一難去ってまた一難
カメの幻獣はダラーッとしていた。その姿にその場にいた全員が唖然とした。そしてファイアが口を開いた。
「なあ、アイス。おまえが言ってたやつってこれのことか?」
「ああ。間違いない。」
「マジかよ。めんどくせーことになってきたな。」
「ああ。魔王様に報告した。返信が速いと助かるが...ああ、もう来た。『帰投せよ』だそうだ。」
「マジかよ!これから楽しむ途中だってのに...」
「魔王様の命令だ。行くぞ。」
そう言ってアイスとファイアは腕時計のスイッチを押すと、ギュンという音と同時にその姿が消えた。
「すみません...だーれか、お水。持ってませんかー?」
カメの幻獣はぐでーっとしたまま言った。レイジたちは恐る恐る話した。
「ああ、まずは、自己紹介からお願いしてもいいか?」
レイジがそういうとカメの幻獣はやる気なさそーにため息をついた。
「どーも。幻獣、です...」
「...え?終わり?」
レイジはその適当過ぎる挨拶に驚いてツッコんだ。
「ここまで...がんばって...動いてきたから......ハァー...」
カメの幻獣は途中でしゃべるのも面倒くさくなってしゃべるのを辞めた。レイジは思わずツッコんだ。
「せ、せめて最後まで言えよ...」
レイジたちはそのマイペース過ぎる幻獣にどう対処していいのかわからなくなった。そしてあんこがレイジに聞いた。
「ね、ねぇレイジ。この幻獣さんはなんでここに来たの?」
「それは、わかんないけど...」
「た、闘っても、いいのかな?」
「ど、どうなんだろう?敵意があるようには見えないけど...でもしゃべる幻獣と言えばあの蛇の幻獣だな。あいつは強そうだったけど、このカメの幻獣は...なんというか覇気がないよな。闘う気あるのかな?」
レイジとあんこが小声で話し合っているとカメの幻獣は大きなあくびをして眠り始めた。
「えええ?寝ちゃった?」
あんこはさすがに驚いた。そして姉御が全員を集めて話し合いを始めた。
「どうしようかね?あの幻獣。今なら倒せるかもね。」
姉御はそう言った。すると昆布が意見を述べた。
「でも、相手は幻獣でござるよ?しかもしゃべるタイプの!今の眠りだって、明らかにこっちを誘う罠に決まっているでござる!」
その意見にネネは同意した。
「私もそう思うわ。幻獣と戦った経験はほとんどないけど、油断はしない方がいいと思うわ。」
そしてレイジも同意した。
「そうだな。ここでむやみに刺激して幻獣と魔王軍の二つと戦争することになったら、笑えねーしな。」
ゴゴだけは反対だった。
「ええええええ???こーーーーんなに強そうなやつと闘わないのぉ???そんなのもったねーよ!勿体なさすぎだぜ!」
ゴゴはまだ動けない体なのに闘う気満々だった。それを見てレイジたちはゴゴに冷たい視線を送った。そしてレイジがゴゴに言った。
「ゴゴ。お前その体で戦う気か?明らかに負けるだろ!やめとけやめとけ!」
ゴゴはへっへっへと笑った。
「ヤバくなったら、レイジたちが俺を助けてくれよ!な?」
「おいおい!自分の尻拭いを俺たちにやらせようってのか?あんまりそんなわがままな態度だとお灸をすえることになるぞ?」
「お灸をすえる?」
「姉御のゲンコツだ。」
「えへへ、それだけは勘弁!」
ゴゴはヘラヘラしながらも謝った。それを見てレイジは『さすがのゴゴも姉御のゲンコツは痛いんだな...』と思った。
「よし、じゃあ刺激しないように注意してこの場は静かに逃げようか?」
レイジは提案した。そしてあんこたちは全員頷いた。ゴゴは不満そうな表情をしたが、何も言わなかった。そしてレイジたちがこっそりとマフィアタウンに向かおうとしたところ、丁度カメの幻獣は目を覚ました。
「うん!?この感じ...なーんかヤな感じ?」
カメの幻獣がそう言って起きたとき、レイジたちはビクッと体をはねらせた。そしてゆっくりと振り返るとカメの幻獣はゴゴと同じ不満そうな顔をしてレイジたちを見ていた。
「な、何でしょうか?」
レイジはなるべくカメの幻獣の機嫌を損ねないように丁寧に聞いた。すると地面が揺れ始め、カメの幻獣の横の大地から白いおおきな蛇の幻獣が姿を現した。
「うわああああ!!?またでたああああああ!!?」
昆布は思わず叫んでレイジの背中に隠れた。
「お、おい!くっつくな!動きづらいから!」
レイジはしがみついてくる昆布を引きはがそうとしたが、昆布はガッチリとレイジの背中を掴んで離さなかった。
「わっはははっ!!探したぞ!カメ!!」
「っっ!!?その声は、ネネの村であったあの幻獣!?」
レイジはその声で気づいた。蛇の幻獣はうん?と首をレイジたちの方へと向けた。そして驚いた。
「な、なんと!?お主はあの時の坊やではないか!?まさか、わらわに会うためにここで待っていたと申すのか!?い、いかんぞ!そなたのその情熱的なアピールはとても嬉しいのじゃが、今わらわが用があるのはこっちのカメの方じゃからな!じゃが、その熱意だけはきちんと心にとどめておくでな。」
蛇の幻獣は相変わらずの妄想劇場を繰り広げていた。
「うわぁ...あなたが、来ましたかぁ...これは、めんどうなことに...」
カメの幻獣がすべてを言い終わるより前に蛇の幻獣はしゃべり始めた。
「相変わらずしゃべるのがトロイ男じゃのう。お主はカメ過ぎるのじゃ!もっとギャップという奴は無いのか?」
「そんなこといわれたってぇ...僕だって頑張って...」
また、蛇の幻獣は言い終わるのを待たずしてしゃべり始めた。
「そんなことより!お主はなぜこの勇者の坊やたちと会っておるのじゃ?ま、まさかお主もこの坊やに惚れてしまったのか!!?」
「いやぁ、ただ歩いてたらぁ、美味しそうな匂いに釣られてぇ...」
「なんじゃ。ただの食欲か。つまらんやつじゃのう!もっと恋バナみたいな面白い話は無いのか?」
「なぁいよぉ。まだ目が覚めたばっかりだしぃ...というか...セイちゃんこそ、なんでこんなところにいるのぉ?」
カメの幻獣は蛇の幻獣のことを『セイちゃん』と呼んだ。レイジはそれを疑問に思った。
「セイちゃん?それがお前の名前か?」
「うん?なんじゃ、お主、わらわの名前すら知らずにあんなあっつぅいアピールをしておったのか?」
「いや、一回もしたこと無いけど...」
「そうかそうか!そういえば名乗っておらんかったのう!わらわの名は青龍。そしてこっちのトロイカメが、玄武じゃ!」
「ああ。どうもぉ。」
セイリュウとゲンブはレイジたちに自己紹介をした。レイジは一応自己紹介を返した。
「ああ、俺の名前はレイジ。んで、姉御とあんことゴゴと昆布とネネだ。よろしく。」
レイジの丁寧な対応にネネは不安になった。
「ちょっとレイジ!こんな怪しい奴らに名乗っても大丈夫なの?」
「まあ、襲ってくるわけでもないし、一応失礼のないようにした方がこの場を乗り切れそうだし。」
レイジはそう言った。ネネは少し不安そうな表情をしてレイジを見ていた。レイジはそんなネネを見てどうにかしてあげたいと思ったが、どうしたらいいのかわからず、困ってしまった。そして姉御は幻獣に聞いた。
「...それで?あんたたちの目的はなに?あたしたちの命かい?」
セイリュウは答えた。
「わらわはただカメをからかいに来ただけじゃよ。それと、そこの坊やが取り込んだ幻獣に用があっての。」
セイリュウはレイジの方を見た。
「おれ?俺の火の幻獣のことを言ってるのか?」
「うむ!お主の取り込んだ幻獣はな、わらわたちにとっては大切な仲間なのじゃ!名は朱雀。なんでお主に取り込まれたのかはわらわには分からぬが、一応挨拶をしておこうと思ってな!」
そう言うとセイリュウはフーッとレイジに息を吹きかけた。するとメラメラとレイジの体から炎が出てきた。
「なに!?俺は炎を作ろうとしてないぞ!?」
レイジは自身の体に起こった現象に驚いた。そして昆布も驚いた。
「レ、レイジの体が燃えちゃったー――!!?」
昆布はあたふたと辺りを駆け回った。そしてレイジの体は完全に炎に包まれた。そして勢いよく湧き上がる炎の中に、鳥の顔らしきものが見えた。それはセイリュウとジッとにらめっこをしていた。
「レイジ!?ねえ!大丈夫なの!?」
あんこはレイジに呼び掛けた。
「ああ。全然大丈夫だ。けど、炎が抑えられねー。危ないから離れていてくれ!」
レイジは意外と冷静に言った。それを聞いてあんこたちはほっとした。そしてセイリュウとのにらめっこも終わり、その炎はレイジの中へと戻っていった。
「うおお!?戻った...な、何をしたんだ!?」
レイジはセイリュウに問い詰めた。しかしセイリュウはなにやら考え事をしていた。
「ううむ、そういう事か...ドジを踏んだもんじゃのう。スザクらしからぬドジじゃな!」
セイリュウは独り言をつぶやいていた。そしてレイジは再び問い詰めた。
「おい!聞いてるのか?俺の体に何をしたんだ!」
「うん?おお、坊や。そんなに怒るでない。ただそなたの中におる幻獣と話をしてただけじゃ。なにも心配することは無いぞよ?」
「前もそんなこといって村人を全員殺したよな?俺はもう信用出来ねーよ!」
「ああ!あれはお主が元に戻せと言ったからそうしたまでじゃよ。戻した結果どうなるのかを聞かなかったお主が悪いんじゃないかのう?」
セイリュウはイヤーな笑みを浮かべた。レイジはぐぬぬと怒りを抑えた表情になった。
「お前が村人を皆殺しにした目的はなんだ?」
レイジは感情を押し殺して聞いた。
「それはわらわが復活をするためじゃな。」
「復活?」
「さよう。わらわたちのこの姿は本来の姿ではない。わらわはもっとかっこよくて、かわいくて、美人で、スタイルも良くて、肌もピッチピチの美しい存在だったのじゃ。それが今ではこんなかわいさしかない姿になってしまってのう。」
「いや、かわいくはないだろ...」
レイジはそうつぶやいたが、セイリュウは気にせず話をつづけた。
「じゃから、わらわは人間の魂を食らい、かつての姿を取り戻すために人間どもを殺したというわけじゃ。わかったかの?」
「ああ。お前らは自分の為だけに人を殺すやつって事が十分伝わったよ。」
「ううむ、勘違いしてはいかんぞ?坊や。これはただの食物連鎖なのじゃ。動物が草を食い、その動物を獣が食い、その獣を人間が食い、その人間をわらわたち幻獣が食ろうておるだけの話じゃ。恨みや怒りで殺しておるわけじゃないのじゃ。人間が人間を殺すときの理由に比べれば、まっとうな理由じゃろう?」
セイリュウはそう言った。それに対してレイジは反論できなかった。
「...確かにそうかもしれないな。」
レイジの放った一言にネネは驚いた。
「ちょっとレイジ!?こんな幻獣たちの肩を持つ気?」
「そうじゃねーけど、少なくとも遊びで殺すわけじゃないならいいのかなって思っただけだよ。生きるために仕方がないって事なら、まあ、納得かなって...」
「でも、人間を食べなくても生きていけるんじゃないの?今の話を聞くと元の姿に戻るために人間を食べる必要があるだけでしょ?」
ネネは鋭い質問をした。セイリュウはまたも悪い笑みを浮かべた。
「ほう...わらわの話をきちんと聞いておったな。しかし残念じゃが、わらわたちが人間の魂を食らわねば生きていけないのは本当のことじゃ。じゃがお主のいう様に、復活するために必要な魂の量に比べれば、ほとんど食らわずとも生きてはいけるのも事実じゃ。」
「...やっぱり。あなたの言うことは全部含みがあるように聞こえるの。嘘は言って無いけど真実じゃない感じ。」
ネネの鋭い感性に昆布とレイジは驚いた。
「はぇー!そんなのよく分かったでござるね!拙者は完全に信じていたでござるよ!」
「ああ。俺もそうだ。自分の知りたいことが知れたから満足してしまった。ネネがいてくれて助かったよ。」
二人に褒められてネネは何も言わずに口をとんがらせていたが、すこし頬を赤らめて嬉しそうな顔をしていた。セイリュウはそれを見て「フーン」と楽しそうに笑った。