会長登場
レイジたちは宿で休み、翌朝に闘技場の入り口にある選手登録の受付に行った。
「よし。これで選手登録は完了したな。いつから試合に出られるんだ?」
レイジは受付の人に聞いた。受付の女性は笑顔で答えた。
「はい。レイジ選手は初登場ということで、だいたい1週間後になります。しかしこれはトーナメント大会の場合でございます。もしご希望でございましたら当日参加の試合もございます。」
「そうなのか?」
「はい。こちらは1週間ごとに行われるトーナメントではなく、1対1の試合でございます。なので相手が誰になるかは試合開始まで分からないのでございます。そのため本来であれば実力の未知数な選手は参加できないのですが、レイジ選手はあのゴゴ選手の紹介です。その上勇者候補として知名度もあります。なので特別にご案内をしろとの会長からの命令がございました。」
「会長?」
レイジは眉をひそめた。受付の女性は笑顔で頷いた。
「はい。会長はこの街の創設者にしてこの街を治めている御方です。その名は『ドッゴム』またの名を『マスターブラック』と言います。会長はゴゴ選手の派手な戦いを大層気に入っておられます。」
「ほっほっほ!みんなからはマスターブラックと呼ばれることの方が多いのぅ!」
受付の女性の話をさえぎって登場したのは黒色の道着姿で、白いひげを長ーく伸ばしたおじいさんだった。頭は見事に髪の毛一本も残っておらず、目は優しそうなタレ目。そして身長が高く、190センチほどあった。体格は細身でありながら引き締まった筋肉をしていた。その姿を見た受付の女性は驚いた。
「ドッゴム会長!?なぜこちらに!?」
レイジはその言葉に反応した。
「ドッゴム会長?じゃあ、あのじいさんがこの街の一番偉い人か!?...なるほど。タダもんじゃない雰囲気がバチバチだな。」
レイジは小声で独り言を言った。会長は笑顔のまま言った。
「そちらの赤髪の人が、レイジ選手じゃな?なるほど。お若いのに相当な実力をお持ちの様ですな。」
会長は自身の胸辺りまで伸びた白いひげをさすりながら言った。レイジは深くお辞儀をした。
「初めまして。レイジと申します。この街は強い者が集まる素晴らしい町だとゴゴに聞き、自身を強くするために来ました。」
レイジはとりあえず失礼のないように接した。すると会長はほっほっほと笑ってレイジをなだめた。
「いやいや、そんなにかしこまらなくても結構。この街では礼儀をわきまえている者の方が珍しい。私もそんな状況には慣れておりますゆえ、もっと気を楽にしてくだされ。」
会長は優しく言った。レイジは頭を上げて礼を言った。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて少しだけ気を楽にさせて頂きますね。それで、会長はどうしてここに来たんですか?」
レイジは会長が来た目的を聞いた。会長はうなずいた。
「実は、この街にゴゴが帰ってきたことがすでに噂になっておりましてね。それで今日の仕事を抜け出して様子を見に来たのですよ。」
「えぇ...?なかなか、大胆なことをするんですね。」
レイジは会長の自由さに少し困惑した。会長はほっほっほと笑いながら言った。
「ええ。それでここまで来たのですが...」
会長はそう言ってゴゴの方を見た。ゴゴは手を挙げて「よっ!」と言いながら会長に近づいて行った。そして会長に向かって渾身の右ストレートをお見舞いした。会長はそれを両手で受け止めた。その衝突で辺りには怒号のような音が鳴り響き、地面は2人の足場がめり込んでいた。
「ゴゴ!?お前、何してんだ!?」
レイジは衝撃波から手で顔を守りながら言った。ゴゴはそれを無視して会長に言った。
「マスターブラック。どうやら力は全然衰えてねーな!?」
「ほっほっほ。ゴゴの方は相変わらず成長しとらんのぅ。まーた筋肉ばっかり鍛えておったようじゃな?魂の力はどうしたんじゃ?」
2人はお互いに足を踏ん張り、全力でぶつかり合いながら言っていた。そしてゴゴは嬉しそうに笑った。
「魂の力なら俺も一瞬だけ出たぞ!てっきりあんたの戯言かと思ってたぞ!でも本当に魂の力ってのはあったんだな!」
そう言ってゴゴはさらに踏み込んで会長を吹き飛ばした。会長は吹き飛ばされながら空中で体勢を整えて地面に足をつけてブレーキをかけた。
「ほっほっほ。そうじゃな。あの時のお主はまるで聞く耳を持っておらんかったからのぅ。わしを倒せるようになるまでこの街には戻らーん!とか言って飛び出していきおったからのぅ。」
「その通りだぜ!だが残念ながら事情が変わってな!まだあんたを倒せるほどの実力じゃねーぜ!」
「ほほぅ。そうかそうか。それは残念じゃな。お前さんなら魂の力さえ扱えれば、わしを凌駕するほどの強さになれるのにのぅ。お前さんの悪い癖じゃ。強さよりも戦いにおける面白さを選ぶところがのぅ。」
会長は少し残念そうに肩を落としながら言った。ゴゴはガッハッハと笑った。
「だって仕方ねーだろ?闘い以上に、この世でおもしれ―事がねーんだからよ!」
そう言ってゴゴは地面を蹴り飛ばして会長に急接近し、右ストレートを放った。会長はそれを軽く避けてカウンターのひじを、ゴゴのみぞおちに放った。ゴゴは思わず口から空気が漏れだした。そしてゴゴは地面にひざまずいた。
「うぐぐぅ。さ、さすがはマスターブラック。武術の達人だな。的確に人体の弱点をついてきやがるぜ...」
ゴゴはそう言ってフラフラとした足取りで立ち上がり、再び右手を振り上げた。会長も右手を振り上げ、両者にらみ合った。そして振り下ろされた右手同士で固い握手をした。
「今回も俺の負けだな!だが次は必ず勝つからな!」
「そう言って、お主は今まで1000回ほど負けておるではないか。真面目に修行をせい!そうすれば、勝ちの芽も出てくるわい。」
2人はお互いに謎の信頼関係が出来上がっていた。レイジはそれを理解できなかった。
「ゴゴと会長の関係って、何なんだ?師匠と弟子って感じか?」
レイジの質問にゴゴは振り返って答えた。
「うーん。なんだろうな?ライバル...というか、目標?いずれ超えたい相手って感じだな。マスターブラックは何でか知らねーけど俺に強くなる秘訣を教えてくれるんだよ。なんでなんだ?」
ゴゴは会長の方を見た。会長はほっほっほと笑った。
「まあ、わしも暇じゃからな。情熱ある者の助けになるのなら、今まで培ってきた経験を惜しみなく教えるだけじゃ。何もゴゴだけに特別に教えとるわけじゃない。強くなろうとする者すべてに教えているだけじゃ。」
会長は嬉しそうに言った。レイジはそれを聞いて納得した。
「なるほど。皆に平等に教えているのか...それにしても会長はゴゴの事を気に入っているようですね。この街の人たちもゴゴのことを知っている様子でしたし、ゴゴってそんなに人気なんですか?」
レイジはゴゴの人気がすさまじい事に疑問を持った。会長は微笑みながら言った。
「この街に住む者たちにとって、闘技場が一番の娯楽であることは知っておるかね?」
「それは...まあ、そうですね。闘技場目当てに危険な旅をして来る人もいるそうですから...」
「うむ。その観客たちは何を楽しみに闘技場に見に来ているか、わかるかね?」
「え?人々が闘うさまを見るためじゃないんですか?」
「まあ、大方あっておるが、少し違う。観客はの、手に汗握る熱いバトルを見に来ておるのじゃ。どっちが勝つのか分からない、試合展開が二転三転して思わず体が前に出てしまうような試合をな。その点で言えば、ゴゴの闘い方はまさに大衆の心をつかむものじゃ。」
「大衆の心をつかむ?」
「そうじゃ。ゴゴは派手でタフで力が強い。その戦い方は、格上に勝つこともあれば格下に負けることもある。いわば勝つか負けるかの予想が全くできないんじゃ。そこがゴゴの魅力なのじゃよ。金を賭ける価値があるのじゃ。」
「勝つか負けるか分からないのに、金を賭ける価値があるんですか?確実に勝つ方がいいんじゃないですか?」
「まあ、論理的に考えればそうじゃな。じゃが、人間は...特に金を賭ける人間は確実に勝つことに喜びなど感じない。むしろゴゴのような大番狂わせな勝ち方をする選手が勝った時に得られる高揚感に最大の喜びを感じるのじゃ。だからゴゴはこの街に住む多くの者に愛されるのじゃ。」
「なるほど...みんな金を増やすために賭けているんじゃなくて、心を満足させるために金を賭けているのか...」
レイジは自身とは考え方の違う人間の気持ちを頭で理解した。会長は優しくうなずいた。
「そうじゃな。だから賢い者はゴゴには賭けんよ。むしろ賢い者はゴゴを嫌っておる。ゴゴが絡むと必ず自身の予定通りにはならんからのぅ。まあ、それはゴゴに限った話ではないが、ゴゴは中でもデータによる予想を必ず裏切るタイプじゃからな。」
「...確かに、魔王軍四天王のガイアとの闘いでも一瞬だけ勝つかもしれないって思えたからな...」
レイジは顎に手を当てながら言った。会長はほっほっほと笑った。
「そうじゃな。...そして残念ながらそろそろ戻らねばならんな。これ以上逃げておるとまた秘書に叱られてしまうからのぅ。それでは、レイジくん。お主の活躍を楽しみにしておるぞ?それとゴゴ!お主は一刻も早く魂の力を会得するのじゃ。それがないうちはわしはお主とは闘わんからのぅ!分かったな?」
「おう!明日も殴り込みさせてもらうぜ!」
ゴゴは全く話を聞いておらず、笑顔で答えた。会長はため息をついた。
「まあ、言っても無駄かのぅ。」
会長はそのままトボトボと帰って行った。そしてレイジはその姿を見送ってから闘技場で当日参加の受付を済ませた。
「はい。では連絡手段として選手寮に入っていただくか、もしくは住所をお書きください。それか、町内アナウンスでお呼び致しますが、いかがいたしますか?」
「うーん。どうしようか?」
レイジは一旦姉御たちと相談をした。
「どうしたらいいんだ?姉御?」
姉御は少し考えてから言った。
「まあ、長居する気は無いし、町内アナウンスでいいんじゃないかい?」
「そうだな...ちなみにどのくらいこの街にいる気なんだ?」
「そうだねー。とりあえずあんたたちは実戦不足だからね。3ケ月はかかるかもね。」
「そんなにか!?その間に魔族が攻めてきたりしないのか?」
「さあ?どうだろうね。いずれにしても強くならなきゃ魔族には勝てないからね。回り道のように感じるだろうが、強くなるためにはこれが一番の近道だとあたしは思うね。」
「確かにそうか...昼は実戦。夜は姉御の修行って感じか?」
「そうだね。とにかく強くなるために修行あるのみだよ。覚悟はできてんだろうね?」
レイジは苦しそうに決断した。
「...まあ、それしか生き残る道がないからなー。逃げてもダメだし、待っててもダメ。強くなるしか無いんだから、仕方ないよな。」
そう言ってレイジはしぶしぶ納得した。