姉御とゴゴの過去
「戦わせてくれよ。」
ゴゴは天井を見上げながらつぶやいた。あんこは「うわっ、さいてー!」と言った。ゴゴは気にもしなかった。
「おいゴゴー。戦うよりも人が魔族に変わる奇病の原因を探し出したいとは思わないのか?」
レイジは戦闘よりも知識欲を満たすことの方がいいといった。
「思わない!戦うよりもワクワクする事なんかこの世にないんだもんねー!」
ゴゴは舌を出しながら顔を左右にぶるぶる振ってレイジをこけにした。そんなゴゴの子供っぽいしぐさを見てレイジはあきれてものも言えなくなった。
「なるほど!ゴゴ殿は見た目以上に幼いようでござるね!」
昆布はポンッと手を叩きながら言った。その場にいたレイジ、姉御、あんこは「「「お前もな!」」」と同時にツッコんだ。
「あ、ありゃ?拙者もでござったか?アッヒャッヒャ!これは一本取られたでござるなー!」
昆布はゲラゲラと大きな笑い声を発しながら右手を頭の後ろに回した。
「...そういや、ゴゴのことは兄貴って呼ばないのか?」
レイジは疑問に思ったことを口に出した。昆布はキョトンとした顔で考えた。
「まあ、ゴゴ殿は兄貴ってよりも野良犬って感じがしっくりくるでござるからなー。それに!拙者はこう見えても一途な男ゆえ、一度兄貴だと言ったならほかの人には兄貴と呼ばない事にしているのでござる!一途だから!そう!一途だからね!」
昆布はやたらと一途を強調していった。その言葉にはなにか裏があるんじゃないかと思わせるような言い方だった。しかしレイジはそんなこと気にもせず、自身の疑問が解消されたことにすっきりした。
「なるほど。納得。」
レイジはそう言って村長の方へと歩き出した。
「ところで村長。俺たちに助けて欲しいって言ってたが、具体的には何をすればいい?」
「そうですな、まずはわしらがこうなった原因を突き止めて頂きたい。そのためならば、死んでしまった村人の遺体の解剖も許可を出します。そのほか少しでもわしらに協力できることが有ればすぐに言ってもらいたい。」
「なんで俺たちに頼むんだ?この村の医師でも原因がわからないものを俺たちにどうこうできるとは思わないんだけどな。」
レイジがそういうと村長はバツが悪そうな顔をした。そして震えるような声で語り出した。
「わしらは魔族の姿に生まれたネネにひどい事をした。その天罰として、わしらの姿が魔族に変わったのだと思いました。もしも本当にそうなら、わしらは死ぬのが定めかもしれぬ...それでも、わがままだとわかっておるが、わしらは生きたいのじゃ!もう頼れるのは勇者様だけなのじゃ!」
村長は膝をつき、レイジのズボンにしがみついて醜く助けを求めた。レイジはちょっと引いた。彼らの生きることへの執着心と因果応報を受け入れられない人間性に顔が引きつった。本心では彼らを見捨てたいと思っているが、もしかしたら魔族につながる情報があるかもしれないと思い、仕方なく彼らに協力することにした。
「しょうがねえなぁ。出来ることはやるよ。ただし、助けられる保証はない。俺たちは神様じゃなくて人間だからな。だから文句は言うなよな。」
「おお!有難い!では早速残りの村人が集まっている集会所まで案内いたします!」
村長はペコペコと頭を何度も下げて案内した。そんなレイジの様子を見ていた姉御はレイジを褒めた。
「フフッ。レイジ、あんた随分と大人になったじゃないか。」
「え?...まあね。勇者としての責務なんてどうだっていいけど、人が魔族に変わるなんてちょっと興味があるしね。それに、もしも原因がわかったらネネを人間の姿に戻せるかも知れないって思ったらやる気が出てきただけだよ。」
「なーんだ。そういう事ね。てっきりあんたが勇者としての使命感に目覚めたのかと思ったけど、やっぱりまだそういう所は子供のまんまなのね。」
姉御は少しがっかりした表情を見せたものの、人がそんなに急に変わるものじゃないと理解している姉御は、予想通りだなーと思った。
「俺がそんな急に『俺は勇者だーーー!!』って変わるわけないじゃん。なんでそんな期待したの?」
「え?ああ、それは...ゴゴだよ。あいつ、あたしがあった時とは真逆の性格に変わってたから、もしかしたらレイジも勇者の刀を持って変わったのかなー?って思っただけさね。」
姉御とレイジはゴゴの方を見た。ゴゴは逆立ちをして、とんがった髪の毛を地面に突き刺してグルグル回転をしながら昆布と戦いのすばらしさについて語っていた。昆布はゴゴの回転の補助をしていた。なかなかカオスな状況だが二人とも真剣に語っていた。
「だからよ!戦いってのは魂と魂がぶつかり合って混ざり合ってググーーーーーンと成長する場所なんだよ!だから俺は戦いがとんでもなく好きなんだよ!」
「なるほど。拙者にとって闘いとは命の奪い合いでござったから、そういう考えは持っていなかったでござるな。じゃあゴゴは死ぬのが怖くないのでござるか?」
「そんなの、怖いに決まってるじゃーねーか!」
「怖いのでござるか!?じゃあなんでそんなに戦いが好きなのでござるか?」
「そりゃあ、その恐怖ですら心躍るスパイスに感じるからだ!恐怖を感じるってのは、それだけ敵が強大だって証拠だろ?そんな奴に勝ったらよ!もうしーーーーーーーーーんじられねえほどに気持ちいいいいいいいいいいいいいいいいいいだろ!?」
「そういうものなのでござるか?拙者は自分よりも強い相手と命のやり取りなんかしたくないでござるよ。」
昆布はうつむいて溜息を吐いた。
「拙者の生まれた家庭では、強くならねばゴミのような扱いだったでござる。『武士たるもの、日々精進あれ!』とよく言われたでござるな。拙者は生まれた時は体が小さくて、両親からも期待されていなかったでござるよ。」
昆布はさらにうつむいて地面を見つめていた。
「拙者には、才能がない。だから才能のある兄弟の方が多くの飯をもらえたし、刀も拙者よりも上等なものを取り繕って貰っていたでござる。ああ、羨ましかったなぁ。飯も刀も愛情も存分に注がれて...」
昆布は誰が見ても分かるほどに暗ーい雰囲気をまとっていた。しかしゴゴはそれに気づかずに、
「おいおいおい昆布!回転数が落ちてきているぞ!もっと回してくれ!」
と、相変わらず自分のことばっかり気にしていた。
「ああ!すまぬ。暗い話をしてしまったでござるな。」
「気にすんなって!今までどんなことがあったのか、よくわかんねーけど、今は自由にやってんだろ?だったらもう気にしなくていーんじゃーねーか?」
ゴゴは頭で地面を掘り進めながら言った。昆布は少しだけ勇気づけられた。
「うん。ありがとうでござる。ゴゴ。」
昆布の顔に少しだけ笑顔が戻った。それをはた目から見ていたレイジと姉御は互いに『なにこれ?』と思った。
「まあ、ゴゴがあんな感じに変わったのは、あたしとしてはすごく興味をひかれたのさ。それもゴゴを殺さずに仲間に引き入れた理由の一つよ。」
姉御はレイジの聞きたいことを理解していた。だからレイジにゴゴとの関係について少しだけ教えてあげた。レイジは自身の知識欲を少し満たすことができて満足した。
「なるほどね。ずっと引っかかってたんだ。姉御があんなにも憎しみをむき出しにするなんて初めてだったからさ。その理由を少しだけ知れてよかった。...ついでと言っちゃなんだけどさ!姉御とゴゴは過去に何があったのかをすこーしだけでも教えてくれない?気になって会うたびに聞きそうだよ。」
レイジはダメもとで聞いてみた。姉御はレイジの顔をじっと見つめて考えた。そして口を開いた。
「わかった。でも、今から言うことはあんこには絶対内緒にしてほしい。あの子は正義感が強いからゴゴのことを嫌うと思うからね。」
姉御はあんこの方へと目を向けた。あんこはゴゴの回転を楽しそうに上から補助していた。ゴゴの回転数がえげつない事になっていて、目玉が一列に見えてしまうほどだった。それをあんこと昆布がキャッキャと笑っている。状況がさらにカオスになっていた。
「...ああ。あんこには言わないけど、そんなに悪い話なのか?」
「ゴゴはね、あたしの両親を殺した仇なんだよ。」
「え」
レイジは絶句した。帰ってきた返答はレイジの想像していたものよりも数倍酷かったからだ。姉御はレイジの反応を気にすることなく淡々と話しを続ける。
「あたしが5歳の時にね、父と戦うためにあらわれたのよ。そのために母を誘拐して父をおびき寄せて、そして戦って殺した。あたしは母が誘拐されたときにタンスの中から見ていたけど、冷酷な顔をしていたわ。まるで機械のような冷たい目をしていたわ。」
姉御は話している途中で思わず拳を握って奥歯をかみしめていた。レイジはその話に夢中になっていて相槌をうつことすら忘れていた。
「そしてこの前、ゴゴと会ったね。その時にゴゴから色々と話を聞かされたわ。なんであたしの両親を殺したのか。なんでそんなに性格が変わったのか。今は何をしているのか。そんなことをね。」
姉御はようやくレイジの方を向いて話した。
「あたしはね、本当は殺そうと思ってたの。ゴゴを。でも、彼の人生を聞いたせいなのか、はたまた単純にゴゴに興味が出たのか、よくわからないけど、彼を殺すのはあんまり乗り気じゃない自分もいたの。それに、あたしが無抵抗の人間を殺すところをあんた達に見て欲しくなかったってのもあるしね。」
姉御はレイジの肩に手を置いて優しく微笑んだ。
「まあ、そんなわけで今は仲間に加えているって事。分かった?」
「わかんない。」
「え!?」
「わかんないよ!なんでゴゴを殺さなかったんだ?姉御はずっと復讐したかったんだろ?それを見逃すどころか仲間にするなんて...よくわかんないよ!」
レイジは姉御の行動の意味が分からなかった。もし自分が姉御の立場だったら絶対に取らない行動をとった姉御が理解できなかった。姉御も頭をかきながら困った表情を浮かべた。
「うーん。なんていうんだろう。やっぱりゴゴが変わってたからかな?昔のまんまだったら確実に殺してたけど、変わっている姿を見てチャンスを与えてみたくなったのかもね。そんな感じよ。」
「そんな感じ?...まだよくわからない。俺には理解できない話だなー。」
レイジは眉間にしわを寄せて首をかしげた。姉御は再び優しいを微笑みを浮かべた。
「今はまだわからなくてもいい。でもね、いろんな人を見ていけば気付くのよ。その人が今頑張っているのかどうかっていうことがね。ゴゴはね、ああ見えても自分のしてきたことに悩んでいたんだよ。そして必死にもがいてた。それがわかったから仲間に誘ったのよ。」
「じゃあ、ネネと昆布は?」
「ネネはいい子よ。素直になれないだけで、本当はとってもいい子なのよ。あんたが惚れるのも無理ないわね。それにあの子の過去を聞いたら疑り深い性格も納得したわ。昆布は...ちょっと不思議なんだけど、レイジによく似た雰囲気を感じたわ。だからただの直感なんだけど、彼は大丈夫そうだって思えたの。あたしにしては珍しく、人間観察をしないで信用できるって思えたわ。」
「フーン。昆布が俺に似てる?どちらかというとゴゴの方が似てないか?顔とか。」
「まあ、顔はおじさんっぽいけど...でもまとっているオーラみたいなのがレイジにちょっと似ているのよ。なんでかよくわからないけど。」
「ほんと、姉御にしては珍しいな。直感で判断するなんて。」
「ええ。だから逆に怖いのよね。なんでこんなに信じられるんだろう?ってね。」
「なるほどね。なんとなくわかったよ。」
「いずれ、レイジももがいて苦しむ日が来るわよ。その時になってようやくあたしの行動の意味が分かると思うわ。」
姉御はいずれ来るであろう未来を言った。レイジはピンとは来なかった。
「まあ、とりあえず今の話はあんこには聞かせられないってのは理解したよ。あんこが聞いたら『姉御ちゃんの代わりにわたしがコテンパンにする!!』とか言って暴れそうだもんな。」
「フフッ。本当にそうなりそうだから怖いわ。」
姉御とレイジはお互いに笑いながら村長の案内についていった。