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第十四話 行ってきます

 そうして、ストフさんから叔父のミゲルさん宛に手紙を送り、“会ってやっても良い”という短い返事が届いたのが一週間前のこと。


 そこから私は急いで支度を整え、お世話になっていた宿屋のジャンさん一家にも「ストフさんの紹介でしばらく別の街へ行く」と伝え、旅立つことになった。



 意外にも大変だったのが、宿屋と食堂の常連さんたちへの説明。今でもほぼ毎日、吟遊詩人で宿屋のおじいさんでもあるバルドさんと一緒に食堂で歌っていたので、いつの間にか私のことを娘のように孫のように可愛がってくださる方が増えていた。


「チヨちゃんの歌が聴けなくなるなんて…」


「うわーーん!誰だ可愛いチヨちゃんを呼びつけた奴は!今日は飲むぞ!」


「…チヨ…そんなあ…」


 別れを惜しんでくれる人や、関係なしに理由を付けて飲みたいだけの人、なぜか瞳をうるうるさせてくれる人など、反応は様々だったけれど、異世界転移で突然やってきた私のことをこれほどまでに温かく受け入れてくれた、この街の人やこの宿のお客さんたちに、感謝の気持ちでいっぱいになった。


 そんなわけでこの一週間は日々飲めや歌えやのドンチャン騒ぎだった。

 いや、盛大に送り出してくれる空気なので言い出せなかったんだけど、ミゲルさんに会ってみて協力を断られる可能性も十分あるから、すぐ戻ってくるかもしれないのに…。いや、こうなった以上は何としてでもミゲルさんを説得して、教えを請うしかないな。

 


 ちなみにシェリーは当初私がひとりで他の街へ行くことをこれでもかというほど心配していたけど、一連の送別会で食堂が大繁盛し、過去最大の月次売り上げを達成して大喜びし、「戻ってきたら歓迎会でまた大儲けできるから良いわ!行ってらっしゃい!」と言われた。


 周りの反応が大げさだなとは思ったけれど、地球のようにSNSやメールなんてないこの世界。文字通り一期一会で二度と会えない人なんてザラにいるのだから、出会いや別れは盛大に祝うくらいで丁度良いのかもしれない。

 


 今朝、シェリーとバルドさんはわざわざ乗合馬車乗り場まで見送りにきてくれた。

 この世界で最初に知り合ったふたりに見送られると、私もなんだか胸がいっぱいになってしまった。「宿屋を実家だと思っていつでも戻ってきて良い」と言ってくれたふたりの言葉が嬉しすぎて、感極まってちょっと泣いた。



 ストフさんにも、昨日挨拶したときに同じようなことを言われた。


「チヨリ……こんなことを言ったら不安にさせてしまうかもしれないけど、私としてはチヨリが叔父上に気に入られたとしても気に入られなかったとしても心配なんだ…。困ったり、辛かったりしたらいつでもこの街に戻ってきて。チヨリの力の実体を知り、制御できるに越したことはないけれど、別に大きな力さえ使おうとしなければ、普通に暮らすことだってできるんだ。決して無理だけはしないでほしい」


 出会ったときは彫刻のように真っ白を通り越して真っ青で、死神のような顔をしていたストフさんは、今では健康を取り戻し、兵士の訓練にも加わるようになって日焼けをしたこともあり、見違えるほどに生き生きとした表情をしている。


 そして私は、ポーラさんが子どもたちのお世話をできるようになったことで、ストフさんちにおける私の役割が不要になってしまったことも薄々感じていた。


「ストフさん、その…本当にいろいろとありがとうございました。ストフさんのお宅で働かせてもらえて、金銭的な意味でもすごく助かりましたけど、それ以上に、子どもたちやウルフ、もちろんストフさんとポーラさんとも、一緒に過ごせる時間がとても楽しかったです。たくさんこの国のことや言葉なんかも教えてもらって、私の力も気味悪がらずに受け入れてくれて、それに叔父様まで紹介していただいて…」


 言葉では言い尽くせないほどお世話になった。ストフさん一家とのお別れに涙が出そうになるのを必死でこらえながら喋ると、ストフさんが慌てた声で遮った。


「ちょ、ちょ、ちょちょっと待って、チヨリ!何か勘違いしてない!?」


「……?」


 思わず涙目で見上げると、ストフさんは綺麗な青い目をパチパチと瞬かせ、驚いたような困ったような顔をしている。


「私たちはチヨリとこれでお別れだなんて思ってないよ?もちろん、叔父上のところでいろいろ勉強した上で、チヨリが他の街へ行きたいとか、他にやりたいことができたとか、そういうことなら仕方ないんだけど…私たちとしては、いつでも戻ってきてほしいし、この街に戻ってきてくれるなら、また子どもたちの遊び相手になってほしい」


 ストフさんはここまで一気に言うと、感極まったように私の両手をそっと取って、真剣な瞳で私を見つめながら言う。


「…それに、私だってチヨリにここにいてほし…」

「チヨーーー!!!!」


 ストフさんが何か言いかけたんだけど、その瞬間にブレントがすごい勢いで走ってきて私に泣きながらタックルをかましたので聞き逃した。突進してきたブレントをなんとか両手で抱き留めたので、ストフさんの手は自然とそのまま離れた。


 さっきまでお昼寝していたはずなのに、いつの間に起きていたんだろう。


「ブレント!?どうしたの?なんで泣いてるの?」


「うあーーーーん!!チヨ、ひっく、どっか行っちゃうんでしょ!?ママみたいに、いなくなっちゃ、うんで、しょ?やーだーーーーー!!」


 ブレントは大きなクリクリの瞳に涙をいっぱいに溜めて、ガシッと私の膝にしがみついた。どうやら私たちの会話を聞いて目を覚ましたようだ。


 そしてその声を聞いて起きてきたルチアとエミールもすごい勢いで突進してきた。


「チー!!ヤーーーー!!んあーーーーーーーーー!!」


「チヨ、ぼくたち、きらいなの…?だから行っちゃうの…?うう、うーーーーーー」


 いつもわんぱくでいちばん手を焼いてきたブレントが、まさか私とのお別れで泣き出すなんて思いもしなかったのですごく驚いた。

 ルチアはたぶんよく分かってないけど、兄のブレントにつられて泣き出し、長男エミールも弟妹につられて涙目になってしまっている。


「ああ、もう!ちがうよ!すぐに帰って来るからねっ!!」


 私は困りつつも、なんだか胸の奥がポカポカ温かい気持ちになって、めいっぱい腕を広げて子どもたちを抱きしめた。

 この子たちは、こんなにも私のことを慕ってくれている。それに、まだお母さんを亡くしたばかりで、慣れた大人がいなくなってしまうのはとても淋しくて心細いんだと思う。


「うーーー、みんな泣かないでよーーー!」


 今思えば歌でもうたって落ち着かせたら良かったんだけど、気持ちが高ぶりすぎて私まで子どもたちと一緒に泣いてしまった。ストフさんが綺麗な白いハンカチを渡してくれたので遠慮なく使わせてもらった。


「うう、ス、ストフしゃん…」


「うん、何かなチヨリ?」


 顔は涙でぐしゃぐしゃだし、言葉もかんじゃったしで恥ずかしいことこの上ないんだけど、ストフさんは温かな笑顔で返事をしてくれた。


「わ、わたし、本当に、ここに戻ってきても良いですか?また、働かせてもらえますか?」


「ああ、もちろん。こちらからお願いしたいくらいだよ。チヨリの帰りをみんなで待ってる」


 ストフさんの優しい言葉で、私はさらに涙が止まらなくなったのだった。



 ∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴


 乗合馬車は、相も変わらずガタゴトと大きな音を立てながら進んでいる。


 この世界で出会った大切な人たちとのお別れを思い出しているうちに、また涙が出そうになってきたけれど、タイミングよく目的の街が見えてきたので気を引き締める。


 訳も分からず異世界転移した私を、あの街で出会った人たちは本当に優しく温かく受け入れてくれた。胸を張ってみんなの元へ帰るためにも、まずはなんとしてもストフさんの叔父様に認めてもらわねば!



これにて第二章の本編完結です。

宿屋のシェリー視点の閑話を四話挟んでから、第三章へと続きます。


第三章は能力修行編となります。引き続きお読みいただけたら幸いです。

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