勇者召集
姉御の苦労が今まで以上に重くのしかかった一週間だった。知識欲のレイジと気まぐれなあんこと戦闘狂のゴゴをまとめるのは容易なことではなかった。しかし、姉御はそれらをうまくまとめて順調に進み、ついにサンシティの目の前までたどり着いたのである。
「うぉぉぉーーー!!サンシティだぁぁ!待ってろよ勇者ぁ!必ず勝負を挑んでやるぜ!」
ゴゴは誰よりも早くサンシティの門まで走っていった。姉御はどんよりと疲れた顔をして、とぼとぼと歩いている。
「はぁぁ、ゴゴのやつ、一週間全部夜の見張りをしてて、一睡もしてないはずなのになんであんなに元気に走り回ってるのよ。どこにそんなエネルギーがあるのよ。」
姉御はぐちぐちと独り言を口にしながらサンシティの門まで歩いた。サンシティも他の都市と同じく球体状のシールドを街の中心に展開して、門だけ別のシールドを利用して開閉している。四人が門の前にたどり着いた時、門番が話しかけてきた。
「通行許可証か、サンシティの住民登録証を提出してください。」
門番はコンビニの店員のように慣れた口ぶりで要求してきた。
「あー、どっちも持ってないですね。でも、こいつが証明になればいいんですけど。」
レイジは腰に携えている刀を手に取り、地面に突き刺した。門番は最初は構えたものの、その刀をじっくりと見始めた。そして持っていた機械を取り出してその刀に近づけて、それが勇者の持っていた刀と同じであることに気づき、少し驚いた。
「おお、間違いなく勇者の刀ですね。」
レイジは門番があまりにも冷静なことを疑問に思った。
「あれ?もう少し驚くかと思ったんだけど...」
「ああ、いえ、ここ数日は自称勇者がサンシティに入り込もうと偽物の刀や剣などを持ってくることが多々ありまして、本物の勇者の装備に巡り会えたのはこれで五回目でしてね。」
「ん?本物の勇者の装備に巡り会えたのは五回目だって?どゆことなの?」
レイジは門番が何を言っているのかわからなかった。
「えーとですね、これまでの勇者の装備は剣と、大剣と、マントと、靴と、あとその刀ですね。全部本物でした。ID認証もバッチリでした。」
門番は門のシールドの電源をオフにして四人をサンシティへと通した。レイジはあごに手を当てて難しい顔をしながら門の中へと入っていった。
「勇者の装備を持つものが俺以外に四人いるってことか?...ただの運がいい一般人なのか?それともやっぱり俺は勇者じゃなくて刀自体に勇者の記憶が埋められていたとかなのか?」
レイジは自身の頭の中に意識を集中して、その場に突っ立っていた。
「おいレイジ!考えるのは後だ。まずは本物の勇者を探そうぜ!その四人の中に本物がいるかもしれねぇんだろ?だったら四人全員に会いに行こうぜ!」
ゴゴはレイジの背中をバシッと叩いて中央にある城を指さした。
「まずはこの都市の王様に会いに行こうぜ!そこで話を聞いて、四人の居場所を聞こうぜ!」
ゴゴはレイジの返事も待たずに腕を引っ張って行った。ところが、レイジは急に足を止めて目の前の人混みの中を睨んだ。
「おいレイジ、どうしたんだ?」
ゴゴはレイジの異変に首を傾げた。
「なんか、明らかに違う存在がいる。」
レイジは目を凝らして人混みの中を見た。自身に入ってくる様々な情報を遮断して集中した。世界の全てがゆっくりと動いている。そしてレイジは違和感の正体に気づいた。それはとても背の高い酷く猫背な男だった。
「あいつ、何者だ?明らかに他とは違う。なんか、明らかに俺とは違うんだけど、似ている気がする」
レイジはその男を顔をよく見た。黒と白の髪の毛はとても長く、背中まで覆っている。前髪は左側に寄せていて、右目だけが見える形になっている。そして右のサイドはバリカンで刈っていて、とてもスッキリしていた。
レイジがまじまじと見つめている時、彼はこちらと目を合わせてきた。大きく広げられたその目は見るためについているのではなく、威圧するためについているようだった。
レイジはしばらくの間彼と睨み合っていた。先程よりも世界がゆっくりと流れていく。ゴゴの全身から冷や汗が噴き出る。ゆえにゴゴがレイジに呼ばれている事に気づくのに時間がかかった。
「おいレイジ!」
その声にレイジはハッと、いつもの世界に引き戻された。
「何見てたんだよレイジ、そんなに汗噴き出して。」
「ああ、あそこに変な奴がさ...」
レイジは彼がいた場所に指を指した。すると三人は驚いた顔をして少し構えた。
「ケッケッケ、そんなに構えなくても大丈夫ですよ。危害を加えるような事はいたしません。ただちょっと、そこの赤い髪の人に見つめられたので、挨拶に来ただけですよ。」
その男は一瞬にしてレイジたちの目の前まで現れた。そして、言葉の一つ一つを理解させるためにゆっくり、そしてはっきりとレイジたちに言った。レイジは背筋に悪寒が走り、飛ぶように距離を取った。
「あんた、普通じゃないよな。何者だ?」
レイジは刀に手をおいて質問した。男はニィィっと口角を上げた。
「私の名前はユダ。ただのユダ。姓は無い。」
ユダと名乗った男は目玉をギョッと剥き出し、頭を動かさずに目玉だけをギョロギョロと動かした。そしてレイジに釘付けになった。
「おお。おおお!おおおお!!ま、まさか!あなたは!勇者なのではありませんか!?いや、そうに違いない!あなたから感じるその魂!まさに勇者のものだ!おおおおおお!嬉しい!とても嬉しい!!ケケケケケッ!自分でもなぜここまで嬉しいのかわからないが、とにかく嬉しい!」
男はバグったかのように不規則に体を動かし、目から涙を、口からよだれを垂れ流しながら喜んだ。レイジたちはドン引きして、その様子を見てることしか出来なかった。
「な、なんなんだ?こいつ?」
レイジは今までで一度も出会ったことのないタイプの人間を目の当たりにして、いつもの冷静さが保てなくなっていた。ユダは散々笑うだけ笑った後、射精後の賢者タイムのような落ち着き方を見せて、「ふぅ」と一言発した。
「いやいや、申し訳ない。あまりにも嬉しすぎてつい感情を抑えられませんでした。」
ユダは深々と頭を下げて謝罪した。レイジは全く警戒を解く気がなく、むしろ感情の落差に、不気味さを感じるだけであった。
「あ、ああ、それで、えーっと、ユダ?君はどうして俺を見てそんなに嬉しそうにしていたんだ?」
レイジは得体の知れない生物を刺激しないように恐る恐る訪ねた。ユダは顔だけを上げて口角を極限まで上げた。
「ええ、それはですね、赤髪のあなたが、勇者であることを感じ取ったからです!私は三日前にこのサンシティに着いていました。私はここの王様に会いました。すると王様は『勇者の装備を扱える者はお前で二人目だ。』と申されたのです。私はその人にすぐに会わせてくださいと頼みました。ですが『その者はサンシティにいるはずだが、どこへ居るのかはわからない』と言われ、この三日間ずっと探していました。そこへついにあなたが現れたのです!私が探していた勇者様が!」
話し終えるとユダはレイジの手を握り、屈託のない笑顔を浮かべた。しかしレイジにはその笑顔がイカれた科学者が浮かべる様な狂気的な笑顔に見えた。
「ちょちょちょっと待て!あー、なんだ、まず、ちょっと離れてくれないか?」
レイジはユダに落ち着く様にジェスチャーして言った。
「おっと、これはこれは、失礼しました。」
ユダは握った手を離して少し距離を取った。
「ああ、ありがとう。それで、えーっと、色々聞きたいんだけど、まず、俺は今日初めてサンシティに来たんだ。だからユダくんの探している人とは多分違うんだと思う。」
ユダは浮かべていた笑顔をすっと消して真顔でレイジの話を聞いた。
「それに、門番の話によると、勇者の装備を持って入ってきた人は俺で五人目らしい。」
レイジが話し終えるとユダは真顔で目線を左右へ移動させながら考えていた。
「えーっと、つまり、勇者候補が私たち含めて五人いらっしゃるということですかな?」
ユダはレイジの話で導き出した答えをレイジに問いかけた。
「そういう事になるのかな。」
「なるほどなるほど......五人か。それは、多いなぁ。」
ユダはふむふむと頷いた。
「でも、十七年前の勇者って一人だったはずだろ?なんで五人に増えたんだ?」
レイジはユダに問いかけた。
「うーむ、考えられる可能性は......門番が勇者の装備を見間違えたか、もしくは......」
「まあまあ!それはさ、王様にあって勇者を全員召集かければすぐにわかる事じゃねぇか?だからさっさと王様のところに行こうぜ!な?」
ゴゴはレイジの腕を引っ張って王様のいる中央の城へと向かった。
「ユダも、それでいいよな?」
ゴゴは振り返ってユダに聞いた。
「ええ、それが一番手っ取り早いですね。では、行きましょうか。」
ユダは四人の後ろからついて行った。姉御はユダに聞かれない様に小さい声でレイジに耳打ちした。
「レイジ、気をつけな。あたしの経験からいって、あのユダってやつ、あんまり信用できないよ。」
「私もそれ思ってた!ユダくんは悪い人じゃないけど怖い人だよ!」
姉御とあんこはレイジにユダの危険性を示唆した。
「ああ、そうだな。俺も背中を預けられないと思う。ゴゴはどう思う?」
「ん?俺か?前も言ったけど俺は人の感情が理解できないタイプだからなぁ。いい人か悪い人かは分からないな。けどよ、強いか弱いかで言ったら間違いなく強いぜ。見てみろよあの背負ってるぶっとい剣。あんなもの振り回せるのは間違いなくいい筋肉してる。」
レイジたちは振り向いてユダの背中を見た。背中には太く長い片刃の剣が背負われていた。その色は黒だが、神のへそくりと同じ模様が描かれていた。ゴゴは全員がその剣を確認した後に話を続けた。
「それに、ここまで一人で旅をしているようだった。この世界を一人旅なんて俺ぐらいの自信家じゃなきゃやらねえ事だ。つまり、やつは心も体も一流のファイターって事だ。弱いわけがねえのさ。」
ゴゴはそう言いながら体をウズウズさせていた。
「ああ〜、あいつが勇者だったらいいなぁ〜。そしたら遠慮なく戦えるじゃねえか。ああ〜戦いてぇ〜。」
ゴゴはニヤニヤと笑い出した。その様子に他の三人は呆れていた。
「全く、世界が魔王によって不安になってるっていうのに、あんたは呑気なものねぇ。」
姉御はやれやれと首を振った。