宿でのひと時②
レイジたちが部屋で騒いでいる中、隣の部屋では女子会が行われていた。
「なんだい?隣が騒がしいね。」
姉御は2階のベッドで横になりながら言った。あんこはその向かいのベッドで横になりながら姉御の方を見た。
「うん!なんか言ってるね!注意してこよっか?」
あんこは首をかしげた。姉御は少し考えてから答えた。
「いいや、まだ寝るには早い時間だしね。もう少しだけ待とうか。もし寝る時間になってもうるさかったらその時に注意しに行こうか。」
姉御はそう言って枕にひじを立てて頭を支える体勢になった。あんこは大きくうなずいた。
「うん!そうだね!この宿、木で出来てるから隣の声が結構聞こえるんだね!」
あんこは木造の建物の防音性の低さに驚いていた。姉御はフフッと笑った。
「そうだね。もっと高い値段のホテルとかにしとけばよかったかもね。まあ、お金をケチった結果だね。」
ヤミナはベッドから起き上がり、隣の部屋に耳を当てた。ネネは気になって聞いた。
「ヤミナ?何をしているの?」
ヤミナは張り付いたような笑顔で答えた。
「ふひひ。れ、レイジ君たちが何の会話をしているのか、気になってね。」
ネネは少し気になった。
「...それで?何を話しているの?」
ヤミナは聞くことに集中した。そしてヤミナは驚いた。
「れ、レイジ君!明日告白するって!」
「「「ええええええええええええ!!!?」」」
姉御とあんことネネはそれぞれ驚きの声を上げた。そして姉御がヤミナに聞いた。
「それは本当かい!?あのレイジが!?」
いきなり大声を出されて驚いたヤミナは布団に身を包みながら姉御の質問に答えた。
「う、うん。なんか、そういう風な事言ってた...」
ヤミナはビックリして涙目になりながら言った。姉御はそれを見て謝った。
「ああ、ごめんよ?さすがにびっくりしちまってね。まさかレイジが告白をするなんて...相手は...」
姉御は下のベッドで寝ているネネを見た。あんこもネネの方を見た。ネネは2人の視線を感じて驚いた。
「わ、私?私じゃないでしょ?ヤミナなんじゃないの?」
ネネは否定して自分の考えを言った。ヤミナはふひひっと不気味な笑いをした。
「う、ウチ?れ、レイジ君もウチの事す、好きなの?」
ヤミナはほほを赤らめながらさらに布団にくるまった。姉御はうーんと言った。
「あたしはネネに告白すると思ったけどね。だってあたしが見た限り、レイジはネネのことが好きそうだったからね。まあ、ヤミナの放っておけない感じもレイジは好きそうだしね。どっちも有り得るのかね?」
姉御は自身の考えに疑問を持ち始めた。あんこはそれを否定した。
「ええー!?あたしは絶対ネネだと思うな―!もちろんヤミナちゃんもすっごく可愛いけど!でもネネの前でたじたじしてたレイジは初めて見たもん!あれは絶対恋してた感じだったもん!」
あんこはベッドから浮かび上がって興奮しながら言った。ネネは首を振った。
「それは...きっと私の姿が魔族だから、初めて見る魔族に緊張していたんじゃないかしら?私なんてレイジから見ればそれぐらいしか価値のない人間だもの。」
ネネは自分を卑下した。あんこは首を勢い良く横に振った。
「そんなことないよ!確かにネネは素直じゃないしハグ嫌いだし感情が分かりずらいけど!でも優しいし嘘つかないしすっごく強いし!おまけに最近はあたしがネネに触っても怒らなくなったし!きっとレイジもネネの魅力に気づいてると思うよ!」
あんこは自身の思っていることを素直に言った。その素直さがネネの心にしみた。そしてネネはほほを赤らめて恥ずかしそうにフードをかぶった。
「そ、そう?...あ、ありがと...」
ネネはボソッと小さい声でお礼の言葉をつぶやいた。あんこは良く聞こえずに「なにー?」と言った。ネネは恥ずかしそうに「なんでもないわよ!」と言った。そしてヤミナは困り顔でネネに聞いた。
「あ、あのー。ね、ネネは、れ、レイジ君のことが、す...好きなの?」
ヤミナは恐る恐る聞いた。ネネはカァーッと顔を真っ赤にした。
「な、ななななな!なんで!?」
ネネは驚きと恥ずかしさのあまり言葉が出てこなかった。ヤミナは猫背で上目遣いのまま聞いた。
「だ、だって、今の話を聞いてると、そうなのかなー?って思って...も、もちろん!答えたくなかったら無理して答えなくても大丈夫だから!」
ヤミナはなるべく相手から反感を買わないように慎重に言葉を選んで言った。ネネはフードを親指と人差し指でつまんで顔を隠しながら言った。
「そ、そのー。まあ、嫌いだとは、思って、無いけど...」
ネネは「好き」と言えなかったのでそんな言い回しになってしまった。しかしそれを聞いていた他の3人にはそれだけで十分理解できた。そしてヤミナは困り眉のまま笑った。
「そ、そうなんだ。ネネも、レイジ君の事、好きなんだ。」
姉御はヤミナに聞いた。
「『ネネも』って事は、ヤミナもレイジのことが好きなのかい?」
姉御の質問にヤミナは不気味に笑いながら言った。
「そ、そう。う、ウチも、レイジ君の事好きみたい。」
ヤミナの告白に姉御はうなずいた。
「まあ、そうだろうね。ヤミナは分かりやすいからね。この道中ずっとレイジにベッタリだったからね。誰が見ても明らかだったよ。」
姉御はさわやかな笑顔で言った。ヤミナは「そ、そう?」と言った。姉御はうなずいた。そしてヤミナはネネの方を向いた。
「で、でも、ネネがレイジ君の事好きなら、う、ウチは別に、諦めるよ?だ、だって、ウチみたいな根暗オタクがレイジ君みたいなすごくいい人と付き合えるなんて、全然思っても無いから...」
ヤミナはそう言って指をそわそわとさせた。あんこは姉御に聞いた。
「ねえ、姉御ちゃん。レイジっていい人なの?」
姉御は首をかしげた。
「うーん。いい人...というか、身内には優しい人って感じ?まあ、極悪人ではないけれど、間違いなくいい人ではないね。自分の知的好奇心を満たすために生きてる感じがあるからね。まあ、ネネは初めて人間扱いされた異性ってイメージだと思うし、ヤミナは初めて自分の話を面白そうに聞いてくれた異性って認識なのかもね。」
「ふーん。なるほどねー。あたしはレイジの事ひどい人だって思ってるけどね。あたしや姉御ちゃんには優しいのに他人に対しては冷酷なんだもん。もっと他人にもあたしたちみたいに優しくできないのかなーっていっつも思ってる!」
あんこはレイジに対する不満を言葉にした。姉御はフフッと笑った。
「そうだね。レイジはきっと今で満足してるんだろうね。今のまま、自由に冒険して心を許した仲間がいればそれだけでいいんだろうね。だから他人と仲良くする必要が無いんだろうね。」
姉御はレイジの心の内を読んで言った。あんこはそれを聞いてもまだ不満げだった。そして姉御はネネに聞いた。
「まあ、レイジのことは置いておいて、ネネはどうなんだい?ヤミナは諦めるって言ってるけど?」
ネネは目線をそらして悲しい目をしながら言った。
「私は...別に...レイジに任せるわ。レイジが告白したのがヤミナなら、私もレイジのことは諦める。それだけよ。だからヤミナも一旦レイジに任せましょう?レイジが誰に告白するのかは分からないけど、最初から諦めるんじゃなくて告白されなかったら諦めるって事にしましょう?」
ネネはヤミナの目を見て言った。ヤミナも深く考えてからうなずいた。
「...うん。そうだね。ネネちゃんの言うとおりだね。そ、そのー。う、ウチがレイジのこと好きだからって、い、嫌がらせとか、しない?」
ヤミナは自身が一番不安に思っていることを聞いた。ネネはフッと笑って首を振った。
「そんな幼稚なことはしないわ。だって、これからも一緒に旅をするんだもの。同じ仲間として過ごすんだから、そんな心配しなくてもいいわ。それに、万が一そんなことをしたら、姉御さんにゲンコツを喰らってしまうわ。」
ネネは少し冗談を言った。姉御はフフッと笑って言った。
「そうだね!そんな腐った性根の持ち主にはあたしのゲンコツが飛んでくるからね!あんこはもう身に染みて知っているでしょう?あたしのゲンコツの恐ろしさを。」
姉御は拳を握った。あんこはゾゾゾッと背筋に寒気が走った。
「ううぅ!その拳を見ただけで怖くなるよー!姉御ちゃんのゲンコツはどんな攻撃よりも痛いんだから―!」
あんこは頭に手を乗せて頭を守る体勢になっていた。姉御はそれを見てアッハッハと楽しそうに笑った。
「大丈夫さ。このゲンコツは相当のことでもない限り飛んでこない。まあ、レイジがドラゴンフライを壊した時にはさすがに振り下ろしたけどね。」
あんこはうなずいた。
「そうだったね。あたしも街中で裸になって空を飛んでた時にはゲンコツが飛んできたよ。あれは痛かったなー!」
あんこは当時の痛みを思い出してしまって頭をさすっていた。ネネとヤミナは冷汗をかいた。
「...そう。そんなに痛いの...。姉御さんには何があっても逆らわない方が賢明そうね。」
ネネはそう言って姿勢を正した。ヤミナは小さい声で言った。
「う、ウチも、失礼のないようにしよ。」
そしてあんこたちはその後も雑談を話し合いながら眠りについた。