あんこたちの前夜の様子
あんこたちは森の中にテントを張り、その前で焚火をしながら話していた。
「この森、本当に生き物がいないね!なんかぶきみー!」
あんこは夜の森にも生き物の気配が感じられないことに不思議がっていた。ネネもそう思っていた。
「そうね。夜行性の動物が動き出す時間なのに、全く気配を感じないなんて...やっぱりこの森はおかしいわね。」
ネネは耳を澄ませてみたが、依然として葉っぱのこすれる音しか聞こえてこなかった。そして姉御が考えた。
「もしかしたら、この森にはなにか恐ろしいものが住み着いているのかもしれないね。今晩の見張りはあたしがやるよ。明日の決戦に響いてきそうだが、明日を迎える前に死にたくはないからね。」
姉御は軽い冗談を交えながら言ったが、目は笑っていなかった。むしろこの森に対する警戒心が高まっているようだった。そしてあんこは不思議に思っていたことを言った。
「そもそも、ここら辺って川とか見えないけど、どうしてこんなに大きな木が生えてるの?高さ20メートルくらいあるよ?そんなに雨降るの?だとしたらほかの木は全然育って無いのはなんで?」
あんこの疑問に姉御も同じ感想だった。
「あたしもそれが一番気になってたんだ。これだけの大木なのに、水の音が全くしない。それに、この森を出たところの大地は水不足で枯れていたんだ。それにスラムタウンの住人は鉱山を掘っているっていうじゃないか。だから地下に水があるって可能性も薄いと思う。」
姉御が言ったこの森の疑問点にネネも肯定した。
「そうね。考えれば考える程この森は変なところが多すぎるのよね。まあ、子供たちが隠れるにはうってつけの場所かもしれないけど...」
ネネはそう言ってダンたちの行った方向を見た。一本の大木の上に明かりが灯っているのが見えた。ダンたちは内緒にしているようだったが、バレバレだった。それを見た姉御はため息をついた。
「はあ、いくら敵がいない森だからってあんなに明かりを照らしてたらすぐに見つかるじゃないか。明日になったら教えてあげないと...」
姉御の悩んでいる姿にネネはクスッと笑った。姉御はネネが笑ったことを不思議に思った。
「ん?なんだい?なにかおかしかったかい?」
「そうね、なんだか、姉御さんが本当に面倒見がよくて、つい笑っちゃったわ。」
「なんだ、そんな事かい。まあ確かにお節介かもしれないけど、どうしても弱い立場の人間ってのを見ると助けたくなっちまうんだよね。ネネも寂しそうな表情をしてたから、誘っちまったんだよ。もしかして迷惑だったかい?」
姉御はすまなそうに言った。ネネはブンブンと首を振った。
「ううん。私は、その、誘われて、良かったって思ってる...」
ネネは素直になるのが恥ずかしくて言葉を詰まらせながら言った。姉御はその言葉を聞いてホッとした。
「そうかい。それは良かったよ。正直なところ、ネネは仕方なしにあたしらに付いてきてるだけじゃないかと思ってたからね。そうじゃないって聞けて良かったよ。」
姉御は笑顔でいった。ネネはその笑顔を見ることが恥ずかしくて目をそらしていた。そんなネネにあんこが背中から抱き着いた。
「ネネー!そうだったんだね!あたし嬉しいよ!これからも一緒に魔王退治しよーね!」
あんこはネネの耳元で言った。ネネは顔を赤く染めていた。
「わ、わかったから!そんなにギュッとしないで!...恥ずかしいじゃない...」
ネネは照れてしまって、冷たい態度をとってしまった。あんこはそれでもお構いなしにネネにベッタリとくっついていた。
「ええー!いいじゃんいいじゃん!せっかく同じ年頃の女の子の友達ができたんだからさー!もっと仲よくしよーよー!」
あんこはネネの背中でブンブンと左右に動きながら言った。ネネはそんなあんこの遠慮のない行動が嫌いではなかった。それどころか心の壁を感じさせないあんこの態度にネネももうすっかり警戒しなくなっていた。
「わかった!わかったから!一旦落ち着きなさいよ。」
ネネはあんこを捕まえて地面に座らせた。あんこは「うわー!捕まったー!」と楽しそうに言った。そんな穏やかなやり取りを見て姉御は満足そうな笑みを浮かべた。
「あれだけ人を怖がってたネネがこんなにも心を許せるようになるなんて、いいねぇ!」
姉御は嬉しそうに言った。そして姉御はネネに踏み込んだ質問をした。
「そういえば!ネネはレイジのことどう思ってる?」
「ななななな!!?」
姉御から飛び出した言葉にネネは顔を真っ赤にさせて驚いた。そして続けてあんこも聞いた。
「そうだったー!ネネに聞くの忘れてたー!レイジのことー!」
「な、な、なんで、そんなこと聞くの...?」
ネネはとぼけた。とぼけて知らないふりをしようとした。しかしあんこは容赦なく質問した。
「だってレイジってネネのこと好きみたいだし、ネネの方はどうなのかなー?って!」
「すすすすす!!?」
ネネは焦って言葉が上手く出てこなかった。そしてあんこと姉御は興味津々にネネの反応を見ていた。
「ねーえー!どうなのー?好きなのー?嫌いなのー?」
「べ、別に、嫌いって訳じゃ...ないけど...」
「じゃあ、好きなのー?」
「す、好きって...その―...よくわかんないけど、レイジが私のことを...そのー、好きでいてくれたら...嬉しい...かなー?」
ネネは後半になるにつれて徐々に小声になっていった。その反応を見てあんこと姉御はキャー!と言って二人で抱き着きながら興奮していた。
「これこれこれこれ!!!この感じ!これが恋愛ドラマで見た青春ってやつねー!!!キャー!!」
姉御は今までにないほどにテンションを上げて言った。あんこもだいぶテンションが上がっていた。
「そうだねー!姉御ちゃん!ドラマで見た内容とそっくりの反応だよ!なんだかあたしまでドキドキしてきたよ!」
「うんうん!分かるよー!あんこ!あたしもこういう話を聞くとドキドキしてくるよ!」
姉御とあんこはお互いに興奮しながら言っていた。その様子を見ていたネネは恥ずかしくなった。
「ちょっとー!やめてよー!すっごく恥ずかしいわ!」
ネネは手で顔を隠しながら言った。そしてあんこはネネに聞いた。
「ねえねえ!じゃあレイジが『付き合って』って言ったら付き合うの?付き合っちゃうの?」
ネネは顔をそらして恥ずかしそうに口を尖らせた。
「それは...まあ、付き合って...みる...かも...」
ネネのその言葉にあんこと姉御はとてつもない高い声で「キャー!!!」と叫んだ。
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翌朝、あんこは目を覚ましテントから出ると、姉御がうとうとしながら焚火の前で見張りをしていた。
「おつかれ!姉御ちゃん!」
あんこは姉御にそう言って水を渡した。姉御はその水をもらってあんこの頭を撫でた。
「ありがと、あんこ。じゃああたしはちょっと寝るわね。レイジから連絡があったら起こしてちょうだい。」
姉御はそう言ってテントの中へと入っていき、すやすやと寝息を立てて寝始めた。あんこはうーんと体を伸ばして服を脱ぎ、全身で風を感じながらフワフワと浮き出した。
「ああー!やっぱり裸って気持ちぃー!」
あんこはまるで水に浮かぶように全身の筋肉を緩ませて仰向けに浮いていた。そして木々の間からこぼれる日光を浴びて朝を感じていた。するとそこにネネが起きてきた。
「おはよー。朝から元気ね。」
ネネは眠たい目をこすりながらあんこに言った。あんこは目を閉じたまま返事をした。
「うん!今は朝を全身で感じてるんだー。ネネも一緒にやる?」
「いやよ。裸になるなんて考えられないわ。」
ネネはマントを羽織りながら言った。そしてフードをかぶり、顔を隠した。
「そろそろあの子たちも目が覚めるころじゃないかしら?あんこの裸は子供には毒なんだから、服を着てね?」
ネネにそう言われてあんこはしぶしぶ服を着た。
「うーん、服はなんか窮屈!開放感が無いよー!」
「そう言われても、仕方がないでしょ?服着ないと危ないんだから。」
「えー?危なくないよー。あたし服着ないほうが強いし―。」
「それ、どういう原理なの?」
「わかんない!」
ネネはあんこの頭の中がわからずため息をついた。しかしあんこは気にも留めずに元気に飛び回っていた。
「ねえネネ!あたしさー!はやく魔王を倒したい!魔王がみんなに悪いことしようとしてるんでしょ?だったらそれを倒したらみんな喜ぶかなー?」
「...まあ、そうね。戦争になるかもしれないものね。」
「そうだよねー!なのにレイジは勇者に選ばれたのにぜーんぜん乗り気じゃないんだよ?なんならあたしが勇者になりたかったよ!」
「...そうね。あんこは勇者に向いてると思うわ。」
「でしょー!?あたしなら魔王なんてすぐにやっつけてあげるんだから!...でも、レイジはレイジでなんか考えてるんだと思うんだー。レイジって冷たい人って思うかもしんないけど、全然そんなこと無いんだよ?あたしや姉御ちゃんがピンチの時は絶対助けてくれるし、困ったことがあったらレイジに聞けばだいたい解決してくれるし!」
あんこは初めはレイジの愚痴を言っていたが、だんだんとレイジに対する感謝の気持ちがあふれてきた。ネネはそれを口を挟まずに聞いた。そしてあんこは話を続けた。
「だからね!もしネネがレイジと付き合うってなったら、きっと大変だと思うけど、でもレイジはすごく仲間思いの熱い人なんだよ!だから付き合っても後悔しないと思うよ!」
あんこはニッコリと笑って言った。その屈託のない笑みにネネはフフッと笑った。
「あんこがそこまで言うぐらいにいい人なの?私はまだレイジのことはよくわからないわ。...だけど、悪い人じゃないって事は分かるわ。私が魔族の見た目でも人間と同じに扱ってくれたし、私のことをよく見てくれて、気にかけてくれるし...」
ネネはレイジに対する思いを少し喋った。あんこはうんうんとうなずいて聞いていた。そしてネネは話をつづけた。
「でもね、だからこそわからないの。レイジは私が魔族の見た目だから興味を持ったのか?それとも同じ勇者として興味を持ったのか?それとも...女の子として、興味を持ったのか?それが分からないの。だから私は怖いのかも...私の思い違いだったらどうしようって思うの。」
ネネは心の奥底で思っていたことをあんこに言った。あんこはそれを聞いてうーんと悩んで答えた。
「たぶんレイジはネネのことが女の子として好きなんだと思うよ?だってレイジのあんなにおどおどした態度は見たこと無いもん!いつもはクールで感情を表に出さないで淡々としゃべる機械みたいな感じなのに、ネネの前だとすっごく可愛い人になってるもん!」
「そ、そうなの?」
「そうだよー!レイジが本を読んでる時に見せる悪ーい顔は、レイジ曰く『新しい発見をしたときに今までわからなかったことが分かるようになるのが面白い!』らしくて、あたしにはそういうのぜーんぜんわかんないんだけどねー。でも、ネネの前だとそういう顔はしないもん!だから、レイジはネネのことが好きなんだと思う!」
「そ、そうなのね...でも...私は...まだ自分に自信を持てないわ...もしかしたら魔族の女の子ならだれでもいいんじゃないかって思うと、それを否定できない自分がいるの...」
「うーん?よくわかんないなー。あたしは恋したことがないからねー。恋ってめんどくさいものなんだね!」
あんこは笑顔で言った。ネネは苦笑いをしながら「...そうね。」と優しく言った。
「それにしても遅いなー!あの子たち!...お寝坊かな?」
あんこは全然起きてこないダンたちを不思議に思った。