人助け
三人は人目のつかない場所へと移動した。あんこは周囲を確認し、誰もいないことを確かめると、安堵の息をついた。
「もう!ヒヤヒヤさせないでよ!私たちが恨まれるところだったじゃないの!」
あんこは頬をぷーっと膨らませ、眉間にしわを寄せた。レイジは両手を上げて困った笑みを浮かべた。
「あぁ、悪かったよあんこ。無神経だったよ。」
レイジはまたやってしまったと後悔した。ゴゴは腕を組み、首を傾げて口をへの字にした。
「恨まれるって、なんでだ?この街を破壊したのは魔王軍の奴らだろ?ん?」
その言葉に二人は唖然とした。
「もしかしてゴゴって、人の気持ちが全くわからないタイプの人?」
あんこは困惑と愛想笑いを同時に顔に出して言った。
「ん?ああ、そうなんだよ。俺は戦うことしか考えてない生き物だから、他人の感情を読み取るのは生まれてからやったことがないんだよ。やる気もないし。」
ゴゴは当たり前だと言わんばかりに涼しい顔をしながら言った。あんこの顔に少しばかり怒りが入った。
「そうーなのーねー。へー。」
あんこは『めっちゃわがままだなー』と心に思いながらも、今後の関係を考えてあえて言わないでおいた。
「めっちゃわがままだなー。この世に自分しか生きてないと思ってるんじゃないのか?」
レイジは素直だった。
「へへへ、まぁね。俺の人生なんだ、俺の好きなように生きるさ。」
ゴゴは親指を立てて真っ白な歯を輝かせた。レイジとあんこはただ愛想笑いを続けるしかなかった。
「あんたたち!こんなところにいたのか。」
微妙な空気を切り裂くように、姉御が登場した。
「人命救助は終わったし、これからどうする?街の再建を手伝うかい?まぁ、最低でもシールドぐらいは張る手伝いをしようかと思ってるんだけど。」
「シールドなんてただの気休めでしかないでしょ。現に魔王軍の二人に簡単に破られてるし。それよりも魔王退治の準備をする方が先だろー。」
ゴゴは相変わらず無神経なことを言う。
「たしかに気休めかもしれないけど、家を失った人たちにとっては無いよりましでしょ。それに、魔王軍を追うって言ってもこの世界中のどこに魔王軍の基地があるのかとか、どれくらいあるのかとか、情報が全然無いじゃない。それを闇雲に探すなんて時間の無駄でしょ。」
姉御は目をゴゴに向けて言った。ゴゴは下唇を噛んだ。そのやりとりを聞いて、レイジは手を叩いた。
「よし。じゃあシールドを張ろう。姉御、シールドって後何枚ぐらい残ってる?」
姉御は腕を組み、自身の記憶を探った。
「確か、あと3枚だったかな?この街で補充する予定だったから、もうほとんど残ってないよ。まぁ、その街がこの有様だからシールド売ってる店もぺしゃんこだろうけどね。」
姉御は苦笑いをした。
「じゃあシールド全部あげよう。動力源は元々張ってあったシールドのものがまだ地下にあるはず。地下が崩れてたらどうしようもないけど。」
レイジは苦笑いをした。
「えぇ!?シールド全部あげちゃうのぉ!?じゃあまた交代で夜の見張りするの?私やだよ!夜更かしは健康に悪いんだよ!?」
あんこはレイジの提案に反発の声を出した。すると、ゴゴが急に高らかに笑い出した。
「ハーッハッハッハ!心配ご無用!何しろこのゴゴは夜の見張りが大好きなんだ!ラッキーだったなぁ!」
ゴゴは輝く白い歯を見せながら、親指を立てて笑った。あんこは苦笑いをした。姉御は手を叩き、皆の注目を集めた。
「じゃあシールドを全部あげちゃおうか。私たちは強いし、何より敵はシールドを一瞬で破壊する技術を持っているからね。張っててもあんまり意味なさそうだわ。」
その言葉に他の三人は同意した。それを見て姉御は続けて話をした。
「よし、じゃあまずはこの町の町長さんに会ってシールドの電力が生きてるか聞きに行こう。」
「オーケーオーケー!さっさと行ってちゃっちゃと終わらせよー!そして強い奴と戦いに行こう!」
ゴゴは強い奴と戦えるかもしれないことにウキウキしていた。
四人は街の中央へ行き、そこに集まっている人に町長は誰かを聞いて回った。そして町長さんに会うことができた。町長さんはレイジ達が思っていたよりも若く、推定35歳ぐらいの顎髭を生やしたダンディな人だった。
「旅のお方か。なんのようでこの街に来たのかはわかりませんが、あいにくこのような事態です。お求めのものは瓦礫に埋まっているでしょう。」
町長は街が崩壊したにもかかわらず、とても冷静だった。レイジはこれがこの街をこの若さで束ねるものの器かと感心した。そして姉御が一歩前に出た。
「私たちはシールドを渡しに来ました。3枚しかありませんが、気休めなら十分かと思います。」
姉御は手のひらサイズの円盤を三枚取り出し、町長に手渡した。
「おお!とてもありがたいです。ですが、あなた達がなぜこの街に貴重なシールドを譲ってくださるのですか?理由を教えていただけませんか?」
「特に深い理由はありません。ただ、目の前で困っている人を見かけたら助ける。そうしないと気が済まない者がこの中に一名いるだけです。」
その言葉にあんこは照れ臭そうに笑った。
「そうですか。その言葉を全て信じたわけではありませんが、あなた方の善意を遠慮なく受け取らせていただきます。本当にありがとうございます。」
町長は頭を深く下げた。
「それで町長さん、この街のシールドの電力は今生きているのでしょうか?」
姉御の質問に、町長は頭を上げて困った表情を浮かべた。
「それが、まだ分からないのです。今から確認しようと思い、ここに来たのです。」
「そうですか。では早速確認に行きましょう。」
「ええ、幸いここら辺は被害が少なく、建物も壊れていないのでおそらく無事であると思います。」
町長はそう言うと、中央の建物へと入っていき、レイジ達と一緒にエレベーターに乗り込んだ。そして鍵を差し込み、暗証番号を入力した。するとエレベーターはボタンにはない地下へと進んでいった。
地下に着くとそこは真っ暗だった。町長は持っていた懐中電灯をつけて辺りを照らした。目の前に大きく頑丈な扉があった。町長は扉の右にあるボタンにまた暗証番号を打ち込んだ。すると扉は唸りながらゆっくりと開いた。レイジ達はその扉の奥へと進んだ。
扉の奥には、バスぐらいの大きさのジェネレーターがあった。
「今から再起動させてみますね。目立った損傷はないですからおそらく動くと思いますよ。」
町長は喋りながら手を動かし、ジェネレーターに接続されたパソコンをカチャカチャと打ち込みだした。すると、ジェネレーターは大きな音を立てて空色に光り出し、真っ暗だった地下の電球に光を灯した。
「おお!動きだした!」
レイジは驚きと安堵の声を発した。
「よかった!電力は生きていました!早速地上に戻りましょう!」
町長は喜びながらエレベーターに乗り込んだ。
レイジ達が地上に戻ると、何やら騒がしい雰囲気だった。
「なんだ?なんかみんな困惑してないか?」
レイジはすぐにその雰囲気を察知し、警戒していた。町長は近くにいた男に何かあったのかと聞いた。
「あぁ、町長さん。今、サンシティの新聞が届いて...そしたら、ほら!」
男から渡された新聞の一面には、大都市サンシティの王様からの声明文が載っていた。
『魔王の復活によって多くの都市が破壊的打撃を受けた事を知りました。幸いこのサンシティは攻撃を免れましたが、おそらく魔王の復活は本当のことでしょう。そして、勇者の復活もまた事実なのかと思います。そこで、我々は、このサンシティに勇者を呼び寄せたいと思います。この放送を聞いている皆さん、もし勇者を知っているのであれば、是非ともこのサンシティに来ていただくよう伝えてください。ここには大量の武器があり、勇者を支援できる物資もあります。全世界の皆さん、共に魔王を討ち滅ぼし、再び平和を築き上げましょう!』
王様は感情を込めて演説を行なっていた。それを聞いたこの街の人々は、希望の光が照らされたかのように生きる活力を湧かせていた。
「はぇー、勇者と魔王が復活したのかー。どんな強さなんだろうなー、戦ってみてぇなぁ。」
ゴゴは虫取りに夢中な少年のように目を輝かせていた。三人はそれぞれ困った顔をしていた。そして姉御が重たい口を開いた。
「あー、その事なんだけど、実はここにいるレイジが勇者かもなんだよね。」
「なにぃぃぃぃぃぃ!?」
ゴゴは目をひん剥かせて驚いた。脳の処理が追いついていかず、ゴゴはがむしゃらに顔を動かし、目を動かした。しばらくしてゴゴは深く息を吸い、呼吸を整えた。
「じゃあ、なんだ、その、えっと、えっ?なんで勇者だって思うんだ?」
ゴゴは眉間にしわを寄せながらレイジに聞いた。
「そのー、俺も今の今まで自分が勇者だなんて思ってもなかったけどよ、谷底にあった部屋みたいなところでこの刀を手にした時に勇者の記憶みたいなのが頭の中に溢れてきたんだよ。」
レイジの説明にゴゴはより一層眉間にしわを寄せた。
「はー、なるほど。その刀って、神のへそくりだよな?」
ゴゴはレイジの持っていた刀を指差しながら聞いた。
「ああ、そうだよ。でも、これが本当に勇者の刀なのか分からないし、それに俺に流れてきた記憶だって勇者の記憶なのかもわかんないんだ。あくまでも、そうかもしれないって話だからあんまり期待するなよ」
「あぁ、なるほど。もしかしたらって事か。なーんだ確証はないのか!」
ゴゴはようやく眉間にしわを寄せるのをやめて笑い出した。そして一通り笑い終えると笑顔で聞いた。
「それで?これからどこへ行くんだ?俺としてはとにかく強い奴と戦いたいんだが、どうだ?」
ゴゴの提案に三人は俯いて無言で考え出した。そしてレイジが顔を上げてじっとゴゴの顔を見た。
「サンシティに行こう。たしかに俺は勇者じゃないかもしれないけど、それを確かめるためにも行くべきだと思う。」
その言葉にゴゴは渋い顔をした。
「えぇー、強いやつに会いに行くんじゃないのかよー。」
「強い奴がどこにいるのかなんてわからないだろ?だったらサンシティに行くのが一番だと思う。それに、もしかしたら本物の勇者に会えるかもしれないだろ?そしたら存分に戦えるんだぞ?」
レイジは駄々をこねる子供をあやすように提案した。ゴゴはニヤッと声のない笑みを浮かべた。
「なるほどな!確かにそうかもしれない。それならさっさとサンシティに行こう!」
ゴゴはやる気満々に歩き出した。三人はなんて単純な奴なんだと心の中で思いながらゴゴと共に歩き出した。