出さず、男の向かいに腰を下ろした
「何か注文しますか?」
「そうですね、こういうところってなかなか来なくて 何かオススメとかってあります?」
「すみません、実は僕もここに来るの初めてで・・・」
「そうですか」
今回に関しては店は無関係、と
まあ、これがブラフってこともあるから一概には言えないか
取り敢えず烏龍茶を注文して話を切り出す
「まあ改めまして、築島です よろしくお願いします」
「あ、どうもご丁寧に 宙月です、こちらこそよろしくお願いします」
名刺は持ってなくて、と言い訳しながらテーブルに備え付けられていたメモ用紙とペンを使って名前を書くと、相手も同じように名前を書きだした
「え?これでソラゲさん、ですか ソラツキじゃなくて?」
「ええ、はい ソラゲです」
へ~、面白い読み方するもんだなあ
って、今はそんなことどうでもいいわ
「あの、失礼かもしれないんですが・・・」
「はい?」
突然の前置きに若干身構えつつ先を促す
「あの、築島さんって、本名ですか?」
「?」
「ああ、いえ、深い意味は無いんですが ただ、依頼した時にお会いした方も同じ名前を使っておられたので」
「ああ、なるほど」
宙月が言ってるのは親父のことだな
「今回の仕事にあたって俺は築島の息子、という設定になっています なのでこの仕事中は少なくとも俺は築島ですので、そう呼んでいただきたいですね」
俺が答えると、相手もああ、なるほど、という顔をした
「後、余計なお世話かも知れませんが、俺たちみたいな人間に名前を聞くのはやめておいた方が良いですよ、詮索はしないのがこの業界では暗黙のルールなので 俺は特に気にしないですけど」
「あ、ありがとうございます 気を付けます」
掴みが一区切りしたところで注文した烏龍茶が届いた
一口飲んでから本題を切り出す
「それで、依頼の件なんですが・・・」
任務内容:
中学に潜入し秘密裏にターゲット、剣崎葵を護衛、学校、私生活における安全を保証する
任務期間:
未定
想定加害対象:
不詳
宙月の話をまとめると凡そこんな感じだった
・・・いや、いくら何でも不明瞭な部分が多すぎだろ
というかこれほぼ依頼書の内容のままなんだが わざわざ会う意味あったか?
というかこいつマジでこんな内容で通ると思ってるのか?
親父もよくこんな依頼受けたな
まあ、ターゲットがターゲットだから俺に気を使ってくれた部分が大きいんだろうが
なんにせよこんな情報じゃあ仕事にならん
何とか情報を引き出すしかないか
「依頼について、幾つか聞きたいことがあります」
「はい」
「まず護衛対象についてです 彼女が狙われる原因について心当たりがあれば教えてください」
「それは・・・」
「それも分からない、ですか?」
宙月の答えについ口調に呆れが雑じる
さっきから、分からない、まだハッキリとは言えない、憶測の域を出ないため調査中、の繰り返しで俺も頭にきていた
「宙月さん、ハッキリ言わせてもらいますが、この情報だけで護衛をするのは無謀です せめてどんな相手が彼女を狙っているのかの推測だけでも聞かせてもらえないと」
宙月の表情が歪む
「申し訳ありません ですが、今はまだその質問にお答えする権限が自分にない、としか言えません
その上で、何とかして頂けないでしょうか」
宙月が机に両手をついて頭を下げた
どれだけ頼まれたところでこんな情報じゃ何の役にも立たない
情報がなければこちらはターゲットの周りで直接そうと分かる動きが出るまで動けない 常に後手に回らざるを得ない
そんな不利な仕事を受けるバカはいない
・・・・・・まあ、そのターゲットがあの子じゃなかったら、だが
クソっ
「ターゲットの行動を制限することは出来ませんか?学校に行かないようにする、とか」
「本人に気付かれない、というのが条件なのでそれは難しいですね」
こっちの質問には何一つ答えないくせにあれこれ注文ばっか付けやがって
「・・・分かりました 何とかやってみます・・・が、そうなると常に最悪の状況に備えないといけなくなります 当然それだけの武装や準備が必要です」
俺が言うと俯いていた宙月が顔を上げた
「はい、それはこちらに経費として請求していただければ全て建て替えさせてもらいますので」
「資金だけじゃありません その装備を家だけじゃなく学校内にも配備しておく必要があります 一日の半分は学校で過ごすわけですから
その辺りも何とかしていただきたい それがこの仕事を受ける条件です」
「分かりました、その位であれば」
そう言うと、宙月がカバンから分厚い封筒を取り出した
「依頼を受けていただくにあたっての支援金です 足りないようでしたらご連絡いただければお支払いしますので」
マジか
受け取った封筒にはどう見ても数十ではきかない枚数の諭吉と、携帯の電話番号が書かれたメモが入っている
金回りどうなってるんだよ
「あ、そうだ 最後に一つだけ」
重要なことを確認し忘れていたことを思い出し口を開く
「俺はボディーガードは本職じゃありません なので、やり方もこちら流になってしまいますが」
「こちら流?」
「ええ」
そこで言葉を区切り、サングラスの奥の目を覗き込むように視線を合わせる
あえてそうしたのか、それともただの勘違いか・・・
どちらにせよお前が依頼したのは、今お前の目の前にいるのはただの用心棒じゃないってことをしっかり認識しておいてもらう必要がある
「先手必勝一撃必殺 それがうちの方針ですんで、俺が害意があると判断した人間には、即刻退場していただきます
それでよろしいですね?」
俺の問いかけに宙月がゆっくりとしかし確実に頷き、そして、会ってから初めてその表情を緩めた
コイツ・・・
「問題ありません よろしくお願いします」
こうして、俺の護衛任務は正式にスタートした