(2)
教室にはすでに何人かの生徒がいた。
(ここが私達が一年間過ごす場所かぁ)
足を踏み入れると、黒板には席順が貼り出されていた。もちろん最初は番号順。つまりあ行の男子が窓際の前列から……ということだ。
峻一は半分よりやや廊下側の後ろから三番目、沙夜は峻一より更に一列おいた前から二番目の席だった。
「若干男子の方が多いみたいだね」
「女子が少ないのかぁ。淋しいなぁ」
嘆く峻一に、沙夜は笑いが込み上げる。
「可愛い子、多いといいねえ」
沙夜の何気ない一言に俊一は苦笑した。
「分かってんのかなぁ」
「えっ?」
「……何でもない」
沙夜の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
(変な松岡くん)
沙夜は首をかしげた。
「取りあえず席に荷物置こう」
峻一に言われるまま、沙夜は鞄を机に置き席に着く。
まだ周りの席は空いたまま。
(どんな人たちなのかなぁ)
沙夜はキョロキョロ辺りを見回した。
何となく鼓動が速まっているのが分かっていた。
(緊張……してるのかな、やっぱり)
一番の心配は友達ができるのかな、ということだった。
女子が少ないってことも心配を増す原因なのかもしれない。
「沙夜、俺ちょっと他のクラス行ってくるな。ダチ来てるかもしれないから」
沙夜の席に来た峻一は、そう一言言い残し教室から出ていってしまった。
沙夜はフーッと息をつく。
(これからどうしよう)
話をする相手なんかまだいない。
一人残された沙夜は手持ち無沙汰に携帯電話を取りだし、萌子にメールを送った。
『松岡くんと同じクラスだったよ~』
返信を待つがすぐには返ってこない。
(暇だなぁ。早く松岡くん戻ってこないかなぁ)
沙夜は頬杖をついた。
――その時。
入ってきた男子生徒を見た沙夜の息が一瞬止まった。
(ホント!? ……同じクラスなの?)
つい先程のあの瞳の少年がそこにいたのだ。
彼は黒板の前で席を確認すると、そのまま真っ直ぐ自分の席に着いた。
(あれっ、松岡くんの前の席だ)
彼は着くなり机の上につっぷしてしまった。
しばらく沙夜は彼を見つめていた。
(やっぱりなんか他の人と違う)
研ぎ澄まされたようにピンと張りつめた空気が彼の周りにはある。
誰にも心を許していない、心を閉ざしている、一匹狼のような彼。
(他の人より大人びているからなのかな?)
姿だけなら恐らくカッコイイ部類に入る、整った精悍な顔立ち。
でも沙夜が心を惹きつけられたのは、その瞳、そしてその瞳の影。
(話がしてみたい)
沙夜は席を立った。
普段なら知らない人に自分から声をかけることはあまりしない沙夜だったが、自分でも驚くほど行動的になっていた。
「あの……」
彼はビクッと頭を起こした。傍らにいる少女に不思議な様子だ。
「あの…、さっきはぶつかってごめんなさい」
「え……ああ」
一瞬分からなかった彼も、思い当たったように呟いた。
「別に気にしてないから」
日常どこにでもある出来事なのだから、気にすることはなかっただろう。
ただ沙夜は話すきっかけが欲しかった。
「一緒のクラスだったんだね。私、和泉沙夜。あなたは?」
「俺は本多颯」
話しかけてくる沙夜を不思議そうに見た彼は、僅かに視線を外すと一言呟いた。
「本多くん、私あなたと友達になりたいな」
瞬間驚いたように颯は沙夜を見た。
「友達……?」
「うん。ほらっ、クラスメートになったのも何かの縁だろうし」
無邪気に話しかけてくる沙夜に、颯はどう対応したらいいのか分からずにいた。
ただ友達という言葉を噛み締める。
「友達か……」
呟いた一言が沙夜の胸をうった。
(友達って言葉をこんなに大切そうに言う人、今まで誰もいなかったよ)
沙夜は颯に孤独な心を見た。
「じゃ、今日から友達ね。これからヨロシク!」
沙夜は颯に握手を求めた。戸惑いつつも、颯も沙夜の手を取った。
「よろしく」
沙夜はついついジッと颯の顔を見つめてしまった。
「何か?」
見つめられ困った颯が耐えきれずに尋ねた。
「うんとね、本多くんがちょっと羨ましいなあって思ったの」
「俺が? どうして?」
「大人っぽくていいなぁって。私なんて今だ中学生にしか見えないもん。下手すると小学生だって言われることもあるんだよ。本多くん、上級生って言われても納得できるくらい落ち着いてるし。私も大人っぽくなりたい」
それは童顔で背も低い沙夜の悩みでもあった。
大人っぽく見られたくてメイクしたこともある。でもしなれていないせいもあって違和感が漂うだけだった。
「変に大人ぶらない方がいいよ」
颯の瞳にほんの僅かだが優しさが灯った気がした。
「年相応が一番かもしれないけど、ムリに大人っぽくしようとしない方がいいよ。和泉さんには和泉さんが持つ魅力だってあるんだろうし。やっぱり自分らしさがないとね。それに俺は大人っぽいんじゃない。俺は本当は……」
颯は言いかけて俯いた。
その様子に、沙夜はこれ以上彼に話をさせてはいけないような気がした。
深い瞳の理由に触れることなのかもしれない…と。
知りたいが、今はまだ聞いてはいけないのだと直感で思った。
「ありがとう、励ましてくれて」
顔を上げた颯に、沙夜は微笑んだ。
そこへ沙夜の携帯の着メロが突然鳴り出した。萌子からの返信だ。
「また後でね」
机の上に置きっぱなしになっていた携帯を、沙夜は慌てて取りに戻る。
『いいなあ。私の方も部活の友達と一緒だったよ~ん』
(萌ちゃんもうまくやってるんだ)
笑みが込み上げてきた。
その後、沙夜は颯と話す機会がなかった。
……というのは席に戻るとすでに周りの席が埋まりつつあり、後ろの席の子に声をかけられ、話しこんでいるうちに先生が来てしまった、というわけだ。
実は何度か颯が沙夜に視線を向けていたとは、沙夜は知るよしもなかった。
* * *
入学式から早くも三日が過ぎようとしている。
今日は高校最初の実力テストがあった。……が、沙夜の出来を言うのはあえて避けておこう。
たった三日。それで高校生活に慣れたわけではないが、クラスの雰囲気というかクラスの輪はまとまりつつあった。
ただ一人を除いては。
沙夜はその人のことを思うだけで重苦しく、胸が潰れるような気分になる。
何もしてあげられない。してあげられないから苦しい思いをするはめになる。
悪循環と分かってはいても、自分ではどうすることもできないでいた。
(本多くん……)
沙夜はチラッと、鞄に用具をしまっている彼を見た。
入学早々、彼は一人きりだった。
この高校に知り合いの人もいないらしい。
クラスの人達は、彼のことを近寄りがたいと言って自分から話しかけることもない。
沙夜も言われてみればそう思える所はあった。
入学式の後、クラスで自己紹介をした時のこと。
たいていの人は名前はもちろん、出身中学とか趣味とか入ろうとしている部活とか好きな芸能人とか、だいたい二、三個は言ったのだが、颯は一言、
「本多颯です」
と言ったきり座ってしまったのだ。
一瞬クラスがシーンと静まり返り、先生も戸惑っていた。
次の峻一の持ち前の明るさでなんとか元のムードには戻ったが、それきり自分から颯に話しかける人
は皆無となった。
ただ沙夜は時々声をかけていた。とはいっても挨拶程度だが。
沙夜には颯を避けることができなかった。
戸惑いはあった。だが近寄りがたいとか怖そうだとか人に言われるまで思いもしなかった。
教室でも一人。休み時間も窓際の教室の隅で一人外を眺めている。そんな颯を、時折沙夜は見ていた。
(ただ一人でいるのが好きなのかな……。それとも人付き合いが苦手なだけとか)
「沙夜、帰る前にちょっと一緒に来てくれないか」
見ると峻一がすぐ隣に立っていた。
沙夜の心はホッと和む。
沙夜にとって峻一は心安らぐ存在だった。
沙夜がどんなバカな失敗をしてもちゃんとフォローしてくれる。
(松岡くんてミントキャンディーみたい)
今も重苦しい気分がスーッと穏かな気分になった。
そう、颯への思いとは正反対。
「いいよ。急用もないし」
峻一の意図に気づかない沙夜は軽い気持ちで返事をすると、峻一と肩を並べて教室を出ていった。
そして着いた場所は屋上だった。
「沙夜、俺ずっとお前に言いたいことがあったんだ」
峻一のそのいつもと違う真面目な顔に、沙夜は彼から目を逸らした。
時折春の強い風が吹きつける。
日差しは暖かいが、風が強いせいか肌寒く感じる。
沙夜は峻一にどう対応したらいいのか分からなかった。
(松岡くん、なんか変だよ。いつもと違って安心できないよ)
「松岡……くん」
名前しか呼べない。他に口に出す言葉が見つからない。
言葉が何も浮かんでこなかった。
「沙夜、俺と付き合って欲しいんだ」
驚いた沙夜は反射的に峻一を見つめた。
(つき……あう?)
「中二の時、同じクラスになってからずっと好きだったんだ。本当は中学卒業する時に言おうか迷ってた。でも同じ高校に行けるって分かったから、入学したら言おうって心に決めてたんだ」
沙夜は初めて見る峻一の真剣な表情、そして思いがけない告白に俯くしかなかった。
「じょ…冗談でしょ?」
「冗談なもんか。お前のこと、マジで好きなんだ。今だから言うけど、お前があの本多に話しかけてるの見て妬いてたんだぜ」
「だって私、松岡くんのこと友達だと……」
仲のいい男友達。
(本当にそれだけ?)
沙夜にとって峻一は心を軽くして温かくしてくれる頼もしい存在。
だがそれが恋愛感情と結びつくのかどうか、沙夜には分からなかった。
「友達からでもいいんだ。いつか沙夜が俺のこと見てくれるまで待つから。……それとも他に好きなヤツ、いるのか?」
沙夜の脳裏に反射的に颯の顔が浮かんだ。
(まさか、本多くんのこと……?)
沙夜は思い浮かんだ自分に驚いた。
(まさか……よね)
「言っとくけど本多だけはやめとけよ。クラスの評判良くないし」
沙夜の心を察してか、峻一はくぎをさすように言った。
「クラスの評判良くなくったって避けるなんてできないよ。本多くんは友達なんだもん。私から友達になろうって言ったんだもん」
颯のことを少しでも知りたかった。あの瞳に少しでも光を灯したいと思ったから。
「ばかっ!」
峻一は沙夜に急に怒鳴りつけた。
「そんなこと言ってたら、今にお前に友達がなくなるぜ。男同士のケンカなら殴り合いで済むけど、女子だと陰口とか言われるのがオチだ。お前、クラス中から後ろ指さされながら生活していけるか? 俺は嫌だぜ。そうなると分かってて放っておけるもんか!」
沙夜は自分を見つめる熱い眼差しに、峻一の真剣さを思い知った。
心配してくれる心は本当に嬉しく感じた。
沙夜にも仲間外れにされる怖さがないわけではない。しかしこのまま颯との関係を断ち切ってしまったら、沙夜は一生後悔するのではないかと思った。
あの日あの時、瞳の中に引き込まれて以来、沙夜は自分の中の何かが徐々に変化しつつあるような気がしていた。
(それが何なのか、分からないまま終らせるなんてできないよ)
「松岡くん、私に考える時間をちょうだい。松岡くんへの返事も本多くんのことも、どうするのが一番いいのか答えが出せるまで。だって私、まだ好きってどういうことなのか、どういう気持ちを言うのか分からないの。その相手はもしかしたら松岡くんかもしれないし、本多くんかもしれない。もっと違う第三者かも……」
――しれない、と言おうとした時。
(あっ……!)
沙夜は峻一の腕の中にいた。
沙夜は信じられなかった。
峻一が自分を抱きしめていることが。
沙夜の体全体がドキドキと脈を打っていた。
「やだっ…離して」
呟く声も震えていた。
「……お願い、離して」
俊一の腕は逆に力がこもる。
(松岡くん…!)
沙夜の鼓動はますます高鳴る。
馬鹿なことだが、沙夜はこの時初めて峻一を男子ではなく男性として意識したのだ。
(もう心臓が壊れちゃいそうだよ!)
「お前が本多のこと言うたびに、段々とお前が離れていく気がして、俺気が気じゃないんだ。……急にこんなことしてゴメン。待つって言っておきながら反則だよな。でも抑えきれなくて。俺の気持ちが半端じゃないって分かって欲しいんだ」
少し腕の力が弱まった。
「ごめんなさい!」
沙夜は無我夢中で峻一を突き飛ばすようにして走り出した。
心の動揺は隠せない。
沙夜は自分がどこを走っているのか、足元がひどく不安定に感じていた。
(松岡くんがあんなことするなんて)
頭の中に抱き締められたシーンがフラッシュバックするとともに、感触までもが蘇ってくる。
初めてだった。
初めて沙夜は峻一を怖いと思った。
「きゃっ!」
階段を駆け下りる途中誰かの体にぶつかり、沙夜は階段を踏み外してしまった。
(落ちる!!)
沙夜は思わず目を閉じた。
鞄が派手な音を立て転がり落ちる。
(痛く……な…い?)
沙夜が恐る恐る目を開けると、ぶつかった人の腕に支えられていた。
「あ、ありがとう」
沙夜は自分の足できちんと立つと、その誰かを見上げて息を飲んだ。
「本多くん!」
不思議なことだった。
今まで颯には重苦しい思いを、峻一には安心感を抱いてきたが、この瞬間はまったくの逆だったのだ。
颯の顔を見た瞬間、張りつめていた糸が弛むようにホッと安心したのだ。
沙夜はこのまま頼ってしまいたくなって、無意識のうちに颯の片腕をすがりつくように握っていた。
「和泉……?」
颯は目を見開いて沙夜を見下ろした。沙夜の突然の行動に驚いたらしい。
「本多くん、本多くん……」
颯は少し困ったように、だがその瞳に僅かな優しさを灯して、腕を掴んでいた沙夜の手に触れた。
「何かあったのか?」
だがそのほんの少しの優しさで、沙夜の心は落ち着きを取り戻していた。
「……ごめんね。何でもないの」
そう言いながら沙夜はそっと腕から手を離した。
「助けてくれてありがとう。……バイバイ」
これ以上颯を困らせまいと、沙夜は微笑んで彼に背を向けた。
「和泉!」
颯が沙夜の肩を掴んで突然引き止めた。
沙夜が驚いて肩越しに振り返ると、颯が心配そうな顔つきで沙夜を見つめていた。
「本当に大丈夫なのか?」
沙夜の胸がキュン…と締めつけられた。
沙夜は、些細な言葉だが自分を本当に気遣ってくれているのだと感じて嬉しかった。
「うん、平気。ありがとうね」
今度は颯に笑顔を向けて言うと、沙夜は歩いて階段を降りて鞄を拾った。
(この気持ち、何だろう)
嬉しいような苦しいような、それでいて愛おしい複雑な想い。
沙夜は予感した。
これから物語が始まるという確かな予感が……。
* * *
日曜日。
沙夜は萌子の家を訪れた。
「沙夜、高校どう?」
萌子が紅茶を一口飲み、ティーカップを持ったまま尋ねた。
「どうっ…て楽しいよ。新しい友達もできたし、それに……」
沙夜はふと颯のことを思い出した。
(私、何を言うつもりだったんだろう)
「……何でもない。萌ちゃんの方は?」
沙夜はごまかすように萌子に言った。
「まあ交通の便もいいし、同じ中学の子もいるし、友達もできたし。それにけっこうカッコイイ男の子が多くて、それなりの毎日ってカンジかなぁ」
「そっかぁ。萌ちゃん、自転車で二十分で行けちゃうもんね、いいなあ」
少し会話が途切れる。
萌子は紅茶を飲み干し、ティーカップを下に置いた。
「それよりさ、いきなりメールで会いたいって何かあったの? もしかしてもうホームシックっていうか中学時代が懐かしくなったとか?」
沙夜は中身のたくさん入ったティーカップを手に持ったまま萌子を見つめた。
「図星?」
からかうような笑みを浮かべて言った萌子に、沙夜は首を横に振ってティーカップを下に置いた。
「……ちょっと違うと思う」
沙夜が言い出しずらそうにしていると、萌子は少し呆れたようにふっと息をつく。
「言っちゃいなよ。何かあったな…てのはメールでピンときてるんだから」
そう言ってウインクした萌子を見て、沙夜ははにかむように笑った。
中学時代から何度となく何かあるごとに相談しているのだから、態度ですぐ見破られていたのだ。
沙夜は覚悟を決めて口を開く。
「私ね、……松岡くんに告白されちゃった」
沙夜は恥ずかしそうに俯いて呟いた。
告白されたのが初めてなら、それを人に言うのも初めてだったからだ。
「それで、何て返事したの?」
淡白な反応に沙夜は拍子抜けになる。
「驚か…ないの?」
呆れたように溜息をつく萌子。
「峻一の気持ちくらい、とっくに知ってたよ。やっと言ったのか…と思ってね。それで返事は? OKしたんじゃないの?」
「………逃げてきちゃったの」
ボソッと答える沙夜。
「あんた、それ相手にムチャクチャ失礼だよ」
沙夜は何も言い返せなかった。
心の中で、ごもっとも…とうなだれる。
きっと一大決心をして告白してくれただろうに、逃げ出すなんて峻一に申し訳ないことをしたと思っていた。
あの日以来、二人とも今まで通りに振る舞おうとはしているのだが、どこかぎこちなくなってしまっていた。
もう前のような友達には戻れないのかもしれない。それが沙夜には寂しかった。
「ねえ沙夜、峻一に告白されて嫌だったの? 私、沙夜と峻一けっこうお似合いなんじゃないかって思ってたんだけど」
萌子は、落ち込む沙夜を諭すように言った。
「嫌なんかじゃないよ。びっくりはしたけど」
「じゃあ……」
「ずっと友達だと思ってたの。急に恋愛対象に見ようとしても、心が追いつかないよ」
いつも肩を並べて立っていた。くだらない冗談を言って笑い合える同士のような存在だった。
男の人と意識したのはたった一度だけ。
あの抱き締められた時だけ。
「友達から始める恋愛だってあるんだよ。峻一のこと嫌じゃないなら、一歩踏み出してもいいんじゃないかな。あいつがいいヤツだってこと、沙夜だって分かってるでしょう?」
萌子は沙夜と峻一が付き合うのは賛成だった。
沙夜も峻一となら楽しい恋愛ができるかもしれないと思った。
学校帰りにどこか寄り道したり、休日にはデートをする、ごく普通の男女交際。
それが自分には合っていると思う。
しかし恋愛について思うと、沙夜の心にもう一人の人物が浮かぶのを、沙夜は無視できなかった。
「松岡くんはいいヤツだよ。でもね、私の心にもう一人男の子……ううん、男の人がいるの」
意外な言葉に萌子は目を丸くする。
「沙夜好きな人いるんだ!?」
「分からない。まだその人に対する感情が何なのか……。でもその人のこと知りたいと思うし、近づきたいとも思うの」
「そのこと峻一に言った?」
「ううん。でも気がついてるみたい。私が気になってること」
「そっか。それならまだ付き合ったりしない方がいいね。峻一なら沙夜の心がきちんと整理つくまで待っててくれるよ」
「そう……だね」
あの時は峻一もどうかしてただけなのだから…と沙夜も思っていた。
あれ以来峻一は後悔したのか、沙夜に触れるのを躊躇っている。
また怖がらせてしまうのではないかと恐れているのだ。
沙夜はふうっと安堵の溜息をついた。
「萌ちゃんに相談して良かった」




