昆布vsチューヤ
昆布は、逃げ回っていた。
「ひえーーーー!!!やめてええええええええ!!!」
情けない声を出しながら森の中を駆け回っていた。それを追いかけるのはネズミの魔族だった。
「もーう!なんて逃げ足ッチュか!?あいつホントに人間ッチュか!?」
ネズミの魔族は昆布の逃げ足の速さに人間であることを疑った。それほどまでに昆布の逃げ足は尋常じゃない速度だった。走った後の道には土煙が舞っており、昆布自身の脚も火が付くほどの勢いでカサカサと動いていた。
「ひぃぃ!ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?い、命だけはお助けーーーーーー!!!」
昆布は重たい鎧を身にまとっているにもかかわらず、魔族にも追いつけないほどのスピードで逃げ回っていた。昆布が走るたびに鎧がガシャンガシャンと音を立てていた。そして昆布は疲れて膝に手を置きながら息を切らした。
「はぁはぁはぁはぁ。こ、ここまで来れば、さすがに逃げ切ったでござるか?」
「はぁ、はぁ、よ、ようやく止まったか。全く、なんて逃げ足の速さッチュか!?」
昆布の後ろから息を切らしたネズミの魔族が現れた。昆布は「ひえーーーー!!」と叫び声をあげて再び逃げようとした。しかしネズミの魔族は昆布の鎧を掴んで持ち上げた。昆布は空中を一生懸命に走り回るバカな姿をさらした。
「おっと!逃げようだなんて、もう、許さないッチュよ!これ以上逃げられたら面倒くさいことこの上ないッチュからね!」
「ひえーーーー!!」
昆布は無駄だとわかっているが一生懸命に足をバタつかせて走ろうとした。しかしネズミの魔族はガッチリと昆布の鎧の背中部分を掴んで離さなかった。
「待て待て!まだ自己紹介すらしていないッチュよ!オイラの名はチューヤ!害鼠の兄弟のなかで一番の末っ子ッチュ!」
「ひえーーーー!!」
昆布は全く話を聞いておらず、ひたすら逃げることだけを考えていた。チューヤは頭を抱えてため息をついた。
「...お前、闘いに来たんじゃないッチュか?目が会うなりいきなり叫んで逃げ出して...って!いつまで足をバタバタさせてるッチュか!?」
チューヤは昆布が汗水たらしながらずーっと空中を走っていることにツッコんだ。昆布もツッコまれてすこし嬉しくなった。
「えっ!?思ったよりいい人そう!」
昆布はいきなり冷静になってブラーンと宙吊り状態になった。そのいきなりの変化にチューヤは驚いた。
「うわぁ!?いきなり冷静になるな!!?」
チューヤは昆布の感情の起伏を気味悪がって昆布を放り投げた。昆布は顔面から木に激突してズルズルと地面に落ちた。
「ああう。い、いたたたた!」
昆布は真っ赤になった顔面を手で押さえながら涙目で言った。チューヤはとっさに謝った。
「あ!ごめん。つい、投げちゃった...」
「ううう、ひどいでござるよー!責任取って負けてくれでござる!!」
「...それは、無理だなー。オイラも負けたくないッチュからね。」
「くそぅ!拙者の同情を誘って勝ちを拾うっていう完璧な作戦が破られるとは!!?チューヤ、タダもんじゃないでござるね!!?」
「いや、その作戦に引っかかる奴の方が珍しいと思うぞ...?」
チューヤは冷静にツッコんだ。昆布は本気で悔しそうにした。
「くっそーーーー!!!こうなったら最後の手段でござる!!!」
昆布はそう言って正座をした。そしてそのまま地面に頭をこすりつけて土下座をした。
「お願いします~~~~!どうか、どうか負けてください~~~!!」
昆布は涙と鼻水を垂れ流しながら額を地面にこすりつけて懇願した。そのあまりにも無様な姿にチューヤはドン引きした。
「な、なにをやってるッチュか...?なんか、気持ち悪いッチュよ?」
「ブハッハッハ~~~~ン!ま~け~て~く~だ~さ~い~よ~~~!!なんで負けてくれないの~~~~!!」
昆布のみじめな土下座はさらに加速し、涙と鼻水で地面に泥を作り、顔中泥まみれになりながらさらに情けなく土下座をした。チューヤは本当に不気味な生物を見るかのようにさげすんだ目で見た。
「...」
チューヤはついに絶句してしまった。昆布のあまりにも規格外のみじめさに言葉が全く出てこなかった。そしてそんなチューヤを見た昆布は今度はヘラヘラと笑いだした。
「へ、へへ!こ、こんな哀れな拙者に、じ、慈悲とかって、かけてくれたりは~?」
「...」
チューヤはまだ絶句したまんまだった。それでもめげずに昆布は泣いたりヘラヘラしたりした。
「だ、ダンナぁ!どうかお慈悲を!拙者の身ぐるみ剥いでもいいでござるからぁ。どうか命だけは!」
昆布はチューヤの脚にしがみついて懇願した。チューヤはゾッとした。そしてしがみついてきた昆布を引きはがして落ち着かせた。
「ま、まあ。そんなに死にたくないなら、別に無理に殺したりはしないッチュけど...」
「ほ!本当でございますかダンナぁ!!?ヒュー!!さっすがダンナぁ!やっぱダンナは器がちげーってか、強者特有の余裕がありますねぇ!!そういう所拙者は大好きでござるよぉ!!?」
昆布は何度も何度も頭を下げて、手をこまねいてチューヤのご機嫌取りをした。チューヤはその気味の悪い生物を払いのけるように言った。
「ああ、うん。まあ、とりあえず闘わないんだったら、もとの場所に戻ってもらって。そして、もし誰かほかに闘える人がいるんだったら呼んできてもらってもいい?」
「わっかりやした!!拙者が必ず!連れてきやすので!ダンナはここで待っていてくだせぇ!!」
昆布はそう言ってチューヤに背を向けてそそくさと来た道を戻っていった。そしてチューヤはため息をついた。
「...なんであいつここまで来たんだ?」
チューヤがそうつぶやいた瞬間、昆布が叫び出した。
「いまだぁーーーーーーー!!!」
昆布はそう言って右手に装着した武器を伸ばしてチューヤの首を狙った。チューヤは間一髪それを避けた。
「...なに!?」
チューヤは信じられないという顔で昆布を見た。昆布は今までの情けない顔とは打って変わって邪悪な怒りの表情をしていた。
「ちっ!!外したでござるか―。」
昆布はシュルシュルと武器をしまって肩を回したり首を回したりしてストレッチをしていた。
「な、なにをするッチュか!?お前!?」
チューヤがそう質問をすると昆布は不敵に笑いだした。
「フッフッフ。外したということは...拙者のとるべき行動は一つ!」
そう言って昆布はジャンピング土下座を披露した。
「すいませぇぇぇん!!出来心だったんです~~~~!!!」
再び情けないモードに入った昆布を、チューヤは流石に信用しなかった。
「ふ、ふざけんなッチュ!お前、もしかして、オイラを油断させるためだけに、あんな無様な演技をしていたッチュか!?」
その質問に昆布はフフッと照れたように笑った。
「...ああ。ばれた?」
昆布は恥ずかしそうに言った。そしてチューヤは呆れと恐れを同時に抱いた。
『こいつ、それだけの為にあんな無様な姿をオイラにさらしたッチュか?...なんてヤツッチュか!?一種の恐れを感じるッチュよ。たかがそれだけの為にあそこまでプライドを捨てられる人間がいたとは...!?』
チューヤがそう思っているときに昆布は無表情のまま顔に付いた泥を落とし、鎧をつけなおした。
「うーん。楽に勝てると思ってたでござるが、不意打ちを避けるとは...さすがに魔族は強いでござるねー。」
昆布は淡々と話した。さっきまでの様子との差にチューヤは一層恐れを抱いた。
「さ、さっきまでとは全く違う態度!お、オイラにはお前の底が見えないッチュよ!」
「それはー、褒めてるでござるか?なら嬉しいでござるねぇ!拙者は褒められることが滅多にないでござるから、素直に嬉しいでござるよ!」
昆布はへへへと笑った。
「褒めてないッチュ!」
「あれま!?じゃあ泣く!ウワッハッハァーーーーン!」
昆布は大声で泣き始めた。その情緒不安定な昆布にチューヤは訳が分からなくなり、理解することをあきらめた。
「...オイラには、お前のことが全く理解できないッチュよ。だけど、たった一つだけ分かった事があるッチュ。それは、お前を殺すことにためらいが無くなったって事ッチュ。不意打ちにだまし討ち。おまけに情緒不安定。おおよそまともな人間じゃないッチュね。だから、オイラが本気を出して殺せる人間だと思ったッチュよ。」
そう言ってチューヤは昆布に近づき鋭い爪で攻撃を仕掛けた。昆布は右手の武器でそれを防いだ。
「おいおいおい!攻撃を仕掛ける時は一言声をかけてくれないと、危ないでござるよ!」
「お前が言うなッチュ!!!」
チューヤは思わずツッコんだ。昆布はケラケラと笑った。