(8)
翌日、二人は一緒に登校した。
クラスメートの反応は、やはり入学当時のように距離をおいたものだった。
だが二人はそこで落胆はしなかった。
想像できたことだったし、どんなに困難でももう一度やり直そうと決意を固めていたからだ。
今はまだ遠巻きにしか自分たちに関わろうとしないクラスメートだが、いつかきっと面と向かって笑いあえる日が来ることに、二人は希望を持っていた。
そしてクラスメートである峻一は、二人とクラスメートとのパイプラインとなって二人を助けていた。
その存在に、颯も沙夜も峻一には心から感謝していた。
分かりあえる日が来ることを願って、二人は互いが互いを支えるように、肩を寄せ合うように、物静かにひっそりとクラスの中に存在していた。
―――その日の夜。
「ごちそうさま」
沙夜は夕食を食べ終え、いつものように食器を流し台まで運ぼうと椅子から立ちあがった。
そして母親と共にテーブルの上を片づけ、食器を洗い、その後自分の部屋へ行こうとした。
「沙夜、話がある。座りなさい」
父親が何を話そうとしているのか分からず、沙夜は戸惑いながら再び椅子に腰を下ろした。
何か重苦しい空気が漂っていた。
(お父さんの話ってなんだろう)
嫌な予感がする。
「これはどういうことだ?」
父親はテーブルの上に一枚の紙を広げて置いた。
(……あっ!)
それを目にした沙夜は肩をすぼめる。
課題テストの結果とその順位が印字された用紙。
それは沙夜が、つい自分の机の上に出したままにしたものだった。
「お母さんがお前の部屋の布団を干しに行った時見つけたそうだ。なにも上位の優秀な成績を取れって言うんじゃない。だがいくらなんでもこれはひどすぎる」
テスト五科目。そのどれもがはっきりいって最下位も同然だったのだ。
さすがに沙夜もこれを両親には見せずらかった。どうしようか迷っているうちに、そのまま机の上に置きっぱなしにしてしまったのだった。
「お母さんな、生活指導の先生に呼ばれて今日学校へ行ったんだぞ」
その言葉に沙夜は、向かいの父親の隣に座る母親を大きな目で見つめた。
沙夜の部屋でテスト結果を見た母親は信じられず戸惑い、そして自分の娘に何かあったのではないかと不安になった。
確かにこのところ元気はなかった。だが家ではこれといったことも浮かばない。
学校で何かあったのだろうか。いじめにあってたりするのではないか。
色々な考えが巡る中、次の日学校から連絡がタイミングよく、いや悪くというべきか、入ったのだった。
散々たるテストの結果を知った生活指導の先生が、一体どんな夏休みを過ごしたのか親に確かめようとしたのだ。
しかしこの夏休みの間に沙夜に起こったことを母親は知るはずもなかった。
沙夜は峻一と萌子以外に颯のことを話してはいなかったのだ。
両親にさえも、付き合っている人がいたことも、颯という存在もまだ知らせてはいなかった。
何も訳が分からず、母親は生活指導の先生と会った後、そのまま沙夜の担任の先生なら何か知っているのではないかと思い、担任と話をしたのだった。
* * *
生徒相談室で、沙夜の母親と担任は話をすることになった。
「先生、娘は学校で上手くいってないんでしょうか……?」
不安そうに担任に尋ねる母親。
そんな母親の様子に担任は無理もないか、と思う。
今までだったらありえないテストの結果。そして学校からの呼び出し。
何不自由なく平凡に生活を送っていたはずの娘には考えられないことだったに違いない。
そして娘の沙夜はおそらく自分の身の上に起こったことを、家族には話してはいないのだろうと思った。
「和泉さん。上手くいってるとかではなく、沙夜さんがこのところ悩んでいたのは確かです。ちょうど時期がテストと重なって、正直テストどころではなかったのでしょう」
「悩み……ですか?」
「そうです」
娘の悩みに皆目見当がつかない。
「先生はご存知なんですか?」
「ええ。テストの結果があれでしたので個人的に面談したんですが、その時話してくれました」
「……で、何と」
「沙夜さんがとある男子生徒と付き合ってること知ってますか?」
「……えっ!?」
一瞬母親は我が耳を疑った。
奥手だと思っていた娘に付き合っている男の子がいるなど、思ってもみなかったのだ。
母親は娘の近くにいた異性を思い出そうと頭を巡らせる。
「それはひょっとして、……松岡くんですか?」
同じ中学だったし、このところよく家まで迎えに来ていたのを時々母親は見ていた。
夏休みもよく一緒に出かけているようだったことにも思い当たる。
だがもし仮に彼と付き合っていたとしても、それでどうして悩むことになるのか分からなかった。
「いえ。仲はいいけど彼ではありません。相手は同じクラスメートの本多颯という生徒です」
担任の言葉に母親は顔をしかめた。
一度も聞いたことのない名前に、どんな人物なのか想像する。
娘を悩ます男の子に好感は持てなかった。
「その生徒が夏休み中にちょっと喧嘩して、この前まで一週間停学になってたんですが」
「停学!?」
担任の言葉に、母親はますます本多颯という男子への不信感を募らせた。
「正確には喧嘩に巻き込まれて、沙夜さんを守って大怪我したということです。沙夜さんはそのことでずいぶん責任を感じていました。怪我を負わせたのも、停学になったのも自分のせいだと、自分も停学にして欲しいと言うほどまでに悩んでいました」
母親は思う。
娘は優しい子だ。だからこそ、相手の痛みを見て見ぬ振りなどできず、思い悩んだのだろうと。
「先生、ちょっと待って下さい。喧嘩に巻き込まれただけで停学なんですか? こちらに非がなくても、それじゃあ厳しいんではないですか?」
そもそも停学なんてことにならなければ、娘もこんなに苦しむことはなかったのではないかと疑問に思った母親は尋ねた。
担任は少し口ごもった。
颯の過去を言うべきかどうか迷ったのだ。
娘と付き合っている相手のことを親が知るのは、親の権利なのかもしれない。
だが、本人達の口から言うのが筋かもしれない。
「本多のプライバシーにも関わることなので詳しくは言えませんが、彼は過去に色々ありまして、普通より厳しく処分したのです」
「過去に色々って。娘はそんな男の子と付き合ってるんですか!?」
その色々は決していいことではない。
母親は愕然とした。
うちの子にかぎって……とはこのことなのだろうかと。
「今は何事もない、普通の生徒です」
「今はって……。娘は彼の過去の色々とやらを知ってて付き合ってるんですか?」
「もちろん承知してます」
母親は何も言えなくなってしまった。
頭の中はパニック状態である。
娘がそんな男の子と付き合っているなんて信じられなかった。
もし本当に付き合っているのだとしたら、思い込みの激しい若気のいたりなのではないかと思った。
―――そんな付き合い、やめさせなくては。
ただそんな思いだけは、はっきり胸の内に刻まれていた。
「和泉さん。あの子達はあの子達なりに懸命に考えて付き合ってるのだろうと思います。娘さんを心配するお気持ちはよく分かりますが、どうか二人を長い目で見てやって頂けないでしょうか?」
ショックを隠しきれないでいる母親を前にして、担任は二人のこれからを思い言った。
このまま何事もなく過ぎていけばいいのだが……という不安な思いが胸をよぎる。
そしてそれは現実となって、沙夜と颯に襲いかかろうとしていた。
* * *
「沙夜。あなたが付き合っているっていう本多くんって、どんな男の子なの?」
今度は母親が聞いてきた。
目の前に座る両親の視線は、沙夜の心に恐怖心を与えた。
「年頃の女の子なんだ。異性と付き合うなと言ってるんじゃない。ただ親にも言えないような相手なのか? お前にテストでこんな点を取らせるなんてどんなヤツなんだ? なんでも喧嘩して停学になるような男だそうだな」
父親の口ぶりは、颯を認めてくれそうにはないものだった。
「喧嘩して停学になったのは、私をかばってくれたからなの。テストも颯のせいじゃない。私がテストに集中できなかったから……」
沙夜はこれ以上颯のことを悪く言われたくはなかった。
「今日、担任の先生ともお話ししてきたの。普通は喧嘩くらいじゃ停学にならないそうよ。本多くんは過去に色々あったから、処罰を重くされたってね。先生はプライバシーに関わるからって教えてくれなかったけれど、本当は本多くん、過去に何があったの?」
母親の口調は穏かだった。しかし有無を言わせない響きがあった。
それでも沙夜は真実を言うのを躊躇った。
彼の過去を話したら、きっと付き合うのを反対される。
(お父さんもお母さんも、きっと今の彼を見ようとはしない。過去の彼の姿しか目に入らない)
多くの人間と同じように、冷やかな視線を向け拒絶するだろうと直感した。
中川のような人間の方が稀なのだ。
(やっぱり言えない!)
沙夜は俯いた。
「沙夜、言いなさい!」
父親のきつい叱咤の声が家中に響いた。
「言えないような男なら付き合うな!!」
沙夜は唇を噛み締めた。
そして震える声で絞り出すように言う。
「本当のこと言っても言わなくても、反対するんでしょ……」
「沙夜っ!」
両親の態度に、やり切れなさを感じた沙夜の瞳には涙が浮かんでいた。
同じことならもう言ってしまおう。
沙夜は俯いたまま、震える両の拳を握った。
「…………少年院」
「……え?」
ポツリと言った沙夜の言葉を、訝しげに聞き返す両親。
沙夜は涙を零しながら、今度はやり場のない思いで叫ぶ。
「颯は少年院にいたのよ!」
両親は目を大きくして互いを見た。
沙夜の一言は、二人に明らかに衝撃を与えた。
「そんな危険な男とは別れなさい!」
父親が我に返って沙夜に言った。
(危険? ……危険って颯のどこが?)
自分の両親もまたその他大勢の人間と同じ反応だったことに、沙夜は虚しさと憤りを感じた。
「別れない。颯は必死で立ち直ろうとしてるの。颯が少年院に入ったのだって、元はといえば親が親の責任を放棄したからなのに。どうして颯ばかりが責められて辛い思いをしなきゃいけないの? 何もかも諦めなきゃいけないの? お父さんもお母さんも、どうして今の彼を見ようとはしてくれないの!?」
言い終えたとたん、沙夜の頬に痛みが走った。
父親の平手打ちが飛んできたのだ。
口答えしたことのない娘にはむかわれ、思わず手が出たのだった。
沙夜はぶたれた頬を押さえ、唇を噛み締めた。
(お父さんもお母さんも分かってはくれない!)
涙が後から後から溢れてくる。
沙夜は堪えきれず部屋から飛び出し、自分の部屋へ駆け込んだ。
やり切れない思いを胸に抱え、沙夜はひたすら泣き続けたのだった。
* * *
次の日の朝。
沙夜は両親となるべく顔を合わせないようにして、学校へ行く支度をしていた。
父親とは結局一言も言葉を交わすことなく、彼は会社へ出勤していった。
沙夜も学校へ行くため家を出ようとした。
「沙夜、待ちなさい」
母親が玄関まで追いかけてくる。
昨日の今日で、気まずい雰囲気が流れていた。
沙夜は振り返るが、言葉もなく、母親の顔すら真っ直ぐに見れなかった。
「今日からお母さんが学校の送り迎えするから。お父さんと相談して決めたのよ」
「……ど、どうして急に」
沙夜は母親の言葉の意味を察知して動揺した。
「あの男の子との関わりを減らしたいのよ。帰りも下校時刻前には学校へ行ってるから、終ったらすぐ出てくるのよ。もちろん休み時間とかに話すのも禁止よ」
「そんなの勝手に決めないで!」
両親の横暴さに、沙夜は怒りを覚えた。
(別れないって言ったから、こんな強引なことするの!?)
「もし破ったりしたら転校させるとまでお父さん考えてるのよ」
母親の一言に、沙夜は愕然とする。
そんなにまでして、自分たちの仲を引き裂こうとする両親の愛情を疑った。
今まで親は頼りになる尊敬する存在だった。
しかし今回のことで、沙夜はその心を切り裂かれてしまった。
それでも沙夜は両親に従うしかなかった。
転校でもさせられてしまったら、颯と本当に逢えなくなってしまう。離れ離れになってしまう。
あの夏休みに味わった胸の潰れるような悲しみをもう二度と宿らせたくはなかった。
何より颯の姿すら目にできなくなってしまう。
今のままなら少なくとも同じクラスにいられる。多少話もできるはず。
親の気持ちがおさまるまでは、我慢するしかないと思った。
「分かった。それでお父さんもお母さんも納得するならそうする」
沙夜は両親に折れた。
しかしさらに母親の告げたことが沙夜の心を追い詰める。
「あと携帯もお母さんが預かるわ。いいわね? 出しなさい」
母親は沙夜の方へ手を差し出した。
反射的に沙夜は携帯の入っている鞄を握り締めた。
「沙夜!」
出し渋る沙夜に有無を言わせない母親。
会っても話しもできない沙夜にとっての唯一の連絡手段の携帯電話。
それを取り上げられることは、沙夜にとって大きな痛手だった。
しかし今ここで渡さなかったら、親の言うことを聞かなかったら、事態はより一層悪化してしまう。
沙夜は渋々鞄を開け、、携帯を取り出した。
(今は堪えるしかないんだね。お母さん達の機嫌が直るまで我慢するしか……)
沙夜は携帯を握り締めた後、奥歯を噛み締める思いで携帯電話を母親の手の上にのせた。
これでしばらく颯と電話で話すこともメールすることもできない。
連絡手段を絶たれたことで、沙夜はこの先に不安を抱いていた。
いつになったら親の怒りが解けるのか。一体いつ颯のことを認めてくれるのか。その日が本当に来るのだろうか。
―――もし来なかったら。
そう思うと、沙夜の胸は締めつけられた。
沙夜は母親と一言も会話することなく、母親の運転する車で学校に登校した。
教室に入ると、すでに登校していた颯が歩み寄って来た。
「おはよう、沙夜」
颯の姿を目にした沙夜の胸は、彼への想いが込み上げる。
「……おはよ」
ずっと会っていたい。会えなくなるなんて堪えられない。
親に失望した沙夜には颯が唯一の心の支えとなっていた。
「今日は遅かったな。電車乗り遅れた?」
毎朝電車の中で会えるよう、時間も何両目かも二人で決めていた。
颯は今日ひょっとして沙夜が休みなのかとも思っていた。
しかし沙夜は首を横に振る。
「……一緒に登下校できなくなっちゃった」
沙夜は俯いた。
「両親に颯とのこと反対されて、お母さんが車で送り迎えすることになっちゃったの。携帯電話も取り上げられちゃった」
やり切れない沙夜の言葉に、颯はどうしてそうなったのか詳しいいきさつが知りたかった。
しかし反対される理由は一つしか考えられなかった。
自分の過去のせいだと。
聞こうとしたがチャイムが鳴り始めてしまった。
「次の休み時間、話しよう」
すぐにでも聞きたい衝動を押さえ颯は言った。
沙夜はただただ頷くだけだった。
一時間目の授業は二人にとっていつも以上に長く感じられた。
二人とも授業に身が入るわけもなく、ただひたすらお互いのことばかり考えていた。
やっとのことで授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、起立礼が済むと、颯は沙夜を連れて屋上へ続く階段を登りきる。
そこは昼休みや放課後以外ならほとんど人は来ない。
「沙夜、昨日何があったか話してくれ」
いつかは親に話さなければならないと思っていた颯の過去。
彼との相談もなく、彼に一度も会うこともなく、悪い形で打ち明けなければならなくなったその原因は自分にあったのだと、沙夜は颯に申し訳なかった。
夏休みの課題テストの結果が招いた今回の一件を、沙夜はありのまま颯に話した。
「少年院のこと、勝手に話してごめんね」
「いや、いつかは言わなきゃならなかったことだから」
沙夜の痛々しい微笑みが、彼女の受けたダメージを物語っていた。
颯はまた沙夜に辛い思いをさせてしまったことに胸を痛める。
しかしもう以前のように後ろ向きにはならなかった。
二人でどんな思いも分かちあおうと決めたのだから。
今度のことも二人でなら何とかなるはず。颯は思った。
「俺今日の帰り、お前の母さんに会うよ」
颯の意外な言葉に、沙夜は凝視し首を振る。
「ダメ。そんなことしたら私転校させられちゃう!」
動揺する沙夜の両肩を掴んだ颯は、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「でもそれは逃げることになるんじゃないのか? 確かに俺のことを認めてもらうには時間がかかると覚悟してる。昨日の今日で怒鳴られるのも覚悟の上だ」
「でも転校させられちゃったら、会うこともできなくなるんだよ?」
「そうならないように認めてもらうしかない。俺は後ろめたい思いなんてなく、堂々とお前と一緒にいたい」
颯の瞳が力強く光った。
(……私のしてることは逃げ。それに引き換え颯は正々堂々と戦おうとしてくれてる)
颯の存在が心強く感じた。
颯が真剣に自分のことを考えてくれているのだと思えて嬉しかった。
「そうだね。私も颯と一緒にいたいもん。二人で頑張ろう」
沙夜の言葉に、颯は微笑んで頷いた。
―――そしてその日の放課後。
沙夜と颯は手をしっかり握り締め校門を出た。
すぐ傍の道路脇には一台の車がすでに止まっていた。沙夜の家の車である。
二人の姿を目にした母親は、運転席から飛び出す勢いで車から降りた。
「沙夜、あなた……」
信じられないものを見たような目つきの母親のもとへ二人は近づく。
颯は深く一度お辞儀した。
沙夜は緊張した面持ちで母親を見つめる。
「お母さん、私やっぱり颯と一緒にいたいの。約束守れないの。ごめんなさい」
強張った顔の沙夜の手を、颯は励ますように少し力を入れて握った。
「初めまして。本多颯です。話は聞きました。確かに俺にはあの過去があります。反対されるのはごもっともです。すぐ付き合いを認めて欲しいなんて無理を承知でお願いします。どうか沙夜さんと一緒にいることをお許し下さい」
颯の潔い言葉に母親は一瞬何も言えなかったが、はっと我に返ると沙夜の空いている側の鞄を持つ方の手首を取り引っ張った。
「沙夜、帰りましょう!」
「お母さん!? やだやめて!!」
沙夜は踏ん張り手を引き寄せようとする。
「待ってください!」
引き止める颯を、母親は厳しい顔で睨んだ。
「聞くような話はありません。あなたのような人と大切な娘を付き合わせるなんてできません。あなたに人に言えないような過去がある限り、絶対許さないわ!」
「お母さん、何てひどいこと言うの!? 颯に謝ってよ!!」
過去の疵をえぐる言葉をぶつけた母親に、沙夜は悲鳴のように叫んだ。
どうして颯ばかりが過去のことを責められなくてはいけないのか。
未来の可能性まで潰そうとするのか。
人は一度過ちを犯したら、二度と普通の生活を許されないのか。
「過去のことを責められたら俺は何も言えません。償っていくしかできません。ただこれだけは言います。俺は半端な気持ちで沙夜さんと付き合ってるんじゃありません。俺のすべてをなげうっても守りたい人です。……俺はどんなことがあっても沙夜さんを諦めたりはしませんから」
迷いのない颯の言葉。
どんな非難を浴びようと、決して揺るがない強い思い。
沙夜は彼の内に秘めた決意の堅さに心を奪われた。
颯は沙夜の顔を優しく見つめた。
「今日はお母さんと帰りな。俺は絶対諦めないから。許してもらえるまで何度でも話すよ。お前も辛いと思うけど、一緒に頑張ろうな」
颯がとても頼もしく思えた。
「うん。私も頑張るよ」
沙夜も微笑んだ。
「さ、帰りましょう」
母親が言うと、今度はそれに従い沙夜は颯の手を放した。
放す瞬間、二人はお互いに示し合わせたように握り合った手に力を込めた。
まるで二人の思いを確かめるかのように……。
車に乗りこんだ沙夜は、名残惜しむように窓から颯の姿を見つめた。
その手は温もりを逃さないようにぎゅっと握られたいた。




