ネネvsチュナナ
ネネは森の中に描かれた道に沿って歩いていた。すると奥にはネズミの魔族が待ち受けていた。
「おお!来たッチュか!オラは待ちくたびれて疲れたッチュよ!」
ネズミの魔族は地面に寝っ転がっていたところを起き上がった。ネネは早速戦闘態勢に入った。
「あなたが、害鼠の兄弟?」
「おうよ!オラが害鼠の兄弟の、チュナナだッチュよ。」
チュナナは胸をドーンと叩いて自慢げに言った。ネネは全く心を乱すことなく冷静にチュナナを見た。
「初めに聞いておきたいんだけど、あなたが本物の魔族なの?」
「ん?そうだけど?...ってか、よく見たらおめー、人間じゃねーな!どっちかってーと、魔族の姿しとるなー!なんで?」
チュナナの質問にネネはウッと言葉に詰まった。
「...そんなこと、どうでもいいでしょ?これから死ぬ相手にわざわざ教える必要があるかしら?」
ネネの返しにチュナナは手を叩いて笑った。
「チュッチュッチュ!確かにその通りだな!じゃあ会話はここらへんでやめにして、さっそくバトルしますか!?」
チュナナはそう言ってネネに正面から突撃してきた。ネネはそれを軽々しくよけた。
「おおお!予想以上に素早いッチュなー!こりゃ、遠慮する必要なさそうだなー!」
チュナナは再度ネネに突撃を仕掛けた。先ほどよりも断然速い突撃だった。ネネはそれも横に避けた。
「こんなもの?あなたたち魔族はとても強いと聞いていたけど、大したこと無いのね。」
ネネはチュナナにそう言った。チュナナは笑った。
「まあ、今の攻撃はただのあいさつ!これから徐々にヒートアップしてくるから、楽しみに待っとってくれ!」
チュナナはまたネネに突撃をした。ネネはさすがに疑問に感じた。
『なんでこの魔族は突撃しかしないんだろう?もしかしてそれほど頭が良くないのかしら?...でも姉御さんは魔族が人間以上に強い存在だって言ってたわ。だからこの突撃も何かしら意味があるはずなのよね。もしかして、私が試されているのかしら?私の実力を測るために、私がどんな行動に出るのか探るためにわざとやっているのかしら?そうだとしたら、見極められる前に決着をつけてもいいかもね。』
ネネはそう思い、チュナナの突撃を渾身の右ストレートで殴り返した。するとチュナナは顔面にもろに食らい、そのまま木々をなぎ倒しながら吹っ飛ばされていった。
「...ええ?こんなにもあっさりと決着が付くなんて...どういうこと?」
ネネは何かしらの反撃を予想してパンチを繰り出したがその予想のはるか下の結果に驚いた。そして吹っ飛ばされた方を見た。チュナナは目玉をグルングルンと回しながらダウンしていた。
「...え?本当に終わり?...え?」
ネネはいまだに状況が呑み込めず困惑していた。するとチュナナは首をブルブルと振って目を覚ました。
「うぐぐぐぐぐぐぐ!!いっっってーーーーー!!!」
チュナナは殴られたほっぺたを両手で押さえながら痛みで涙を流していた。ネネはさすがにかわいそうになって心配した。
「あの...大丈夫?」
「ん?心配してくれるのか?ありがとー!でも心配ご無用!今の一発でようやく目が覚めたッチュよ!」
チュナナは顔を両手でパチンと叩いて気合を入れなおした。
「さあ!こっからがオラの本領発揮ッチュよ!」
チュナナはそう言って足を思いっきり地面にたたきつけて足に力を溜めた。そしてピョーンピョーンとまるでサーカス団のような華麗なジャンプをしながらネネに近づいてきた。
「オラはね!攻撃されないとやる気がでないタイプなんだッチュよ!オラは優しいからね!先に手を出したりはしないッチュよ!」
チュナナは驚異的なジャンプ力を見せながらネネを踏みつけようと上空から襲い掛かった。ネネはそれを難なくかわした。しかしチュナナはかわした先を読んで地面を思いっきり蹴り飛ばしてネネに体当たりを仕掛けた。ネネはその速さに対応できず、勇者のマントを全身にまとわせて防御した。
「そいや!」
チュナナは変な掛け声とともにネネに体当たりをしてネネを吹っ飛ばした。ネネは足で地面を削りながらブレーキをかけた。
「...!こいつ、強いわね。」
ネネはさっきまでの貧弱な突進ではなく、本物の突進をその身に受けて初めて理解した。魔族はネネが今まで出会ってきた生物の中で、一番筋力があり、なおかつ知能も人間並みにあるのだと。そしてそれは自身も同じなんだと思ってしまった。
『いいえ!私は人間!絶対そうなんだから!魔族なわけないじゃない!だって私のパパとママは人間だったんだもの!』
ネネはそう思い込むことで自身が魔族であることを認めようとはしなかった。そんな余計なことを考えている隙にチュナナは追い打ちの蹴りをネネの腹に食らわせた。ネネは反応が一瞬遅れ、マントで防御する間もなくもろに食らった。
「グフゥッ!」
ネネは腹を蹴られた衝撃で肺から空気が漏れて声が出た。そしてそのまま地面に背中をこすりながら吹き飛ばされた。
「うーん、ちょっとやりすぎたッチュかね?反省反省!オラは誇り高い魔族の一員!残虐な行為はしないッチュ!だから弱い者いじめはしないッチュよ!」
チュナナは両手で顔を叩いて自身を戒めた。ネネは腹に鈍い痛みを感じながらも立ち上がった。
『今の攻撃...全く防御できなかった。それなのに、どうして私の体はこんなにも頑丈なの?人間だったらいまの蹴りでも致命傷になったかもしれないのに...私は、この肉体が嫌いだ。』
ネネはそんなことを思ってしまった。ネネにとっては受け入れがたい事だった。普通の人間でありたかった。魔族の肉体も、勇者の責任も要らなかった。ただ欲しかったのは平和な毎日を人間として生きることだった。父と母と3人で仲良く暮らしたかった。ただそれだけだった。
「おや!?オラが思ったよりも頑丈な体ッチュね!さすがは魔族の体ッチュよ!人間のようにやわな体じゃないっちゅからね!」
チュナナの何気ない一言がネネの逆鱗に触れた。
「...私は...」
「ん?どうしたッチュか?」
「私は!魔族なんかじゃない!私は人間なの!それなのに、周りの人はみんな私のことを魔族だ魔族だって言ってくる!どうして誰も信じてくれないの!?」
ネネは怒りの感情をあらわにした。チュナナは驚いていた。
「な、なんか、怒らせちゃったッチュか?そんなにひどい事を言ったッチュか?」
チュナナの言葉にネネは耳も貸さずに怒りをぶちまけた。
「私はこの姿が憎い!この強さが嫌い!どうして私は普通の人間として生まれてこなかったの!?どうして魔族の姿だっていうだけであんなにもひどい仕打ちを受けなきゃならなかったの!?もうウンザリする!」
ネネは目に浮かぶ涙を抑えきれず、頬を伝って落ちていく。チュナナは頭をかいて申し訳なさそうにネネを見た。
「まあ、そのー、そんなに闘うのがイヤなら、別に闘わなくてもいいッチュよ?オラも、人間に恨みはあるけど、お前さんにはないッチュからね。見逃してもいいッチュよ?」
チュナナはネネに同情した。ネネは涙を流していた。それをマントは優しく拭いてくれた。
「ありがとう...」
マントはまるで意志を持った生物のように動いた。チュナナはなんだか気まずくなった。
「...まあ、闘わないって選択もありッチュよ?それで、どうするッチュか?」
ネネは深呼吸をして冷静さを取り戻した。
「...大丈夫。私は闘うわ。」
「...ほんとに大丈夫ッチュか?オラ、泣いてる人を殴るのは気が引けるッチュよ?」
「大丈夫。私も、もう遠慮はしないから。」
ネネはそう言ってグッと拳に力を溜めて闘う姿勢を見せた。チュナナは気を取り直した。
「じゃあ、遠慮なくいかせてもらうッチュよ!」
チュナナは再びピョーンピョーンと高ーくジャンプをしながらネネに近づいて踏みつけようとしてきた。ネネはそれを右手にマントをグルグルと巻き付けて右手で受け止めた。チュナナの重い踏みつけに地面が押し込まれて円状のクレーターになった。だがネネは大した傷を負うことなく、チュナナに向かって左手で殴りかかった。チュナナはネネの右手を踏み台にジャンプをしてそれをかわした。
「おお!本当に遠慮なしに行けそうッチュね!感情を吐き出してすっきりしたッチュか?」
「まあ、そんなところね。本物の魔族を見てあの時の苦しさが蘇っちゃっただけなの。だから気にすることは無いわ。私も遠慮なく殺しに行くから!」
ネネはそう言ってグルグルと巻き付けた右手でチュナナに殴りかかった。チュナナはヒョイっとジャンプをしてそれをかわした。
「なんか、マントをグルグルに巻き付けて攻撃してるッチュけど、それってどんな効果があるッチュか?」
「...そうね、あんたの優しさに免じて教えてあげるわ。この勇者のマントは最強の防御性能を持った神のへそくりなの。街に張られているシールド以上の性能があるみたい。姉御さんたちの旅の途中で知ったわ。それを右手に巻き付けることで、どんな反撃も通用しない最強の拳が出来上がるの。」
「なるほど。でも、それなら右手に巻き付けるんじゃなくて、マントを棒状に巻いて殴った方が速いんじゃないッチュか?リーチも長いし、一石二鳥ッチュよ?」
「確かにその通りだけど、このマントは私の首に装着されてないと効果を発揮しないの。だからこれを脱いだら思ったような変形はしてくれなくなるの。それに、このマントは防御専門の装備だからね。本来の使い方はこれと武器をセットで使うものらしいわ。姉御さんがそう言ってたわ。」
「はえー。なるほどなー。じゃあ、なんで武器持って無いの?」
「それは...今まで武器なんて持ったこと無かったから、全然使えないのよ。それに、私なら殴った方が早いもの。」
「確かに!その通りッチュね!」
「さあ、これぐらいでいいでしょ?続きを始めましょう?」
「ああ!オラもそう思っていたところッチュよ!」
2人は互いに話を終えて闘いに集中しだした。