レイジvsチュー五郎
「うわっ!スゲー衝撃波だなー。」
レイジは体に衝撃波を浴びていた。それはドナルドと害鼠の激しい戦いの衝撃波だった。しかしレイジはそれを知らなかった。
「すごいッチュねー。」
レイジの独り言に木の上から声をかけたのは害鼠の兄弟だった。その姿は害鼠に似ていたが、害鼠よりも一回り小さく、筋肉もそこまで大きくはないといった姿だった。レイジは警戒して憤怒の魂を抜刀した。
「うお!お前が害鼠の兄弟か?」
「いかにも!俺っちが害鼠の弟の、チュー五郎ッチュよ!」
「チュー五郎?なんか適当な名前だなー。」
「失礼ッチュよ!俺っちはこの名前気に入ってるッチュのに!」
チュー五郎はプンスカと怒った。レイジはその子供っぽいしぐさに少し困惑していた。
「ああ。そのー、すまん。えっと...覚えやすくていい名前だと思うよ?」
レイジは精一杯のフォローをした。チュー五郎はムッとした表情のままだったが、褒められて少し機嫌がよくなった。
「謝るのなら、許してやるッチュ!」
「ああ、そう。ありがと。」
レイジはチュー五郎の機嫌の直り方が速かったことに困惑した。そして再度大きな衝撃波がレイジたちを襲った。
「うお!今度のはでかいな...」
レイジはそう言って顔を衝撃波から守った。チュー五郎は地面へと降りてきた。
「それじゃ、そろそろやるッチュよ!」
チュー五郎は衝撃波を全身に受けながら両の拳を握った。レイジは憤怒の魂を両手で握りしめてチュー五郎へと意識を集中させた。さっきまでの雰囲気とは打って変わって、互いに命を狩り合う殺し合いの空気へと変わった。やがて衝撃波は収まり、木々からこぼれ落ちた葉っぱがレイジとチュー五郎の間を舞い始めたと同時に、お互いに距離を詰めた。
「覚悟ぉ!」
チュー五郎は短い言葉を発して、右手の爪をとがらせてレイジに襲い掛かった。レイジはそれを難なく刀で受け止めた。チュー五郎は刀を握って抑え、左手でレイジをひっかいた。レイジはそれを右足で弾いて刀を引き抜いた。チュー五郎の右手は軽い切り傷を負った。
「さすがに、こんな単純な攻め方じゃだめッチュよね。」
「ああ。俺が刀を抑えられることを予想してないとでも思ったのか?だとしたら心外だな。事前にシミュレーションをしまくるのが俺のいい所だぞ?」
レイジはすこし煽るように言った。チュー五郎はへへへッと笑った。
「今のはただの小手調べッチュよ!これからが本番ッチュ!そっちこそ油断して一瞬で終わったりしないでくれッチュよ?」
チュー五郎はそう言ってレイジに近づき、連続のひっかき攻撃をした。レイジはそれを刀一本で完全に防ぎきり、反撃の左下から右上に切り裂いた。チュー五郎は体をのけ反らせて避けた。レイジはさらに追撃のつばめ返しをした。チュー五郎はそれを両手で受け止めた。
「やるな。今の体勢から受け止めるとは...筋肉がなせる技なのか?」
「そうッチュね!人間は魔族に対して圧倒的に筋力不足ッチュからね!」
チュー五郎はレイジを押し返した。レイジはズサーッと地面を削りながらブレーキをかけた。チュー五郎はすかさずレイジの方へと近づき、その出っ歯でレイジの頭を噛みつこうとした。レイジは刀を薙ぎ払ってその前歯を折ろうとした。しかしチュー五郎の前歯は恐ろしく硬く、受け止めることしかできなかった。そしてチュー五郎はその隙を逃さずに両手でレイジの体を引き裂いた。
「うぐっ!?」
レイジは間一髪のところで後ろへ飛び、致命傷は避けられたが、服はクロスに破かれ、皮膚が切られて血を流していた。
「へへへ!俺っちの前歯は並大抵の武器じゃ壊せないッチュよ!なにせこの前歯が一番の武器ッチュからね!」
チュー五郎は得意げに言った。レイジは燃えるような熱さをその切り傷に感じながらフッと笑った。
「そうかい。俺の予想通りで助かるよ。」
「え?予想通りッチュか?」
「ああ。一番の武器はその前歯じゃないかって思ってたからね。シミュレーションが役立ちそうで嬉しいよ。」
「へへへ!見え見えの強がりッチュね!たとえそれが分かったとしても、俺っちの前歯を壊せるわけないッチュよ!」
「ああ。そうかもな。今のままでは俺はお前に勝てない。だから、少し本気を出させてもらう。」
レイジはそう言ってビリビリに破けた服を脱いで上裸になった。そして目を閉じて集中した。すると刀が炎をまとい始めた。
「!...それが魔王様が言ってた、炎の幻獣使いの能力ッチュか...でも確か、その能力はまだまだ未完成って聞いたッチュよ?」
「なに?未完成だと?...そうなのか?」
レイジは自分ですら知らない情報を言われて困惑した。チュー五郎は頷いた。
「魔王様は『勇者候補の一人が炎の幻獣使いだ。しかし、今はその炎は赤ちゃんのような代物。本来は強力であるが、今は過度に恐れる必要はない。その才能が開花する前に始末してしまえ。』って言ってたッチュよ?」
「...どういうことだ?魔王は俺の炎の幻獣を知っているのか?俺の前に使っていた奴と知り合いだった?それともただの予想?にしては断言しすぎている。何かしら知っていることは確実か...だがどうして?どうやって知った?なぜ知った?魔王は俺のことをよく知っているのか?魔王軍と闘ったのは四天王のファイアとほんの少しだけ。それだけで俺の力を見定めた?いやおかしい。それだけじゃないはず。もしかすると...誰かが俺のことを観察している...?まさか、スパイ?」
レイジはブツブツと考え事に集中してしまった。
『いやいや!スパイは考えられない。...というか考えたくない。が、もしスパイだとすると、産まれた頃から一緒だった姉御とあんこはありえないな。だとすると、ゴゴかネネか昆布?...疑いたくはないが、もしそうだとすれば...魔王軍四天王から直接渡されたゴゴが一番怪しいか?それとも魔族の姿をしたネネか?はたまた俺のことを慕っている昆布か?どれも考えたくない可能性だな...』
「おーい!大丈夫かー?」
チュー五郎は突然動かなくなったレイジを心配して声をかけた。レイジはハッと気づき、頭の中の世界から現実へと引き戻った。
「ああ!わりぃ。考え事してた。...今のうちに襲ってきても良かったんじゃないか?」
「た!確かに!あああ!なんてもったいないことしたッチュかーーーー!!!」
チュー五郎は明らかに動揺していた。レイジはそれが演技なのか純粋な反応なのか分からなかった。
「...とりあえず、お前が卑怯なことしなかったおかげでこっちとしてはありがたかったよ。」
「え?そんな、お礼を言われるほどのことはー、したッチュね...」
チュー五郎は微妙な顔をした。レイジは気を取り直して集中した。
『今はそんなこと考えてる場合じゃない。目の前の敵に集中だ!』
そう思うと、再びレイジの刀は炎をまとった。
「怒れる炎!!!」
レイジはそう言って炎をまとった憤怒の魂を構えた。その炎は普通の炎とは違い、まるで生き物かのように勢いよく飛び回っていた。それを見たチュー五郎は不敵な笑みを浮かべた。
「それが君の幻獣の能力ッチュか...確かに迫力はすごいッチュけど、でもそれだけじゃ俺っちは倒せないッチュよ。」
「それは、やってみなければ分からないだろ?」
レイジはそう言って燃え盛る炎の刀を振りかぶり、右上から左下へと薙ぎ払った。チュー五郎はその刀を難なく避けた。
「ほら?いくら刀を燃やしたからって、使っている本人が強くなったわけじゃないッチュからね。当たらなければ、ただの飾りッチュよ!」
チュー五郎はそう言いながら右足でレイジの腹を蹴り飛ばした。レイジはそれをもろに食らってしまい、吐血しながら後方へと飛ばされた。そして膝をつき、刀を地面に刺して体勢を保った。
「...やっぱり、すぐ見破られちまうか...」
レイジはボソッと一言言ってからゆっくりと立ち上がった。そして再び同じように近づき薙ぎ払った。チュー五郎はさすがにイラっとした。
「だからぁ、それじゃダメッチュよ!!」
チュー五郎はさっきと同じように避けた。しかし今度はよけきれずに腹に炎を食らった。
「あっつ!!?」
チュー五郎は腹に燃え移った炎を必死に手で払った。炎は消化されたが、レイジの次の一撃がもう目の前まで迫っていた。それに気づいた時にはもう遅く、チュー五郎はレイジの一撃をまともに食らった。左下から右上に向かっての切り返しにより、チュー五郎の腹は切り傷とやけどを負った。
「ぐわぁっ!!?」
チュー五郎は燃えるような痛みに思わず声を漏らした。そしてレイジがいきなり強くなった理由がわからず、レイジの方を見た。するとレイジがその答えを放し始めた。
「俺がいきなり速くなって驚いたか?理由は簡単。俺は体のあらゆるところから炎を出すことができる。その炎を背中から出せばジェットエンジンのように前に進めるってわけ。まあ、今の俺の出力じゃ地面から10センチほど浮くのがやっとってところだけどな。それでも、お前から見たらその差は一目見て分かるほどだっただろう。」
レイジは丁寧に説明した。そしてチュー五郎は笑った。
「そんな大事な事を俺っちに言っちゃってよかったッチュか?俺っちなら言わなかったッチュね!」
「まあ、どうせすぐバレるようなからくりだったしな。これで一撃でも食らわせられれば儲けもんって認識だった。これ以上同じ手を使えば反撃にあっちまうからな。それならばらしたところで変わらねーだろ。」
「なるほど。チャンスを作るよりもピンチを作らないためにあえてばらしたって事ッチュか...」
「そういうことだ。ばらしちまった方が俺もこの技に頼らなくていいしな。『もしかしたらバレてなくてワンチャン行けるかも!?』なんて希望を持たないためのばらしだったって事だな。なにしろこのほかにも小手先の技なら沢山考えているからな。」
「チュッチュッチュ!それは楽しめそうッチュね!」
チュー五郎は腹の傷がそこまで深くなかったので致命傷にはならず、再び立ち上がった。
「じゃあ、続きを始めようか?」
「望むところッチュよ!」
そう言って2人は再び殺し合いを始めた。