一方あんこたちは...
一方あんこたちはスラムタウンを散策していた。
「ひどい街だねー。みんな死んだような顔してるよー。」
あんこは街を歩く人々の顔に生気がないことを知った。姉御は悲しそうに微笑んだ。
「そうだね。この町は人の悪意がはびこる街だからね。それにどんな悪事も見逃されているから、まともに生きようとする人がいなくなっているんだろうね。」
「ほんとだよー。こんなにひどい所は初めて見たよー。なんでここの人たちは他の場所に行こうと思わないの?」
「そうだねー、きっとここの人たちは外に出たくても出られないんじゃないかな?」
「それって、怖いから?」
あんこが姉御の顔を覗き込むように聞いた。姉御は優しく首を振った。
「うーん、それもあるかもだけど、こんな街に流れ着くしかなかったんじゃないかな?外の町で追い出されて、生きていくためにこの町で姿を隠しているとか。例えば犯罪を犯してこの町まで逃げてきたとか、親を失ってこの町に行きついたとか、借金から逃れるためにこの町に来たとかね。」
姉御は思いつく限りのことを言った。あんこは「ふーん」と言って、考えた。
「じゃあ、こんな最低な街だけど、そこでしか生きていけない事情があるって事なの?」
「みんながみんなそうってわけじゃないと思うけど、少なくともそういう事情がある人もいるって事よ。」
姉御はあんこの頭を優しくなでながら言った。あんこは口をアヒル口にして嬉しそうに撫でられた。そしてその話を聞いていたネネが口を開いた。
「そうね...私も山に住んでいたけど、好きで住んでいたわけじゃなかったわ。それと同じってことかしら?」
ネネの質問に姉御は頷いた。
「ああ。まさにその通りだと思うよ。ネネは正体がばれたくないから山に隠れて住んだ。ここの町の人もそれと似たようなものよ。」
「そう...」
ネネは一言だけつぶやいて町に住む人を悲しそうな眼差しで見た。
『ここに住む人たちも、私と同じだったんだ...』
ネネは心の中でそう思い、物悲しくなった。そんなネネの眼差しを見てあんこは心配になった。
「ネネ?大丈夫?」
ネネは感傷に浸っていたところをあんこに声をかけられてハッと気づいた。
「な、なに?どうしたの?」
ネネは自身の悲しい過去とこの町の子供たちを重ね合わせていたせいで、あんこの言葉が頭に入っていなかった。
「なんか、心が体から離れちゃうみたいな感じだったから、心配になっちゃって...」
あんこの心配そうな表情にネネはフッと優しく微笑んだ。
「大丈夫よ。ちょっと、昔の自分を見ているみたいで、悲しくなっちゃっただけなの。」
「悲しくなったの?じゃあ、どうしたらその悲しみはなくなるの?あたしに手伝えることある?」
あんこのやさしさにネネはジーンと胸が熱くなった。そして勇気を出して震える手をあんこの頭に当てて撫でた。
「大丈夫。心配してくれて...その...あ、ありがと...」
ネネは他人に触れるのが怖かったが、それ以上にあんこのやさしさに感謝していた。だからお礼として頭を撫でた。あんこはまたとろけた顔をしながら「デヘヘー」と言って嬉しそうにした。そして姉御がネネの勇気に感動した。
「よく頑張ったね、ネネ。他人に触るなんて、怖かっただろうに。」
「ベ、別に、怖くなんか...ないけど...」
ネネは褒められたことに照れて、照れ隠しの為に平気を装った。姉御はそれを見て『可愛らしいなー』と思った。
「全く、素直じゃないんだから。」
姉御は優しく微笑んで言った。そんなやり取りをしている最中に、とある子供があんこたちに近づいた。
「ねえ!お姉ちゃんたち!お姉ちゃんたちはどこから来たの?」
あんこたちに話しかけたのはボロボロのシャツとズボンを着た黒い肌でチリチリとしたくせっ毛の男の子だった。そしてその後ろには同じような格好をした白い肌で赤毛の気弱そうな女の子。それを守るように前に立っている褐色の肌をした金髪の少年がいた。
姉御はその少年たちに少し警戒しながらもしゃがんで目線を合わせた。
「あたしらは、いろんな所を旅してるんだ。君たちはこの町に住んでる子?」
姉御の質問に黒肌の少年はにっこりと笑った。何本か抜けた歯が子供っぽさを強調していた。
「うん!そうだよ!俺たちはこの街に住んでるんだ!」
「そうなの。じゃあ、君たちの名前は?」
「俺はダン!んで、こっちの弱そうなのがルーシー!」
ダンが指さした方向には赤毛の女の子が金髪の男の子の背中に隠れながら、不安そうにこちらを見ている。
「ど、どうも...」
ルーシーはチラチラとこちらを見て怖がりながら小さな声で言った。
「そして!こっちにいるのがジャック!」
ダンが指さしたのは金髪の男の子だった。ジャックはルーシーを守るように手で覆いながら歯を食いしばって姉御の方を見た。
「お、お前らなんて、こわくないんだからな!」
ジャックは震える唇で必死に言った。その様子に姉御はさすがに自分たちを騙そうとしているわけじゃない事に気づき、警戒を緩めた。
「ああ。よろしくね。それでダン?どうしてあたしらを呼んだんだい?」
姉御は聞いた。ダンはにっこりと笑った。
「実は俺たち聞いちゃったんだよねー!お姉ちゃんたちがドナルドに会いに行くってさ!」
「ああ。その通りだけど?」
「だからさー!俺たちもドナルドに会わせてくれよー!俺!ドナルドみたいになりたいんだ!強くなって、いろんな奴らぶっ飛ばして!こんな生活から抜け出して―んだ!」
ダンははしゃぎながら言った。それを聞いた姉御はすこし困った顔をした。
「うーん、残念ながら会わせることはできないかなー。そんなに仲がいいわけじゃないからね。」
「ええーー。」
ダンは不満そうにほっぺを膨らました。姉御はダンの頭をなでた。
「ごめんねー。」
「じゃあさ!俺のこと強くしてくれよ!俺、強くなって、この町で誰にも負けないようになりたいんだ!そして俺がこの町を変えるんだ!もっと住みやすい街にする!」
ダンの夢にあんこは感心した。
「ダン君!それ、すっごくいいアイデアだね!あたしも協力する!」
あんこはダンの手を取ってにっこりと笑った。ダンも自身の夢を褒められてにっこりと笑った。
「ねぇ!じゃあさ!俺たちの秘密基地に来てよ!そこならいっぱい動けるよ!」
ダンはあんこの手を引いて走り出した。そのダンに続くようにジャックとルーシーも付いて行った。
「...どうするの?」
ネネは姉御に聞いた。姉御は困った顔をした。
「...仕方ないねぇ。あんまり深入りしたくは無かったけど、あんこがその気だしね。それに、子供を使っておびき寄せて大人が旅人を襲うかもしれないし、行くしかないね。」
「...そうね。あんこはすぐ人を信用するものね。」
「あんこのことが心配かい?」
姉御はニヤリと笑って聞いた。ネネはフードを深くかぶった。
「そ、そんなんじゃないわよ。ただ、私が見張っておかないとレイジたちと合流したときに怒られるかもしれないから。それがイヤなだけよ!」
ネネは素直になれなくて適当な理由を言った。姉御はフフッと笑った。
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ダンに連れられてきた場所は街の外にある森の中だった。その森は高い木々が生い茂り、人の手が入っていない場所だった。
「この森の木の上に、俺たちの秘密基地があるんだ!でも、そこは教えないよ!俺たちだけの秘密の場所だもん!」
「へえー!秘密基地なんて、すっごく面白そう!」
「だろー!俺とジャックとルーシーで見つけたんだぜ!作ったのは誰か知らないけど。」
「そうなの?」
「うん!そうだよ!そしてこの森で俺たち三人は秘密の特訓をしてるんだ!ここならお姉ちゃんたちに修行つけてもらえるでしょ?」
「うん!いいよー!」
あんこは二つ返事で了承した。ダンは飛び上がって喜んだ。しかしジャックとルーシーはいまだに警戒していた。
「お、俺はまだお前たちのこと信用してねーからな!ルーシーに手を出したら許さないからな!」
ジャックは手に木の棒を持って言った。
「ジャ、ジャック君...」
ルーシーはジャックの背中にべったりとくっついて隠れていた。その怯えようにあんこは心配した。
「大丈夫?あたしのこと怖いの?」
「こ、怖くなんかねーよ!」
ジャックは強がった。そこにダンが入ってきた。
「ジャック!大丈夫だって!この人たちはドナルドの知り合いだぜ?悪い人じゃないって!きっと!」
「ダン...」
ジャックは振り上げていた木の棒を下ろした。そしてルーシーもビクビクしながらあんこのことを見た。あんこは優しく微笑んでいた。そのほほえみは三人の警戒心を緩めるほどに明るく美しい笑顔だった。
「...わかったよ。」
ジャックはそう言ってうつむいた。そして姉御とネネが追いついた。
「あんこ。大丈夫かい?」
「あ!姉御ちゃん!うん!この子たちとちょっと仲良くなったよ!」
あんこは姉御の胸に飛び込んだ。姉御は優しくあんこの頭をなでた。
「そうかい。やっぱりあんこは不思議な力を持った子だね。あんこの笑顔はすべての人類の心を明るく照らすからね。」
姉御の言葉にネネは不思議に思った。
「...そうなの?」
「まあ、あたしが感じた事だからね。ネネもそう感じなかったかい?」
姉御に言われてネネははっと気が付いた。
『確かに、いつの間にかあんこは私の心に入って来てたわね。私はそれを心地いいって思ってたわ。もしかしてあんこには人の心の警戒を解く能力があるのかしら?でも、本人はそんなのお構いなしって感じだし...そういう裏表のない所が警戒を解かせるのかしら?』
ネネはそう考えた。
「そうね。確かに私もそうだったわ。いつの間にか私と親しくなっていたわね。」
「そうだろう。それがあんこの一番の武器だとあたしは思うよ。」
姉御はあんこの頭をなでながら言った。