レイジvsブレイブ①
レイジは試合開始の合図とともに戦闘態勢に入った。ブレイブは静かな闘技場の世界に目をつむって浸った。
「じゃあレイジ!始めようか!?言っておくけど、手加減はなしだよ!?」
ブレイブはそう言って地面を蹴り上げてレイジに近づいた。レイジは足を動かして距離を取りながら闘った。
『ブレイブの実力は全く分からない。だが、騎士としての闘い方を得意としているに違いない。つまり盾で防いで剣で殴る。この単純な闘い方が基本のはずだ。だから俺はむやみやたらに刀を振るのではなく、盾で防がれないように振るのが大事だと思う!』
レイジはそう思ってブレイブの剣を足でさばくことにした。レイジの予感は的中して、ブレイブは攻めあぐねていた。
「レイジ!避けてばっかで全然攻撃してこないじゃないか!?それだと僕の得意なカウンター攻撃ができないじゃないか!?」
ブレイブは不満を漏らした。レイジはその情報を聞いて笑った。
「そうか。カウンターが得意なのか。いい事を聞いたな。」
レイジの言葉にブレイブは思わず「あっ!?」と言い、口を抑えた。それを見てレイジは『今更抑えても意味ないだろ...』と思った。そしてレイジはブレイブの攻撃をひょうひょうとした動きでのらりくらりとかわした。
「ブレイブ。お前、もしかして攻めるのは苦手なのか?さっきから直線的な攻撃しかしてねーぞ?」
レイジはブレイブの攻撃の下手さを指摘した。ブレイブは図星をつかれて言葉に詰まった。
「...ま、まあね。実は僕は攻撃に関してはそんなに得意じゃないんだ。相手が攻撃してきた隙を狙ってのカウンターが僕の得意技だからね。でも!それをすぐに見破るなんてレイジはすごいね!」
ブレイブは一旦攻撃の手を止めて距離を離してから言った。レイジは警戒しながらも答えた。
「それぐらい分かるさ。剣の振り方が雑だったからな。相手がどう動くかとか考えずにただ目の前の目標に向かって振るだけだったからな。だがおかげではっきりしたな。お前は防御型の闘いを得意としているんだな。まあ騎士ってのは誰かを守るための職業だって聞いたことがあるからな。」
レイジは過去に姉御から聞いた話を思い出しながら言った。ブレイブはフフッと笑った。
「そっか!騎士の事、結構知っているんだね!?じゃあ、本気を出しても大丈夫そうかな?」
ブレイブはそう言って深呼吸をして心を落ち着かせた。そして魂の力を少し開放した。それを見てレイジも魂の力を少し開放して言った。
「...じゃあ、ウォーミングアップはこのくらいにして、そろそろ本気で行こうか。このままじゃあらちが明かないからな。」
お互いに魂の力を解放した瞬間、その場に流れる空気が一変した。さっきまでのゆるい空気とは真逆の、ピリピリとしたヒリついた緊張感が張り巡らされていた。そしてお互いに姿勢を低くしてにらみ合い、まさに一触即発の状態になった。
「レイジ!僕の強さはね、その素直さなんだってさ!もちろん、君みたいに強い人には読まれやすいけど、でも僕は負けたことが無いんだ。それは何故だかわかるかい?」
「さぁね?相手が弱かっただけじゃないか?」
レイジは少し相手を煽るような言い方をした。ブレイブは少し笑って首を振った。
「それはね、僕のフィジカルは魔族すらも凌駕するものだったからさ!!」
そう言ってブレイブは一直線にレイジに突っ込んできた。レイジはブレイブのあまりの速さに一瞬目が追いつかなかった。そしてまずいと思ったその瞬間にはブレイブはレイジの懐にもぐりこんでいた。
「はあああああ!!!」
ブレイブは右手に持っている勇者の剣をレイジの胴体めがけて横に薙ぎ払った。レイジは刀でその攻撃を受けようとした。しかしブレイブの攻撃は重く、レイジは踏ん張りがきかずに吹っ飛ばされた。
「ぐぅぅ!!?」
レイジは体勢を崩して横になりながら地面を転がっていった。そしてレイジはバッと左手で地面を押し返して体勢を立て直し、ブレイブの方向を見た。ブレイブは先ほどいた位置でぐっと力を溜めながら再びレイジに向かって一直線に襲い掛かってきた。
『速い!!?圧倒的に速い!?この速さは納豆丸に匹敵するほどの速さだ!?』
レイジは心の中でそう思い、迫りくるブレイブの攻撃を空中で受けざるを得なかった。そしてレイジはなすすべも無く空中に吹っ飛ばされてそのまま観客席に張られたシールドに背中から突っ込んだ。
「がはぁっ!?」
シールドは全く微動だにせず、レイジは体を叩きつけられた。そしてそのまま場外へと落ちそうになった。そこでサポーター席にいたネネが思わず声を出した。
「危ない!レイジ!」
その声に反応するかのようにレイジはパッと目を開けて自身の左腕から炎を出し、まるでロケット花火のように自身の体を飛ばして場外に落ちることを防いだ。そしてレイジは闘技場のリングに着地してフーッと息を吐いた。
「危なかった。一瞬意識が飛びかけたぞ。」
レイジは頭をブンブンと振って気合を入れなおした。そしてブレイブは驚いていた。
「...すごい。僕の攻撃で気絶しないなんて。やっぱレイジはすごいな!?」
ブレイブは久しぶりに闘いがいのある相手に出会えてウキウキしていた。レイジは余裕の笑みを浮かべていたが、内心は焦っていた。
『やべーな。ただの直線的な攻撃なのに、避けられる気がしねー。納豆丸ぐらいのスピードとゴゴ並みのパワーを併せ持つやつがいるとは...どうやって対抗する?どうすればいいんだ?』
レイジは魔族のチュー五郎と対峙したときと同じ恐怖を感じた。手が小刻みに震え、手汗がベッタリとにじみ、額から冷汗が流れた。そんな絶望感を感じた中、ヤミナの声が手持ちの無線機に届いた。
「ブレイブが攻める時にこっちも攻めるの!そ、そうすれば行けるよ!」
レイジは驚いた。
「ヤミナ!?なんでこの無線機からヤミナの声が聞こえるんだ?これは俺からしか無線を送れないはずなのに...」
レイジが驚いている間にヤミナはその回答をした。
「そ、それは、ウチが持ってた無線機がたまたまレイジくんの無線機と繋がれたから...って、そんなことは今はいいよ!と、とにかくレイジくんも突っ込んで行って!そして思いっきり刀を振るの!」
「なぜだ?そんなことをしたら自殺行為じゃないのか?...いや、もう俺の考えじゃブレイブの攻撃には対処出来ねー。ヤミナの言葉を信じるしかねーな!」
レイジはそう言って姿勢を低くして足に力を溜めた。ブレイブもレイジが覚悟を決めたのを見てグッと力を溜めてそのまま一直線に襲い掛かった。レイジもそれに合わせて一直線に向かっていった。
「なにっ!?」
ブレイブはレイジの捨て身の行動に驚き思わず立ち止まってしまい、一瞬判断が遅れた。その隙にレイジは渾身の一撃をブレイブに食らわせた。ブレイブは盾で防ごうとしたが、一瞬遅く、レイジの刀の軌道を変えることしかできず、その刃はブレイブの胸をかすめた。
「ぐうぅ!!?」
ブレイブは浅いながらも切り傷を負った。そのことがブレイブにとっては驚きの出来事だった。レイジはそのままブレイブの頭上を飛び越えてブレイブの背中側に着地した。ブレイブは胸の痛みに驚きながらゆっくりと振り返って笑った。
「は、ははは。はっはっはっはっは!!すごいな!レイジ!まさか飛び込んでくるなんて全くの予想外だったよ!」
ブレイブは心底嬉しそうに言った。レイジはヤミナに言われたことを実践してみて初めて理解した。
『そうか!俺はブレイブの攻撃をどう受けるか。そればかりを考えていた。だから突破口が見つからなかったんだ。それは今までブレイブと対面してきた奴らも同じだったんだろう。だからどう受けるかじゃなく、受けないという選択をしたのが俺が初めてだったんだ。だからブレイブは対処できなかったのか!』
レイジは納得した。そしてヤミナに礼を言った。
「ありがとな。ヤミナ。お前のアドバイスのおかげで何とかなったぞ。」
「ふ、ふひひ!そ、それは、よかったよ。」
ヤミナは不気味な笑みを浮かべて喜んだ。昆布は心の中で思った。
『ヤミナって喜び方が独特だなー。素直に喜んでるはずなんだが、なんかキモいな。』
昆布は心の中でそう思いつつも口には出さなかった。そしてレイジは疑問に思った。
「しかしなんでヤミナは突っ込むことが最善の策だと分かったんだ?お前は闘ったことが無いんだろう?」
「え、あのー、それは...まあ、そんなことは今はいいから!と、とりあえず闘いに集中して!」
ヤミナは答えずに、はぐらかした。レイジは気になったが、ヤミナの言うことも一理あるとして闘いに集中することにした。
「ブレイブ。お前のフィジカルはバケモンだな。それでいてまだ本気じゃないんだろう?」
レイジはそう言った。ブレイブは照れながら言った。
「バレてた?やっぱりレイジはすごいな。そこまでお見通しだったなんて。じゃあ、お望みの本気を出しても大丈夫かな?本気を出すと大体の人は死んじゃうからなるべく出さずにいたんだけどね。レイジなら、僕の本気を受けても死なないでいてくれるかな?」
ブレイブはそう言いながら魂の力を全て開放していった。するとブレイブの体は筋肉が膨れ上がり、痩せ型体系からバランスのいいマッチョになった。その姿はガイアのような戦闘に特化した筋肉の付き方だった。レイジはそれを見て顔から笑みが消えた。
「...地味な変化だが、俺にはわかる。それは今までとは比べ物にならないほどのパワーアップだってな。例えるなら、子猫がライオンへと進化したみたいなもんだな。まあ、子猫に手も足も出なかった俺が今更対処できるとは思えないが...それでも、俺も本気で挑ませてもらう!」
そう言ってレイジは魂の力を全て開放して自身に炎をまとわせた。
「これが俺の本気...『バーニングレイジ』だ!」
そう言ってレイジは全身を炎に包み、チュー五郎の時のような変化をしようとした。しかし、それはいくら炎をまとわせても変身できなかった。
「...!?なぜだ?なぜ変身できない!?」
レイジは驚きのあまり自身の目を疑った。そして心の中でささやく声が聞こえた。
【足りない】
『えっ?』
レイジはその言葉に疑問を持った。そしてスザクは答えた。
【今のお前には、恐怖心が足りない。死の恐怖を感じていない。だから足りないのだ】
『死の恐怖なら感じている!手足の震えだって止まらない!心臓もバクバクしている!これで何が足りないっていうんだ!?』
レイジは焦りのあまり怒った。スザクはそれを冷静に言った。
【それは単純な恐怖だ。強い相手と対峙したときの恐怖に過ぎない。お前は自分が死ぬとは思っていない。なぜなら相手がブレイブだからだ。お前はまさかブレイブが自分を殺すとは思っていない。そんな余裕がある。だからバーニングレイジにはなれない】
『俺の心に...余裕?そんなもんあるわけないだろ!今バーニングレイジにならなきゃ、殺されるかもしれないんだぞ!?』
レイジは必死になって言った。スザクはため息をついた。
【お前は自分自身を偽ろうとしている。死の恐怖におびえる自分自身をな。そんな上っ面の恐怖などでは、魂の力を生み出せない。レイジ。私は言っただろう?恐怖を忘れるなと。今のお前が考えていることを当ててみようか?『相手がブレイブだから死ぬ心配はない。なぜならブレイブは人殺しを嫌っているから。そのために本気を出さずにいたから。だから自分もたとえ負けても殺されないだろう』...そう思っているだろう?】
レイジは図星を指されて反論できなかった。スザクの言うとおりだった。レイジは負けてもいいやと思っていた。勝たなければ死ぬわけじゃない。だったら負けてもいいんじゃないか?そんな思いが頭の片隅にあった。だから自分は本気を出せずにいるのだと、レイジ自身が感じていた。そしてスザクはそれに反論しないレイジを見てまたため息をついた。
【全く。なんという愚かな人間だろうか。死ななければ負けてもいいなどと考えているとは...よっぽど甘い世界で生きてきたのだな】
スザクは吐き捨てるように言った。レイジは悔しさと恥ずかしさで反論した。
『し、仕方ないだろう?俺だって、誰かを傷つけたいわけじゃない!ただ純粋に、興味の湧く物を探して生きていきたいだけなんだ!それなのに、いきなり勇者の力を持ったとか言われて、魔王を倒せだとか、強くなれだとか、逃げたらダメだとか、もうどうでもいいんだよ!!!そんなことは!!俺はただ、自由に生きたいだけなんだよ!!俺に人類の責任を押し付けるなよ!!!』
レイジは初めて、感情的に自分の心を叫んだ。スザクはそれを聞いてフッと笑った。
【なんだ。怒りがあるではないか。この世に対する不満。勇者の力を受け継いでしまったことに対する不満。そういったものをちゃんと持っているではないか。なら、それを燃料にするのだ!お前の怒り、不満、苛立ち、それらすべてを爆発させるのだ!!!】
『俺の...怒りを...爆発?』
【そうだ!!死の恐怖を忘れるなと言ったのは、理不尽に奪われる事への怒りを忘れるなという意味だ!お前はすでに持っているではないか!自身の怒りを!苛立ちを!この世の不満を!それらすべてを爆発させて、目の前の敵にぶつけるのだ!!それこそがバーニングレイジの発動条件なのだ!!】
スザクに言われてレイジは自身の魂の深く、深く眠っている怒りに触れた。普段は冷静に考えて感情を押し殺していたレイジだったが、自身の感じている怒りが想像以上の大きさだったことに驚きつつも、それに身を任せた。
「さあ!レイジ!まだか!?...っ!?これは...大きな力を感じる...!?」
ブレイブは盾を持つ左手を自身の体に引き寄せて戦闘態勢を整え、構えた。そしてレイジを包む炎の中から現れたのはチュー五郎の時と同じ、心臓部にマグマを宿しながら皮膚が黒く焼け焦げた色になり、割れた皮膚からもマグマが見えるような姿になったレイジが現れた。
「はぁぁぁぁぁぁ」
レイジが息を吐くと口から炎が漏れ出た。そしてレイジは全身に力を溜めて腹の底から響く叫び声をあげた。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
その叫び声はその場にいる全員の耳を破壊しかねないほどの爆音だった。そしてその叫び声には火山が噴火したときのような怒りの爆発を感じ、同時に悲しみも感じた。ブレイブはレイジの驚きの変化に戸惑いを隠せなかった。それは姉御たちも同じだった。
「...これがバーニングレイジ...。あの冷静沈着なレイジが言葉を失うほどの怒りに飲み込まれているなんて...」
姉御はレイジの新たな一面を目撃すると同時に、過去のことを思い出していた。そしてレイジは怒りに身を任せてブレイブに襲い掛かっていった。