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閑話 メイドポーラは主に甘い

「で、ぼっちゃま?いつになったらチヨに本当のことを伝えるおつもりですか?」


「……ぼっちゃまは勘弁してくれ」


「では、ストフ様。いつになったらチヨに本当にことを話すんですか?」


「……」



 ぼっちゃま、改め、ストフ様は目を逸らして黙り込んだ。


 都合が悪いときにはだんまりを決め込む、幼い頃からのクセである。返事がないので、こういうときは聞き方を変える。


「チヨ、誤解してると思いませんか?」


「……思う」


「そうですよね。それで、ストフ様は誤解を解きたくはないんですか?」


「……」


 また黙りやがりましたね。



「チヨのこと、調べたんですよね?」


「……調べた」


「怪しいところはなかったんですよね?まあ、この街に突然現れた時点で怪しくないと言えば嘘になりますが…」


「ああ。チヨリがこの街に来る以前の経歴は、一切分からなかった。大人になるまで普通に生きてきた人間がどこにも記録を残さず、誰にも知られずに育つということは不可能だ」


「では彼女はやはり…?」


「ああ、まず間違いないと思っている。国の記録上ではおよそ百年ほど例がないことだが…」


「それについては報告はされたんですか?」


「いや…現状では私のところまでで留めている。チヨリに悪意がないことも、子どもたちのことを心から可愛がってくれているのも事実で、私たちに必要以上の嘘もついていないことも分かっているからな。本人が望まない限り、大ごとにすべきではないと思っている」


「私としてもチヨのことは信頼しておりますし、ストフ様がすでに調べられたのなら安心です。ということはつまり、現時点で彼女は正直かつ誠実にストフ様にもぼっちゃま方にも接してくれているのに、ストフ様はいつまで経っても本当のことを明かす気はないと?」


「く、そこに戻るのか…。…いや、何度も言おうとは思ったんだ。…でも……」


 歯切れの悪い返事に、ついストフ様の幼い頃、つまりは彼の専属侍女兼教育係だった頃の態度が出てしまう。


「なんですかうじうじと。別に私としては良いのですよ?ストフ様がチヨに言いたくないならそれはそれで」


 突き放してみれば、ストフ様は焦って言い返してくる。


「違う!ほとんど騙したような形になってしまったし、そこはきちんと謝りたいと思ってるんだ。…だが、その部分を説明すると…」


「ええ、その場合はストフ様の身の上についても詳細に語ることになるでしょうね」


 私の返事を聞いた途端に主は不安げな表情を浮かべる。



「……チヨリは、それを聞いたら引くと思わないか?」


「まあドン引きする可能性はありますよね」



「……そんなハッキリ本当のことを……」


「ご自分でも本当のことだと認めちゃってるじゃないですか。まったく気にしない可能性もなくはないですよ?」



「…本当にそう思っているか?」


「はい、もちろん。アリンコサイズ程度には」


「やっぱりあり得ないと思ってるじゃないか…!」

 

 見目麗しく、立派な男性に成長されたはずなのに、やはりこの方はいつまで経ってもぼっちゃまのままだ。



「要するに、本当のことをチヨに知られて避けられるのが怖いんですね?」


「……」



「沈黙は肯定と見なします。そうですね、チヨの性格からしてそれでストフ様のことを嫌うということはないでしょうが、今と同じ態度でいてくれるかどうかはなんとも言えないですね」


「……だよなあ」


 頭の上に大きく“ショボーーーーン”という文字が見えるほど、分かりやすく我が主は凹んでいる。つまりそれほど、今の生活が心地良く、チヨとの距離感を気に入っているのだろう。


 実際、この街ではストフ様の身の上を知るものはほぼいないため、子育て問題が一段落した今ではかなりリラックスした表情をされている。まあ、とくにチヨと一緒にいるときなのだけど。


 王都にいた頃にはめったに見せなかった主のそんな表情を見ると、今の関係をもう少し続けさせてあげたいとも思ってしまうのだ。



「まあ、どうしてもまだ言い出せないのなら、私もしばらくは黙っておくことにいたします」


「……ああ、そうしてくれ」



「ですが、ストフ様」


 これで小言が終わりとばかりに安心した表情を浮かべたストフ様に、しっかりと釘を刺すことも忘れない。

 彼はか弱い子犬のような瞳で私を見つめてくる。幼い頃からこの顔をすれば私が弱いのを分かっていてやっていると思う。



「私にとっても、今やチヨは大切な存在です。彼女を傷つけることは許しません」


「……はい」



「誤解させている時間が長ければ長いほど、後でチヨが傷つくということは想像できますね?」


「………はい」



「分かっているなら、これ以上はもう言いません。ストフ様を信じます」


「…ああ、ありがとう」


 まだ不安げではあるけれど、これだけ言えばきちんと考えるだろう。ストフ様は昔からそういう方なのだ。



 チヨは今では私にとっても恩人だ。凄腕の教育係だと持て囃されたのも今は昔。この家の三兄妹には何度トライしても完全にお手上げだった。

 人見知りレベルが尋常じゃない上に、泣き方が強烈すぎて慣らすこともままならなかった。あのまま泣かせていたら巡回兵に虐待を疑われてしまうレベルだったから。


 ストフ様や姉君方も、幼い頃は人見知りが激しい上に警戒心が非常に強く、家族以外にはなかなか心を開かない子どもたちだった。でも、この家の子どもたちはさらに上を行く頑固さだった。

 これまでご夫婦の方針として敢えて使用人を置かず、家族だけで生活していたから尚更だったのかもしれない。


 ストフ様おひとりで子ども三人の面倒を見る生活は本当に悲惨だった。慣れない子育てに奮闘する主を陰から見守るだけの生活は、私としても日々苦しさが募るばかりだった。


 そこに差し込んだ光がチヨの存在だったのだ。


 チヨ本人は、彼女の歌によって子どもたちが私にも懐くようになったと思っているようだけれど、私はそれだけがすべてだとは思っていない。


 確かに彼女の歌の力は本物だけれども、それよりも子どもたちは彼女の存在に癒され、安堵を覚え、少しずつ気持ちが安定していったように見えた。


 あの小柄な体からは想像もつかないほど、チヨはパワフルで、前向きで、そして何より温かい笑顔の持ち主だった。思わず誰もが彼女のそばにいたくなるような、陽だまりのような存在なのだ。


 そしてそんな彼女だからこそ、ストフ様もその心地良い距離を崩したくないがゆえに、真実を言い出せずにいる。

 


「…もしもチヨに避けられるようになったときは、助け舟くらいは出してあげますよ」


 手のかかる主だけれど、私にとっては昔からずっと可愛いぼっちゃまだ。

 我ながら甘いなとは思ったけれど、最後に私の口からこぼれた言葉を聞き、ストフ様は満面の笑みを浮かべたのだった。



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