01.悪夢
初めて、人を殺さなければならないと思った
このままこいつを野放しにしておけば取り返しのつかないことになるという確信があった
そして、その説明しようのない使命感に駆られるまま、気が付くと、そいつに向かって角材を振りかぶっていた
死ね
何度も、何度も、そいつの頭に角材を振り下ろす
振り下ろす度辺りに血が飛び散り、俺の足元には血だまりが出来ていた
「やめて!」
と、突然俺とそいつの間に誰かが割って入った
一人の少女がそいつを庇うように両手を広げて立ちふさがる
「もうやめて!」
何故だ?
なぜそいつを庇う?
そいつは死んだ方が良い人間なんだ
お前にだってわかるはずだろ?
しかし、少女は俺を睨み続けている
泣きはらした目で、俺を睨んでいた
何なんだよ
俺はお前のために・・・・・・
いや、本当にそうだったか?
俺は何のためにこいつを殺そうと思ったんだ?
俺は・・・一体、何を・・・・・・
*********************************
「___ っ!!」
携帯の着信音で目が覚めた
「はぁ、はぁ」
クソ、落ち着け
ただの夢だ
もう何年も前のことじゃねえか
動悸と呼吸を何とか落ち着かせ、携帯を開くと画面には見知った番号が表示されていた
「・・・もしもし」
『おお、生きてるか~?』
電話口からいつも通りの声が聞こえてくる
「何とかな」
『にしては電話に出るのが遅かったじゃねえか
あ、もしかしてあれか?一人で邪魔しちゃ悪いことやってた感じか? いやー、悪かったな 後でかけ直そうか?』
「ついさっきまで寝てたんだよ で、要件は?」
勝手に納得しいらぬ気づかいを始める親父をスルーし、聞き返す
『なんだ 折角こっちが気を使ってやってるってのに・・・ まあいいや それで要件な お前今日こっちに来い』
「なんだよ?報告なら昨日しただろ」
『いんや、それとは別件だ』
親父の答えに眉をひそめた
わざわざ呼び出すからにしては仕事の話なんだろうが、それにしても昨日の今日だ
流石に早すぎる
『とにかく来い 話はそれからだ』
そう言うと、電話は掛かってきたときと同じように唐突に切れた
「何なんだよ一体・・・」
とはいえ、俺がここでいろいろ考えてもしょうがない
「・・・にしても、懐かしい夢を見たもんだな」
取り敢えずシャワーでも浴びるかと考えながら、俺は今日の夢を思い出していた
初めて人を殺した時の記憶
久しぶりでパニックになってしまったが、一時期は毎日のようにあの夢を見て、そのトラウマから不眠症になっていたこともあった
まあ、何年も前の話だが
ここしばらくは殆ど見なくなっていたんだが・・・・・・
戒めなのか、とシャワーを浴びながらぼんやりと考える
平然と人を殺している事への、もしくは、それが日常になっている事に対する、自分が何をしているのか忘れるなという自分自身からの警告なのだろうか
「・・・んなこたあ、言われなくても分かってるよ」
ポツリと、誰にともなく答え、俺は風呂を出た
俺は殺し屋だった
と言っても、漫画やアニメによくある闇の使命を帯びていたり、名のある特務機関に所属していたりなんてことはなく、年に何回か依頼を受けて人を殺し報酬を得る
ともすればそこら辺のバイトとさして変わらないような、完全営利目的の仕事だ
違いがあるとすれば、やってることが違法ってことと、普通の仕事と比べればちょっと給料が良いことくらいか
まあ、給料がいいと言っても何百万何千万と貰えることはなく、高飛びを繰り返してバリバリ依頼を受ければ年収ウン千万とかになるんだろうけど、俺の場合はそこまでがんばってるわけでもないから精々年2、300万ってところだった
それでも俺がこの仕事を続けてきたのは、年数回の殺しでオタクライフを送れるという時間効率の良さがあったからだ
当然仕事は命懸けだ
現場で標的のボディガードと殺し合いになるかもしれないし、間違えて別人殺したり下手打って情報を漏らしたりすれば事務所側から粛清を受けることだってある
だが、この仕事をしている限りは潜伏ってる期間に好きなだけアニメや漫画やラノベが見れる
俺にとってはそれで十分だった
強いて言えば出会いがないから彼女が出来ないことが唯一の不満だったが、ネットで掲示板とか見てると普通の生活をしてたからって出会いがあるわけではないらしいし、そこまで言うほどの欠点ではない
そんな訳で俺がこの仕事で現場に出始めて、早くももう5年になるのだった
軽く朝食のシリアルを流し込み、着替えをして家を出る
組織の事務所、もとい俺のボスであり育ての親でもある男が住んでいる建物は俺の家から3キロほど離れた町の中心部に立っていた
家からクロスバイクを飛ばして5分と少し
事務所の壁に自転車を立てかけ、玄関から中に入る
「親父ー!来たぞ!」
玄関から呼びかけると、しばらくして若い女の人が顔を出した
「あら、タローくんいらっしゃい あの人なら奥で待ってるわよ」
「おはようございます、ナナミさん」
親父の奥さん、ナナミさんである
親父と一緒になるまではキャバクラで指名率トップを誇っていたらしく、かなりの美人さんだ
元キャバ嬢というだけあって髪も明るい茶髪だし巻いてるしで見た目はとても華やかなのだが、それでいてケバくない
不思議な魅力のある人妻である
ん?そういや内縁の妻で戸籍はいれてないんだっけか?
あれ?じゃあこの場合は人妻じゃないのか?
などと下らないことを考えながら廊下を奥へ進むと突き当りに障子が見えてきた
あの部屋だ
「入るぞ」
一言声をかけてから障子を開けると、中で中年スキンヘッドの大男が胡坐をかいて新聞を読んでいた
「おう!タロー、来たか」
全身に纏った分厚い筋肉の鎧が、はち切れんばかりに服を内側から圧迫している
とても普段から
「殺し屋に強さはいらない、重要なのは確実に逃げ切る周到さだ」とか言っている人間には見えない
これでもう引退してデスクワーカーとして組織を取りまとめてるんだから勿体無いというかなんというか
ボディガードとかだったら絶対俺よりも親父が行った方が良いだろ
それにしても・・・なるほど この筋肉の魅力でナナミさんを落としたのか
よくナナミさん親父の胸筋とか腹筋とか触ってるしな
俺も筋トレ増やそうかな?
「それで、話ってなんだよ?」
親父の正面に胡坐をかいて座り、話を切り出す
まあ、十中八九次の仕事の話だろうが・・・・・・
「ああ、それなんだがな」
親父はそう言うと読んでいた新聞を脇において、俺に向き直った
「お前、中学生になれ」
「は?」