レイジvsチュー五郎②
レイジとチュー五郎は森を駆け回りながら死闘を繰り広げていた。
「そんなにも炎を振り回しているッチュのに、全く森が燃えてないのは不思議ッチュなー!」
チュー五郎はレイジに飛びついて襲いながら言った。レイジは憤怒の魂で受け止めながらはじき返した。
「まあね!俺の炎は無差別に燃やすんじゃない。燃やしたい対象だけを燃やせるのさ!これを会得するのに何年かかった事か!!」
レイジは炎をまとわせた憤怒の魂を両手で構えて、木に捕まっているチュー五郎に向かって空を切り裂くように振った。
「飛べ!ヒドリ!」
レイジがそう言うと刀の先から炎の鳥がチュー五郎に向かって飛んで行った。チュー五郎は木を蹴って避けた。そしてヒドリは木にぶつかったが、木には燃え移らなかった。
「うっひゃあ!炎が飛んできたッチュよ!?」
「ヒドリをかわすとはな。相当速いはずなんだが...」
「それだけ俺っちが強いってことッチュよ」
チュー五郎は得意げに言った。レイジはフッと鼻で笑った。
「確かにな。ちなみに害鼠ってのはお前よりも強いのか?」
レイジは聞いた。するとチュー五郎はもっと得意げな顔をした。
「当然ッチュ!!害鼠兄ちゃんは俺っちたち兄弟の中で一番強いッチュよ!なにせ魔王様から『害鼠』の称号を与えられるほどッチュからね!」
「称号...?害鼠ってのは名前じゃないのか?」
「そりゃそうッチュよ!...もしかして、魔族のこと何にも知らないッチュか?」
チュー五郎に図星をつかれてレイジは苦い顔をした。
「...まあ、そんなところ...」
レイジは正直に言った。チュー五郎はため息をついた。
「そんなんで本当に勇者ッチュか?魔族のこと何にも知らないで滅ぼそうだなんて、こっちにしてみればいい迷惑ッチュよ!」
「で、でも仕方なくないか?今は戦争中だぞ?相手のことを知ろうにも、そのチャンスすらないだろ?」
「まあ、確かにその通りッチュね...だったら問答無用ッチュ!」
チュー五郎はそう言ってレイジに急接近してきた。レイジはそれを左から右へと薙ぎ払った。チュー五郎は姿勢を低くして下に避け、そのまま右手でレイジの腹を殴り飛ばした。レイジは魂の力を腹に集めて防御した。しかしダメージを完全には防げず、レイジは鈍い痛みを負った。
「ぐぅっ...」
レイジは歯を食いしばり、痛みに耐えてチュー五郎に向けて刀を振り下ろした。チュー五郎は後方へと飛び退いて避けた。
「それにしても...なんでもう一本の方の刀は使わないッチュか?そっちが勇者の刀ッチュよね?」
「...ああ。そうだが?」
「もしかして、手加減してるッチュか?うーん、そんな余裕ないと思うッチュけど...」
チュー五郎はレイジの行動を心配していた。レイジはフッと笑った。
「余計な、お世話だな。」
レイジは腹を抑えながら言った。チュー五郎は頭をかいて言った。
「そろそろ本気で来ないと、本当に死んじゃうッチュよ?俺っちはそれでもかまわないッチュけど、でもできることなら本気をみたいッチュよ!もう俺っちが勝つことは確定してるッチュからね。」
「...なに?ど、どういうことだ?」
「とぼけても無駄ッチュよ。さっきから君の攻撃はキレが無くなってきてるッチュ。息も切らしてて汗もかいている。典型的なスタミナ切れッチュね。互角以上の相手との戦闘経験が少ないみたいッチュね。だからたった3分の戦闘で疲れるッチュよ。俺っちはまだまだ余裕なのに...」
チュー五郎は首をかきながら言った。レイジは呼吸を整えながら聞いていた。
『...確かにチュー五郎の言うとおりだ。正直言って勝てる気がしない!俺は強かった。今まで闘ってきた人間は俺よりも弱く、一太刀で終わらせてきた。というか闘いになる前に話し合いでなんとか解決してきた。だから互角以上の相手なんて姉御との訓練しか味わったことが無かった。圧倒的に実戦不足だ!その結果が今現れていやがる。』
レイジは心の中で悔しさを味わっていた。
『悔しい!悔しくてたまらない!俺は、こんなにもスタミナが無かったのか!?ゴゴとの手合わせの時もすぐ疲れてた。あの時は2分でバテてた!それを勇者の刀のせいにしていたが、本当はただ単純に俺のスタミナが無かっただけだったのかもしれない!くそっ!自分の弱さに情けなくなる!』
レイジは悔しさで奥歯をかみしめた。チュー五郎はそれを見て言った。
「悔しいッチュか?でも今更悔しがっても遅いッチュよ?なにせこれは殺し合いッチュからね。降参しても無駄ッチュよ?」
チュー五郎はレイジにゆっくりと、一歩一歩近づいてきた。レイジは自信への怒りと死への恐怖が心の中で入り混じっていた。レイジはまさに蛇に睨まれた蛙のように恐怖で足が動かなくなっていた。
『まずい!まずい!まずい!!このままじゃ、俺は殺される...まだ、知りたいことがいっぱいあるのに!』
レイジは本当の恐怖に出会って、初めて自分の心の弱さに気が付いた。
『俺は強かった。だから傲慢になってしまったんだ。魔族が現れても、魔王と闘うことになっても、俺は強いから何とかなる。そう思っちまったんだ。俺の心は強いと勘違いしていた。いままで闘ってきた相手に臆すことなく立ち向かってきたからだ。でもそれも違った。俺は自分よりも強くて、本気で自分を殺そうとする相手に出会って来なかっただけだったんだ!それが今、目の前に現れて俺は逃げることだけを一生懸命に考えている!...怖い!死ぬのが怖い!死にたくない!』
レイジは自身の弱みをこの絶望的な瞬間に認識した。そしてレイジは恐怖に突き動かされた。
「う、うわああああああ!!」
レイジは叫び出した。チュー五郎はピタッと足を止めた。そしてレイジはその叫びで硬直が解け、一目散に逃げだした。
『無理だ!俺には勝てない!なんて情けないんだ俺は!?でも怖い!絶対に勝てる勝負しかしてこなかった!卑怯だ!怖い!恥ずかしい!姉御に泣きつくのか俺は!?また姉御に頼るのか!?でも今は仕方ない!強い!相手が強い!だからしょうがない!俺が悪いんじゃない!相手が悪かった!』
レイジは自分の思考の中を様々な言葉が飛び交った。しかしそのすべてが逃げ出す自分への言い訳だけだった。そんなレイジを哀れに思いながらも、チュー五郎はレイジを捕まえて地面にうつ伏せにさせた。
「うわああああああ!!!やめろ!!やめてくれえええええええ!!!」
レイジの醜い命乞いにチュー五郎はため息しか出なかった。
「これが、俺っちの父ちゃんを殺した勇者の候補の一人ッチュか...」
「違う!俺は、たまたま勇者の刀を拾っただけだ!だから俺は勇者なんかじゃない!頼む!見逃してくれ!!!」
レイジは涙を流しながら懇願した。その口は土の味がした。屈辱と敗北の味だった。チュー五郎は完全に戦意を喪失しているレイジに深ーいため息をついた。
「...お前も殺し合うためにここまできたッチュよね?なのに自分が死にそうなときは命乞いをするなんて、情けないと思わないッチュか?見てるこっちが恥ずかしいッチュよ。」
「うっ、ううっ...」
レイジは正論を言われて何も言い返せなかった。ただただ恐怖と屈辱の涙を流すことしかできなかった。
「それに、お前が負けたら、あの筋肉がすごい男は返してやれないッチュよ?」
「そ、それは...」
レイジは葛藤した。しかしそれも言い訳を考えた。
『それは嫌だけど...もとはと言えばゴゴが勝手に四天王に闘いを挑んだのが悪いんだ。俺が命をかけてまで助けるなんて...』
レイジは情けない言い訳しか考えられなかった。チュー五郎はため息をついた。
「...まあ、いいや。俺っちは優しいッチュからね。見逃してやるッチュよ。」
チュー五郎の予想外の発言にレイジはほんの少しだけ希望を見た。
「ほ、本当か!?」
「うん。なんか、ここまで心が弱い奴を殺すのは気分が悪いッチュし、それに俺っちもお前のことどうでもよくなっちゃったッチュからね。ただし!その代わり、その勇者の刀は置いていってもらうッチュよ!?」
チュー五郎はレイジの背中からどいた。そしてレイジはゆっくりと正座をした。
「本当に見逃してくれるのか?」
「そう言ってるッチュ。早くしないと俺っちの気が変わるッチュよ?」
「あああ!今すぐに置くから!」
レイジはそういって勇者の刀を手に持ってそれを地面に置こうとした。しかしそこでレイジの手が止まった。
「ん?どうしたッチュか?」
チュー五郎に返事をすることもできないほどの謎の感覚に襲われた。それは今までの死の恐怖よりも漠然としていたが、それ以上の恐怖に襲われていた。
『いいのか?これを置いても...なぜだろう?これを置いたら、すべてを失う気がする...』
レイジは踏みとどまっていた。自身の死の恐怖よりも恐ろしい何かを感じていた。それが何なのかは今のレイジにはわからなかったが、それでも失いたくないものだった。
『なぜだ?こんなにも、死にたくないのに、それでも、置けない...絶対に置いてはいけない気がする...』
レイジは自身の心の中で揺らいでいた。その瞬間、レイジの頭に声が響いてきた。
【本当にいいのか?】
『!!?誰だ!?』
レイジは突然頭の中に響いてきた声に驚き、辺りを見渡した。しかしそこにはチュー五郎がいるだけで他には誰一人いなかった。
【情けないな。仮にも俺を使っている身分なんだ。もう少ししっかりしてくれよ。】
『誰だ?誰なんだ?』
【わたしか?わたしの名は朱雀。お前の炎の幻獣だ。】
『すざく?俺の炎の幻獣だと!?』
【そうだ。お前の感情の高ぶりを感じて、目が覚めたよ。...にしても、あんなに見苦しい命乞いをするとは...お前は『勇者』なんだろう?もう少し勇ましく立ち向かえよ。】
『そんなこと言ったって、怖いんだ。あいつには勝てる気がしないんだ。逃げるしかないだろう?』
【それは違うな。】
『えっ?』
【お前は、ただ死ぬかもしれないって恐怖で目の前が見えなくなってるだけだ。冷静に見てみろ。お前と奴の実力は大差ない。それどころか、奴の方が傷ついている。お前が食らわせた腹の傷だ。】
『確かに、そうだけど、でも俺はもうスタミナが無くて、これ以上闘える気が...』
【それも勘違いだ。お前はこれ以上やっても無駄だと勘違いをしている。それは違う。なぜならお前はまだ本気を出していないからだ。】
『本気?それならもう出してるぞ?』
【いいや、お前の真の力はこんなものじゃない。感じないか?お前の魂の叫びを!】
レイジは謎の声に言われたとおりに魂に耳を傾けた。魂は今までにないほどに力強く鼓動をさせて成長していた。
『これは...なんだ?魂が、動いている...?』
【そうだ!お前の魂は成長している!死の恐怖を感じて魂が成長をしているのだ!この闘いを通じてお前の魂はより一層強くなっているのだ!】
『感じる。空っぽだった俺の力が、湧き上がってくるのを!』
【実力が同じレベルの者との闘いは、お前の魂を大きく成長させる!死を恐れろ!敵を恐れろ!知らぬまま死んでいく恐怖をその魂で感じるのだ!そしてその恐怖を怒りに変えて立ち上がれ!!恐怖を知らぬものに、乗り越えてゆく強さは得られんぞ!!!】
レイジは謎の声に叱咤激励されるままに自身の心を支配していた恐怖を怒りに変えた。
『なんで俺が死ななきゃならないんだ!!ふざけるな!俺は生きたい!!!もっともっとこの世のすべてを知りたい!!!それを邪魔するものがたとえどれだけ強くても!俺はそれを乗り越えていく!!!』
レイジは自身を覆っていた恐怖の感情を怒りに燃え上がる炎に変えた。
【そうだ!お前の魂は諦めてなどいない!!立ち上がれ!死の不条理に!敵の恐ろしさに!お前の魂の炎が、お前に本当の力を与える!!!刀に炎をまとわせるのは、赤子の技も同様!!!見せてみよ!お前の、本当の...】
「怒れる炎!!!」
レイジはそう言って自身のすべての魂の力を炎に変えた。そしてレイジは全身に炎をまとい始めるとだんだんとレイジの見た目に変化が現れた。その体は焼け焦げた真っ黒の肌へと変わり、乾燥によりパックリと割れた皮膚の内側にマグマのような真っ赤な流動体があった。その顔は頬の部分にその亀裂が生じ、その目はエメラルドのように光り輝いていた。
チュー五郎はレイジのいきなりの変化に戸惑いを隠しきれなかった。
「な、なにがおきたッチュか!?」
「悪かったな。命乞いなんて醜い恰好しちまって。俺も、ようやく覚悟ができたよ。」
レイジはそう言って右手に憤怒の魂を、左手に勇者の刀を持って二刀流になった。
「...ようやく本気を出してくれるってことッチュか。チュッチュッチュ!それでこそ俺っちも、遠慮なく殺せるってもんッチュよ!!!」
レイジは自身のいきなりの変化に驚いていた。そしていまだに死を恐れていた。
『...俺は、まだ、あいつを怖がっている...』
【それでいい。恐怖こそが怒りを生むエネルギーだ。忘れるな。恐怖なき闘いなど、ただの遊びにすぎん。恐怖を感じるから、人はどの時代でも強くなれたのだ!】
「...ああ。ありがとう。」
「んー?それは俺っちに言ったッチュか?」
チュー五郎はレイジのお礼の相手が分からずにいた。レイジはフッと笑った。
「まあ、そうだな。お前にも礼を言わないとな。俺の弱さに気づかせてくれてありがとう。そして俺を見逃そうとしてくれてありがとう。だが、ここからは俺も本気で命の取り合いをする!」
レイジは自身に立ち上がる炎が空をも突き破る勢いで立ち上がった。それを見たチュー五郎は全身に鳥肌が立つのを感じた。
「なるほど。俺っちが恐怖を感じている。こりゃあ生かしておいたの、後悔しそうッチュね!」
チュー五郎はそう言って恐怖を乗り越えてレイジに襲い掛かった。レイジも死の恐怖を感じながら、全身に力を入れて今できる最高の攻撃を繰り出した。
「炎怒重来!!!」
レイジはクロス切りを繰り出した。チュー五郎はその腹をクロスの形に切り裂かれた。
「ぐっはぁ!!」
チュー五郎は空中を舞って血しぶきをまき散らしていた。レイジは全身の炎が消え去り、レイジの顔には恐怖による涙を流していた。
「はぁ、はぁ。」
レイジは息を切らせていた。全身に鳥肌が立ったまま落ちてきたチュー五郎のもとへと駆け寄った。
「チュッチュッチュ。ま、まさか、闘いのさなかに、こ、こんなに強くなるとは...」
「急所は、外した。すぐに止血するから、ちょっと待ってろ。」
レイジはそう言ってボロボロの服をチュー五郎の体に巻き付けて圧迫した。その行為にチュー五郎は疑問に思った。
「なんで、俺っちを、助けるッチュか?」
「そりゃ、お前は俺を殺せるときに殺さなかった。だから俺も義理を果たすだけだ。」
レイジの返答にチュー五郎は大笑いをした。
「そうか、君はいい人間だったんだな。」
「何言ってんだ。お前の方がいい人間だろ?いや、いい魔族っていうのか?」
「チュッチュッチュ。それはどっちでも同じ意味ッチュよ。」
2人は笑い合ってレイジはチュー五郎に肩を貸して二人でガイアと牛鬼と姉御のいる最初の場所まで歩いて行った。
『ありがとうな、スザク。お前が助けてくれなかったら、俺はなんか大事なもんを無くすとこだった。』
【...そうか、まあ、いい。とりあえず、私は眠る。だが、忘れるな。恐怖を感じるのだ。それを怒りに変えることで、お前の炎は今よりもさらに成長していくのだ。】
『ああ。肝に銘じておくよ。』
スザクの声はスーッと消えていった。レイジは自分の情けない姿を隠すために無理やり笑って歩き出した。