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第1話 爆弾魔と神さまと闇銀行

 

 ライラック・プラーミヤは爆弾魔だが、テロリストでは無い。

 彼女は学生であり、思春期の症状かいつも頭のなかは爆破のことでいっぱいで。退屈な授業中や宿題の期限が迫ると悩みごと学校を爆破してしまいたいと常日頃から空想しているが、少し変わっている自身とも楽しそうに会話してくれる友人達もろとも学校を消し飛ばしたい訳ではないのだ。


 ただ、ライラはときどき自身の衝動を抑えきれなくなる。


「はぁ……ああ……♡」


 艶かしい吐息を吐き、彼女が愛おしそうに掲げた鉛色の金属の表面が白く曇る。

 ライラはテロリストではないが、爆弾魔だ。つい魔が差した彼女はついに今日、深夜の体育館に忍び込むと最後の爆弾を設置する。その動きは非常に穏やかで、両手で包み込んだソレが爆弾であることに目を瞑れば、ライラはまるで傷付いた雛鳥を看病してそっと庭先の草陰に帰すような仕草だった。


「ああ、ドキドキする……急に心配になってきちゃった。ちゃんと飛んでくれたら良いんだけど……」


 少女がポケットから取り出したのは、通話用の液晶端末。しかしもちろんただの通話装置ではなく、通話ボタンの真隣に起爆ボタンのついたライラお気に入りの特注品だった。

 ライラはスマホを片手に学校の扉を開くと瞬く間に上履き置き場を走り抜ける。階段を二段飛ばしで駆け上がり、あいだあいだに訪れる踊り場でのターンを繰り返しながら跳ねるように深夜の学校を駆け抜けて今、屋上に続く扉を開け放った。


「はぁ……、ふぅ……風が気持ちいいねっ!!」


 ここからなら、爆発がよく見える。体育館の屋根が粉々に吹き飛ぶ絶景も、窓ガラスがたて続けに割れる魅力的な音階も。退屈な日常が非日常へと変わる、夜を太陽のように照らしだす素晴らしき一瞬の全てを見逃さないように。


 スマートフォンを持った手が震えていた。心臓がばくばくと脈動し、彼女がいまを生きていると証明してくれる。


「記念すべき試作品第3855号くん!君の輝かしい生を見せてねっ!」


 通話ボタンと間違いないように細心の注意を払った思い切りのいい指先が画面をタップした。

 複数の爆弾を連立させた起爆が成功し、体育館の全ての柱を同時破壊する。透明なガラスがオレンジを交えた情熱的な焔の色に染まり、ロケットの発射に似た轟音がライラの鼓膜を揺らして、行き場を失った爆風が体育館の屋根を突き破って天にまで昇ろうとして。そして全てが……止まった。


 固まった時間の中でライラの思考だけが駆け巡る。

 粉微塵に吹き飛ぶべき体育館の丸かった屋根はモザイクで覆われ、爆炎はいつまでも新鮮な赤色を残したまま窓ガラスの内側で燻っている。ライラはその光景に既視感があった、それは昔の彼女が失敗してネット上で爆破させたウイルス爆弾によってフリーズしたパソコンの画面に似ていると。


「けど、今回のはそういうコミカルなエフェクトモジュール付けてないし……」


 ライラが自身の失敗した理由を探ろうとした瞬間だった。

 景色が崩れ落ち、世界から色が消えていく。壁紙のように世界が様変わりし、真っ白な景色の中に取り残された彼女は底知れない恐怖に襲われた。爆風が頬を掠めた時にだってここまで怖がることは無かった。


「だってこんな場所じゃ、爆弾も作れない……!!」


「やはりそれしか頭に無いのだな」


「誰!?」


 ライラの背後から聞こえた声に振り返る。真っ白な中にあったのはモダンなティーテーブルと、マグカップを片手に持って座ったライラよりも幼い少女の姿だった。


「なんだ、神さまか」


「神さまと言うものは普通であれば、そこまでぞんざいに扱われる物では無いのだが……」


 背丈の小さな女の子はプラチナブロンドの髪を揺らしながらマグカップを掲げると、その黄金の瞳をジトりと細めてライラに再び問い掛けた。


「まぁ良い。だがライラック・プラーミヤ、これで何度目だろうか?」


「じゃあ逆に聞くけど、神さまは今までに爆破してきた数を覚えているの?」


「ただの一度だ。創世の刻に全てを照らし、生命の誕生を祝うために、な。」


「神さまも爆破したことあるじゃん!ズル!!

 ちなみに私がこれまでに爆破してきた数は今回が記念すべき1万…とんで33回目だよ!」


「……。ライラック・プラーミヤ、私がお前をここに呼んだのは他でも無い、仕事の依頼をする為だ。」


 お仕事。ライラにとっては爆弾に詰め込まれた火薬くらい窮屈な響きだったが、妙な関係性をした二人はお互いがお互いを理解していた。

 この自称神さまはライラック・プラーミヤが天啓と言っていいレベルの爆弾魔であることを、そしてライラックはこのちぐはぐな喋り方をするへんてこりん生命体が人間と取り引きのできる知能くらいはある事を。


「先刻端末に送った書類を読んでくれ」


「読んだ!!」


「嘘偽りもそこまで行くと、清々しいものだな。

 さて、私が今回ライラック・プラーミヤに爆破を依頼するのはひと言に言えば『闇銀行』だ。既に国家単位の被害金額が発生しており、悲惨な状況にも関わらず手をこまねき続ける彼らから我々に依頼が来たわけだな。」


「はへー。私そんな事件知らないんですけど、どんな感じなんですか?」


「こちらに手出しする前にシャットアウトしたからな……それはそうと、説明しても良いが聞く気はあるのだろうな?」


「でもその話は最後に爆発しないんでしょ、だったらないっっ!!」


「そうだろうと思っていた。はてさて、こうしている今も被害は増え続けている状況なのでまどろっこしい話はこのくらいにしておこう。では良き旅路を祈っているよライラック・プラーミヤ、この大扉を潜り抜け、現場であるイルターナの世界に向かってくれ。」


 ライラックと少女が座るティーテーブルの隣に見上げるほど大きな両開きの赤い扉がふっと現れる。しかしライラは摩訶不思議な現象に驚くこともなく、自称神さまへと話し掛けた。


「あれ、神さま今回はあれ使わないんですか?ほらあの、線路無しで空飛ぶ新幹線みたいなやつ。」


「そのような言い方をされると、私がとてつもない人でなしに聞こえるのでやめて欲しいものだが……今回は相手を刺激したくは無いのでな。私がヤツらを事前に対策した事は既知だ、なので秘密の入り口を使わせて貰うことにした」


「ふぅん、なんかズルいこといっぱいできる神さまなんだから自分でやればいいのに」


「ふふふ、私は神さまであれど全知全能では無いのでな。期待しているよ、私の愛すべき爆弾少女 ライラック・プラーミヤ」


「はい、行ってきます神さま!!」




 ひとりでに開く大扉の真っ白な光の中に飛び込むライラ、その背に神さまを自称する少女は思い出した言葉を投げかける。


「そうだ、忘れていたが向こうにはいつも通りお前の犯行を手助けしてくれる後援者と仮住居の用意がある。それと被害把握の為に私も個人的な資金を借入れていたのでな、出来れば早めに解決してくれると私も助かるのだが。」


 ライラが手を伸ばしても白い景色のなかの扉は遠のくばかり、彼女は苦し紛れの抵抗に衣服の中で忍ばせていたポケット爆弾を放り投げるとそれは扉を抜けてすぐさま起爆した。


「ぎゃふん!?」


 爆風に吹き飛ばされたライラが地面に打ち付けた体を起こし、別の扉を潜り抜けたことに気付いた頃にはすでに帰りの道も閉ざされていた。


「ちょっ、あーもう戻れないし!!」


 ライラック・プラーミヤは爆弾魔だが、テロリストでは無い。

 彼女は今さっき貯まった鬱憤を爆弾で晴らしたかったが、この見知らぬ路地裏から受ける陰湿な印象を前に気が変わった。ここはさっきまでとは世界が違う、ライラックがさっきまで居た日常からは掛け離れた、彼女にとっての非日常で日常が溢れた場所。

 ライラック・プラーミヤが見上げた暗い夜空は心做しか、先ほどまで彼女が見ていた光景よりも色褪せていた。



3話完結予定。

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