魔王軍と人類の戦争の始まり!
街についた3人は、予想以上の惨劇を目の当たりにした。
建物は破壊され、そこら中から火の手が上がっている。道路はひびが入り、亀裂から水が噴き出している。そこら中から聞こえる建物が崩壊する音と、人々の悲鳴は、3人の耳を突き刺すような音だった。
「なんだよ、これ。まるで戦争が起きたかのような有様じゃないか。」
レイジは五感に入ってくる情報のすべてが昨日までの平和とは真逆のことだったので、信じられずにいた。
3人がその場で立ちすくんでいると、姉御が何らかの気配を感じて、二人をしゃがませた。物陰に隠れて、その気配のする方を見た。そこには、モニターに映っていた大量の兵士と同じ装備をした二人組が歩いていた。
仮面をつけていて、腕には砲台のような大きな銃をつけていた。レイジはその銃がこの町を破壊したのだと思った。レイジは二人を倒そうと思い、立ち上がろうとした。
「ちょっと待ちな。」
姉御はそんなレイジの行動を予測していたので、レイジが何かする前にレイジの腕をつかんで止めた。
「まずは様子見。あいつがどれくらいの強さなのかを少しでも知ることが大事だ。」
「でもよ、その間に誰か殺されたら、助けられたかもしれない命を見捨てることになるだろ?俺は嫌だ!」
レイジは強い意志を持って姉御の目を見た。だが姉御はその返事すらも見通していた。
「わかってる。でもね、相手の能力が未知数な時ほど冷静に行動するのよ。もしもの恐怖に惑わされないで。」
姉御はレイジの目をそのまま見返した。レイジは姉御の戦闘経験からくる反論に納得した。
「確かに、姉御の言う通り、ちょっとだけ様子を見よう。姉御はそれで死んでしまった仲間を見たんだと思う。だから鋭い目で言ったんだろう。」
「だとしても!三対ニなら勝てるって!余裕余裕!」
あんこは持ち前の明るい思考でニコニコしながら言った。
「なんならあたし一人でも行っちゃうからねー。二人はそこで見ててよ。」
呆気にとられている二人をよそに、あんこは浮き上がり、銃を持った二人組へと距離を詰めた。しかし、あんこが驚きのあまり、再び身を隠すほどの光景が目の前にあった。
「おーおーおーおー!これはこれは、いい出会いだぁ。」
全身を覆うほど長い茶色のマントを羽織った一人の男が、銃を持った二人組の前に立ち塞がっていたのだ。
「へっへっへ。あんたら、強えんだろ?俺と一勝負してくんねえか?」
男は拳を握り、マッスルポーズのような独特な構えをし、戦闘態勢に入った。
「あんこ、これは映画やアニメじゃない。現実なの。実力のないものは殺される残酷な世界。お願いだから私よりも前に出ないで。」
姉御はいつもの様に大きな声で怒るのではなく、とても悲しそうな声でお願いをした。その様子を見てあんこはうつむき、「ごめんなさい。」と言い、しょぼしょぼと姉御の後ろへと下がった。
「あの筋肉がすごい奴は誰だ?姉御の知ってる人?」
レイジは姉御に小声で聞く。姉御は少しの間考えたのち、首を傾げた。
「どこかで見たような気がするけど、思い出せない。」
姉御がうなっている間に筋肉と銃を持った二人組の戦闘が始まった。
筋肉の男はグッと足に力をためて、そのまま右に居る男に向かって直線に飛んで行った。その速さは弾丸の速度を超える程に速かった。右の男はとっさに腕を構えて防御姿勢をとった。しかし、筋肉男に蹴られて、はるか後方に吹き飛ばされ、がれきの中に突っ込んだ。
「アイス!?」
左の男が、右の男をそう呼んだ。
「そういや名前聞いて無かったな。へへへ、俺の名はゴゴだ。今吹っ飛ばした奴がアイスって名前か?」
ゴゴと名乗った男は指をポキポキと鳴らしながら男に近づいて行った。
「…ああ、そうだ。」
男は若干戸惑いながらも、臨戦態勢に入り、ゴゴの質問に答えた。
「そうか。教えてくれてありがとう。ちなみに君の名は?」
ゴゴも再び独特の構えをして、オオカミのような鋭い目で相手を見ながら、口元は嬉しそうに笑っていた。
「俺は、ファイア。先に言っておくが、俺の怒りの炎はめっちゃ高まってるぜ。てめえをぶっ飛ばしてぇってなぁ!」
ファイアと名乗った男は、その瞳の奥に怒りの炎を激しく燃やしながら、ゴゴの目をそのまま見返した。
お互いににらみ合いが続き、その場の空気が人々の困惑から戦場へと一瞬で変わった。町の人々すべての悲しみや苦しみの感情よりも、二人のにらみ合いによる緊張の方がはるかに大きく聞こえた。
先に動き出したのはゴゴの方だった。ゴゴはアイスを吹っ飛ばした時と同じように、グッと足に力をためて一気に距離を詰めた。ゴゴは右腕を振りかぶり、自身のパンチが当たる距離まで来ると、ファイアの顔面目掛けて思いっきり右腕を振りぬいた。
ファイアは左の拳を右手で握った。そしてそのパンチに自身の体重を乗せた渾身の左ひじを当て、相殺した。
「なんと!俺のパンチを真っ向から受け止めるとは!」
ゴゴは相殺された反動で上半身が大きくのけぞった。ファイアはそのすきを逃さず、右腕に装着されている銃をゴゴに向けた。ゴゴは左手を右へと薙ぎ払い、ファイアの銃口をそらした。その状態でファイアは銃を撃った。その銃弾はレイジの隠れていた瓦礫の右にあるビルに着弾した。着弾した場所は、まるでミサイルを撃ち込まれたかのように大きな爆発を起こした。
ビルは大きな音を立てて崩れる。その中には逃げ遅れた女性が絶望の表情を浮かべている。その表情を見たとき、あんこは居てもたってもいられずそのビルの中に飛び込み、その人をつかんでビルから脱出した。
その様子を見た姉御は顔をしかめた表情を浮かべながら、頭を抱えた。
「あの子は!危なっかしいことして!」
姉御の心配をよそに、あんこは女性を抱えて戻ってきた。
「もう大丈夫!」
あんこは姉御たちのところでその女性を下ろし、再び隠れた。その女性は「ありがとうございます!」と言い、戦闘とは逆方向に走って行った。
「あんこ、けがはない?」
姉御は心配した顔で聞いた。あんこはただ縦にうなずいた。
「まったく、文句の一つでも言いたいけれど、今はそれどころじゃないからね。とにかく、あの筋肉が敵か味方か判別しなきゃいけない。」
姉御は再び筋肉と男の戦いを見た。彼らは一進一退の互角の勝負を繰り広げていた。
「あの戦い方、どこかで…。」
姉御は自身の記憶に問いかける。そして、それは最悪なものと繋がってしまった。
「あいつは!まさか!」
姉御は思わず立ち上がった。それに驚き、レイジたちが姉御に振り向いた時には、今まで見たこともない憎しみに顔をゆがませた姉御が、戦場へと飛び出していた。
「姉御!」
レイジとあんこは姉御を止めようと、後を追った。その様子をファイアはゴゴの筋肉の隙間から見ていた。
「貴様ああああああああああああ!!!」
姉御はゴゴの背後から叫びながら近づき、右手を強く握り振りかぶった。その声を聴き、ゴゴは一瞬姉御の方へと気がそれた。その隙をファイアは見逃さず、一気に近づいた。
二人に挟まれたことに気が付いたゴゴは、二人に側面を向けるように立ち、脚を肩幅まで開いて腰を深く落とした。そして、ゴゴは深く息を吐き出し、全身にいっぱいの力を込めた。筋肉が一回りも二回りも大きくなり、足元の地面には大きなひびが入った。
二人が同時にゴゴに殴りかかった。ゴゴは両手を左右にバッと突き出し、二人の攻撃を弾き飛ばした。二人は体制を大きく崩し、その隙にゴゴはエビの様に体をくの字に曲げて後ろに大きく飛んだ。
そして、姉御の後ろにレイジとあんこの存在を確認した。
「四対一か。さすがに勝てる気がしないなぁ。」
ゴゴは今の状況を冷静に見た。それと同時に、ゴゴの目の先にあるビルのがれきの中から、先ほど吹っ飛ばしたアイスが何事も無かったかのようにこちらへと歩いていた。
「まさかの五対一だったか!それは無理だなあ!」
ゴゴは笑いながら後ろを向き、一目散に逃げだした。
「待て!!」
姉御は逃げるゴゴを追いかけようとした。
「お、おい!アイス!あの男が持ってる剣!あれって勇者の剣じゃないか!?」
ファイアは宇宙人を発見したかのように驚きながら、レイジの持っている剣を指さして言った。その言葉に、アイスでさえ驚いていた。
「本当だ。あれは間違いなく勇者の剣だ。」
アイスは驚いた表情をしているものの、その足取りは淡々としていた。
「おいアイス!これは魔王様に報告だな!」
ファイアは右手に着けている腕時計の様なものをいじり出した。
「安心しろ。もう報告済みだ。」
アイスはファイアに腕時計の様なものを見せつけ、すでに報告してあることを知らせた。レイジとあんこはすでに武器をその手に持ち、戦う準備を整えた。
「姉御、今はあの男は忘れてこっちに専念してくれないか?」
レイジとあんこは姉御を守るように立ち、後ろを向いて話した。姉御は、自身の身勝手により二人を危険にさらしたことや、あの男のことなど様々なものが頭の中を駆け巡るが、それらをいったん忘れて今の状況を打破する事だけを冷静に考え始めた。
「よし、二人とも、あたしの後ろに来な。いつもと同じフォーメーションで行くよ!」
姉御はレイジたちの前へと出ていき、拳を構えた。レイジとあんこも互いに顔を見合わせ、準備ができたとうなずいた。姉御が飛び込もうとしたとき、アイスが手を大きく開き、前へと突き出して止まれのサインを出した。
「待て、魔王様からの返事が来た。それによると、今は争うときじゃないらしい。それよりも、さっき逃げた男の捕獲が指示された。」
その言葉を三人とも聞くが、誰一人として警戒を解くことは無かった。ファイアはその言葉を聞いて、納得したように縦に頷いた。
「じゃあ、追うか。」
ファイアは三人を無視してゴゴを追おうとした。しかしそこに立ちはだかったのはあんこだった。
「待ってよ!勇者と魔王は戦う運命でしょ?なんで逃げるのよ?戦ってよ!」
あんこは神のへそくりと思われる銀の短い棒を取り出した。その手をレイジが掴んであんこを止めた。
「あんこ、今こいつらと戦うのは得策じゃない。さっきの戦いを見て分かるようにこいつらの実力は半端じゃない。しかも小型の通信機やらビルを一発で破壊する銃やら化学力も半端じゃない。たとえこいつらを倒しても、すぐに多くの増援が来て俺たちはいずれ負けるだろう。だから今は我慢してくれ。」
レイジはあんこの肩に手を置いて淡々と話した。あんこもその言葉を聞いて、冷静さを取り戻した。
「わかった。今は攻撃しない。だけど、あなたたちのやったことは私たち人類への宣戦布告だから!いずれ倒すからね!」
あんこはさっきまで放っていた闘争のオーラをフッと消した。その言葉にアイスは何も反応しないまま走り去っていった。
「へへっ、俺らの行動、あの子に不人気らしいぜ。笑えちゃうなあ、魔王様からの命令なのにな!」
ファイアはアイスの後を追いながら、わざとらしく大きな声で言った。
あんこはその態度にムッとするが、レイジと姉御が困った顔をしながらなだめた。
「とりあえず戦わなくてよかった。けど姉御、あの男との関係を教えてくれないか?姉御があそこまで取り乱すなんて、今まで見たこと無いからな。」
レイジは表情一つ変えずに姉御に詰め寄った。姉御は息を吐きながらうつむき、少し迷った後でレイジたちを見つめた。
「まだ確定したわけじゃない。なにせ私の知っているヤツとは雰囲気が全く違ったの。私の知っている男はもっと機械のような何も感情が無い男だった。だから、確定していない以上これ以上は言えない。」
姉御はしっかりとレイジの目を見て話した。その目は一切の曇りのない目だった。
「そうか。わかった。その言葉を信じるよ。」
レイジは優しい笑みを浮かべて言った。あんこも納得したのか、剣を納めた。
「だが、どうする?魔王に俺の存在がばれたし、それに俺は本当に勇者なのかもしれないし、魔王軍の最先端の科学技術も謎だし、勇者を倒すよりもあの筋肉を捕まえる方を優先するし、あの二人が俺への敵対心が薄いのも謎だし、普通勇者が現れたら真っ先に殺そうとするもんじゃないのか?」
レイジは初めは姉御たちに話しかけていたが、途中から自身のあごに手を当てて一人でぶつぶつと言い始めた。
「またレイジの謎解析が始まったよ。」
姉御は右手を顔に当てながらあきれた様子で首を横に振った。しかしその顔は、いつもの調子のレイジに安心したのか、笑っていた。