筋肉戦闘バカ
「なあ、放してくれよー。ちょっと調子に乗っただけなんだからよー。寛大なお二人ならちょっと生意気な俺を許して下さると信じていますよ!」
筋肉隆々の男が全身をぐるぐる巻きにされた状態でファイアとアイスに連れられてきた。それを見た姉御たちは皆驚き、同時に戦闘態勢に入った。
「まあ、落ち着け。戦いに来たんじゃない。」
アイスは右の手のひらを相手に向けて戦う意思がないことを示した。ファイアは右肩に乗せていたゴゴを地面へと雑に投げた。
「ああん。もっと優しく!」
ゴゴは気持ち悪い声を上げた。しかし、誰一人としてそのことに反応するものは無かった。
「魔王様からの命令だ。この筋肉だるまをお前らにやれってさ。」
ファイアは掃除が終わった後にするような手と手をはたき合う動作をしながら言った。
「えっ?どゆこと?魔王が俺たちにそいつをプレゼントするって事か?」
レイジは眉間にしわを寄せ、中途半端に口を開きながら聞いた。
「おっ!理解が速くて助かるぜ。まさにその通りだ。有難く受け取ってくれや。」
ファイアは右手でサムズアップをして、きらりと輝く白い歯を見せながら笑顔で答えた。しかしレイジたちは全く信用する気は無く、武器を取り出して臨戦態勢に入った。
「まあ、信用できないのは分かるが、とにかく俺たちはこいつをあんた達にやる。あとは好きにしろ。」
アイスはそれだけを言い残し、ファイアとともにその場を立ち去った。残された彼らは微妙な空気のまま動けずにいた。
「なあ、恐らく親切な人たち。このぐるぐる巻きをほどいてくれねえか?」
そんな空気を切り裂いたのは、ゴゴの気の抜けたへらへらした声だった。その言葉で三人は正常な思考を取り戻し、レイジは顎に手を当てて姉御たちに目を向けた。
「こいつ、どうする?明らかに罠にしか思えないんだが。魔王の送り込んできた刺客に違いないだろ。」
その言葉にゴゴは信じられないといわんばかりに目玉をひん剥かせ、口を開けた顔でゆっくりとレイジの方へと向いた。そのあまりにも迫真の顔面にレイジは失笑してしまった。そして顔を少し赤らめながら生払いをした。
「姉御、こいつになんか用があるのか?こいつの顔をよく見て判断してくれ。」
レイジは真面目な顔をして姉御に訊いた。姉御は深呼吸をし、苦虫を噛み潰したような表情をして、ゴゴに恐る恐る近づいた。ゴゴもその表情を見て真面目な顔をして姉御を見つめ返した。少しの間彼らは見つめ合い、姉御が眉間にしわを寄せながら目をそらし、うつむいてうなり始めた。
「姉御、大丈夫か?」
レイジは姉御の肩に手を置き、姉御の顔を覗き込んだ。その表情は苦しみと困惑が入り混じった表情だった。
「ああ、そうだなあ。結論から言うと、私の知っているヤツと同じ顔をしているけれど、私の知っているヤツとは真逆の性格をしているわ。だから直接彼に訊かないとわからない。」
姉御はいまだに表情は変えないままレイジに答えた。レイジはフムフムと首を縦に何回か振った。
「じゃあ早速聞けばいい。そいつが真面目に答えるかは分かんないけど。でもこの状況で嘘を隠し通せるとは思わないけどな。」
レイジは刀を取り出し、ゴゴの首元に当てた。ゴゴは目をぎゅっと瞑り、泣き出しそうな子供のような情けない顔をさらした。
「ああ、わかった。でも、これはあんた達には聞いてほしくない内容だから、少しの間こいつと二人っきりにしてくれないか?」
レイジは縦に頷き、あんこと一緒に遠くへと歩き出した。そして姉御とゴゴのやり取りを遠くから見ていた。姉御は淡々と話していき、ゴゴは初めはお茶らけていたものの、あるときにとても驚いた表情をし、その後はただ真面目に話し合っていた。
しばらく経ち、姉御がゴゴの拘束を解き、レイジたちに近づいてきた。
「待たせたね。もう話はついたよ。ゴゴはあたしらの仲間になった。今日からよろしく。」
姉御はゴゴの背中をたたき、ゴゴは苦笑いをした。レイジとあんこは口を開けたまま動けずにいた。
「...えっと、どういった経路でそうなったの?」
レイジは困惑した笑みを浮かべながら姉御に訊いた。
「まあ、色々あった結果そうなったのよ。ゴゴはなかなかいいやつだしね。少なくとも魔王の手先じゃないことは確かよ。」
姉御は自信に満ちた顔で答えたが、レイジはいまだに困惑していた。
「本当にわからない。殺す気で追いかけていた相手が、なんで仲間になるの?目的の人物とは違ったの?違ったとしても仲間にはならないだろ。名前すら知らなかった相手だぞ?そいつの性格とか目的とか色々知らなきゃ信用なんてできるわけねーよ。」
「おれ、戦い大好き。世界一強い奴になりたい。だから敵が多そうな勇者についてく。」
ゴゴは満面の笑みで答えた。レイジはさらに困惑した表情になり、ははは。と乾いた笑いしか出なくなっていた。姉御は笑いながらレイジの肩に手を置いた。
「大丈夫だって。絶対に裏切ることはしないから。というか、したら殺すからね。」
姉御は冷ややかな笑顔を浮かべ流し目にゴゴの方を見た。その目はその言葉が嘘偽りのない言葉であることの何よりの証明だった。その目を見たとき、ゴゴなレイジと同じ笑いが出た。姉御はぱっと表情を明るくし、あんこの方に向いた。
「あんこも問題ない?」
あんこは空中で膝をグッとまげて丸まった姿勢をして、幸せそうにアンパンをほおばりながら「んー。」と、肯定の音を出した。
「よし!じゃあこの件は終わり!さっさとこの町の人たちを救助に行くよ。」
姉御は走り出し、救助を待っている人々がいないかを探し回った。レイジはいまだに困惑したまま走り出した。ゴゴはその場に倒れこみ、寝た。
「な、何してんだ?ゴゴ。」
レイジはゴゴの奇行にさらにさらに戸惑い、思わず急ブレーキをかけた。
「俺は戦う事しか興味ないからなー。人助けは勝手にやっててくれ。」
ゴゴはプイッとレイジに背を向けるように寝返りを打ちながら言った。レイジは驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
「何を言ってるんだ?助けを求めてる人がいるんだぞ?お前のその筋肉が必要な時だろ。力を貸せよ。」
レイジは困惑からだんだんと怒りに変わっていった。
「ああ、悪いとは思うが、気分の乗らないことはやらないんだ。たとえそれがどんなにいい事だったとしても。」
「なーるほど。よくわかったよ。今後、お前には一切の期待を抱かないことにする。好きにすればいい。」
レイジは軽蔑のまなざしでそれを言うと、急いで街中を走り回った。
「……あねちゃんに報告するから。」
あんこも一言だけゴゴに言うとそのままふわふわと進みだした。そんな言葉を気にもせずにゴゴはあくびをして寝た。
街の救助をしていた姉御たちはあることに気づいた。
「これだけ街が破壊されたのに、救助を求めている人の数が圧倒的に少なすぎる。」
姉御たちが救出した人の数はたったの五人だった。
姉御たちが不思議がっていると、街の外からたくさんの人々がぞろぞろと街へ入ってきた。
「なんという有り様だ。俺たちの家がなくなっちまった。」
先頭を歩いていた男は膝から崩れ落ち、絶望の表情を浮かべていた。その男にレイジは近づき、肩に手を置いた。
「どうしてあなたは街の外にいたんですか?」
レイジは単刀直入に聞いた。その言葉に男は顔を上げて、少し考えた後に口を開いた。
「えっと、まず街の外にあの魔王の姿が映ったモニターが空中に出ただろ?だけど街に張られている結界越しだとよく聞こえなかったんで街の外に出たんだよ。そしたらなんか分かんないけどもっと近くで見たくなったんだ。」
「もっと近くで見たくなった?」
「ああ、あれは多分何かの催眠とか、神のへそくりとか、幻獣の能力とかの類だと思うんだ。俺以外の街の人たちも全員街の外に向かって歩き出してたよ。」
「それでその後は?」
「その後は映像が消えてボーッとしてたら、隕石みたいなものが街の結界をぶっ壊して入っていったのを見たよ。それで急いで街に戻ろうとしたらいろんな建物が破壊されて、黒煙が上がって、恐る恐るここまで来たって感じだな。」
「そうですか、ありがとうございます。」
レイジは立ち上がり、この場を去ろうとした。しかし、男がレイジの服にしがみついた。
「あの!俺、俺たち、これからどうしたらいいんでしょうか?安全な結界も無くなって、帰る家まで失って......今日はどこで眠ればいいんですか?食料は?明日はどこに行けば?何をすればいいんですか!?」
男は目に涙を浮かべながら、藁にもすがる思いでレイジに聞いた。それに対しレイジは顎に手を当てて考えた。
「とりあえずは瓦礫の中から食料と水を探し出して、夜は街の人たちと交代で見回りをしながら休んで、その次はこの街を再建するために瓦礫をどかしたり、もしくは襲われてない街へ行ったりしたらいいんじゃないですか?」
レイジは淡々と話した。その様子に男は唖然とし、掴んでいた手の力を緩めて、俯いた。
「そう、ですよね。そうするしか、無いですよね。」
そう言うと男は、魂が抜け落ちたかのようにその場で俯いたまま動かなくなった。そんな男を尻目にレイジはそそくさと立ち去った。
「......ちょっとひどい。」
そんな様子を瓦礫越しに見ていたあんこが、レイジに向けてトゲのある言葉を投げかけた。
「...まぁ、薄情だったとは思うけど。こういう時にどんな励ましの言葉をかけても、何の役にも立たないことは身に染みて分かっているからね。それよりも今後の目標に向かって前に進む方が大事だから、一応の目標は提示したつもりなんだけど、どうするかはあの人次第だと思うなー。」
レイジは目に諦めの色を浮かべながらあんこに言った。
「......ごめん。ちょっと感情的になっちゃった。」
あんこはレイジの境遇を知っているため、何も言い返さなかった。少しの間二人に重い空気が漂っていた。そんな空気をぶち壊すように、明るい笑顔と声色で手を振りながら、筋肉ムキムキのマッチョマンが走ってきた。
「んぉーい!そーんなところにいたのかーい!」
ゴゴはレイジとあんこに合流した。街の人たちの何人かが苛立ちの目線を送っていることを、全く意に介さずにゴゴはテンションを上げたまま話を続けた。
「なぁ、さっさと旅立とうぜ!こんな汚い場所に居ても敵は来ねえよ。もっとさー、こう、幻獣だとか、幻獣士だとか、魔王軍だとか、へそくり持ちだとか、そういう強え敵と戦いたいんだよ俺は!」
ゴゴはまさに、新しいものに熱中する少年のように目を輝かせて唾を飛ばしながら言った。レイジは街の人々のイライラした視線が背中越しに分かるほどに突き刺さっていた。
「ば、ばかやろう!今家を失った人たちの街を汚い呼ばわりするな!街の人たちめっちゃ怒ってるぞ!」
レイジは額に汗をかきながらゴゴだけに聞こえるように小さな声で喋った。ゴゴは顔を傾けて奥を見た。街の人々から怒りの赤いオーラがメラメラと燃え上がっていた。ゴゴはその様子を不思議そうに見ていた。
「あれは怒っているのか。復讐に闘志を燃やしているのかと思ったぞ。」
「人間誰しもお前みたいに前向きじゃないんだよ。たしかに、今怒るべき相手は俺たちじゃなくて、魔王軍だと思うけど、失礼なことしたのは事実だぞ。」
レイジは少し突っかかりのある言い方をした。あんこは二人がさらに火に油を注がないかヒヤヒヤしていた。
「もー!二人とも!いいからここを離れるよ!」
あんこは浮かび上がり、二人の背中を押してその場から逃げるように移動していった。