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(1)

 四月。


 桜吹雪が春の清々しい空気を薄桃色に染めている。


 そんな花びら達に迎えられた新入生らがこれから三年間を過ごす私立青陵高校の門をくぐっていた。


  和泉沙夜いずみさやもその一人。


 これからの新しい生活、これから出会うであろう友達。色々なことを考えると、不安よりも心が浮き立つ。


「私、桜って好きだなぁ。日本人で良かったって実感するもん」


 沙夜は傍らにいる男友達の松岡峻一まつおかしゅんいちに話しかけた。


 峻一とは中学からの仲。正確にいえば中学二年で一緒のクラスになってからの友達だ。


 いつも沙夜と峻一、そして菅井萌子すがいもえこの三人でつるんでいた。


 萌子とは残念ながら高校は別々になってしまったが、友情は変わりはしないだろう。


「でもすぐに葉桜になっちまうぞ。そうしたら次は毛虫がウジャウジャと……」


「やだなぁもうっ。せめて新緑の季節とか言ってよ」


 悪気がないのは分かっているから、沙夜もついつい笑ってしまう。


「俺にそんなこと言えって方がムリだよ」


 ごもっとも……と内心沙夜も頷いていたりする。


 こんな風に思ったことを言える気兼ねのいらない関係が、沙夜には心地よかった。


 男女の友情は成り立たないという人がいるが、沙夜にはそうは思えない。峻一といるとあるように思えるのだ。


 峻一が昇降口の横辺りを指差した。


「あそこにクラス分け貼ってあるんじゃないか? 早く行って見ようぜ」


 言うなり沙夜の空いてる手を取り駆け出した。


「そんなに急がなくても、掲示板は逃げたりしないよー!」


 峻一に引っ張られながらも沙夜の心は浮き立っていた。


 これから自分にどんな生活が待っているのか。


 どんな出逢いが待っているのか。


 きっと一番に影響を受けるのがクラスメート達なのだから、自然と心ははやってしまう。


 掲示板の前は人だかりの山だった。


「クラス一緒だといいな」


「う、うん」


(なかなか……み、見えない)


 そこそこ背の高い峻一なら後ろからでも見えるのだろうが、沙夜には頭と頭の隙間からチラチラ覗くのが精一杯だった。


「もっと前行こうぜ」


 それに気づいた峻一が、沙夜を引っ張り人の群れの中に入っていく。


 なんとか最前列に出ることに成功した沙夜は、急いで自分の名を探し始めた。……が。


「あ、あった! 沙夜、俺達一緒のクラスだ。やったー!!」


 沙夜は峻一に先を越されてしまった。


「え、どこどこ?」


「ほらあそこ。四組だよ」


 四組を初めから見ていくと、確かにそこに峻一と沙夜の名が記されていた。


「あ、ホントだ。うれしい!」


 峻一が一緒で沙夜は心強い味方を得たような気がした。


 同じ中学出身は何人かいた。


 だが顔を知っている程度で話したこともないような人ばかりだったから、唯一友達といえる峻一と同

じなのはとてもありがたかったのだ。


「そうと決まれば教室の方へ行こうぜ」


「そうだね」


 人ごみから離れたかった沙夜は即答した。


 二人は再び人だかりを分けて最後列から抜け出した。


「すごい人の数だね」


「ああ。ちょうどピーク時だったのかもな」


 そう言って二人はホッと一息吐いた。


 今日は新入生だけで二、三年生は明日の始業式からのはず。なのに……と思うほどその時間に生徒が集中してしまったようだ。


 そしてまた一人、掲示板に駆け寄る生徒がいた。


「きゃっ!」


 その生徒は沙夜の左腕を突き飛ばすような勢いで人ごみの中に分け入っていった。


 弾みで沙夜は後ろにいた人の背中にぶつかってしまった。


「ごっ……ごめんなさい」


 その背中を見上げると、男子生徒がちょっとだけ沙夜に向き直り、


「いや、別に……」


と言ってまた背中を向けた。


 ――たったそれだけのことだった。


 だが、沙夜には忘れられない一瞬となった。


 男子生徒と目が合った瞬間、沙夜の周りの景色と音が一瞬にして消え、目の前にいる彼だけがそこに存在していた。


(なんて瞳をしているの。とても深い、漆黒の瞳……)


 闇を湛える漆黒の双眸。


 これから新しい高校生活が始まるというのに、希望などまるで感じさせない瞳。


 希望などまるで否定しているかのようにも思える。


(どうしてそんな瞳をしているの?)


 沙夜の心に疑問が湧きあがる。


 それと同時に、その訳を知りたいとも思った。


(どうしてこんなにも知りたいと思うの? 初対面の、まだ名前すら知らない人なのに……)


 込み上げるわけの分からない感情に沙夜は戸惑った。


 戸惑いつつも、沙夜の心にひとすじの思いが込み上げる。


 ――彼の心に光を灯してあげたい、と。


「沙夜、大丈夫か?」


 峻一の声に沙夜は我に返った。


「え……、あ…うん、平気だよ」


「まったく、なんてヤツだよ」


 峻一は沙夜を突き飛ばした生徒に文句をたれる。もっともその生徒はすでに人ごみの中で誰かも分からないのだが。


 気を取り直すように、峻一は沙夜に向き直る。


「教室に行こう」


「うん」


 二人は昇降口へ向かった。


 沙夜は少しだけ名残惜しそうに、チラッと漆黒の瞳の少年を振り返った。


(……またすぐ逢えるよね。同じ一年生なんだもん)


 この一瞬の出逢いが順風満帆に生きてきた沙夜の生活を一変させるとは、一体誰が想像できただろうか。


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