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【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~  作者: 塩羽間つづり
第一章 忘れられた約束

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22閑話ジークの縁談

「ただいま戻りました」

「あらジーク! おかえりなさい」


 珍しくジークが家に戻ると、すぐに奥から愛らしい栗色の髪の貴婦人がやってきた。

 ふわふわした雰囲気がほんのわずかにメルティアに似ている。

 貴婦人はジークの前に立つと、期待に満ちた目でジークを見た。


「どう? どうだったの? 上手くいった?」

「……破談になりました」


 淡々とした受け答えを聞いた愛らしい貴婦人は、大げさに仰け反って両手で頬を押さえる。


「どうして? あぁ、なにか粗相でもしちゃったのかしら。どうしましょう」

「何もありませんよ、母上」

「じゃあ何が理由なの?」


 ジークはしばらく沈黙を貫いたが、母からの期待と不安のこもった瞳に耐えられず、重々しく口を開く。


「……婚姻を結んだら、メルティア様の騎士をやめて欲しいと言われました」


 ジークの母は遠い目をして砂になった。


「条件の不一致ということで、破談にしてきました」

「もうもうもう! もう少し話し合いをしたら良かったんだわ」

「無理でしょう。そういう条件を提示してきたということは、相手はそれを望んでいるということです。こちらの条件を呑んだとしても、いずれ不満が溜まります」


 最もなことを言うジークに、母は涙を拭くふりをする。


「冷たすぎるわ、ジーク」

「惚れた腫れたの婚姻ではないわけですし、普通でしょう」

「それはどうかしら? あなた、モテるのよ」

「……よく知りもしない相手を好きになるなんて、理解できませんね」


 冷たく言い捨てて、ジークは母を置いて歩き出す。その後ろを母がちょこちょこと追いかけてきた。

 それがどうにもメルティアに似ているように思えて、ジークは少しずつ歩く速度を遅めてしまう。


「ほらほら、そっちに行って。お茶入れるわ。あ! クッキーも焼いたの。メルティア様からいただいた蜂蜜をたーっぷり使ったのよ」


 ジークは仕方なく母の言う通りに向かった。

 椅子に腰かけると焼いたばかりのクッキーが皿に盛り付けられて出てくる。



「やっとうちの子たちも結婚を考えるようになったかと思ったら、さっそく破談なんて……なんだか先行き不安だわ」


 お茶をすすりながらジークの母は憂いげに頬を押さえる。


「ベイリーなんてとくに浮ついた話もないのよ?」

「それはディルがあちこち連れ回しているからでしょう。兄上は人気者ですよ」

「あらそう? それならいいのだけれど……。うちの血も途絶えちゃうんじゃないかって心配だわ」

「……」


 ジークは静かにお茶をすすった。


「兄上はメルティア様とご結婚されるんじゃないですか?」

「あら、ベイリーったら、メルティア様といい仲だったの?」

「仲はいいですよ」


 ジークはしれっと答えてお茶をすすった。


「でも、幼いころのメルティア様はあなたのことばっかりだったはずよ? いつもジークジークって、あなたのあとをくっついていたじゃない」

「……」


 沈黙するジークを見て、ジークの母は口元を押えて顔を青くした。


「まさか……あなた失恋してたのね? だから急に縁談を受けるだなんて……おかしいと思ったのよ」


 ジークは黙ってお茶すすった。


「そう。兄弟でライバルなんて複雑ね……」

「ライバルだなんて思ったこと、一度もありませんよ。俺は……土俵にすらあがっていないのですから」


 ジークな小さなぼやきに、母は目を丸くする。


「メルティア様が幸せになる相手は、俺じゃダメなんですよ」


 ジークの母は面白がるようにクスリと笑う。


「あーら、どうかしら? 誰かの幸せを他人が決めることなんて、絶対にできないわ」

「……」

「まぁ、なんでもいいわ。あなた頭が固いもの。だけど、何もかも手遅れになってから、後悔しないようにしなさいね」

「……しませんよ。後悔なんて」



 そう思っていたはずなのだが。


 ジークはのちにこの時の母の言葉を思い出し、深く後悔することになるのだった。


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