幻獣との契約
レイジたちが集会所に着くと、悪い予感が当たってしまった。
「ぐああああ!!!いたいいたいいたいいたい!!!!」
魔族に変わった村人が全員苦痛でのたうち回っていた。その悲鳴はレイジたちの心に死を意識させるほどに痛々しかった。
「こ、これは...!?」
レイジは村人を見て思わず言葉を失った。そして村長が血反吐を吐きながらレイジの袴を掴み、迫真の表情でレイジの顔を見た。
「ゆ、勇者様ああああああああ!!!た、助けて...助けてくれーーーーーーー!!!!」
村長は叫び過ぎて喉から血を吐きながらレイジに助けを求めた。レイジはどうする事も出来ずにただ呆然としていた。
「なんで...こんな事になってるんだ?...まさか!あの蛇の幻獣が呪いを解いたせいで!?」
レイジはこんなことになっている原因がそれしか無いと思った。
「でもあいつは元に戻すって言ってたのに...まさか、元に戻すと死ぬのか!?人間から魔族へ変わったときと同様に、魔族から人間へと変わる時に大量の死者が出るのか!?」
レイジは冷汗を流しながらそう言った。『自身の選択が間違っていたのか?』レイジはそう自分の心に問いかけていた。
「あああああああああ!!!!こ、こんなことになるなら...あんたらに...頼むんじゃなかった...」
村長はだんだんと人間の姿に戻りながら、そう言い残して死んだ。そして次々と村人が悲鳴を上げなくなり、一人、また一人と死んでいった。
「うそ...こんな...こんなことって...」
あんこは思わず口を押えて言葉を漏らした。その目から涙が止まらなかった。
「クッ...!やっぱり、幻獣は最初から約束を守る気なんか無かったんだね。あたしの予感は当たっちまったってことだね。」
姉御は奥歯をかみしめながら怒りの表情で言った。思わず拳を強く握ってしまうほど、姉御は怒っていた。
「はえー。みんな死んじまっていくな。もったいねーなー。闘っておけばよかったなー。」
ゴゴはとっても不謹慎な発言をした。それにレイジは思わずゴゴの胸ぐらをつかんだ。
「ゴゴ!!!お前!なんてこと言うんだ!!」
「え?なんだ?なにかおかしい事でも言ったのか?」
ゴゴは全く自覚が無かった。本当に心の底から闘えなくて残念だと思っていた。それに気づいたレイジは言い返す言葉が思いつかず、ゴゴの胸倉を乱雑に放した。ゴゴはその衝撃で地面に尻もちをついた。
「いてて、なんでレイジが怒ってんのかよくわかんねーけどよ、悪かったな。俺まだ人の心ってやつをよくわかってねーんだ。もしこれからもなんか変なこと言ってたら、また指摘してくれよ!そしたらだんだんとわかってくるはずなんだ!だからよ!頼んだぜ?レイジ!」
ゴゴは乱雑にされたことに怒るでもなく、不謹慎な発言に反省するでもなく、笑顔でレイジに言葉を返した。そのすべてがレイジにとって理解できない事で、レイジはゴゴのことが分からなくなった。それはあんこも同じだった。
「ゴゴ...なんで笑っていられるの...?私たちのせいで!村の人たちを救えなかったんだよ!?もっと後悔の気持ちとかないの?」
あんこはいつものふわふわした表情とは真逆の、真面目な表情でゴゴに聞いた。ゴゴはあたまを掻きながら、
「後悔の気持ちはあるよ。闘えなくて残念だなーって思ったって、さっき言ったじゃねーか。それって、ダメなことなのか?じゃあ、正しい気持ちってどういう気持ちのことを言うんだ?教えてくれねーか?」
ゴゴはキョトンとした表情で言葉を返した。あんこはゴゴのその言葉がまだ信じられず、逆に質問をした。
「じゃあ!ゴゴは、村の人たちが苦しんで死んでいくこの光景を見て、かわいそうだとか、助けてあげられなくてごめんっていう気持ちはないの?さすがにあるでしょ?」
「なるほど...そういう気持ちが正しい気持ちって事か...だとしたら俺はまだまだだなー!全然そんな気持ちになんないもん!」
ゴゴはガッハッハと笑った。その笑いにあんこは絶句した。そして同時に人間らしさが感じられなかったから恐怖した。そして昆布は何も言わなかった。
「もういいよ。ゴゴのことは。ほっといてやりな。それより、まだ助けられるかもしれないんだ。じっとしている場合じゃないよ!」
姉御はそう言ってまだ息のある村人を探し始めた。
「まだ助かるって...どういうこと?」
「人間から魔族に変わったとき、村人の8割が死んだって言ってたね。だとしたら、今回も8割が死んで2割は生き残るかもしれない。だから最後まで気を抜くんじゃないよ!生き残った村人を看病できるのはあたしたちしかいないんだから。分かったね?」
姉御はそう言って村人の安否を確認していった。レイジとあんこと昆布はそう言われてハッと気づき、行動を開始した。残った村人の安否を確認し、生きているものをベッドへと運んだ。そして、ただ見守る事しかできなかった。彼らは自分たちの無力を痛感した。そしてようやくカルテに書かれていた医師の気持ちが理解できた。
「クソ!俺が幻獣の話に乗らなければ...こんな事には...」
レイジは自身の選択を後悔した。そして自分を責めていた。しかし姉御が意見を言った。
「いや、それはどうだろうね。あの時は乗っていてもいなくてもどっちでも同じことだったと思うよ。」
「...どうしてそう思うんだ?」
「あの幻獣は余裕があった。あたしらと戦っても大丈夫だと思ってたんだと思う。それって、あの幻獣がとても強い事の証明だと思う。だからあの時レイジが提案してくれなかったら、もしかしたらあたしらの誰かがやられてたかもしれない。だからあの時はあの選択がベストだったんだよ。」
「...そうだろうか?村人を治すとまた大勢が死ぬことまで予測できなかったから、俺は俺が悪いんだって思うけどな。」
「そこまで予想できる人間はいないよ。いきなりしゃべり出す幻獣が現れて、そしてその幻獣に交渉を持ちかけるって発想自体、普通の人間にはできないよ。あたしはどうやって倒すかしか考えてなかったからね。」
姉御はレイジの行動を褒めた。それでも結果が変わるわけではないが、レイジは姉御のフォローに心底感謝した。
「姉御...ありがとう。でも、やっぱりつらいよ。もし俺がもっと幻獣の話を疑っていれば、こんなことにはならなかったんじゃないかって思うんだ。」
レイジは自身の心の内を姉御にさらした。姉御はただ優しく相槌を打って聞いてくれた。そしてレイジはそのまま話を続けた。
「俺は、ただ知りたかったんだ。なんで人間が魔族になったんだろう?どうすれば元に戻せるのだろう?なぜあの幻獣はしゃべるのだろう?そういう疑問を解消したいから動いてきたよ。でも...その代償がこんな惨劇を生み出すだなんて...もし最初から知ってたら、俺は...」
と、言いかけたところでレイジは口を閉ざした。
「『知ろうとしなかった。』なんて言うつもりだった?フフッ、レイジ、あんたはそれでも抑えられないんだろう?自分の知的好奇心をさ。そしてそう思ってしまう自分も嫌いだって、そう思うんだろう?」
「...やっぱり、姉御は俺のこと、なんでも知ってるんだな。」
「まあね。これでもあんたたちが赤ん坊のころから世話してんだ。そのくらいのことは分かるよ。でもね、レイジ。あんたはそれでいいんだよ。ほかの人はあんたを冷たい人だとか、論理的にしか考えられない奴だとか、好奇心の為に周りに迷惑をかける自己中心的な人だとか、そういうことを言われるかもしれない。でもね、それでもいいんだよ。レイジはレイジだ。あんたが感じた心はあんただけのものさ。だから、普通の人はこう考えるだなんてくだらない事をかんがえるんじゃないよ?」
姉御はレイジの胸を指さして言った。レイジは姉御の顔を見た。姉御は優しくウインクをしていた。
「姉御...」
レイジはその言葉に目頭が熱くなった。ジワッと涙が目にたまった。しかしレイジは涙を流さないように上を向いた。姉御に泣いた顔を見られるのが恥ずかしかったからだ。
「だからね、ゴゴがあんなにも不謹慎な発言をしたとしても、それを咎めないでやって欲しい。あいつ自身が感じたことを否定しちゃいけないんだ。もちろん、それを口に出すのはダメだけどね。」
「...ああ。確かにな。俺も心の中では、ネネにひどいことした奴らが苦しんで死んでいく様を見て少しだけスカッとしたんだ。そう感じてしまった自分に腹が立ってたんだ。そのうえでゴゴがあんな発言をしただろ?その発言が、まるで俺の嫌なところを声に出されたみたいに感じちまって、だからムカついたんだ。もし俺がそう感じてなけりゃ、怒ったりしなかっただろうに。」
「ああ。分かるよ。レイジは冷酷な感情を生み出してしまう心の一部が嫌いなんだね。あたしも自分の中に好きな自分と嫌いな自分がいるよ。」
「姉御も...そうなのか?」
「ああ。あたしにもいるよ。あの時、苦しむ村人を見て、悲しむ心と、怒りの心と、レイジとあんこが無事でよかったって思う心があったよ。」
「俺たちが無事でよかったって、それはなんだか村人なら死んでもいいみたいに聞こえるね。」
「フフッ。そうね。実際そう感じたわ。でもそれはあたしの中のほんの一部なの。あたしだって人が死ぬのはつらい。村人が死なないで欲しいって思う気持ちももちろんあったよ。」
「そうか...心ってやつは、めんどくさいな。」
「ああ。そうだね。」
レイジと姉御は互いに自身の汚い心をさらけ出しあった。そしてお互いに自身の心に対する理解を深めていった。そんな話をしている最中に、ベッドに寝かせていた村人が息を引き取った。
「あ...死んじゃったな。」
レイジは悲しい目をしながら冷静に言った。
「そうね...今、レイジはどう感じた?」
「そうだなー。村人が死んで悲しいって気持ちと、はやく埋葬してあげたいって気持ちと、全く動じてない気持ちがあったな。」
「それでいいと思うよ。レイジは自分を責めすぎるところがあるからね。もっと自分を大切にしてあげてね。」
姉御はレイジの頭を抱えてギュッと胸に抱きしめた。レイジは恥ずかしくなってすぐに離れた。
「恥ずかしいよ姉御。俺もう子供じゃないんだからさ。」
「確かに体はでっかくなったけど、心の方はまだまだ子供のままよ。頭よさそうにしているのに、自分のことになると全然目が行ってないんだから。」
「そうか?俺は俺のことを理解しているはずだけどなー。」
「そうね。理解はしているけど、それを受け入れる寛容さが足りないってこと。」
「なんだよそれ。もっと優しい人になれって事か?」
「そうね。人にやさしく、そして自分にもね。」
そう言われてレイジは「フーン」と返した。その話の本質をレイジが理解できるのは姉御が死んだ後だった。