村の中
重たい門の扉の中に広がっていた光景はサンシティと似たような、中世ヨーロッパ風の村だった。レンガでできた家や石畳の道など、外から見えないように隠すようなドーム状の鉄板を必要にするとは思えないほど美しい街だった。
「これは、普通の街だなぁ。」
レイジは天井を見上げた。そこには絵で描かれた空や雲があり、電光を何十本もつるして街に光を届けていた。しかし、レイジたちはすぐに異変に気付く。
「あれ?この家の窓ガラス、割れたまんまだぞ?」
レイジは入口に最も近い家を見て言った。中を覗いてみるが、木の家具はほこりにまみれており、部屋にはクモの巣がところどころに張り巡らされていた。
「誰かが住んでいるようには見えないな。」
レイジは生活感のない家を不思議に思い、ほかの家はどうなのかとあたりを見渡した。ほかの家も外観はまともに見えるが、中を覗くとさっきの家と同様にほこりまみれで誰かが生活しているようには見えないものばかりだった。レイジと一緒に探索をしていた姉御はレイジに疑問を投げかけた。
「これは...どうなってんだろうねぇ。」
「うーん、わかんないけど、もしかしたらこの村はもうほとんど人が住んでいないのかも。だって見てよ、まだ昼間なのに外に出ている人を見かけないし、何よりも静かすぎる!」
レイジに言われて姉御はそれに気づき、耳を澄ますが聞こえてくるのは風の音だけだった。
「その通りでございます。」
レイジたちの後ろから声が響いた。かなり老齢の声だった。レイジたちはその声が聞こえた方向に振り向く。そこにいたのはボロボロの服を着た二足歩行のトカゲだった。
「うわっ!?魔族か?」
レイジたちは武器を手に取り構えた。トカゲは歩みを止めて口を開いた。
「わしはこの村の村長。わしらは魔族ではありませぬ。もともとは人間でございました。」
トカゲの村長は深々とお辞儀をして言った。それを見てレイジたちは少し警戒を解いた。
「...人間だった?」
レイジはその言葉に聞き覚えがあった。ネネが自分のことをそう言っていたのを思い出した。そしてレイジはそのことに興味がわいた。
「なあ、あんた自分が元は人間だって言ったな。一応聞いてみるけど、どうしてそんな姿に変わったんだ?」
「それは...わからないのです。」
「わからない?」
「はい。でもきっかけは10年ほど前になります。突如として体の痛みを訴えるものがこの村にあふれかえったのです。交易が盛んだったこの村は、原因不明の病に侵されたとみられてほかの村との交流がぱったりと無くなってしまったのです。」
トカゲの村長はうつむきながら話した。姉御は腕を組みながらうなづいて聞いていた。
「感染する病かもしれないと思われたんだろうねぇ。」
姉御はそう言った。レイジは「なるほどなー」と納得し、あんこは「えー、ちょっとかわいそう」と同情した。
「やがてこの村の住人の全員が体の痛みを訴えだしました。そして事件は起こりました。一番初めに痛みを訴えていた村人の体が徐々に変化していったのです。全身に鱗の様なものが浮き出し、肌の色も緑色へと変化し、尻尾まで生えてきたのです。その姿はまさに魔族でした。」
レイジたちはその話を食い入るように聞いていた。
「そしてその者は変化の途中で命を落としてしまいました。」
レイジはその言葉に驚いた。
「死んじまったのか!?なんで?」
「おそらく、急激な体の変化に耐えられなかったのでしょう。何しろ見た目だけじゃなく、内臓まで魔族に変わっていきましたからね。そしてそのように死んでいくものが8割ほどでした。」
「8割も死んだのか!?だからこの村はこんなにも静かなのか。」
レイジはこの村がゴーストタウンの様になっていることに納得した。
「ええ。そして残った2割の村人は全員が魔族の姿に変わったのです。生き残った我々はともに相談してこの村を外から見えないように囲ったのです。もしこの姿の我々を見られたらきっと魔族だと思い条約違反で殺されてしまう。」
「条約?」
レイジは聞きなれない言葉に首をかしげた。姉御はすかさず説明をした。
「条約ってのは、先の戦争で勇者と魔王が行方不明になった後に人間と魔族の間で結ばれた不可侵条約のことさ。この世界は西と東に大陸があってその周りと真ん中に海があるの。その西側が人の住む大陸。東側が魔族の住む大陸になっているの。条約は、その大陸にお互いが入り込むことを禁止にするって事。つまり西側の大陸に魔族が居たらダメって事さ。」
姉御は丁寧に説明した。レイジはなるほどと言い納得した。そのあとに疑問が浮かんだ。
「じゃあ魔王軍が攻めてきたのって、相当ヤバくね?」
「そうだね。また戦争になるかもね。」
「マジかよ。そんな状況になってたのか。俺はてっきりちょっとした小競り合い程度だと思ってたんだがな。」
「そうだね。そうなればいいけど...でももし戦争になったとしても、あんた達二人は何があっても守るから。」
姉御はレイジとあんこに向かって言った。レイジは照れくさそうに顔をそらした。あんこは素直に喜んで「ありがとー!姉御ちゃん!」と言って姉御に抱き着いた。姉御は幸せそうな表情を浮かべてギュッと抱き返した。
「ねえねえ!俺は?俺は?俺は?」
ゴゴは嬉々とした表情で自身に指をさしながら聞いた。姉御は冷たい視線を送って言った。
「あんたはあたしらを守るために生かされてるって事を言ったよね?死んでも守りなさいよ?じゃないとあんたがしたことを許さないからね!」
姉御はギロリとにらみつけて言った。ゴゴはヘラヘラと笑って「もちろん!」と言った。
「あのー...せ、拙者は...?」
昆布は恐る恐る手をあげて聞いた。姉御は眉をひそめた。
「あんたは...よくわかんないね。まあ、このバカみたいにやらかしたわけじゃないし、仲良くなってから決めさせてもらうよ。」
「あ、かたじけないでござる」
昆布は頭を下げて礼を言った。そしてレイジは疑問に思った。
「なあゴゴ、お前、いったい何をやらかしたんだ?姉御が人を恨むなんて相当だぞ?」
「ん?ああ、そのことなんだけどよ、絶対に誰にも言うなって姉御に言われてんだよ。だから言えねーんだ。」
ゴゴは困った表情を浮かべて言った。
「姉御が禁止にしたのか...じゃあ聞き出すのは無理そうだな。」
レイジは聞きたかったが、これ以上詮索すると姉御に怒られそうだからやめておいた。
「あのー、話を続けてもよろしいでしょうか?」
村長は困った表情で見ながら聞いた。レイジは村長に向き直って答えた。
「ああ!すまん。すっかり忘れてた。続けてくれないか?」
「ええ、それで、なぜこのような姿になったのかは不明ですが、それを勇者であるあなたに解明してもらいたいのです。村の者はもっぱらネネの呪いではないかとのうわさでして...」
「ネネ!?」
レイジは驚いた。
「知り合いでございますか!?」
「まあ、一応。」
「そうですか...あの子には本当にひどい事をしてしまった。村を守るためとはいえ、あのようなことを...」
村長は言いよどんだ。うつむいて、後悔していた。やがて顔を上げてレイジの目を見て言った。
「お願いします勇者様!どうかこの奇病の原因を突き止めて、我々をお救い下さい!」
「え、やだよ。」
「え?」
レイジの冷たい反応に村長はキョトンとした。
「だって、ネネにひどいことしてその姿になったんだろ?だったら自業自得じゃん。なんで俺が助けなきゃいけないの?ネネにひどいことした奴らをさ!」
レイジはイライラしていた。村に入る前のネネの怯えようを思い出して、そんなに怯える程の思いをさせたこの村が許せなかったからだ。
姉御はレイジの頭をコツンと突いた。
「こらレイジ。魔王軍についての情報が手に入るかもしれないだろ?不本意かもしれないけど、今は少しでも手掛かりが欲しいからね。もともとあたしたちの目的はそれだったろう?」
姉御はレイジを納得させる方法を熟知していた。それは論理的な思考で話すことだ。だから姉御はこの村長の頼みを受けるメリットを提示した。レイジはそれを聞いてすごく渋い顔をしたが、反論できなかったためしぶしぶ頷いた。
「まあ、確かに。その通りだけど...」
「そ、そうですか。助けていただけるのですね?」
村長は困惑しながら聞いた。レイジはイライラしながら答えた。
「まったく、しょうがねぇから助けてやるよ。はぁ...なんで俺がこんな奴らを...」
レイジはぶつぶつ言いながら了承した。その様子にあんこはムッとした。
「レイジ!人助けはすごくいい事なんだよ?姉御ちゃんもやろうって言ってるんだから、手ぇ抜いちゃだめだよ?」
あんこは自身の正義感を語ってレイジに言い聞かせようとした。しかしレイジの心にはあまり響いて無かった。
「ああ、はいはいわかってるよ。仕方ないから全力で行くよ。さっさとこの村からおさらばしたいからね。」
レイジはわざと嫌みったらしく言った。あんこはそれを見て少し驚いた。
「レイジがここまで露骨に人を嫌うなんて、珍しいね。なんでそんなに嫌いなの?」
「...なんかよく分かんねーんだけど、ネネを傷つけたって知ったらなんか許せねーんだよ。ほんとそれだけなんだよ。」
「それって...『恋』なんじゃない?」
あんこは後ろで手を組みながらレイジの顔を覗き込んで聞いた。レイジはキョトンとした表情を浮かべた。
「『恋』?この感情が...恋って事なのか?」
レイジは顎に手を当てて考えた。
『恋ってやつは確か相手のことを思うと胸がキュンキュンするって聞いていたが、俺の場合はちょっと違うか?なんていうか心というよりも魂がウキウキしている感じなんだよなぁ。これって恋と言えるのか?それとも一般的に言われている恋ってやつがこの魂がウキウキの状態なのか?よくわからんな。でも、とりあえず俺はネネのことが気になっているってことは確かか?でもあんこや姉御が傷つけられたらこれ以上に怒るだろうな。つまりネネのことをそれぐらい大事に思っているって事か?』
レイジは自分の内面の変化に戸惑っていた。レイジにとって会って数日の人をここまで思いやれるのは初めての感情だったのだ。
「まったく、兄貴は鈍感でござるねぇ」
突如話に割ってきたのは昆布だった。
「昆布!...ってか兄貴ってなんだ?」
「このチームのリーダーは姉御でござろう?ならば、このチームの参謀はレイジ殿だとお見受け致した!ゆえに、レイジ殿を兄貴と呼ばせていただきたいでござる!」
「はあ、なるほどね。まあ、頼られて悪い気はしないな!ってか、鈍感ってどうしてそう思ったんだ?」
レイジは年が近い男性に慕われるのは、素直に嬉しかった。今までは同性の友達すらいなかったためか、この時にはもう昆布に対する警戒が解かれていた。
「兄貴ぃ。恋ってやつは、頭でいくら考えても無駄でござるよ!大事なのは心!それと魂でござる!その二つの出した答えが真実なのでござる!」
昆布はドヤァという顔で言った。レイジはいまいち理解できなかった。
「頭で考えないと理解できないだろ?」
「だから!理解できないものが『恋』でござるよ!」
そう言われてレイジはハッと気づいた。
「そうか!頭で理解できない事象が『恋』ってやつなのか!つまり俺はネネに恋しているのか!?...でも、なんでだ?まだそんなにネネのことを知らないのに...見た目か?」
「よくわかんないのでござろう?その気持ち、とーってもよく分かるでござる!でも、魂は言っているのでござる。好きだと!」
昆布は熱く語り出した。それにつられるようにレイジも熱くなってきた。
「おおお!恋って面白い!もっと知りたい!理解できるようになりたい!」
二人は修学旅行の学生の様に恋バナで盛り上がっていた。その様子を姉御は意外そうに見ていた。
「まさかレイジが誰かに恋をするなんて、思ってもいなかったね。まあ、論理的なレイジには恋は難しそうだけどね。成就するようにあたしも応援しようかね!」
姉御もウキウキしてきた。そしてレイジはある異変に気付いた。
「お、おい!ゴゴ!どうしたんだ?」
レイジの視線の先には床に倒れこんでいるゴゴが居た。
「...つまんない」
「え?」
ゴゴは急に起き上がり頭の血管が浮き出る程に頭に血が上っていた。
「つまらないぞおおおおおおおおおおおおおお!!!!なんで戦いが起きないんだよおおおおおおおおおおお!!!!」
ゴゴは大地を揺るがすほどのうるさい大声で魂の叫び声をあげていた。
「うるせぇ!なんて声量出しやがるんだ!?」
レイジは耳を押さえて言った。ゴゴは再びぐったりと床に倒れこんだ。
「人助けなんかどうでもいいよ。とにかく強い奴と戦わせてくれよ。」
ゴゴは天井を見ながらつぶやいた。それを見てあんこは「うわっ、さいてー!」とつぶやいた。ゴゴはそれを気にもしなかった。