マフィアタウンの戦争⑦
ユダは立ち上がった二人を見てため息をついた。
「まーだ立ちふさがるのですか...ですが、どうやらその抵抗もこれまでの様ですねぇ。後ろをご覧ください。」
ユダはレイジの背中の方に目をやった。レイジとあんこは警戒しながら後ろを振り向いた。すると、ルドラータファミリーのマフィアたちは全員ニッコリーニファミリーとマルテーゼファミリーのマフィアたちにやられて地べたに這いつくばっていた。そして姉御とネネと昆布も地面に膝をついていた。
「姉御!!」
「姉御ちゃん!!みんな!!」
レイジとあんこはそう叫んで気を取られていた。その隙にユダは風のような速さで2人に近づき、2人の腹にひじで攻撃した。2人は「ウッ!」っと声を漏らして床に倒れこんだ。
「どうやら、もう決着の様ですねぇ。あの納豆丸という男。とてつもない強さをお持ちの様だ。彼が敵でなくて心底よかったと思いますよ。それに、レイジ殿のガッツも見られましたし、今回の戦いはわたくしにとって有意義な時間となりましたねぇ。」
ユダは倒れこんだレイジとあんこの傍らに立って言った。レイジとあんこは2人とも身動きが取れない状態になった。そして姉御とネネと昆布たちは話し合っていた。
「姉御ぉ!あの納豆丸ってやつ、強すぎるでござるよぉ!!勝てる気がしないでござるぅ!ここはファーザーたちを連れて逃げた方がいいんじゃないでござるかぁ?」
昆布は弱気な発言をした。姉御は少し考えてから口を開いた。
「たしかに、今の状況じゃ、やられるのは時間の問題だね。ユダの方もレイジたちがやられたみたいだし、まだあたしらの余力があるうちにレイジたちを救出して逃げるのが得策かもね...」
「そうでござるよねぇ!じゃあ早速、兄貴たちを助けに行くでござるよ!」
昆布はそう言って立ち上がり、レイジたちの方へと歩き出そうとした。しかしそれを姉御が止めた。
「いや、ダメだ。」
「ダメって、何がでござるか?」
「ユダを倒してレイジたちを解放できる気がしない。それに、もしあたしらの誰か一人でも妙な行動をすれば、あの納豆丸が黙って見過ごすとは思えないからね。」
姉御の言葉にネネは賛成した。
「私も姉御さんの意見に同感。納豆丸はとてつもなく強い。あの速さは何回見ても目で追い切れない。そんな奴を無視してあんこたちの救出には行けそうにもない。今はただ、チャンスをうかがうしかないと思う。」
「チャンスをうかがうだって!?これから状況はどんどん悪くなる予感しかないでござるよ!今すぐに行動した方がいいと、拙者は思うでござるよ!」
昆布は焦っていた。尊敬するレイジが危険な目にあっているのに、手をこまねいているだけの状況が耐えられなかった。しかし、レイジたちを思う気持ちは姉御もネネも同じだった。
「わかってるよ。昆布。あたしらも気持ちは同じさ。誰一人殺させはしないさ。いざとなったら、あたしが命をかけて...」
そう言いかけたときに、状況は動き出した。ただ見ていただけのマルテーゼファミリーのボスは、ルドラータファミリーのファーザーたちに近づいた。
「なあ、ジェラルド。おとなしく投降する気にはならんか?お前さんはとてつもなく強い。それでも、雇った二人はそれ以上に強い。そうだろう?」
マルテーゼのボスであるバルトロは、ルドラータのファーザーであるジェラルドに言った。ジェラルドもそれは痛感していた。
『確かに、あの二人はわたしよりも強い。このジェラルドがフィジカルで負けるとは、夢にも思わなかった。ここは、おとなしく投降してしまった方がいいのかもしれない。だが!この闘いで死んでいったわたしの部下たちの無念を誰が晴らす!?ドナルドとアルバーニとフォルキットに未来を託し、わたしはこの闘いを終わらせる!!それが、今わたしがやるべき責任だ!!!』
ファーザーは覚悟を決めてドナルドたちに言った。
「ドナルド、アルバーニ、フォルキット。よく聞け。」
名前を呼ばれた3人はニッコリーニのマフィアたちと闘いながら聞いた。
「なんですか?ファーザー?」
ドナルドは言った。ファーザーは深く息を吸ってから話し始めた。
「レイジたちを助けて、ここから逃げろ。」
予想外の言葉にドナルド達は耳を疑った。そしてドナルドは心の中で思った。
『あのファーザーが撤退命令!?そんなこと、初めてだぞ!?...やはり、ファーザーでもこの状況は打破できないとわかってしまったのか...』
ドナルドはそう思った。それはアルバーニもフォルキットも同じだった。そして3人の返事も待たずにファーザーは話を続けた。
「わたしは、あの2人をなんとか抑える。だからお前たちは生きろ!」
ファーザーの言葉にドナルド達は反対した。
「それなら、俺たちがファーザーの盾になります!ファーザーが逃げてください!この中で一番生き残って欲しいのはファーザーなんですから!」
ドナルドはそう言った。それにアルバーニもフォルキットも賛成した。しかし、ファーザーは叫んだ。
「わたしは!死に場所をここにする!!!お前たちが私にとっての最後の希望なのだ!死んでいったほかの部下たちの為にも、わたしはここで一矢報いる!そして、お前たちは自由に生きるのだ!それが、私の願いであり、ルドラータファミリーのボスを務めた私の責任なのだ!!!」
「ファーザー!!それなら俺たちもここを死に場所に...」
ドナルドはそう言いかけたがファーザーは声を荒げて怒った。
「バカ野郎!お前には、まだ大切な任務が残っているじゃないか。」
「大切な任務?」
「勇者の力だ。お前は選ばれた。勇者としてな。その任務を果たせ。魔王を倒してこい!お前には、新しい仲間がいるじゃないか。」
ファーザーはそう言ってレイジとネネを見た。ドナルドも見て、そしてうつむいた。
「でも、俺に命はファーザーの為に使うって、ファーザーに拾われたときに誓ったんだ。それなのに、おれは何一つ恩義を返せないままなんて、嫌だ!!」
ドナルドは子供のように駄々をこね始めた。そんな姿のドナルドを見るのはずいぶんと久しぶりだったため、ファーザーはフフッと笑った。
「懐かしいな。お前が駄々をこねるのは...。お前は、恩義を返せないといったな。ならば、生きるのだ!お前が生きて、闘って、お前の人生を歩み始めたとき、わたしは安らかに眠りにつくことができる。それが、わたしに対する最大限の贈り物になるのだ。アルバーニ!!フォルキット!!」
2人は名前を呼ばれて勢い良く返事をした。
「「はい!!」」
「お前たちはドナルドの援護をしてやってくれ。お前たち3人はわたしにとって、特別な存在だ。お前たち3人が力を合わせれば、この先の人生も必ず突破できるはずだ。頼んだぞ。」
ファーザーの言葉にアルバーニは涙を流しながらうなずいた。フォルキットは笑顔のままうなずいた。
「ファーザー!最後の命令!心に刻みます!!」
「そうですね。ファーザーの命令なら、仕方ないですね。」
アルバーニは感情的に、フォルキットは飄々とした態度だったが、その目はうっすらと開いており、真剣な眼差しだった。そしてドナルドは最後までファーザーの言葉に頷かなかった。ファーザーに死んでほしくなかったため、反抗的な態度をしてしまった。それはまるで子供の様だった。ファーザーはドナルドの頭をなでて言った。
「ドナルド。すまんな。お前がわたしを尊敬し、自分の人生をささげてくれていたのは知っている。だが、私の願いは、おまえがわたしに囚われることなく自由に生きていくことなのだ。お前にはお前の人生がある。好きなように生きろ。」
ファーザーはそう言ってバルトロをにらんだ。バルトロはニヤリと笑った。
「ようやく決断したか?ジェラルド。それに、ようやく小心者が登場したようだぞ?」
バルトロはジェラルドの後ろに目を向けた。そこには何人もの護衛を引き連れながらオドオドと登場した長身の男がいた。
「おいおい。まさかニッコリーニファミリーのボスさんが登場するとは。珍しい事もあるもんだな。」
ジェラルドは皮肉のような言い方で言った。長身の男はジェラルドの方をチラチラと見ながら目を合わせるのを避けていた。
「や、やあ。ジェラルド。久しぶり...だね。」
長身の男は縮こまって弱気に手を挙げて言った。バルトロはムスッとした表情で言った。
「遅いぞ!フェターニ!お前が来ないまま決着をつけちまおうかと思ったぜ?」
「ごごごごごご、ごめんよ?バルトロ?でででも、間に合ってよかったよ?」
フェターニはどもりながら言った。そしてドナルドはファーザーに聞いた。
「あれが、ニッコリーニファミリーのボスのフェターニ?気弱そうで、とてもボスの器には見えないが...」
「ああ。もともとあいつは俺とバルトロの下っ端みたいな存在だった。それが金儲けが得意だったためにボスの座にまで上り詰めた男だ。小心者で戦闘が苦手、生き残るためなら喜んで尻尾を振るプライドのない奴。それでも、金だけはあるからな。金のためにマフィアに入る奴らにはニッコリーニは最高のファミリーさ。」
ジェラルドはフェターニをボロクソに言った。ドナルドも同じ事を感じた。そしてバルトロはフェターニが来たことで話を始めた。
「じゃあ、役者もそろったことだし、そろそろメインディッシュに行こうか?なあ、ジェラルド。」
「...そうだな。だが、その前に教えろ。なぜニッコリーニと手を組んでルドラータを壊滅させた?その目的はなんだ?」
「目的?それは、まあ、教えてやってもいいか。単純な話。お前らが強すぎたんだよ。」
「強すぎた?どういう意味だ?」
「そのまんまさ。お前たちルドラータファミリーは兵隊の強さも、その団結力も、スラムタウンからの信頼も、すべてが俺たちを上回っていた。だからおれたちはいつルドラータに滅ぼされるかビクビク怯えていたって事。だからやられる前にやろうってことで手を組んだのさ。」
バルトロの話を聞いてジェラルドは怒った。
「俺がお前たちを滅ぼすだと?そんなことしねーって、いっつも言ってるじゃねーか!」
「言ってるだけじゃ意味無いんだよ。それならそれなりの行動をしてもらわないと。」
「行動って、お前らが要求してきたあのバカげた話か?」
「そうその通り!君たちの育てた兵隊を俺たちに売って欲しいって話だよ!それを君は拒否した。だから俺たちはますます不安になったんだ!」
「あんな馬鹿げた話に乗るわけねーだろ!うちのマフィアたちを金で買うなんて話、俺の道理が許さねえ!俺のもとについてくる可愛い息子たちは皆、俺を尊敬している!それなのに、お前らのような兵士たちを消耗品のように扱う奴らに渡せるわけねーだろ!」
ジェラルドのまっすぐな言葉にバルトロはため息をついた。
「そう。昔からそうだ。お前は。いっつもまっすぐで自分の道は自分で決める。その強さがある男だ。だから俺はお前のことが大好きで大っ嫌いなんだよ。」
バルトロは持っていた葉巻を握りつぶした。そして感情的に話し始めた。
「お前は!俺のあこがれそのものだ!そんな奴が、どんどんと成長していく!置いて行かれる俺の虚しさがお前に分かるか!?俺の理想の姿が成長して、俺自身は止まっている!そんな自分に劣等感を抱かずにいられるか!?分かるか!?お前の存在そのものが、俺にとっての侮辱なんだよおおおおおおおお!!!」
バルトロは心の内をさらけ出した。初めて聞いたバルトロの本音にジェラルドは悲しそうに聞いていた。そしてバルトロは頭を振って息を吐いた。そして冷静さを取り戻した。
「だから、俺はお前をなんとしても超える。どんな汚い手段を使ってもな。そのために、俺は生きてきたんだ。」
そう言ってバルトロは納豆丸とユダに指示した。
「傭兵たち。奴らを全員殺せ。」
そう言われて納豆丸はとてつもない速さでファーザーに近づき、持っていた小刀で襲い掛かった。ユダはゆったりと近づいて行った。
「ぐうぅ!!?」
ファーザーは納豆丸の小刀に胸を斬られて出血した。幸い、傷は浅かったので致命傷にはならなかった。
「ファーザー!!」
ドナルド達はファーザーに駆け寄ろうとした。しかしファーザーはそれを止めて言った。
「いいか!ドナルド!アルバーニ!フォルキット!お前たちの未来は、わたしが必ず切り開く!だから振り返らずに走り抜けろ!!レイジたちを連れて逃げるんだああああ!!!」
ファーザーはそう言って納豆丸の腕をつかんで納豆丸の動きを封じた。アルバーニとフォルキットは奥歯をかみしめながらファーザーの命令に従った。ドナルドはファーザーから離れようとはしなかったが、アルバーニとフォルキットに引きずられていった。
「いやだ!!!ファーザー!!!ファーザーーーーーーーーーー!!!!」
ドナルドの悲痛な叫びはむなしく響くだけであった。