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2姫と従者

「あっ! メルティア様よ!」


 自分を呼ぶ声が聞こえて、メルティアは振り返る。大きな花壇を挟んだ向かい側には、きゃっきゃっと話に花を咲かせる貴婦人が三人いた。


「こっち見たわよ。今日もお可愛らしいわねぇ〜」

「あ〜ん、娘に欲しい」


 メルティアは軽く微笑んで会釈する。熱を上げてく貴婦人たちの会話からさりげなく距離をとった。


 そんなメルティアの周りを、ふよふよと一匹の生きものが飛んでいた。小さな人型をしているが、その肌は青く、背中には透明な羽根が四枚生えている。


「きゃ〜っ、かわいらしい〜! だって、メル」


 わざとらしい甲高い声でそういって、青い生きもの、チーはニヤニヤと笑う。

 メルティアは声をひそめ、周りからはわからないようにこそこそと会話する。


「もう、チーくんからかわないで」

「からかってなんかないさ。オイラは本当のことを言ってるだけだぜ? メル」


 メルティアは小さくため息をついて、きょろきょろと周囲を見回した。


「チーくん、まだ咲いてない?」

「もうすぐ」

「急がないと……!」


 メルティアは言いながら歩みを速める。多くの人が見ているので、上品さも忘れない。優雅に、かつ迅速に、薔薇園の土を踏む。


「でも、ジークに知られたら怒られるぜ?」

「それは……チーくんが今咲きそうって言うから」

「咲きそうなのは本当。ジークに怒られるのも本当」


 メルティアの専属騎士であるジークは、今はいない。

 昨日取れた蜂蜜をジークの家に届けてほしいと、メルティアがお願いしたのだ。


 最近ジークが家に帰っていないことを、メルティアは知っていた。だから適当に理由をつけて、ジークの家族に顔を見せるようにしたというわけだ。

 ただし、ジークがいない間、部屋から出ないという条件付きで。


 チーはメルティアの周りをくるくると回ると、ニヤリと妖しく笑った。


「今回のメルは、本当に運がないねぇ」

「えっ、どういうこと?」


 と、そのとき、遠くから黄色い悲鳴があがった。メルティアは肩を跳ねさせ、声のした方を向く。

 たくさんの女の人たちが、きゃあきゃあと囁きあっている。

 その話題の中心人物になっていたのは、メルティアもよく知っている人だった。


「じ、ジーク……」


 小さな声が聞こえたのか、ジークがメルティアの方を向いた。そして、わずかに目を細め、メルティアのもとまで大股で歩いてくる。

 メルティアは、ジークの体から沸き立つ怒りのオーラにおののき、一歩後退った。


「チーくんどうしよう! ジーク怒ってるよ」

「だから言ったろ? 怒られるって」

「帰ってきてるの知ってたなら教えてよぉ」

「いつまでも人に頼ってちゃダメだぜ、メル」

「チーくんは妖精でしょ」

「そこはノリってやつさ」


 くだらない小競り合いをしている間に、メルティアの前に影ができる。メルティアはピタリと止まって、そぉっと視線を上げた。

 黒い艶やかな髪に、きりっとした目元。形のいい眉をぎゅっと寄せ、ジークはメルティアを見下ろしていた。

 手に持っている鉢植えがなんともアンバランスだ。


「メルティア様。今日は開放日だからおひとりで外には出ないよう、申し上げたはずですが」


 メルティアは迫力にのまれて一歩後ろに下がった。


「ご、ごめんね、ジーク。でもチーくんが、ティアナローズが咲きそうだって」


 ジークの片眉がぴくりと動く。


「あぁ……メルティア様がたいそう大事にされていたあの……」

「う、うん。あのお花はね、一瞬で咲いちゃうの。しかも気まぐれでね、一年のうちいつ咲くかもわからなくって……」


 メルティアはもごもごと言い訳を並べる。だが、圧に負けたのか、やがてしゅんと肩を落とした。


「ご、ごめんなさい……」

「……本当に花がお好きですね。こちらこそ、お側を離れて申し訳ありませんでした」

「えっ! ジークは悪くないよ。わたしがお願いしたんだから」

「それでも。俺はあなたの護衛ですから」


 『護衛』

 その言葉が小さくルティアの心に刺さる。主従以外の関係になりたいと、メルティアはずっと望んでいるのに、それが叶う気配は今のところない。

 幼いころに小指を絡めてした約束の日は、とっくに過ぎているというのに。


「うん……。ありがとう、ジーク」


 複雑な気持ちを押し殺したまま、メルティアは情けなく笑う。

 そのままうつむいたメルティアに、綺麗なオレンジの花が咲いている鉢植えが差し出された。

 パッと、メルティアの表情が明るく変わる。


「わあっ。綺麗。今日はカランコエ?」

「はい。鮮やかなオレンジで可愛らしいでしょう」

「うんっ」


 差し出された鉢植えを受け取ろうとした瞬間、きゃあっと大きな歓声が響いた。

 驚いて手を滑らせたが、鉢植えが地面に落ちることはなかった。触れてはいないけどふわふわと浮いている。メルティアの手の高さで止まっているから、周りから見たらメルティアが持っているように見えるだろう。


「び、びっくりした。ありがとう、チーくん」


 メルティアは鉢植えを持ち直し、ひそひそとチーにお礼をいう。


「どーいたしまして」


 チーは言いながらメルティアの肩に座った。そして、カランコエの花を見下ろす。


「ふぅん。今日はカランコエか」

「綺麗だよね」

「呑気だなぁ、メルは」


 チーはやれやれと、わざとらしく肩をすくめる。


「オイラ、ジークはロマンチストだと思うよ」

「え……?」


 メルティアは心の中で、「ジークはロマンチスト」という言葉を繰り返す。

 花からそっと、ジークに視線を移した。

 どこか冷たくも見える顔立ち。いつも敬語で話す真面目さ。どうひっくり返しても、ロマンチストには見えなかった。


「どうしました?」

「う、ううん。なんでもないの。そんなことより、早く行こう?」


 こんなことをしている場合じゃなかったと、メルティアは鉢植えを抱えたままそそくさと歩き出す。そのななめ後ろにジークが付き従った。

 メルティアとジークが歩き出すと、多くの視線が注がれた。


 今日は王城開放日だ。いつもならいない人がたくさんいる。

 ファルメリア王国の城には王族やその従者が暮らしているが、広大で美しい庭園があるため、月に一度、民間人が観光できる日を設けていた。遠方から足を運ぶ者もいるくらいだ。

 ファルメリア王国の国民たちは、なによりも自然を愛していた。

 金銀財宝よりも花。肉よりも花。一に花、二に花、三に花。


 だが、そんな花よりも、ときにはうわさ話が勝ることもあった。


「はぁん、可愛らしいメルティア様と、かっこよくて凛々しいジーク様。お似合いだわぁ」


 前方からかすかに声が聞こえてきて、メルティアの耳はピクリと反応する。ジークとの話題キャッチ能力だけはチーよりも上だ。

 メルティアはさりげなく歩く速度を落としながら、注意深く聞き耳をたてた。


「ジーク様がメルティア様の騎士になる前から、お二人は一緒にいたのでしょう?」

「幼なじみですって」

「お似合いよねぇー」


 メルティアの頰がだらしなくゆるんでいく。心の中で激しくうなずいた。


「あら、でもジーク様はランスト家の次男でしょう? お似合いというのなら、長男のベイリー様だわ!」

「あーん、ベイリー様も素敵。ジーク様と正反対な、柔らかで繊細な雰囲気が上品よねぇ」

「今はディル様とご一緒なのでしょう? いつ戻られるのかしら。さみしいわ」


 メルティアはその話を聞いて、ちょっとむぅっとする。心の中で大きくバツを作りながら、断固ジーク派のメルティアが首を振っていた。


「メルティア様とベイリー様も、幼いころからご友好があるのでしょう?」


 貴婦人たちはハッとした顔をする。顔を見合わせ、ゴクリと唾を飲んだ。


「まさか……」

「三角関係!?」

「きゃーっ! 素敵! 泥沼化したラブロマンス」

「考えるだけでゾクゾクしちゃうわぁ」


 きゃっきゃっとはしゃぐ貴婦人たちの声に、メルティアはさらにむぅっと口を尖らせた。そして、ちらりと後ろのジークを見る。


「どうされました?」

「う、ううん。なんでもないの」


 今の会話、ジークには聞こえなかったのだろうか。顔色ひとつ変わっていない。

 メルティアは心の中でため息をついた。


「お嫁さんにしてくれるって、約束したのに」


 メルティアのふてくされた小さな呟きに、チーだけが反応する。


「そんなこと言ってたかい?」


 多少脚色はしたけれど、同じようなものだ。メルティアはうんうんとうなずいた。


「ふぅん。でも、ジーク、結婚するんだろ?」



 ビシッと、メルティアの時が止まる。


 引きつった顔で、肩に乗っているチーを見た。


「チーくん? 今、なんて……」

「だから、ジーク結婚するんだろ? 知らなかったのかい?」

「し、知らない……」

「オイラたち妖精の間じゃ、今この話題で持ちきりさ。号外号外~! ジーク、まさかの結婚?! メル、振られる! ってね」


 どこぞのゴシップのような話題にメルティアは真っ白になった。


「うそ…………」


 青白い顔をしたまま、メルティアは振り返る。


「メルティア様? どうされました?」


 訝しげな顔をするジークを、メルティアは祈る気持ちで見つめる。

 否定して欲しいと、望みをのせて、小さく口を開いた。



「ジーク、結婚するの?」


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