はじめての幻獣
レイジたちは車に乗って数分で幻獣を目視した。その幻獣は巨大な怪獣だった。
真っ黒の鱗を全身に纏わせ、四足歩行で移動していた。大きく丸い目が二つあり、アゴはしゃくれていて、マヌケな顔をしていた。
背中には背骨を沿うように細く長いトゲが何本も生えていた。尻尾は短く太く、その先には三又のトゲがあった。
その動きは遅く、先に戦っていた兵士たちを誰一人捕食できていないほどだった。
その姿を見てあんこはドキッとした。
「あっ!なんか可愛い!」
あんこは腰をふりふりしながら窓から幻獣を見ていた。姉御はあんこを落ち着かせようとして、無理矢理席に座らせた。あんこは頬をぷくーっと膨らませて不満な表情を浮かべた。
「あれが、幻獣......?」
レイジは初めて見る幻獣の姿に興味津々だった。姉御は頷いた。
「ああ。あれが幻獣だよ。おそらくこの幻獣は強化型の能力だろうね。あの黒い鱗は並の武器じゃ歯が立たないだろうね。」
姉御は眉間にシワを寄せて言った。レイジも眉間にシワを寄せた。
「強化型?幻獣って色々種類があるのか?」
「ああ!レイジとあんこは初めて幻獣を見るんだったね。幻獣には必ず特殊な能力が一つだけあるんだ。大体四つの種類があって、強化型、自然型、精神型、そしてその他だね。レイジの火の幻獣は自然型、自然の力を自身に宿す能力だね。それで、ゴゴのくっつき虫はその他だね。強化でも自然でも精神でもないものは全部その他に入るね。」
「おいおい!俺の最強の能力の説明があまりにも酷くないか?」
ゴゴは不満な顔をして姉御に文句を言った。姉御は無視して話を続けた。
「あの怪獣の特徴的なのはその大きさと鱗の硬さだね。すごくわかりやすい強化型だね。」
「でも、もしかしたら精神型で、俺たちに幻を見せているかもしれないってのは無いのか?」
「確かにその可能性も考えられるけど、あの怪獣が歩いた場所には足跡がくっきりと残っているだろう?もしも精神型ならばその幻覚を生み出せる距離には限界があるんだ。だがあの足跡はおよそ1キロメートルもあると見える。1キロも広大な範囲に幻覚を見せる精神型はまず居ないね。そもそも精神型の多くは相手に触れるか、自身の設置した結界の中に入ったりしないと、幻覚は見せられないものなんだよ。」
「なるほど。そういう所で判断するのか。理解した!」
レイジは自身の疑問が解けてスッキリした顔をした。そして車は止まり、レイジ達は車を降りた。降りた先には他の勇者達が集まっていた。
「他の兵士は邪魔になる。さっさと引かせろ!」
ドナルドは相変わらずイライラしていた。それをブレイブが「まあまあ。」となだめていた。そして、レイジたちの姿にユダが気付いた。
「おお!レイジ殿!と、その御一行。よく来てくださいました。今ドナルド殿が一人であの幻獣と対峙すると仰っていて、どうにも手がつけられない状況なのです。」
ユダは相変わらずニヤニヤしながら言った。レイジはちらっとドナルドの方を見てすぐに理解した。
「それは、大変だなぁ。しかしドナルドは本当にあの幻獣と一対一で戦って勝てると言ってるのか?」
「えぇ、なんでもドナルド殿には最強の勇者の力があるから大丈夫だと仰るのです。どう考えても我々勇者五人で戦った方が勝てると思うのですが......」
「そんな事はどうでもいい!!!」
突然、ゴゴは叫び出しユダの手を握った。
「ユダ!!!俺と勝負しろぉ!!!お前と戦いたくてうずうずしまくりなんだよぉ!!」
ゴゴは唾をユダの顔に吐きかけながら力強く言った。ユダは嫌悪の表情を顔に浮かべた。
「......誰ですか?あなた。人の顔に唾を吐きかけながら握手するなんて、気持ち悪いですよ。」
「お前が勝負すると言うまで俺は何時間でもつばを吐きかけるぞ!俺と勝負しろぉ!!!」
「ちょっとゴゴ!そんな事は後でいいからまずは幻獣を一緒に片付けるよ!」
姉御はゴゴの肩に手を置いた。ゴゴは姉御の方を向き、少し考えた後ゴゴはため息をつき、ユダの手を離した。
「......わかったよ。じゃあ幻獣倒した後に必ず戦ってもらうからな!わかったか!?」
ゴゴはユダの返事も待たずに幻獣へと走り出した。姉御はユダに一礼してゴゴを追いかけた。それに続いてレイジとあんこも走り出した。ユダはあっけに取られて少しの間その場で固まっていた。
「まだ、返事してないのですが......?」
ユダはただただその場に突っ立っていた。
ゴゴを追いかけて幻獣の近くまでレイジは来た。すぐ近くでは兵士が退却を始めている。そこへ自信満々にドナルドが現れた。
「いいかぁ?誰も手出しするなよ。俺一人でケリつけるからな。」
ドナルドはニコニコしながら幻獣の前へと立った。幻獣はドナルドの姿に気がつくと、その口を大きく開け、ドナルドを飲み込もうとした。ドナルドは高く飛び上がり、その攻撃をかわした。
「ははっ、なんだよ。知能も低いし攻撃は遅えし、図体だけが取り柄かぁ?」
ドナルドは余裕の軽口を叩きながら幻獣の脳天目掛けてキックを放った。そのキックは幻獣の脳天へと命中した。
「グゴォォォォォォォン!!」
幻獣はキックの痛みに、重く響く叫び声を上げた。ドナルドはその声を聞いてますます口角が上がった。
「痛そうだなぁ!そりゃそうだろう!この俺様の蹴りだからなぁ!」
ドナルドは間髪入れずにもう一度脳天へとキックを打ち込んだ。幻獣は首を振り上げて、ドナルドを遠くへと飛ばした。飛ばされたドナルドは空中で体制を整えて、綺麗に着地した。
「へへっ、余裕だなぁ!幻獣も大した事ないなぁ!」
ドナルドは自信満々に言った。すると幻獣はドナルドを睨みつけた。
「お?なんだぁ?その目は。怒ってんのか?ハハハハッ!ちっとも怖くねぇぞ!」
ドナルドは幻獣を馬鹿にしながら笑った。その瞬間、幻獣は大きく口を開けたかと思うと、勢いよくその長い舌を突き出した。それはまさにカエルが虫を捕食する時と同じ光景だった。ドナルドは驚き、全力で左へと飛んだ。舌は間一髪のところでドナルドに当たらなかった。
「っ!?あっぶねぇ!?」
ドナルドは額に冷や汗を流した。さっきまでの威勢は無くなり、緊張がドナルドの中に走った。それはレイジも同じだった。レイジも幻獣は大したことが無いのだと高をくくっていたからである。
「これが......幻獣......?」
レイジはその光景に固唾を飲んだ。そして恐怖を感じた。今戦っているのは話し合いなど通用しない、ただの恐ろしい生き物だと言う現実に。そんなレイジを見て姉御はレイジの肩に手を置いた。
「ああ、そうだよ。これが幻獣なんだよ。魔族以上の力を持つ恐ろしい生き物さ。ただ幸いなのはほとんどの個体は知能が低いことだね。ああやって人間を捕食対象だと思って食べようとする。それだけの存在だよ。......ほとんどはね。」
レイジは姉御の最後のセリフに違和感を感じた。
「ほとんどはって事は、幻獣の中にはそうじゃない奴もいるって事なのか?」
「ああ、いる。私はまだ一体しか遭遇した事ないけど、人間を食べるために襲うんじゃない奴がいたよ。」
「えっ?それってどんな奴?」
レイジは興味が目の前の幻獣から自身の疑問へと変わった。姉御はそれに気付き、レイジの首を幻獣へと向けさせた。
「それは後で教える!今は目の前の幻獣に集中しな!でないと死ぬよ!」
姉御の言葉にハッとさせられたレイジは、ジッと幻獣を観察した。状況はさっきから動いておらず、ドナルドと幻獣が睨み合っていた。
「ねぇ!助けに行こうよ!」
あんこはレイジと姉御に言った。あんこも普段のほわほわした顔つきではなく、真剣な表情だった。
「まぁ、助けに行きたいけど、それよりもあのドナルドの強さを見てみたいな。」
レイジはそう答えた。するとあんこはムスッとしてレイジの隣まで飛んできた。
「ドナルドって人がどれだけ強いか分かんないけど、いくらなんでも一人であの怪獣みたいなやつを倒そうなんて無茶だよ!みんなで戦えば勝てるかもしれないじゃん。何より!わたしは!助けに行きたいの!」
あんこはそう言うと、姉御の静止を振り切って、レイジ達を置いて幻獣の元へと飛んでいった。
「あぁ!もう!あの子ったら!」
姉御はすぐにあんこの跡を追った。
「レイジ!あんたはそこで観察してな!その方があんたは勉強になるだろうさ!」
姉御はそう言うと全速力で走っていった。レイジは姉御の言葉通りにその場を動かずに見ていた。
『まぁ、あんこには姉御が付いてれば大丈夫だろう。姉御はダントツで強いからな。』
レイジは心の中でそう思い、動かなかった。
「ああああああああああああああ!!!!!」
突然レイジの後ろで絶叫が聞こえ、レイジは振り返った。そこにはゴゴがいた。
「お、おいゴゴ!いきなりどうした?」
レイジはゴゴの奇行に心配した。ゴゴは薬物依存症の人が薬物を求めるかのようなぐちゃぐちゃな表情をしていた。
「戦いたいぃぃぃぃぃぃ!!!も、もう抑えられないッッッ!!!」
ゴゴは全身の筋肉が闘争を求めて暴れていた。なんとか理性で抑えていたようだが、それも限界に達したようだった、
「おいゴゴ!あの幻獣を倒したら戦えるって言っただろう?まぁ、一方的に約束しただけだけどな。とにかく!そんなに戦いたいなら幻獣と戦えばいいだろう?」
レイジは至極真っ当な意見をゴゴにぶつけた。その質問にゴゴはニヤリと笑った。
「あんな雑魚相手なんて、肩慣らしにもならねぇよ。」
「え?あの幻獣が、雑魚だって?」
「ああ、あの幻獣はおそらく一番弱い部類に入るな。つまり下っ端って事。」
「下っ端?幻獣って階級があるのか?」
「ああ、ある。って言っても、俺が勝手にランク付けてるだけだけどな。俺が今まで戦ってきた幻獣の中であいつは一番下のランクだな。レイジが一人で戦っても余裕の勝利を収められるだろうな。俺は苦戦しそうだけど、勝つのは当たり前ってところかな?」
「俺が一人で勝てるだって?無理だろ。俺は一度も幻獣と戦ったことなんて無いんだぞ。勝てねぇだろ?」
「いいや、勝てるさ。だってレイジは俺よりもずっと強えんだからな。」
「まぁ、戦闘のセンスだけは姉御にも強いって言われたけど。」
「そうなんだよ!筋力では俺の圧勝だけどな、レイジには類い稀な戦闘のセンスがあるんだよ!お遊びチャンバラやっただけでわかったぜ。」
「だが、それが幻獣との戦いでなんの役に立つって言うんだ?相手が人ならまだしも怪獣相手じゃ意味ないだろ?」
「どんな奴が敵だろうと、レイジの戦闘センスは通用するさ。なんつーか、読み合いが強いんだよ!レイジは!」
「読み合いが強い?」
「そう!相手が次にどんな事をしてくるのか、それを予想して、相手のされて嫌な事をすぐに見つけ出せる!そして自分のされて嫌な事はされないようにうまく立ち回ってんだよ!だから強えんだよ。この幻獣退治でもそうだ。あの幻獣がされて嫌なことがもう分かってんじゃないのか?」
「まぁ、まずはあの長い舌を切るのが最優先かなって思うよ。だって舌さえ切ればあいつには早い攻撃が無くなるだろ?そうすれば安全に戦えるかなって思う。」
「そう!そういうところなんだよ!レイジの強さってのはさ!だから俺はレイジが一人でもあの幻獣を討伐できるって自信もって言えるんだよ!レイジは強いんだからよ、もっと自分に自信持てよ!なっ?」
ゴゴはとても嬉しそうにレイジの背中を叩いた。レイジは自信なさそうに笑った。
「よし!じゃあ俺はユダと戦ってくるから、幻獣の方はよろしくな!」
「ん?いやいやいや!そうじゃねぇだろ!ここは二人で協力して幻獣を倒すのが先なんじゃないのかよ!」
「そうしたいのはわかるんだが、俺の本能は、もう、お、お、抑え切れないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ゴゴは発狂しながらユダの方へと走り出した。
「おい!ゴゴ!!!おい待てよ!!!」
レイジは大声でゴゴを止めようとした。しかしゴゴは止まる事なくユダの顔を目掛けて右手を振り抜いた。ユダは動じる事なく大剣で防いだ。
「......なんの真似か?筋肉君。」
「ユダァァァァァァァァ!!!俺と勝負しろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」