害鼠戦、開幕
ガイアに連れられてレイジたちは森の中央まで来た。そこにはネズミの魔族の集団が待っていた。
「やっと来たかぁ。」
ネズミの魔族の中で一番体の大きい魔族がガイアに声をかけた。その声はとても高く、その姿は写真で見た灰色の毛皮をまとい、筋肉質な姿をしていた。その耳は大きく、その前歯は出っ張っていた。そしてガイアは何も言わず、ただ親指を立ててグッドマークを出した。そしてレイジが聞いた。
「あれが、害鼠か?」
レイジの質問にガイアは答えた。
「そう。周りにいるのが害鼠の兄弟たち。ネズミは繁殖能力が高い。勇者との戦争時にもその繁殖力のおかげで絶滅しなかった。つまりドスケベってことだ。」
ガイアの冗談に害鼠は腕を組んで反論した。
「...その言い方は納得できないッチュねぇ。オイラ達ネズミの魔族は人間みたいに精子を無駄に発射しないッチュよ。」
その反論にガイアはフフフッと笑った。
「その通りだな。お前たちがドスケベなら俺たち人間はハイパードスケベマキシマムだな。」
害鼠とガイアは下世話な会話に盛り上がっていた。今から殺し合いをするような緊張は見られなかった。そのことに疑問を持ったレイジはガイアに聞いた。
「お前ら、ずいぶんと余裕だな。その余裕は強者ゆえの余裕ってやつか?」
レイジは少し挑発するようなトーンで言った。ガイアはレイジの方を向いた。
「まあ、そうだな。俺はお前らに負ける気はしない。お前らは弱いからな。だが、魔王様の命令で俺は手を出せない。ラッキーだったな。」
ガイアは淡々と話した。レイジは眉をひそめた。
「なに?四天王のお前は闘わないのか?」
レイジの質問に害鼠がクスクスと笑いながら答えた。
「こいつ、ゴゴとかいう雑魚をボコボコにしたことで魔王様に怒られたッチュよ?『隠密作戦だから勝手な行動は慎め』って!笑えるッチュねぇ!」
害鼠はケタケタと笑った。そしてガイアはつまらなそうにため息をついた。
「せっかく、実力を見せる機会だったが...残念だ。まあ、その代わり、俺と同じくらい強い奴に来てもらった。」
ガイアはそう言うと森の奥の方へと目をやった。レイジたちもその方向を見る。するとそこから現れたのは真っ黒の皮をまとったデカい牛の魔族だった。それを見た姉御は一瞬で目の色を変えて戦闘態勢に入った。そしてボソッとつぶやいた。
「牛鬼...!?」
姉御の一言にレイジたちもハッと気づいた。
「あれが牛鬼!?確かに写真と同じ姿だ...」
レイジは写真を取り出してその姿と照らし合わせた。真っ黒で分厚そうな皮、二本の白くイカリ上がった角、金色の鼻輪、そして武器として持っていたのは銀色の両刃の斧。防具はほとんど身に着けておらず、ただ腰から太ももを隠すためだけのスカートの様なものを着けているだけだった。レイジたちがアッと驚いていると牛鬼の方から話しかけてきた。
「お前さんたちが勇者候補の一味か。ほぉーん。おもっしぇー顔が揃っとるのぉ。」
牛鬼の声はとても低かった。しかしその喋り方は気さくなおじさんの様に威圧感が無かった。レイジたちは牛鬼たちの一挙手一投足に注意を払っていた。その警戒心の高さをガイアは鼻で笑った。
「大丈夫。一騎打ちだと言っただろう?手ぇ出したりなんかしないさ。人間じゃあるめーし。」
ガイアはそう言ってスタスタと牛鬼たちの方へと歩いていき、そして話し始めた。
「お前たちは、これから一騎打ちをしてもらう。ルールは簡単。殺した方の勝ち。そして生き残った者が多いチームが勝つ。それだけ。」
レイジは聞いた。
「ゴゴは?ゴゴはどこにいる?」
「あの筋肉は俺がこの森に隠してる。レイジが勝ったら開放する。」
「そうか。...生きているんだろうな?」
「大丈夫。あいつ、もう動ける。身動き取れなくしてるけど。」
ガイアは淡々と話した。そしてレイジはその証拠がないため安心はできなかったが、今はそれを信じるしかないと思ったため、何も言わずにグッとこらえた。そしてドナルドは睨みながら聞いた。
「...俺が勝ったら魔王城の場所を教えるんだろ?その約束は守るんだろうなぁ?」
ガイアは頷いた。
「もちろん。今俺の手にある紙。ここに記されている。勝てば渡す。」
それを聞いたドナルドは再び疑問を投げかけた。
「なら、一騎打ちなんかしねーで、てめぇをぶっ殺せばいいって話じゃねーか?」
「...やれるもんなら。でも、無理だ。だって俺ワープで逃げれるもん。」
ガイアは表情を変えずに言った。ドナルドは納得した。
「なるほどな。つまりほかの連中はワープが使えねーのか。」
「その通り。だから逃げられる心配はいらない。...そろそろ話し合いは終わり。誰が誰と闘うか、決まってる。」
そう言ってガイアは指をパチンと鳴らすと害鼠たちは森の奥へと走っていった。牛鬼はその場に残ったままだった。レイジたちは警戒しながらその様子を見ていた。ガイアは淡々と説明をつづけた。
「害鼠はこの森の中央の道に行った。ドナルドはこの道を進め。」
ガイアは森の地面に描かれた線を指さして言った。ドナルドはいぶかしんだ。
「...なんだ?罠か?」
「援護が入らないように別々の場所で闘ってもらうだけだ。生き残ったらここに戻ってこい。」
ドナルドは疑いの目を向けたままだったが、それ以外に方法がないため仕方なしにその言葉に乗ることにした。
「...仕方ねえ。まあ、援護が入らないなら俺としても助かるな。いいだろう。すぐぶっ殺して戻ってきてやる。」
ドナルドはそう言うとその線に沿って歩き始めた。そしてガイアはレイジに向かって話し始めた。
「次はレイジだ。君はこっちの道を進め。」
ガイアが指定した道はドナルドの行った道の左隣だった。レイジは怪しんだが、ゴゴを返してもらうために何も言わずに歩き出した。それを見届けたドナルドは残った者に話し始めた。
「あとは自由に決めていい。残った線は3つ。それと、牛鬼の相手だ。」
ガイアに言われてあんこたちは話し合いを始めた。
「ねえ!どうする?誰がどこ行く?」
あんこが聞いた。ネネは顎に手を当てて考えた。
「そうね...とりあえず牛鬼の相手は姉御さんにしてもらいたいわ。この中で一番強いもの。」
ネネに言われて姉御は頷いた。
「そうだね...あいつの戦い方を知ってるのはあたしだけだからね。でも、正直な話勝てるかどうかは分からない。というより、牛鬼があたしの記憶の中のままだったら、絶対に勝てないだろうね。だから時間稼ぎにしかならないと思う。」
姉御は苦しい顔で言った。あんこは驚いた。
「姉御ちゃんがそんなこと言うなんて...初めて聞いたよ!そんな弱気な姉御ちゃん!...そんなに強いの?」
あんこは姉御の顔を覗き込んで言った。姉御は苦しい顔で頷いた。
「ああ。前の戦争の時に闘ったけど、あたしが所属していたチームが牛鬼1人に壊滅させられたほどに強かった。だから、あたしが時間を稼いでいる間にゴゴを見つけ出してここから逃げな。」
姉御は覚悟を決めた様子で言った。あんこは驚きと戸惑いの混ざった表情を浮かべた。
「ちょっと待って!姉御ちゃんはどうするの?」
姉御はニヤリと笑ってあんこの頭を撫でた。
「大丈夫。牛鬼は足が速くない。だから逃げるのは問題ないはずさ。だから安心しな。」
あんこはそう言われても安心できなかった。
「...本当に?死ぬ気じゃないの?」
「...大丈夫。だけど、できるだけ早くしてほしい。あたしもどれだけ持つのか分からないからね。」
姉御は笑顔で言った。あんこはまだ不安だったが、姉御の言うことを信じることにした。
「...わかった。なるべく早く終わらせて戻ってくるから!」
あんこはそう言うとふわふわと浮きながらレイジたちとは別の道を行った。ネネはそれを見て昆布に話しかけた。
「...残りはあと2つ。昆布も闘うことになったわね。」
ネネは少し意地悪そうに笑った。昆布は深ーいため息をついた。
「...嫌だな――。闘いたくないな―――。...でも、仕方ないかー。それにラッキーなことに別々の場所で闘うでござるからな。」
ネネは昆布の発言に疑問を持った。
「...?なにがラッキーなの?」
昆布は顎をさすりながら答えた。
「拙者の戦い方は、ちょっと...情けないっていうか、兄貴には見られたくないでござるからねー。だから兄貴がいなくてラッキーだったでござるよ!」
昆布はニッコリとほほ笑んで親指を立てた。ネネは納得した。
「ああ。そういうことね。じゃあ、昆布はどっちの道に行く?私はどっちでもいいわよ。」
「じゃーあ...右!」
昆布はドナルドの右側の道を選んだ。そしてその道を進み始めた。ネネはあんこが行った道の左を行った。そして残った姉御は腕をまくり、髪の毛をポニーテールにまとめ上げた。
「よし、あんたの相手はこのあたしだよ。牛鬼!」
姉御は背中に隠していた小さな薙刀を取り出した。そしてその薙刀は柄の部分がグンッと伸びて姉御の身長を超すほどの長さになった。それを見た牛鬼は目を凝らした。
「その薙刀...どっかで見た気がするのぉ。...どこじゃったか?」
牛鬼は顎をさすりながら記憶の中を探った。そして思い出した。
「おおそうじゃ!思い出したぞ!あれは先の戦争の時、人間の女が使うておったものじゃな!...とすると、お主はまさか、あの時の子供かのぅ?おおーおおー!立派になりおって!」
牛鬼は久々に会った親戚のおじさんのような反応をした。その反応が姉御には屈辱に感じた。
「あんまり舐めた態度とるんじゃないよ。手元が狂って、一瞬で殺しちまうからさぁ!!!」
姉御はそう言って薙刀を振りかぶって牛鬼に闘いを仕掛けていった。