00.殺し屋
穏やかな春の昼下がり、森の中をようやく暖かくなり始めた風が吹き抜けていく
今日は3月にしては珍しく20度を超える陽気らしい
日向に居れば長袖長ズボンだとちょっと汗ばむくらいだろうが、木洩れ日がさす森の中は涼しく、丁度良い気温だった
俺はそれとは別の要因で額に球の汗を浮かべていたが・・・
草叢に体を押し込み、息を殺して眼前の遊歩道を監視する
その遊歩道とは直線距離で20mほど離れており、先程からちらほらと僅かな通行人が通り過ぎていく
生い茂ったやぶの中に伏せているのもあるが、服の上から纏った木の枝や木ノ葉、雑草を縫い合わせて作ったような特異なマント、一種の特殊迷彩服の効果で、誰かが俺の存在に気付くようなことはなかった
まあ、これが暑さの原因でもあるのだが
額の汗をぬぐいたくなる気持ちをグッとこらえ、通行人の顔を手元の写真と照合する作業に戻る
時刻は午前10時を回っており、日が高くなり気温も上がり始める
それでも普通の恰好であればちょっと暑い程度だろうが、潜伏に特化したこの服は体から発せられる熱気を閉じ込め、体感気温はどんどん上がっていく
それに比例して集中力も落ちてくる
個人的な不快感だけではなく確実に仕事をこなすという点から見ても、出来るだけ早く終わらせたかった
とそんな願いが天に通じたのか、一人の老人が向こうからゆっくりと歩いてくる
写真より若干老け込んだように見えるが、ターゲットで間違いない
時間もキッカリ情報通りだ
今回の標的は警視庁OBで、現在もその辺りにそれなりの影響力を持っているらしい
恐らくその関係でどっかから恨みでも買ったんだろう
まあどうでもいいが
ターゲットがだれであれ、俺が今からやることに変わりはない
音をたてないようにゆっくりと体勢をずらし、慎重にホルスターから得物を抜く
パイプに直接フレームを取り付けたような特異な形状の拳銃
側面に米スタームルガー社製であることを示す刻印があるそれをそっと握ると、抑音器の内蔵された銃口を遊歩道に向けた
ターゲットは杖を突きながらゆっくりと歩いてくる
呼吸を整え、グリップ後部の安全装置を解除すると、右手人差し指をゆっくりと曲げ伸ばしてからトリガーに乗せる
まだ、まだだ
焦る必要はない
そう自分に言い聞かせ、ターゲットがポイントに来るのを待つ
そしてターゲットが視界の中央、遊歩道の向こうが急な斜面になっている付近に差し掛かった時
眼球から照門、照星、標的までが完全に一本の直線で結ばれた
今
ゆっくりとやさしく引き金を引き絞ると、銃口から22口径の鉛が飛び出す
それは一瞬でターゲットに到達し、喉を穿った
そのままリコイルを抑え込むと、銃創から飛び散った血が地面に着くよりも早く引き金を引き、二射、三射を放つ
二発の銃弾を眉間に受けた標的は大きく顔をのけぞらせ、そのまま斜面に落ちていった
うまくいったな
あわよくばあの斜面から落ちてくれればと思っての場所取りだったが、ここまでうまくいくのも珍しい
これで捜索は当分かかるだろう
その場で伏せたまましばらく様子を見るが、誰かに目撃された様子はない
最も、標的が落ちるところを見ていたとしても、どこから撃たれたのかはまず分からないが
任務完了
銃をしまい、ゆっくりと起き上がると中腰で移動を開始する
迎えと落ち合う予定の駐車場までは森の中を歩いて30分ほど、途中で着替えることを考えるとゆっくりしても1時間くらいか
多少時間をかけても慎重に帰ろうと決め歩き出す
どうせ通報されるのはまだ先だ
町まで下りたら途中で事務所に寄って、事後報告と銃とスーツの処分を頼んで、シャワーも浴びたいし・・・
ああメンドクサイ
そういや、昨日の深夜アニメ録画とったんだったな
「・・・早く帰ってアニメ見よう」